30 / 32
29 高橋由里,19
しおりを挟む
二十九
子猫を預けたまま、団長さんは制止する間もなく行ってしまった。
高橋由里は、子猫の水気を拭いながらも困っていた。
《そんな猫、早く投げ捨てなさい!いや、それでは足りないわ。いっそ、縊り殺してしまいなさい!いいですね?由里!》
脳内ではリリィが物騒なことを叫んでいる。
《ルイ殿下は私には何もくださらなかったのに!きぃぃぃぃいぃっ!!!》
どうやらリリィは自分ではなくセレナに贈られたことが悔しくて堪らないらしい。
しばらくリリィの怒りは収まりそうもなかった。
(アナタは何も悪くないもんね?)
リリィがどれだけご立腹であろうと、どんな経緯でやって来たとしても子猫に罪はない。
由里は雨に濡れたせいで風邪をひかぬように、子猫の世話を焼いていた。
由里は猫好きであった。
幼い頃に家で飼うことを許してもらえず、大人になってから猫カフェに通うくらいには猫好きだった。
それでも、この子猫をずっと可愛がることが出来ない。
団長さんが帰り次第、迅速に飼い主に届けてもらう方が何かと問題が起きないだろうことは容易に理解できた。できれば、リリィの名を出さずにである。
「……団長さん、早く帰ってこないかしら?」
怒り心頭のリリィではなく、腕の中の子猫に話しかける。
子猫は由里の腕の中で、みゃうと返事してくれた。
子猫はエプロンで何とか水気が拭えたが、人間である由里はそういうわけにはいかない。
団長さんが帰ってきたらすぐに拭けるように、ひっつめにしていた金髪を解いて頭を振った。
雨に濡れた金色の髪が、豊かに広がる。
(本当にリリィの髪ってキレイ。)
元の世界の由里は手のかかる割に野暮ったい黒髪をしていた。それに比べて、リリィの髪は元々手入れをされていたものではあろうが、大した手入れをしなくても美しく輝いているのだった。
「……まさかっ!?」
そんな由里の背中から、誰かの驚いた声がする。
抱えていた子猫と一緒に声の方角に振り返ると、そこには運の悪いことにリリィの仇敵・セレナの姿があった。
一瞬にして由里はタイミングが最悪であることを悟る。
何を言い訳しようがリリィの言葉など誰も信じないことは、既に学習済みであるのに、由里の腕の中にはあろうことか婚約の際に王子から贈られたという子猫がいるのだ。
(ど、どうしよう!)
「その子をどうするおつもりですの?」
警戒心剥き出しで、セレナが尋ねてくる。
《今よ!猫を潰しておしまいなさい!いえ、猫を盾に要求するのです!》
意気揚々とリリィが脳内で役に立たない指示を出してくる。
(ど、どうするも何も……。)
何と答えたらいいか分からず、由里は口をパクパクと動かすことしかできない。
「セレナ。猫はいたか?」
由里がうまく返答できない間に、事態をさらに悪化させるような人物が、その場に合流した。
王子とセレナとリリィと子猫。
まさに最悪のタイミングでの鉢合わせである。
「リリィお姉さまが、あの子を!」
案の定、セレナはリリィを指さして王子に危機を訴えた。
由里は子猫を抱えたまま、絶望に震えた。
(……終わった。絶対、修道院行きだよ、これ。)
「リリィ・マクラクラン!」
地を這うような王子の怒声が響く。
由里は言い訳など、この場で何の意味も為さないことを察し、口を閉じる。由里に残されているのは、この場で抵抗せずにおとなしく断罪されることだけだ。たとえ、冤罪であろうと関係ない。何故なら、リリィ・マクラクランであるからだ。
一触即発。
婚約者のセレナを自分の背に庇い、王子が一歩前に進み出る。
「その猫をどうするつもりだ?」
脳内のリリィはセレナを庇う王子の行動一つ一つに金切り声を上げていたが、由里にそんなリリィの発言を聞いてやる余裕はなかった。
絶体絶命とはこのことか……。
由里は子猫を抱いたまま、俯くしかできなかった。
「お待ちください!」
そんな重苦しい空気を切り裂くように、その場に声が割って入る。
由里が声の方を振り返ると、やって来たのは団長さんだった。
「お、お返しします!」
そんな団長さんの登場に勇気を得て、由里は子猫を差し出す。
子猫は宙にぶらんとなり、にゃーと鳴いた。
団長さんなら経緯を知っている以上、少しくらい由里のことを庇ってくれると期待したかった。その上、猫が無事なら、御咎めも軽く済むかもしれないとも思った。というか、由里に出来るのはそのくらいであった。
由里から子猫を受け取り、団長さんはセレナに渡してくれる。
由里はその機を逃さず、勢いよく頭を下げると踵を返す。
「し、失礼します!」
声が裏返っていたが関係ない。どうせこの場にいたところで何もできないし、いいこともない。
由里は隙を突いて、脱兎のごとく駆け出したのだった。
子猫を預けたまま、団長さんは制止する間もなく行ってしまった。
高橋由里は、子猫の水気を拭いながらも困っていた。
《そんな猫、早く投げ捨てなさい!いや、それでは足りないわ。いっそ、縊り殺してしまいなさい!いいですね?由里!》
脳内ではリリィが物騒なことを叫んでいる。
《ルイ殿下は私には何もくださらなかったのに!きぃぃぃぃいぃっ!!!》
どうやらリリィは自分ではなくセレナに贈られたことが悔しくて堪らないらしい。
しばらくリリィの怒りは収まりそうもなかった。
(アナタは何も悪くないもんね?)
リリィがどれだけご立腹であろうと、どんな経緯でやって来たとしても子猫に罪はない。
由里は雨に濡れたせいで風邪をひかぬように、子猫の世話を焼いていた。
由里は猫好きであった。
幼い頃に家で飼うことを許してもらえず、大人になってから猫カフェに通うくらいには猫好きだった。
それでも、この子猫をずっと可愛がることが出来ない。
団長さんが帰り次第、迅速に飼い主に届けてもらう方が何かと問題が起きないだろうことは容易に理解できた。できれば、リリィの名を出さずにである。
「……団長さん、早く帰ってこないかしら?」
怒り心頭のリリィではなく、腕の中の子猫に話しかける。
子猫は由里の腕の中で、みゃうと返事してくれた。
子猫はエプロンで何とか水気が拭えたが、人間である由里はそういうわけにはいかない。
団長さんが帰ってきたらすぐに拭けるように、ひっつめにしていた金髪を解いて頭を振った。
雨に濡れた金色の髪が、豊かに広がる。
(本当にリリィの髪ってキレイ。)
元の世界の由里は手のかかる割に野暮ったい黒髪をしていた。それに比べて、リリィの髪は元々手入れをされていたものではあろうが、大した手入れをしなくても美しく輝いているのだった。
「……まさかっ!?」
そんな由里の背中から、誰かの驚いた声がする。
抱えていた子猫と一緒に声の方角に振り返ると、そこには運の悪いことにリリィの仇敵・セレナの姿があった。
一瞬にして由里はタイミングが最悪であることを悟る。
何を言い訳しようがリリィの言葉など誰も信じないことは、既に学習済みであるのに、由里の腕の中にはあろうことか婚約の際に王子から贈られたという子猫がいるのだ。
(ど、どうしよう!)
「その子をどうするおつもりですの?」
警戒心剥き出しで、セレナが尋ねてくる。
《今よ!猫を潰しておしまいなさい!いえ、猫を盾に要求するのです!》
意気揚々とリリィが脳内で役に立たない指示を出してくる。
(ど、どうするも何も……。)
何と答えたらいいか分からず、由里は口をパクパクと動かすことしかできない。
「セレナ。猫はいたか?」
由里がうまく返答できない間に、事態をさらに悪化させるような人物が、その場に合流した。
王子とセレナとリリィと子猫。
まさに最悪のタイミングでの鉢合わせである。
「リリィお姉さまが、あの子を!」
案の定、セレナはリリィを指さして王子に危機を訴えた。
由里は子猫を抱えたまま、絶望に震えた。
(……終わった。絶対、修道院行きだよ、これ。)
「リリィ・マクラクラン!」
地を這うような王子の怒声が響く。
由里は言い訳など、この場で何の意味も為さないことを察し、口を閉じる。由里に残されているのは、この場で抵抗せずにおとなしく断罪されることだけだ。たとえ、冤罪であろうと関係ない。何故なら、リリィ・マクラクランであるからだ。
一触即発。
婚約者のセレナを自分の背に庇い、王子が一歩前に進み出る。
「その猫をどうするつもりだ?」
脳内のリリィはセレナを庇う王子の行動一つ一つに金切り声を上げていたが、由里にそんなリリィの発言を聞いてやる余裕はなかった。
絶体絶命とはこのことか……。
由里は子猫を抱いたまま、俯くしかできなかった。
「お待ちください!」
そんな重苦しい空気を切り裂くように、その場に声が割って入る。
由里が声の方を振り返ると、やって来たのは団長さんだった。
「お、お返しします!」
そんな団長さんの登場に勇気を得て、由里は子猫を差し出す。
子猫は宙にぶらんとなり、にゃーと鳴いた。
団長さんなら経緯を知っている以上、少しくらい由里のことを庇ってくれると期待したかった。その上、猫が無事なら、御咎めも軽く済むかもしれないとも思った。というか、由里に出来るのはそのくらいであった。
由里から子猫を受け取り、団長さんはセレナに渡してくれる。
由里はその機を逃さず、勢いよく頭を下げると踵を返す。
「し、失礼します!」
声が裏返っていたが関係ない。どうせこの場にいたところで何もできないし、いいこともない。
由里は隙を突いて、脱兎のごとく駆け出したのだった。
20
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
貴方を捨てるのにこれ以上の理由が必要ですか?
蓮実 アラタ
恋愛
「リズが俺の子を身ごもった」
ある日、夫であるレンヴォルトにそう告げられたリディス。
リズは彼女の一番の親友で、その親友と夫が関係を持っていたことも十分ショックだったが、レンヴォルトはさらに衝撃的な言葉を放つ。
「できれば子どもを産ませて、引き取りたい」
結婚して五年、二人の間に子どもは生まれておらず、伯爵家当主であるレンヴォルトにはいずれ後継者が必要だった。
愛していた相手から裏切り同然の仕打ちを受けたリディスはこの瞬間からレンヴォルトとの離縁を決意。
これからは自分の幸せのために生きると決意した。
そんなリディスの元に隣国からの使者が訪れる。
「迎えに来たよ、リディス」
交わされた幼い日の約束を果たしに来たという幼馴染のユルドは隣国で騎士になっていた。
裏切られ傷ついたリディスが幼馴染の騎士に溺愛されていくまでのお話。
※完結まで書いた短編集消化のための投稿。
小説家になろう様にも掲載しています。アルファポリス先行。
婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです
秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。
そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。
いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが──
他サイト様でも掲載しております。
強い祝福が原因だった
棗
恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。
父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。
大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。
愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。
※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。
※なろうさんにも公開しています。
悪妃の愛娘
りーさん
恋愛
私の名前はリリー。五歳のかわいい盛りの王女である。私は、前世の記憶を持っていて、父子家庭で育ったからか、母親には特別な思いがあった。
その心残りからか、転生を果たした私は、母親の王妃にそれはもう可愛がられている。
そんなある日、そんな母が父である国王に怒鳴られていて、泣いているのを見たときに、私は誓った。私がお母さまを幸せにして見せると!
いろいろ調べてみると、母親が悪妃と呼ばれていたり、腹違いの弟妹がひどい扱いを受けていたりと、お城は問題だらけ!
こうなったら、私が全部解決してみせるといろいろやっていたら、なんでか父親に構われだした。
あんたなんてどうでもいいからほっといてくれ!
私が我慢する必要ありますか?【2024年12月25日電子書籍配信決定しました】
青太郎
恋愛
ある日前世の記憶が戻りました。
そして気付いてしまったのです。
私が我慢する必要ありますか?
※ 株式会社MARCOT様より電子書籍化決定!
コミックシーモア様にて12/25より配信されます。
コミックシーモア様限定の短編もありますので興味のある方はぜひお手に取って頂けると嬉しいです。
リンク先
https://www.cmoa.jp/title/1101438094/vol/1/
妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~
岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。
本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。
別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい!
そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。
妹に婚約者を奪われ、聖女の座まで譲れと言ってきたので潔く譲る事にしました。〜あなたに聖女が務まるといいですね?〜
雪島 由
恋愛
聖女として国を守ってきたマリア。
だが、突然妹ミアとともに現れた婚約者である第一王子に婚約を破棄され、ミアに聖女の座まで譲れと言われてしまう。
国を頑張って守ってきたことが馬鹿馬鹿しくなったマリアは潔くミアに聖女の座を譲って国を離れることを決意した。
「あ、そういえばミアの魔力量じゃ国を守護するの難しそうだけど……まぁなんとかするよね、きっと」
*この作品はなろうでも連載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる