【完結】死神探偵 紅の事件 ~シリアルキラーと探偵遊戯~

夢追子

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第二幕 四 「この事件、どうやらとんでもないことになりそうな予感がするな」

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     四

「こちらの資料に目を通しておいて下さい。もうじき警察の協力者の方がこちらに見えますので、質問や詳しい説明はそれからということになります。」
 きびきびとして一部の隙もない動きでやってきた秘書・水島は、人数分の資料を置くと、すぐに広間から立ち去っていった。
 談笑の温かい雰囲気は、ヒョウという存在によってどこか薄ら寒くうそ臭くなっていたため、探偵たちは次の話題と依頼の情報を得ようと、秘書の置いていった資料に手を伸ばした。
 探偵たちが手にした資料に目を通し始めたせいで、室内には静寂が訪れていた。紙をめくる音、衣擦れの音、呼吸音、微かな音が初めて自己主張を始めている。
 その中には、リンが歩くたびに奏でる澄んだ鈴の音もあった。
 一部だけテーブルに取り残された資料を拾い、リンは急ぐでもなくヒョウに手渡す。
「はい、先生。」
「有難うございます、リン。」
 懸命に資料に見入っている他の探偵とは違い、ヒョウはぺらぺらと斜め読みしただけで資料を閉じてしまった。
 顔を上げたヒョウに、好奇心に満ちたリンの瞳が迫る。
「先生、何て書いてあったの?」
「警察の捜査資料ですよ。リン、見てみますか?」
 目の前に差し出された資料に、リンは大きく肯定の鈴の音を響かせた。
 しばらく資料の束と格闘していたリンだったが、すぐに資料から顔を上げた。リンの瞳の色からは好奇心の代わりに不機嫌が彩っている。
「分かんない。」
「大丈夫ですよ、リン。きっと、警察の協力者という方が分かりやすく説明してくださいます。」
 リンを慰めるように、ヒョウはリンの頭にポンポンと黒い手袋の手を置いた。
 リンはすっかり機嫌をよくして、元気良く頷いた。
 事件の資料に釘付けになっている好奇心と知的探究心の塊のような探偵達の凄みを増した雰囲気とは違い、リンとヒョウの周りはほのぼのとしている。事件には露ほどの興味も見せず、資料はもうヒョウの手から離れている。
 いち早く資料を一通り読み終えた榊原が、異質な二人組に視線を向けた。
「アンタは事件に本当に興味がないのか?」
「先程も申し上げたはずですが。」
 丁寧な受け答え。澄み切った声音。浮かんでいる微笑。
 榊原は舌打ちすると二人組から視線を外した。
 霧崎も琉衣も、榊原から少し遅れながらも新しい情報の吟味を終えて資料の束から視線を上げる。
「霧崎さん。どう思いました?今回の事件。」
 興味津々の様子で、琉衣は名探偵・霧崎の貴重な意見を拝聴しようと尋ねる。
 榊原も素早く思考を切り替えると、名探偵に意識を向けた。
 二人の期待に満ちた視線が集まる中、霧崎はもったいぶった様子で首を傾げてみせる。
「まだ詳しいことが全て分かっているわけじゃない。だから、断定は出来ない。俺にも、事件の全容は見えないな。」
 名探偵とは思えぬほどの弱気発言。だが、名探偵は勿論、これだけじゃ終らない。
「だが、いくつか気になることはある。先程の話と総合すると、この事件、どうやらとんでもないことになりそうな予感がするな。」
 自信に満ちた断定。予感ではなく確信。名探偵の瞳は説得力を与え、名探偵の鼻は事件の真実をかぎ分ける。
「とんでもないこと?」
 琉衣が首を傾げながらも、霧崎へと身を乗り出す。
 榊原は何かに勘付いているようで、身を乗り出さずに霧崎の次の言葉を待っていた。
「ここから先は、警察の協力者とやらに確認が済んでからだな。だが、そう考えれば、辻褄の合うことも多いのは確かだ。警察では早期解決が見込めずに、探偵を何人も雇い、煽って競わせてでも解決させたいことといい、事件の状況といい、一ヶ月経ってからの依頼といい。裏というのは、このことかもしれない。」
 名探偵の名演説。含みを持たせた物言い。
 広間では、名探偵・霧崎のショーが開かれつつあった。
「正直言って、僕には手に負えないかもしれないです。」
 神妙な顔つきの榊原が、眼鏡をクイッと上げた。
 ただならぬ二人の様子に、琉衣の顔にも不安が広がっていく。
「そんなに大変な事件なの?だって、さっき見た新聞記事だって、そんなに大きくなかったし。あの、ニュースとかワイドショートかでも、そんなに大きく扱ってたっけ?」
「いや、そんなことはないだろう。もし、俺が考えている通りならば、新聞やニュースなどでは騒がれないはずだ。」
「どういう意味?」
 室内は急速に空気が緊迫していく。
 霧崎の顔にも榊原の顔にも、研ぎ澄まされたようで深刻そうな事件に臨む探偵の顔が形作られている。
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