11 / 82
第二幕 四 「この事件、どうやらとんでもないことになりそうな予感がするな」
しおりを挟む
四
「こちらの資料に目を通しておいて下さい。もうじき警察の協力者の方がこちらに見えますので、質問や詳しい説明はそれからということになります。」
きびきびとして一部の隙もない動きでやってきた秘書・水島は、人数分の資料を置くと、すぐに広間から立ち去っていった。
談笑の温かい雰囲気は、ヒョウという存在によってどこか薄ら寒くうそ臭くなっていたため、探偵たちは次の話題と依頼の情報を得ようと、秘書の置いていった資料に手を伸ばした。
探偵たちが手にした資料に目を通し始めたせいで、室内には静寂が訪れていた。紙をめくる音、衣擦れの音、呼吸音、微かな音が初めて自己主張を始めている。
その中には、リンが歩くたびに奏でる澄んだ鈴の音もあった。
一部だけテーブルに取り残された資料を拾い、リンは急ぐでもなくヒョウに手渡す。
「はい、先生。」
「有難うございます、リン。」
懸命に資料に見入っている他の探偵とは違い、ヒョウはぺらぺらと斜め読みしただけで資料を閉じてしまった。
顔を上げたヒョウに、好奇心に満ちたリンの瞳が迫る。
「先生、何て書いてあったの?」
「警察の捜査資料ですよ。リン、見てみますか?」
目の前に差し出された資料に、リンは大きく肯定の鈴の音を響かせた。
しばらく資料の束と格闘していたリンだったが、すぐに資料から顔を上げた。リンの瞳の色からは好奇心の代わりに不機嫌が彩っている。
「分かんない。」
「大丈夫ですよ、リン。きっと、警察の協力者という方が分かりやすく説明してくださいます。」
リンを慰めるように、ヒョウはリンの頭にポンポンと黒い手袋の手を置いた。
リンはすっかり機嫌をよくして、元気良く頷いた。
事件の資料に釘付けになっている好奇心と知的探究心の塊のような探偵達の凄みを増した雰囲気とは違い、リンとヒョウの周りはほのぼのとしている。事件には露ほどの興味も見せず、資料はもうヒョウの手から離れている。
いち早く資料を一通り読み終えた榊原が、異質な二人組に視線を向けた。
「アンタは事件に本当に興味がないのか?」
「先程も申し上げたはずですが。」
丁寧な受け答え。澄み切った声音。浮かんでいる微笑。
榊原は舌打ちすると二人組から視線を外した。
霧崎も琉衣も、榊原から少し遅れながらも新しい情報の吟味を終えて資料の束から視線を上げる。
「霧崎さん。どう思いました?今回の事件。」
興味津々の様子で、琉衣は名探偵・霧崎の貴重な意見を拝聴しようと尋ねる。
榊原も素早く思考を切り替えると、名探偵に意識を向けた。
二人の期待に満ちた視線が集まる中、霧崎はもったいぶった様子で首を傾げてみせる。
「まだ詳しいことが全て分かっているわけじゃない。だから、断定は出来ない。俺にも、事件の全容は見えないな。」
名探偵とは思えぬほどの弱気発言。だが、名探偵は勿論、これだけじゃ終らない。
「だが、いくつか気になることはある。先程の話と総合すると、この事件、どうやらとんでもないことになりそうな予感がするな。」
自信に満ちた断定。予感ではなく確信。名探偵の瞳は説得力を与え、名探偵の鼻は事件の真実をかぎ分ける。
「とんでもないこと?」
琉衣が首を傾げながらも、霧崎へと身を乗り出す。
榊原は何かに勘付いているようで、身を乗り出さずに霧崎の次の言葉を待っていた。
「ここから先は、警察の協力者とやらに確認が済んでからだな。だが、そう考えれば、辻褄の合うことも多いのは確かだ。警察では早期解決が見込めずに、探偵を何人も雇い、煽って競わせてでも解決させたいことといい、事件の状況といい、一ヶ月経ってからの依頼といい。裏というのは、このことかもしれない。」
名探偵の名演説。含みを持たせた物言い。
広間では、名探偵・霧崎のショーが開かれつつあった。
「正直言って、僕には手に負えないかもしれないです。」
神妙な顔つきの榊原が、眼鏡をクイッと上げた。
ただならぬ二人の様子に、琉衣の顔にも不安が広がっていく。
「そんなに大変な事件なの?だって、さっき見た新聞記事だって、そんなに大きくなかったし。あの、ニュースとかワイドショートかでも、そんなに大きく扱ってたっけ?」
「いや、そんなことはないだろう。もし、俺が考えている通りならば、新聞やニュースなどでは騒がれないはずだ。」
「どういう意味?」
室内は急速に空気が緊迫していく。
霧崎の顔にも榊原の顔にも、研ぎ澄まされたようで深刻そうな事件に臨む探偵の顔が形作られている。
「こちらの資料に目を通しておいて下さい。もうじき警察の協力者の方がこちらに見えますので、質問や詳しい説明はそれからということになります。」
きびきびとして一部の隙もない動きでやってきた秘書・水島は、人数分の資料を置くと、すぐに広間から立ち去っていった。
談笑の温かい雰囲気は、ヒョウという存在によってどこか薄ら寒くうそ臭くなっていたため、探偵たちは次の話題と依頼の情報を得ようと、秘書の置いていった資料に手を伸ばした。
探偵たちが手にした資料に目を通し始めたせいで、室内には静寂が訪れていた。紙をめくる音、衣擦れの音、呼吸音、微かな音が初めて自己主張を始めている。
その中には、リンが歩くたびに奏でる澄んだ鈴の音もあった。
一部だけテーブルに取り残された資料を拾い、リンは急ぐでもなくヒョウに手渡す。
「はい、先生。」
「有難うございます、リン。」
懸命に資料に見入っている他の探偵とは違い、ヒョウはぺらぺらと斜め読みしただけで資料を閉じてしまった。
顔を上げたヒョウに、好奇心に満ちたリンの瞳が迫る。
「先生、何て書いてあったの?」
「警察の捜査資料ですよ。リン、見てみますか?」
目の前に差し出された資料に、リンは大きく肯定の鈴の音を響かせた。
しばらく資料の束と格闘していたリンだったが、すぐに資料から顔を上げた。リンの瞳の色からは好奇心の代わりに不機嫌が彩っている。
「分かんない。」
「大丈夫ですよ、リン。きっと、警察の協力者という方が分かりやすく説明してくださいます。」
リンを慰めるように、ヒョウはリンの頭にポンポンと黒い手袋の手を置いた。
リンはすっかり機嫌をよくして、元気良く頷いた。
事件の資料に釘付けになっている好奇心と知的探究心の塊のような探偵達の凄みを増した雰囲気とは違い、リンとヒョウの周りはほのぼのとしている。事件には露ほどの興味も見せず、資料はもうヒョウの手から離れている。
いち早く資料を一通り読み終えた榊原が、異質な二人組に視線を向けた。
「アンタは事件に本当に興味がないのか?」
「先程も申し上げたはずですが。」
丁寧な受け答え。澄み切った声音。浮かんでいる微笑。
榊原は舌打ちすると二人組から視線を外した。
霧崎も琉衣も、榊原から少し遅れながらも新しい情報の吟味を終えて資料の束から視線を上げる。
「霧崎さん。どう思いました?今回の事件。」
興味津々の様子で、琉衣は名探偵・霧崎の貴重な意見を拝聴しようと尋ねる。
榊原も素早く思考を切り替えると、名探偵に意識を向けた。
二人の期待に満ちた視線が集まる中、霧崎はもったいぶった様子で首を傾げてみせる。
「まだ詳しいことが全て分かっているわけじゃない。だから、断定は出来ない。俺にも、事件の全容は見えないな。」
名探偵とは思えぬほどの弱気発言。だが、名探偵は勿論、これだけじゃ終らない。
「だが、いくつか気になることはある。先程の話と総合すると、この事件、どうやらとんでもないことになりそうな予感がするな。」
自信に満ちた断定。予感ではなく確信。名探偵の瞳は説得力を与え、名探偵の鼻は事件の真実をかぎ分ける。
「とんでもないこと?」
琉衣が首を傾げながらも、霧崎へと身を乗り出す。
榊原は何かに勘付いているようで、身を乗り出さずに霧崎の次の言葉を待っていた。
「ここから先は、警察の協力者とやらに確認が済んでからだな。だが、そう考えれば、辻褄の合うことも多いのは確かだ。警察では早期解決が見込めずに、探偵を何人も雇い、煽って競わせてでも解決させたいことといい、事件の状況といい、一ヶ月経ってからの依頼といい。裏というのは、このことかもしれない。」
名探偵の名演説。含みを持たせた物言い。
広間では、名探偵・霧崎のショーが開かれつつあった。
「正直言って、僕には手に負えないかもしれないです。」
神妙な顔つきの榊原が、眼鏡をクイッと上げた。
ただならぬ二人の様子に、琉衣の顔にも不安が広がっていく。
「そんなに大変な事件なの?だって、さっき見た新聞記事だって、そんなに大きくなかったし。あの、ニュースとかワイドショートかでも、そんなに大きく扱ってたっけ?」
「いや、そんなことはないだろう。もし、俺が考えている通りならば、新聞やニュースなどでは騒がれないはずだ。」
「どういう意味?」
室内は急速に空気が緊迫していく。
霧崎の顔にも榊原の顔にも、研ぎ澄まされたようで深刻そうな事件に臨む探偵の顔が形作られている。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
懺悔~私が犯した罪をお話しします~
井浦
ホラー
これは、田尾楓さん(仮名)という方からもらった原稿をもとに作成した小説です。
彼女は「裁かれない罪があってはいけない」という言葉を残し、その後、二度と姿を現しませんでした。自分自身を裁くため、人知れず死を選んだのではないかと思っています。
彼女が犯した罪を見届けてください。
いい子ちゃんなんて嫌いだわ
F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが
聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。
おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。
どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。
それが優しさだと思ったの?
その手で、愛して。ー 空飛ぶイルカの恋物語 ー
ユーリ(佐伯瑠璃)
キャラ文芸
T-4ブルーインパルスとして生を受けた#725は専任整備士の青井翼に恋をした。彼の手の温もりが好き、その手が私に愛を教えてくれた。その手の温もりが私を人にした。
機械にだって心がある。引退を迎えて初めて知る青井への想い。
#725が引退した理由は作者の勝手な想像であり、退役後の扱いも全てフィクションです。
その後の二人で整備員を束ねている坂東三佐は、鏡野ゆう様の「今日も青空、イルカ日和」に出ておられます。お名前お借りしました。ご許可いただきありがとうございました。
※小説化になろうにも投稿しております。
【R15】アリア・ルージュの妄信
皐月うしこ
ミステリー
その日、白濁の中で少女は死んだ。
異質な匂いに包まれて、全身を粘着質な白い液体に覆われて、乱れた着衣が物語る悲惨な光景を何と表現すればいいのだろう。世界は日常に溢れている。何気ない会話、変わらない秒針、規則正しく進む人波。それでもここに、雲が形を変えるように、ガラスが粉々に砕けるように、一輪の花が小さな種を産んだ。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
182年の人生
山碕田鶴
ホラー
1913年。軍の諜報活動を支援する貿易商シキは暗殺されたはずだった。他人の肉体を乗っ取り魂を存続させる能力に目覚めたシキは、死神に追われながら永遠を生き始める。
人間としてこの世に生まれ来る死神カイと、アンドロイド・イオンを「魂の器」とすべく開発するシキ。
二人の幾度もの人生が交差する、シキ182年の記録。
(表紙絵/山碕田鶴)
※2024年11月〜 加筆修正の改稿工事中です。本日「58」まで済。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる