上 下
22 / 40

第三章 運命のイタズラ⑤

しおりを挟む
     五

「こんなの……、酷い……。……離して、下さい……っ。」
 泣きながら懇願してくる鈴木ハルト。
 明人は頭を掻き毟りたくなった。
「うるさい!」
 明人が発した声音は、まるで八つ当たりのように響く。
 本当は混乱した頭で少しでも早く魔法の解き方を考えようとしていたので、静かにして欲しかっただけなのだが……。水嶋シュウの冷徹な声では、そんなふうに響かない。
 それでも、とりあえず鈴木ハルトの元へと近づいていく。
 自分が発動した魔法なのだが、咄嗟に出たもの過ぎて近くで見てみないと詳細が分からないからだ。
 しかし、冷酷にしか見えないメガネの先輩の接近は、鈴木ハルトにとっては恐怖でしかないのだろう。目に見えて鈴木ハルトは身体の震えを大きくして、顔に恐怖を張り付けていた。
 その鈴木ハルトの表情を見ながら、明人は別の思考回路で全く違うことを考えていた。それは、目の前で次々と起きる厄介な出来事にキャパオーバーとなった柔な明人の精神が麻痺し始め、現実逃避することで辛うじて正気を保つという、いわば精神の自己防衛のような状態であった。
(……いいな、コイツ。素直に感情が表情に出せるなんて……。水嶋シュウの顔って、表情筋が動かないんだよな……。美容機器とか使ったら、イケるのか?)
「こっ、来ないで!……お願い……。」
(そう言われても、近づかないことには魔法も解けないんだよな……。)
「……ごめん……なさい。……散らかしたの、……っ、……謝ります。」
「謝るくらいなら散らかさないでくれ。」
 多分、本来ならこんな時は怯える後輩相手には優しい言葉を掛けるものだし、これ以上怯えさせるなんて以ての外だ。本来の明人なら、自分に攻撃の意思はないことを表明し、両手を上げながらなるべく穏やかな笑顔で語りかけていたはずだ。だが、水嶋シュウというキャラの設定上、そんな行動は許されない。だからこそ、何も優しい言葉は口から零れ出ず、代わりに淡々とした冷酷な指摘が口をついて出たのだ。
 それに明人自身もここまでくると何だかバカバカしくなっていた。
 自分の意思とは裏腹に、事態が勝手に進んでいってしまう。
 そもそも、荷物をぶちまけたのは相手だというのに、明人はそんな相手を助けようと魔法を咄嗟に使ったというのに、感謝されるどころかまるで加害者の様になっている。
「帰れと言ったはずだ。何故、帰らない?」
 あの時点で帰っていれば、こんなことにはならなかったはずだ。現在の事態の責任の一端は自らの愚かで後先考えない行動であると、この主人公・鈴木ハルトも理解するべきだ。明人だって望まない事態を引き起こした責任を、被害者面して泣き喚く鈴木ハルトにも感じて欲しかった。
「……だって、」
「荷物をぶちまけ、仕事を増やし、その上、泣き喚いた揚句、助けてもらった相手に暴言か?」
 泣いている相手に対して、こんな言い方をしてもどうしようもないことは明人だって分かってはいたが、無防備で無遠慮に近づいてきた挙句、イベントを始めようとするような奴にはこれくらい言っても許される気もした。
「た、助けてって……。そんなの……。」
「ふんっ。先程、俺が魔法を使わなければ、お前が立ち上がろうとした時、お前の頭の上に荷物が落ちてくるところだったんだぞ。それは、助けたうちに入らんのか?」
 淡々と懇々と理詰めで主人公を追い詰めるように言葉を重ねていく。
(もう、この際、とことん嫌われよう。そうしたら、コイツもちょっとやそっとじゃ俺に近づこうと思わんだろう。)
 距離を取ろうと画策した明人の作戦は、主人公が自らやって来ることで失敗した。ならば、これからは主人公が近づきたくないと思わせるように仕向ければ、明人から近づくことはないので、両者に適切な距離が生み出されるのではないかと思い、明人はこの際なので苛烈な方向に作戦変更することにした。
 主人公・鈴木ハルトに嫌われるために、明人は敢えて更に強い口調で責め立てていく。
「本来、学園の敷地内は許可された場所以外で魔法は使用禁止だ。生徒の模範となるべき生徒会の副会長であるこの俺が、その魔法を使用したということは、緊急事態であるということだ。お前はそんな緊急事態を引き起こしておいて、被害者面で泣き喚いているだけか?」
「そ、そんな……。」
 明人の言い分に何も言い返すことが出来ず、鈴木ハルトは下唇を噛んで俯いた。ただ、悔しさを滲ませた表情の中で涙は止まっていた。明人に対する負けん気が、涙を止めたようだった。
 泣き喚かなくなった鈴木ハルトに、明人は尚も続ける。泣いていないなら、より言いやすい。
「それとも、この期に及んで助けて欲しいなどと言っていないとでもお前は言うつもりか?お前はこの部屋に入って来た時点で既に荷物をぶちまけるほどの粗忽者であったというのに、次に落ちてきた荷物は避けることが出来たとでも言うつもりか?俺に指摘されるまで、自分の頭上に荷物が落ちて来ていたことすら気づくこともなく、助けられたことすら気づかなかったお前が?」
「……。」
 明人の言葉に、さすがに主人公は押し黙った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18BL】世界最弱の俺、なぜか神様に溺愛されているんだが

ちゃっぷす
BL
経験値が普通の人の千分の一しか得られない不憫なスキルを十歳のときに解放してしまった少年、エイベル。 努力するもレベルが上がらず、気付けば世界最弱の十八歳になってしまった。 そんな折、万能神ヴラスがエイベルの前に姿を現した。 神はある条件の元、エイベルに救いの手を差し伸べるという。しかしその条件とは――!?

悪役令息の兄には全てが視えている

翡翠飾
BL
「そういえば、この間臣麗くんにお兄さんが居るって聞きました!意外です、てっきり臣麗くんは一人っ子だと思っていたので」 駄目だ、それを言っては。それを言ったら君は───。 大企業の御曹司で跡取りである美少年高校生、神水流皇麗。彼はある日、噂の編入生と自身の弟である神水流臣麗がもめているのを止めてほしいと頼まれ、そちらへ向かう。けれどそこで聞いた編入生の言葉に、酷い頭痛を覚え前世の記憶を思い出す。 そして彼は気付いた、現代学園もののファンタジー乙女ゲームに転生していた事に。そして自身の弟は悪役令息。自殺したり、家が没落したり、殺人鬼として少年院に入れられたり、父に勘当されキャラ全員を皆殺しにしたり───?!?!しかもそんな中、皇麗はことごとく死亡し臣麗の闇堕ちに体よく使われる?! 絶対死んでたまるか、臣麗も死なせないし人も殺させない。臣麗は僕の弟、だから僕の使命として彼を幸せにする。 僕の持っている予知能力で、全てを見透してみせるから───。 けれど見えてくるのは、乙女ゲームの暗い闇で?! これは人が能力を使う世界での、予知能力を持った秀才美少年のお話。

悪役令息の死ぬ前に

ゆるり
BL
「あんたら全員最高の馬鹿だ」  ある日、高貴な血筋に生まれた公爵令息であるラインハルト・ニーチェ・デ・サヴォイアが突如として婚約者によって破棄されるという衝撃的な出来事が起こった。  彼が愛し、心から信じていた相手の裏切りに、しかもその新たな相手が自分の義弟だということに彼の心は深く傷ついた。  さらに冤罪をかけられたラインハルトは公爵家の自室に幽閉され、数日後、シーツで作った縄で首を吊っているのを発見された。  青年たちは、ラインハルトの遺体を抱きしめる男からその話を聞いた。その青年たちこそ、マークの元婚約者と義弟とその友人である。 「真実も分からないクセに分かった風になっているガキがいたからラインは死んだんだ」  男によって過去に戻された青年たちは「真実」を見つけられるのか。

不良高校に転校したら溺愛されて思ってたのと違う

らる
BL
幸せな家庭ですくすくと育ち普通の高校に通い楽しく毎日を過ごしている七瀬透。 唯一普通じゃない所は人たらしなふわふわ天然男子である。 そんな透は本で見た不良に憧れ、勢いで日本一と言われる不良学園に転校。 いったいどうなる!? [強くて怖い生徒会長]×[天然ふわふわボーイ]固定です。 ※更新頻度遅め。一日一話を目標にしてます。 ※誤字脱字は見つけ次第時間のある時修正します。それまではご了承ください。

R18禁BLゲームで僕は妹の推し(オレ様攻め)に生まれ変わってしまった

あおい夜
BL
僕は妹の大好きなゲームに転生した。 妹の大好きなゲームはR18禁BLゲームだった。 しかも僕はそのゲームの中の妹の推しの僕とは正反対のオレ様総攻めキャラに転生してしまった。 僕はちゃんとこの世界でやっていけるのか心配だ。 見た目はオレ様、中身は気弱な可愛い主人公はどうこのゲームの世界で動くのかを見守って下さい。 視点がコロコロしますがそれでも良いという方は読んでください。 ※※はr18です。

甥っ子と異世界に召喚された俺、元の世界へ戻るために奮闘してたら何故か王子に捕らわれました?

秋野 なずな
BL
ある日突然、甥っ子の蒼葉と異世界に召喚されてしまった冬斗。 蒼葉は精霊の愛し子であり、精霊を回復できる力があると告げられその力でこの国を助けて欲しいと頼まれる。しかし同時に役目を終えても元の世界には帰すことが出来ないと言われてしまう。 絶対に帰れる方法はあるはずだと協力を断り、せめて蒼葉だけでも元の世界に帰すための方法を探して孤軍奮闘するも、誰が敵で誰が味方かも分からない見知らぬ地で、1人の限界を感じていたときその手は差し出された 「僕と手を組まない?」 その手をとったことがすべての始まり。 気づいた頃にはもう、その手を離すことが出来なくなっていた。 王子×大学生 ――――――――― ※男性も妊娠できる世界となっています

BL漫画の世界に転生しちゃったらお邪魔虫役でした

かゆ
BL
授業中ぼーっとしていた時に、急に今いる世界が前世で弟がハマっていたBL漫画の世界であることに気付いてしまった! BLなんて嫌だぁぁ! ...まぁでも、必要以上に主人公達と関わらなければ大丈夫かな 「ボソッ...こいつは要らないのに....」 えぇ?! 主人公くん、なんでそんなに俺を嫌うの?! ----------------- *R18っぽいR18要素は多分ないです! 忙しくて更新がなかなかできませんが、構想はあるので完結させたいと思っております。

運命を変えるために良い子を目指したら、ハイスペ従者に溺愛されました

十夜 篁
BL
 初めて会った家族や使用人に『バケモノ』として扱われ、傷ついたユーリ(5歳)は、階段から落ちたことがきっかけで神様に出会った。 そして、神様から教えてもらった未来はとんでもないものだった…。 「えぇ!僕、16歳で死んじゃうの!? しかも、死ぬまでずっと1人ぼっちだなんて…」 ユーリは神様からもらったチートスキルを活かして未来を変えることを決意! 「いい子になってみんなに愛してもらえるように頑張ります!」  まずユーリは、1番近くにいてくれる従者のアルバートと仲良くなろうとするが…? 「ユーリ様を害する者は、すべて私が排除しましょう」 「うぇ!?は、排除はしなくていいよ!!」 健気に頑張るご主人様に、ハイスペ従者の溺愛が急成長中!? そんなユーリの周りにはいつの間にか人が集まり…。 《これは、1人ぼっちになった少年が、温かい居場所を見つけ、運命を変えるまでの物語》

処理中です...