【完結】死神探偵 紅の事件 ~シリアルキラーと探偵遊戯~

夢追子

文字の大きさ
上 下
23 / 82

第四幕 二 「あちらにあるのは温室でしょうか?」

しおりを挟む
     二

「亡くなられた野村サンというのは、どんな方でした?あまり人から恨まれるようなことはなかったと聞いているのですが。」
「ああ、そうだ。野村君は、この爺にも優しく接してくれたよ。優しくてなぁ、挨拶も忘れない、礼儀正しい明るい子だったよ。なのに、死んじまった。探偵さん、どうか犯人を捕まえて、野村君を成仏させてやってくれんか?」
 被害者の水島の話題になった途端、彼の死を悼む気持ちで老人は涙ぐんだ。だが、口調は変わらない。押し付けがましく言い寄るのではなく、あくまでも淡々とした抑制のきいた口調には、大袈裟でもウソ臭くもない老人の静かな悲しみが溢れていた。
 ヒョウは老人の悲しみに取り合うことはなかったが、皮肉を言うでもなく質問を続けた。
「他に何か気付かれたことはありませんか?」
 老人はヒョウの対応を非難するでもなく、感情的になるでもなく、涙を拭くと首を横に振った。
「いいや。野村君とは、事件の前の日にも笑顔で挨拶をしたんだが、いつも通りの笑顔だったよ。事件の日、私は朝起きて掃除を始めるまで、何もおかしいとは思わんかったよ。」
「そうですか。」
 資料に載っていた情報以上の収穫はない。だが、ヒョウの涼しげな顔に落胆したような表情は浮かんでいなかった。
 質問の終了の意思を表すように、ヒョウはリンへと向けて歩き始める。
 リンも、ヒョウに気づいて走り始めた。
 リンを出迎えた後、ヒョウは自分の仕事に戻ろうとしていた庭師の老人に振り返った。
「すみません。もう少しよろしいですか?」
 老人は立ち止まると、ヒョウに頷いて見せた。
「貴方は事件のことをどのくらい聞いていますか?」
 ヒョウの質問に答えを出すのに、老人は少しの時間を要した。ヒョウの質問は、警察などでは聞かれることのない内容だったので、答えは事前に用意されていなかったのだろう。
「聞かれるばかりで何も聞いておらんよ。旦那様も水島さんも、事件のことを警察の人や探偵さん以外に喋るなとは言っておったよ。」
 この老人は、シリアルキラーの存在など知り得る立場にいないのだろう。聞かれるばかりで教えてもらうことすらかなわない不条理も、使用人としての心構えなどで厳しくしつけられているせいか感じていないようだった。
「最後に一つだけ。」
 ヒョウが、老人の進行方向とは逆の方向を指差して尋ねる。
「あちらにあるのは温室でしょうか?」
 指し示された方向には、木々の間から透明な屋根が覗いていた。
 老人は、急に物悲しそうな表情を浮かべて頷いた。今までリンやヒョウに向けていた視線を透明な屋根の方角に向けている。
「あれは、奥様の温室だよ。奥様が亡くなった今は、坊ちゃんが世話しておる。」
 野村の話のときに浮かべていたのとは違う現在進行形の悲しみが、老人の瞳を曇らせていた。
 ヒョウは温室を見つめる老人に、大仰に頭を下げる。
「ご協力感謝いたします。有難うございました。」
 そして、腕に甘えているリンに、微笑みかける。
「それでは行きましょうか?リン。」
 リンの首の鈴は肯定を鳴らす。
 二人は老人を置き去りにしたまま、温室の方角へと歩き始めた。
 温室を見つめ続ける老人の視界に、小さくなっていく二人の背中が映っていたが、老人の意識には捉えられていなかった。
 日は少しずつ傾いていく。
 赤みを帯び始めた光の中で、ようやく二人は捜査らしいことを始めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち

鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。 心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。 悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。 辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。 それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。 社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ! 食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて…… 神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!

とある令嬢の断罪劇

古堂 素央
ファンタジー
本当に裁かれるべきだったのは誰? 時を超え、役どころを変え、それぞれの因果は巡りゆく。 とある令嬢の断罪にまつわる、嘘と真実の物語。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

何故か超絶美少女に嫌われる日常

やまたけ
青春
K市内一と言われる超絶美少女の高校三年生柊美久。そして同じ高校三年生の武智悠斗は、何故か彼女に絡まれ疎まれる。何をしたのか覚えがないが、とにかく何かと文句を言われる毎日。だが、それでも彼女に歯向かえない事情があるようで……。疋田美里という、主人公がバイト先で知り合った可愛い女子高生。彼女の存在がより一層、この物語を複雑化させていくようで。 しょっぱなヒロインから嫌われるという、ちょっとひねくれた恋愛小説。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

処理中です...