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第六幕 四 「例えば、愛、ですか?」
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四
「でも、信じてください!僕はそんなことはしません。この世界には、もっと大切なこともあります!お金じゃ手に入らないものだって、たくさんあるんです。」
「例えば、愛、ですか?」
どこか面白がっているような調子で、ヒョウは口を挟んだ。
途端に、力説していた巧の勢いは削がれ、頬を染めて俯いてしまう。
「どうしました?巧サン。」
俯いた巧に、涼しげなヒョウの声が掛けられる。
巧は、何とか顔を上げた。
「あ、あの、凍神さん。相談してもいいですか?」
顔全体に紅潮は広がり、日に当たることの少ない日焼けのない巧の青白い顔が真っ赤に染まっている。
ヒョウは笑みを深くして頷いた。
「ええ、どうぞ。恋の相談ですか?依頼でも事件でもないのでしょう?」
「あっ、はい。探偵さんなのに、すみません。」
頭を下げながらも、何とか落ち着いて巧は相談内容をまとめようとして考えている。
「あっ、あの、実は、好きな人がいるんですけど。少し身分が違うっていうか、あの、父さんには許してもらえそうにないんですよ。彼女のことは、本当に大切で、彼女も僕が吉岡家の跡取りだからとかじゃなくて、僕自身を見てくれているんですよ。それで、どうしたらいいのか分からないんです。父さんは、色々と僕に縁談話を勧めているんですけど、僕は出来れば彼女と、と思っているんですが・・・。」
そこで話を有耶無耶のうちに終わらせると、ヒョウの回答を待つために巧は視線を上げた。
ヒョウは考え込むこともなく、微笑のまま答える。
「分かりません。ただ、貴方の思うままになさったら如何ですか?」
「でも、あの、凍神さん!」
期待していた分の落胆は大きい。予想を大きく下回るヒョウの返事に、巧は思い切って相談した以上引くわけにはいかなかった。
「凍神さんはどうなんですか?あの助手の子との仲を認めない親類とか知人とかはいらっしゃらないんですか?」
勢い込んだ巧。椅子から立ち上がり、身を乗り出している。
しかし、ヒョウは沈黙したまま、返事を返さなかった。
その途端、我に返り、巧はおろおろと慌て始める。
「すっ、すみません。立ち入ったことを聞いてしまって。」
「いえ、構いませんよ。」
やっと返ってきたのは、意外にも微笑だった。
少し安堵して、巧は椅子に腰を落とす。
「あ、あの。」
「しかし、先ずは貴方の誤解を解かなくてはなりませんね。」
「誤解?ですか。」
「はい。」
頷くヒョウ。琉衣の時で慣れたのか、もうとんでもない誤解にも笑ったりはしなかった。
「彼女は私の恋人ではありません。勘違いされる方が多くて困ります。」
「恋人、じゃない?」
「はい。」
しっかりと頷くヒョウだったが、巧は今ひとつ信じきれないようで、首を傾げていた。
ヒョウはそんな巧を微笑で見つめたまま、それ以上の説明もアドバイスもするつもりはないようだった。
首を傾げる巧と、微笑のヒョウが沈黙し、温室内に静寂が訪れる。
紅潮していた巧の顔も、もう平静の色を取り戻していた。
「でも、信じてください!僕はそんなことはしません。この世界には、もっと大切なこともあります!お金じゃ手に入らないものだって、たくさんあるんです。」
「例えば、愛、ですか?」
どこか面白がっているような調子で、ヒョウは口を挟んだ。
途端に、力説していた巧の勢いは削がれ、頬を染めて俯いてしまう。
「どうしました?巧サン。」
俯いた巧に、涼しげなヒョウの声が掛けられる。
巧は、何とか顔を上げた。
「あ、あの、凍神さん。相談してもいいですか?」
顔全体に紅潮は広がり、日に当たることの少ない日焼けのない巧の青白い顔が真っ赤に染まっている。
ヒョウは笑みを深くして頷いた。
「ええ、どうぞ。恋の相談ですか?依頼でも事件でもないのでしょう?」
「あっ、はい。探偵さんなのに、すみません。」
頭を下げながらも、何とか落ち着いて巧は相談内容をまとめようとして考えている。
「あっ、あの、実は、好きな人がいるんですけど。少し身分が違うっていうか、あの、父さんには許してもらえそうにないんですよ。彼女のことは、本当に大切で、彼女も僕が吉岡家の跡取りだからとかじゃなくて、僕自身を見てくれているんですよ。それで、どうしたらいいのか分からないんです。父さんは、色々と僕に縁談話を勧めているんですけど、僕は出来れば彼女と、と思っているんですが・・・。」
そこで話を有耶無耶のうちに終わらせると、ヒョウの回答を待つために巧は視線を上げた。
ヒョウは考え込むこともなく、微笑のまま答える。
「分かりません。ただ、貴方の思うままになさったら如何ですか?」
「でも、あの、凍神さん!」
期待していた分の落胆は大きい。予想を大きく下回るヒョウの返事に、巧は思い切って相談した以上引くわけにはいかなかった。
「凍神さんはどうなんですか?あの助手の子との仲を認めない親類とか知人とかはいらっしゃらないんですか?」
勢い込んだ巧。椅子から立ち上がり、身を乗り出している。
しかし、ヒョウは沈黙したまま、返事を返さなかった。
その途端、我に返り、巧はおろおろと慌て始める。
「すっ、すみません。立ち入ったことを聞いてしまって。」
「いえ、構いませんよ。」
やっと返ってきたのは、意外にも微笑だった。
少し安堵して、巧は椅子に腰を落とす。
「あ、あの。」
「しかし、先ずは貴方の誤解を解かなくてはなりませんね。」
「誤解?ですか。」
「はい。」
頷くヒョウ。琉衣の時で慣れたのか、もうとんでもない誤解にも笑ったりはしなかった。
「彼女は私の恋人ではありません。勘違いされる方が多くて困ります。」
「恋人、じゃない?」
「はい。」
しっかりと頷くヒョウだったが、巧は今ひとつ信じきれないようで、首を傾げていた。
ヒョウはそんな巧を微笑で見つめたまま、それ以上の説明もアドバイスもするつもりはないようだった。
首を傾げる巧と、微笑のヒョウが沈黙し、温室内に静寂が訪れる。
紅潮していた巧の顔も、もう平静の色を取り戻していた。
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