13 / 82
第二幕 六 「そうだ。彼が名探偵・霧崎光だ。」
しおりを挟む
六
「傷か・・・・。多分、君の予感は当たっているよ。」
重々しくため息をつく警部。
霧崎の視線は、鋭くなっていく。
名コンビの反応に、新進気鋭の探偵二人もただならぬ気配を感じている。
「当たっている・・・・、ということは、まさか首の傷というのは・・・・。」
「・・・・・私が答えるよりも、実物を見てもらった方がいいだろう。」
警部はそう息を吐き出すように言うと、背後へと振り返った。
主人の孝造に、視線を合わせる警部。
「もう一人、紹介してもいいですね?」
「事件さえ解決すれば儂は一向に構わん。好きにしてくれ。」
孝造は躊躇することなく許可する。
そして、孝造は隣に控えていた水島に顎だけで命令する。
水島は、一瞬の遅延もなく命令通りに、先程入ってきたドアの方に歩き出す。
「私の他に、もう一人。警察からの協力者がいる。彼は、こういった事件を専門にしている。」
警部の説明の中、水島に案内されて一人の男が室内に入ってくる。
「今回の事件に関して、彼も助力してくれるだろう。彼は科警研から派遣された男だ。」
入ってきたのは、重々しい警部の声音には不似合いな男だった。感じのいい笑みを浮かべ、人懐っこそうな顔だ。このような場所で会わなければ、端正な顔つきはアイドルや俳優と見間違えてしまうほどだ。背はやや高め、瞳は知性的なきらめきを湛え、スタイリッシュな細身のスーツは、クールビズ仕様。ファッションリーダーといっても、過言ではない。
「探偵の皆さん、こんにちは。科警研から来ました、竹川純哉です。この事件に関して、皆さんの貴重なご意見を聞かせていただければと思っています。」
「まだ若いが、アメリカで犯罪心理学を学んだそうだ。」
アメリカ帰り。その響きは、正にエリート。
「竹川、霧崎君に例の写真を見せてやってくれ。」
警部の命令口調。瞳の中に一瞬過ぎった光は、たたき上げの刑事のエリートの若造に対する意地のようだった。
「はい。えーっと、霧崎さんって、あの名探偵の霧崎さんですか?」
命令口調に慣れているらしく、竹川は謙虚に頷く。
「そうだ。彼が名探偵・霧崎光だ。」
誇らしげに霧崎を紹介する警部。
霧崎は笑顔を浮かべて手を差し出した。
「そんなに持ち上げられては居心地が悪いが。よろしく、俺が霧崎光だ。」
「よろしくお願いします。竹川純哉です。」
握手に応じた竹川は有名人に会えて喜んでいるようだった。
「それで、竹川。写真を見せてくれるか?」
初対面だというのに霧崎は親しげに竹川を呼び捨てにしていた。
だが、そんなフランクな態度も竹川は意に介せずに、従順に霧崎へと写真を差し出した。
「これです。これが、被害者の首筋の写真です。」
差し出した写真には、被害者・野村の顎の下から鎖骨までがアップになって写っていた。
鎖骨の上の辺りには、先が尖ったようなもので引っ掻いたような傷が残っていた。
「やはりな。」
写真を見つめながら、霧崎は呟く。
「どういうことですか?」
一枚の写真に、榊原も琉衣も興味を引かれた様子で集まってくる。好奇心を抑えきれないといった様子だが、顔には厳格なものが浮かんでいる。
「こ、これは。」
写真を見た途端、榊原の様子も激変する。顔面蒼白のち絶句。
琉衣は口を押さえたまま、声も出せないようだった。
「REST IN PEACE。これは・・・・。」
「そうだ。我々警察は、この事件を一連の殺人鬼の犯行と断定した。君も知っているだろう?『死の押し売り師』だよ。」
遺体の写真の首元には、紅い血の滲んだ引っ掻き傷で『REST IN PEACE』と刻んであった。刻印のようなその傷は、墓碑に刻むメッセージだ。
探偵たちは写真を覗き込んだまま、黙り込んでしまう。警察によってもたらされた情報は、一つの事件を迷宮へと導くようなものだった。
「大体の内容は分かってもらったと思うのだが。」
今まで、室内の最奥の椅子に鎮座していた主人が、立ち尽くす者たちに威厳のある声を響かせる。
「儂の依頼はこの事件の早期解決だ。」
厳しく放たれた命令。有無を言わせぬ存在感。
主人の命令の後、今度は機械的で事務的な声が続く。
「その殺人鬼を捕まえるなり、新しい犯人を見つけるなり、方法は各自に任せますので、この事件を一刻も早く解決してください。」
写真の前に集った探偵達には、肯定の返事を返すことも出来なかった。難しい顔で黙り込んだまま、それでも写真を見つめている。
ただ一人、探偵の輪に入っていないヒョウは、写真に一瞥をくれることもなく、室内の空気に構うことなく、ただ不敵に微笑んでいた。
ヒョウの微笑みは、まだ特定の人物には向けられていなかった。
新しい登場人物は殺人鬼。
事件は混迷を深め、真実の前には暗雲が立ち込めていく。
警察をも巻き込んで、一行は何処に導かれていくのか?
それは、まだ誰にも分かっていない。
だが、事件は進んでいく。
殺人鬼すら巻き込んで。
「傷か・・・・。多分、君の予感は当たっているよ。」
重々しくため息をつく警部。
霧崎の視線は、鋭くなっていく。
名コンビの反応に、新進気鋭の探偵二人もただならぬ気配を感じている。
「当たっている・・・・、ということは、まさか首の傷というのは・・・・。」
「・・・・・私が答えるよりも、実物を見てもらった方がいいだろう。」
警部はそう息を吐き出すように言うと、背後へと振り返った。
主人の孝造に、視線を合わせる警部。
「もう一人、紹介してもいいですね?」
「事件さえ解決すれば儂は一向に構わん。好きにしてくれ。」
孝造は躊躇することなく許可する。
そして、孝造は隣に控えていた水島に顎だけで命令する。
水島は、一瞬の遅延もなく命令通りに、先程入ってきたドアの方に歩き出す。
「私の他に、もう一人。警察からの協力者がいる。彼は、こういった事件を専門にしている。」
警部の説明の中、水島に案内されて一人の男が室内に入ってくる。
「今回の事件に関して、彼も助力してくれるだろう。彼は科警研から派遣された男だ。」
入ってきたのは、重々しい警部の声音には不似合いな男だった。感じのいい笑みを浮かべ、人懐っこそうな顔だ。このような場所で会わなければ、端正な顔つきはアイドルや俳優と見間違えてしまうほどだ。背はやや高め、瞳は知性的なきらめきを湛え、スタイリッシュな細身のスーツは、クールビズ仕様。ファッションリーダーといっても、過言ではない。
「探偵の皆さん、こんにちは。科警研から来ました、竹川純哉です。この事件に関して、皆さんの貴重なご意見を聞かせていただければと思っています。」
「まだ若いが、アメリカで犯罪心理学を学んだそうだ。」
アメリカ帰り。その響きは、正にエリート。
「竹川、霧崎君に例の写真を見せてやってくれ。」
警部の命令口調。瞳の中に一瞬過ぎった光は、たたき上げの刑事のエリートの若造に対する意地のようだった。
「はい。えーっと、霧崎さんって、あの名探偵の霧崎さんですか?」
命令口調に慣れているらしく、竹川は謙虚に頷く。
「そうだ。彼が名探偵・霧崎光だ。」
誇らしげに霧崎を紹介する警部。
霧崎は笑顔を浮かべて手を差し出した。
「そんなに持ち上げられては居心地が悪いが。よろしく、俺が霧崎光だ。」
「よろしくお願いします。竹川純哉です。」
握手に応じた竹川は有名人に会えて喜んでいるようだった。
「それで、竹川。写真を見せてくれるか?」
初対面だというのに霧崎は親しげに竹川を呼び捨てにしていた。
だが、そんなフランクな態度も竹川は意に介せずに、従順に霧崎へと写真を差し出した。
「これです。これが、被害者の首筋の写真です。」
差し出した写真には、被害者・野村の顎の下から鎖骨までがアップになって写っていた。
鎖骨の上の辺りには、先が尖ったようなもので引っ掻いたような傷が残っていた。
「やはりな。」
写真を見つめながら、霧崎は呟く。
「どういうことですか?」
一枚の写真に、榊原も琉衣も興味を引かれた様子で集まってくる。好奇心を抑えきれないといった様子だが、顔には厳格なものが浮かんでいる。
「こ、これは。」
写真を見た途端、榊原の様子も激変する。顔面蒼白のち絶句。
琉衣は口を押さえたまま、声も出せないようだった。
「REST IN PEACE。これは・・・・。」
「そうだ。我々警察は、この事件を一連の殺人鬼の犯行と断定した。君も知っているだろう?『死の押し売り師』だよ。」
遺体の写真の首元には、紅い血の滲んだ引っ掻き傷で『REST IN PEACE』と刻んであった。刻印のようなその傷は、墓碑に刻むメッセージだ。
探偵たちは写真を覗き込んだまま、黙り込んでしまう。警察によってもたらされた情報は、一つの事件を迷宮へと導くようなものだった。
「大体の内容は分かってもらったと思うのだが。」
今まで、室内の最奥の椅子に鎮座していた主人が、立ち尽くす者たちに威厳のある声を響かせる。
「儂の依頼はこの事件の早期解決だ。」
厳しく放たれた命令。有無を言わせぬ存在感。
主人の命令の後、今度は機械的で事務的な声が続く。
「その殺人鬼を捕まえるなり、新しい犯人を見つけるなり、方法は各自に任せますので、この事件を一刻も早く解決してください。」
写真の前に集った探偵達には、肯定の返事を返すことも出来なかった。難しい顔で黙り込んだまま、それでも写真を見つめている。
ただ一人、探偵の輪に入っていないヒョウは、写真に一瞥をくれることもなく、室内の空気に構うことなく、ただ不敵に微笑んでいた。
ヒョウの微笑みは、まだ特定の人物には向けられていなかった。
新しい登場人物は殺人鬼。
事件は混迷を深め、真実の前には暗雲が立ち込めていく。
警察をも巻き込んで、一行は何処に導かれていくのか?
それは、まだ誰にも分かっていない。
だが、事件は進んでいく。
殺人鬼すら巻き込んで。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
いい子ちゃんなんて嫌いだわ
F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが
聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。
おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。
どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。
それが優しさだと思ったの?
雨桜に結う
七雨ゆう葉
ライト文芸
観測史上最も早い発表となった桜の開花宣言。
この年。4月に中学3年生を迎える少年、ユウ。
そんなある時、母はユウを外へと連れ出す。
だがその日は、雨が降っていた――。
※短編になります。序盤、ややシリアス要素あり。
5話完結。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/chara_novel.png?id=8b2153dfd89d29eccb9a)
猫の喫茶店『ねこみや』
壬黎ハルキ
キャラ文芸
とあるアラサーのキャリアウーマンは、毎日の仕事で疲れ果てていた。
珍しく早く帰れたその日、ある住宅街の喫茶店を発見。
そこは、彼女と同い年くらいの青年が一人で仕切っていた。そしてそこには看板猫が存在していた。
猫の可愛さと青年の心優しさに癒される彼女は、店の常連になるつもりでいた。
やがて彼女は、一匹の白い子猫を保護する。
その子猫との出会いが、彼女の人生を大きく変えていくことになるのだった。
※4話と5話は12/30に更新します。
※6話以降は連日1話ずつ(毎朝8:00)更新していきます。
※第4回キャラ文芸大賞にエントリーしました。よろしくお願いします<(_ _)>
何故か超絶美少女に嫌われる日常
やまたけ
青春
K市内一と言われる超絶美少女の高校三年生柊美久。そして同じ高校三年生の武智悠斗は、何故か彼女に絡まれ疎まれる。何をしたのか覚えがないが、とにかく何かと文句を言われる毎日。だが、それでも彼女に歯向かえない事情があるようで……。疋田美里という、主人公がバイト先で知り合った可愛い女子高生。彼女の存在がより一層、この物語を複雑化させていくようで。
しょっぱなヒロインから嫌われるという、ちょっとひねくれた恋愛小説。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
鎮魂の絵師
霞花怜
キャラ文芸
絵師・栄松斎長喜は、蔦屋重三郎が営む耕書堂に居住する絵師だ。ある春の日に、斎藤十郎兵衛と名乗る男が連れてきた「喜乃」という名の少女とで出会う。五歳の娘とは思えぬ美貌を持ちながら、周囲の人間に異常な敵愾心を抱く喜乃に興味を引かれる。耕書堂に居住で丁稚を始めた喜乃に懐かれ、共に過ごすようになる。長喜の真似をして絵を描き始めた喜乃に、自分の師匠である鳥山石燕を紹介する長喜。石燕の暮らす吾柳庵には、二人の妖怪が居住し、石燕の世話をしていた。妖怪とも仲良くなり、石燕の指導の下、絵の才覚を現していく喜乃。「絵師にはしてやれねぇ」という蔦重の真意がわからぬまま、喜乃を見守り続ける。ある日、喜乃にずっとついて回る黒い影に気が付いて、嫌な予感を覚える長喜。どう考えても訳ありな身の上である喜乃を気に掛ける長喜に「深入りするな」と忠言する京伝。様々な人々に囲まれながらも、どこか独りぼっちな喜乃を長喜は放っておけなかった。娘を育てるような気持で喜乃に接する長喜だが、師匠の石燕もまた、孫に接するように喜乃に接する。そんなある日、石燕から「俺の似絵を描いてくれ」と頼まれる。長喜が書いた似絵は、魂を冥府に誘う道標になる。それを知る石燕からの依頼であった。
【カクヨム・小説家になろう・アルファポリスに同作品掲載中】
※各話の最後に小噺を載せているのはアルファポリスさんだけです。(カクヨムは第1章だけ載ってますが需要ないのでやめました)
未亡人クローディアが夫を亡くした理由
臣桜
キャラ文芸
老齢の辺境伯、バフェット伯が亡くなった。
しかしその若き未亡人クローディアは、夫が亡くなったばかりだというのに、喪服とは色ばかりの艶やかな姿をして、毎晩舞踏会でダンスに興じる。
うら若き未亡人はなぜ老齢の辺境伯に嫁いだのか。なぜ彼女は夫が亡くなったばかりだというのに、楽しげに振る舞っているのか。
クローディアには、夫が亡くなった理由を知らなければならない理由があった――。
※ 表紙はニジジャーニーで生成しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる