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第三幕 八 「ねえ、先生。事件、どうする?」
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八
「ねえ、先生。」
「はい、何ですか?リン。」
竹川との会話の後、二人は長く続く廊下を進んでいた。屋敷内を歩き続けているために、既に竹川の姿は見えない。それどころか、未だに使用人の人影すら見えなかった。
「探検みたいで、楽しいね。」
「見知らぬ広い家というのは、秘境に近いものがありますね。」
屋敷内探検。足音を弾ませているリンは、実に楽しそうだ。公共の建物とは違い、案内板もない。その上、屋敷内の情報も詳しく与えられていないので、廊下の先に何があるか分からない。広大な敷地は迷子になってしまいそうで、迷路のようなちょっとしたスリルがあるのだろう。
「先生、二人で迷子になったらどうする?」
「大丈夫ですよ。何処かに誰かはいるはずです。それに、先程の資料の一つにこの家の簡略化された見取り図のようなものはありましたから、大体の位置は分かります。」
「何だぁ。だったら、安心だね。」
ほっとしているというよりは、最初から心配はしていなかったというようなリン。
楽しそうにターンすらしてステップを踏んでいるようなリンを、眺めながらヒョウは穏やかな微笑を浮かべていた。いつもの仮面の微笑とは、温度の違う笑みである。
「ねえ、先生。事件、どうする?」
ヒョウの腕に甘えるようにぶら下がりながら、リンは覗き込むようにして尋ねた。
「そうですね。リンは、どうしたらいいと思いますか?」
微笑んだまま、リンの瞳を覗き込んでヒョウが尋ねる。
リンは首を傾げて考え込んだ。愛らしい円らな瞳が、きょろきょろと動いている。
「分かんないけど。孝造を犯人にしたら面白いよね?でも、怒りそう。」
天真爛漫といった感じの邪気のないリンの言葉。
ヒョウは突拍子もない意見に満足そうに頷いた。
「孝造氏は、新犯人についての条件は出しませんでしたから、そういうのもいいかもしれませんね。」
ヒョウの同意に勇気付けられ、リンは楽しそうに更に続ける。
「霧崎とか犯人に出来たら、暑くなくていいかも。」
「さすがに名探偵殿は、当日に現場にいなかったので難しいかもしれませんね。」
「そっかぁ。忘れてた。」
他愛もないおしゃべり。内容を考えれば不謹慎なのだろうが、リンの邪気のない言葉は、澄み切った鈴の音のように心地よく響いていた。
「でもさ、何でわざわざ事件を秘密にしたの?だって、犯人は分かってるんでしょ?なのに秘密にするなんて、変だよね。」
「そうですね。下手な対処のせいで、事件が複雑化しているというのは、自業自得かもしれませんね。事件のかつてない残虐性にばかり気を取られるのは仕方ないことですが、情報開示によるメリットも冷静に検討するべきでしたね。今となっては、もう取り返しはつきませんが。」
その時、リンがふと立ち止まる。何かに気付いたようで、不思議そうにヒョウの瞳を覗きこむと勢い込んで尋ねた。
「先生!何で誰も気づかないのかな?事件が起きてるんだから、秘密にしてもばれちゃうよね?」
慌てた様子で更に続けるリン。
「事件解決の前にばれちゃったら、どうなっちゃうの?」
リンの円らな瞳が不安で曇っている。
ヒョウは宥めるように、リンの頭にポンポンと黒い手袋に覆われた手を置いた。
「大丈夫ですよ、リン。そうなったのなら、仕事が終わるだけです。帰って、休暇にしましょう。」
「あっ、そっか。」
不安は瞬時に払拭され、円らな瞳は輝きを取り戻す。休暇という言葉に気持ちを弾ませながら、リンは再度歩き始めた。
ころころと気分の変わる飽きないリンを見つめながら、ヒョウも歩き始める。
「それに、なかなか気付かぬものですよ。別々の事件として処理されている特に目立ったものでもない殺人事件の数々が、実は同一犯による連続殺人事件などと、誰が気付きますか?与えられた情報に満足する大衆には、けばけばしい題字で新聞の一面やニュースの冒頭などで大きく扇情的に取り上げなければ、見向きもされず信じられることもないでしょう。人間は見たいものしか見ない。今現在、平和なんですよ、この国は。」
一人呟くヒョウに、リンが首を傾げている。
ヒョウは微笑をリンに向けると、リンの頭に手をポンポンと置いた。
「今は様子見です。今回も、蠱惑的な闇を期待するというところですね。」
鈴の音が元気よく肯定を響かせる。
今頃、探偵と警察の輪を囲んでいた面々は、それぞれに動き回っていることだろう。屋敷内に残っているのは、もうヒョウとリンの二人だけだ。
弾む足音とリズミカルな鈴の音。それに、愛らしい鼻唄。使用人の人影すら身近に感じられない屋敷内に、リンの立てる楽しげな物音は響いていた。
探偵が一人、舞台から降りた。
プロファイラーは、仮面を取った。
強過ぎる夏の日差しは、登場人物全てに平等に降り注ぐ。
集合と分裂、打算と策略の果てに、
事件は何処に向かうのか?
嘲笑い続ける殺人鬼の手を掴むのは?
脚本は塗り替えられていく。
誰にも気付かれることなく、
ただ、ひっそりと・・・・。
「ねえ、先生。」
「はい、何ですか?リン。」
竹川との会話の後、二人は長く続く廊下を進んでいた。屋敷内を歩き続けているために、既に竹川の姿は見えない。それどころか、未だに使用人の人影すら見えなかった。
「探検みたいで、楽しいね。」
「見知らぬ広い家というのは、秘境に近いものがありますね。」
屋敷内探検。足音を弾ませているリンは、実に楽しそうだ。公共の建物とは違い、案内板もない。その上、屋敷内の情報も詳しく与えられていないので、廊下の先に何があるか分からない。広大な敷地は迷子になってしまいそうで、迷路のようなちょっとしたスリルがあるのだろう。
「先生、二人で迷子になったらどうする?」
「大丈夫ですよ。何処かに誰かはいるはずです。それに、先程の資料の一つにこの家の簡略化された見取り図のようなものはありましたから、大体の位置は分かります。」
「何だぁ。だったら、安心だね。」
ほっとしているというよりは、最初から心配はしていなかったというようなリン。
楽しそうにターンすらしてステップを踏んでいるようなリンを、眺めながらヒョウは穏やかな微笑を浮かべていた。いつもの仮面の微笑とは、温度の違う笑みである。
「ねえ、先生。事件、どうする?」
ヒョウの腕に甘えるようにぶら下がりながら、リンは覗き込むようにして尋ねた。
「そうですね。リンは、どうしたらいいと思いますか?」
微笑んだまま、リンの瞳を覗き込んでヒョウが尋ねる。
リンは首を傾げて考え込んだ。愛らしい円らな瞳が、きょろきょろと動いている。
「分かんないけど。孝造を犯人にしたら面白いよね?でも、怒りそう。」
天真爛漫といった感じの邪気のないリンの言葉。
ヒョウは突拍子もない意見に満足そうに頷いた。
「孝造氏は、新犯人についての条件は出しませんでしたから、そういうのもいいかもしれませんね。」
ヒョウの同意に勇気付けられ、リンは楽しそうに更に続ける。
「霧崎とか犯人に出来たら、暑くなくていいかも。」
「さすがに名探偵殿は、当日に現場にいなかったので難しいかもしれませんね。」
「そっかぁ。忘れてた。」
他愛もないおしゃべり。内容を考えれば不謹慎なのだろうが、リンの邪気のない言葉は、澄み切った鈴の音のように心地よく響いていた。
「でもさ、何でわざわざ事件を秘密にしたの?だって、犯人は分かってるんでしょ?なのに秘密にするなんて、変だよね。」
「そうですね。下手な対処のせいで、事件が複雑化しているというのは、自業自得かもしれませんね。事件のかつてない残虐性にばかり気を取られるのは仕方ないことですが、情報開示によるメリットも冷静に検討するべきでしたね。今となっては、もう取り返しはつきませんが。」
その時、リンがふと立ち止まる。何かに気付いたようで、不思議そうにヒョウの瞳を覗きこむと勢い込んで尋ねた。
「先生!何で誰も気づかないのかな?事件が起きてるんだから、秘密にしてもばれちゃうよね?」
慌てた様子で更に続けるリン。
「事件解決の前にばれちゃったら、どうなっちゃうの?」
リンの円らな瞳が不安で曇っている。
ヒョウは宥めるように、リンの頭にポンポンと黒い手袋に覆われた手を置いた。
「大丈夫ですよ、リン。そうなったのなら、仕事が終わるだけです。帰って、休暇にしましょう。」
「あっ、そっか。」
不安は瞬時に払拭され、円らな瞳は輝きを取り戻す。休暇という言葉に気持ちを弾ませながら、リンは再度歩き始めた。
ころころと気分の変わる飽きないリンを見つめながら、ヒョウも歩き始める。
「それに、なかなか気付かぬものですよ。別々の事件として処理されている特に目立ったものでもない殺人事件の数々が、実は同一犯による連続殺人事件などと、誰が気付きますか?与えられた情報に満足する大衆には、けばけばしい題字で新聞の一面やニュースの冒頭などで大きく扇情的に取り上げなければ、見向きもされず信じられることもないでしょう。人間は見たいものしか見ない。今現在、平和なんですよ、この国は。」
一人呟くヒョウに、リンが首を傾げている。
ヒョウは微笑をリンに向けると、リンの頭に手をポンポンと置いた。
「今は様子見です。今回も、蠱惑的な闇を期待するというところですね。」
鈴の音が元気よく肯定を響かせる。
今頃、探偵と警察の輪を囲んでいた面々は、それぞれに動き回っていることだろう。屋敷内に残っているのは、もうヒョウとリンの二人だけだ。
弾む足音とリズミカルな鈴の音。それに、愛らしい鼻唄。使用人の人影すら身近に感じられない屋敷内に、リンの立てる楽しげな物音は響いていた。
探偵が一人、舞台から降りた。
プロファイラーは、仮面を取った。
強過ぎる夏の日差しは、登場人物全てに平等に降り注ぐ。
集合と分裂、打算と策略の果てに、
事件は何処に向かうのか?
嘲笑い続ける殺人鬼の手を掴むのは?
脚本は塗り替えられていく。
誰にも気付かれることなく、
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