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27 高橋由里,18
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二十七
《貴女、いったいいつになったら復讐を始めますの!》
今日も今日とて、リリィは元気いっぱい脳内で叫んでいる。
高橋由里は、あまり聞こえていないフリをして、今日も掃除に励んでいた。
丁寧な手当てのおかげでお腹の傷はもうあまり気にならなくなっていたし、仕事を真面目にこなしている分には誰にも叱られることはない。いくら懲罰でメイドにされたといっても、衣食住に困ることはなかった。もちろん、贅沢を許されているわけではなく、その辺りが更にリリィには不満なのだろうが、由里にとっては不満に思うことなどなかった。
(ご飯だって、お腹いっぱい食べられるし、美味しいし……。服だって、メイド服は清潔な物だし、お部屋だってワンルームの単身用の部屋と比べても断然広いもん。)
いくらメイドといっても、王宮勤めとなればそこそこの身分がなくてはいけないのだろう。リリィに与えられた環境は、由里にとっては快適とすら言えるものだった。
ただ一つ現状に不満があるとすれば、話し相手が脳内で喚き散らすリリィ以外いないということだけだ。他のメイドさんたちは、リリィを恐れ忌避していて近づいても来ない。もしも近づくことがあるとすれば、ちょっとした報復のためくらいである。
そのため、由里にとっては元の世界に戻るために必要な情報収集が出来ずじまいだった。いつまでメイドとして働かせてもらえるかは今のところ不透明で、騎士団長さんや王子様の機嫌如何によっては、朝起きて突然修道院行きを命じられることだってありうる。出来るだけ早く、情報を集めたいし、出来れば叶うなら味方や事情を話してもいい協力者を得たいところだが、それも今の段階では難しそうだった。
《毎日毎日飽きもせずにメイド仕事ばかり!私はもううんざりですわ!》
リリィは自分の思い通りに動かない由里に、当たり散らしてくる。
だが、由里はその脳内の声をシャットダウンすればいいだけなので、圧倒的に由里の方が有利であった。
(……仕事してるの、私だし。だいたい、復讐を手伝うなんて、私一言も言ってないし。)
反論するとリリィは何倍にもして返してくるので、由里は涼しげな顔で仕事を続けながら心の中だけで反論する。その上で、リリィが納得せざるを得ない理屈を呪文のように掲げるのだった。
「真面目にしてないと、修道院に軟禁されちゃうから。」
《……ぐっ。》
口惜しげなリリィの声が脳内に響く。
今のところ、修道院行きを回避するという目的は二人の間で一致していた。リリィにとっては復讐のためであり、由里にとっては元の世界に帰るためと最終目的は違うのだが。それでも、二人で各々の目的のために協力体制を取る必要はあった。
(まあ、リリィは私の話なんて聞いてないけど……。)
庭の掃き掃除をしながら由里は空を見上げる。
空の色は同じなのに、この世界は由里がいた世界とは全く違うものだった。
《由里、聞いてますの?》
リリィは飽きもせず脳内で喚いている。
最近、由里はリリィのことを妖精とかそういう物の類だと思って割り切っていた。また、考えようによっては、ちょっとした悪霊の類なのかもしれないとも思っていた。
(実際、死の間際に私を召還したって言ってたし……。)
悪役令嬢の妖精や悪霊など、笑い話のようだ。
けれど、リリィ視点で考えればどうなのだろう?
死の間際で召喚した由里のことを、リリィは何だと思っているのだろう?
それこそ、勇者とか英雄とか精霊とか、何やらファンタジックなモノだと思っていそうだ。実際は、引き立て役の脇役女でしかないというのに……。
(私に何を期待してるんだか……。)
ちょっと残念な感じのする悪役令嬢リリィに、由里はちょっとだけ可愛らしさを感じた。ただ、それはほんのちょっとだけで、普段は迷惑極まりないし、多分他の人にとっては災厄級の人物なのだろうことは容易に想像できる。だが、そんな悪役令嬢リリィも、今は小指一つ自分の思い通りに動かせないのだった。
すっと、由里の肌を冷たい風が通り過ぎていく。
青空が広がっていると思っていたが、いつの間にか暗い雲が空の向こうにはやって来ていた。
(……この世界って、天気予報がないから不便よね。)
雨雲レーダーがない世界で、由里は空を見上げる回数が増えた。
早めに掃き掃除を終えて帰ろうと、箒を動かす手を速める。
早めに雨雲の到来に気付いたおかげで、掃き掃除は雨が降り出す前に終えることが出来た。
ぽつぽつと、掃き清めた大地に水滴が染み込んでいく。
そのまま、次の仕事に移ろうとして、由里はその耳に小さな音を捉えた。
それは、動物の鳴き声のようで、由里は箒をその場に立てかけると、音のする方向へと歩き出した。
《貴女、雨が降ってきているのに、何をしてますの?》
リリィが由里の行動に不信感を覚えている。
由里は、すぐに近くの木の上に鳴き声の主の姿を見つけた。
それは、白い毛並みの小さな子猫であった。
《貴女、いったいいつになったら復讐を始めますの!》
今日も今日とて、リリィは元気いっぱい脳内で叫んでいる。
高橋由里は、あまり聞こえていないフリをして、今日も掃除に励んでいた。
丁寧な手当てのおかげでお腹の傷はもうあまり気にならなくなっていたし、仕事を真面目にこなしている分には誰にも叱られることはない。いくら懲罰でメイドにされたといっても、衣食住に困ることはなかった。もちろん、贅沢を許されているわけではなく、その辺りが更にリリィには不満なのだろうが、由里にとっては不満に思うことなどなかった。
(ご飯だって、お腹いっぱい食べられるし、美味しいし……。服だって、メイド服は清潔な物だし、お部屋だってワンルームの単身用の部屋と比べても断然広いもん。)
いくらメイドといっても、王宮勤めとなればそこそこの身分がなくてはいけないのだろう。リリィに与えられた環境は、由里にとっては快適とすら言えるものだった。
ただ一つ現状に不満があるとすれば、話し相手が脳内で喚き散らすリリィ以外いないということだけだ。他のメイドさんたちは、リリィを恐れ忌避していて近づいても来ない。もしも近づくことがあるとすれば、ちょっとした報復のためくらいである。
そのため、由里にとっては元の世界に戻るために必要な情報収集が出来ずじまいだった。いつまでメイドとして働かせてもらえるかは今のところ不透明で、騎士団長さんや王子様の機嫌如何によっては、朝起きて突然修道院行きを命じられることだってありうる。出来るだけ早く、情報を集めたいし、出来れば叶うなら味方や事情を話してもいい協力者を得たいところだが、それも今の段階では難しそうだった。
《毎日毎日飽きもせずにメイド仕事ばかり!私はもううんざりですわ!》
リリィは自分の思い通りに動かない由里に、当たり散らしてくる。
だが、由里はその脳内の声をシャットダウンすればいいだけなので、圧倒的に由里の方が有利であった。
(……仕事してるの、私だし。だいたい、復讐を手伝うなんて、私一言も言ってないし。)
反論するとリリィは何倍にもして返してくるので、由里は涼しげな顔で仕事を続けながら心の中だけで反論する。その上で、リリィが納得せざるを得ない理屈を呪文のように掲げるのだった。
「真面目にしてないと、修道院に軟禁されちゃうから。」
《……ぐっ。》
口惜しげなリリィの声が脳内に響く。
今のところ、修道院行きを回避するという目的は二人の間で一致していた。リリィにとっては復讐のためであり、由里にとっては元の世界に帰るためと最終目的は違うのだが。それでも、二人で各々の目的のために協力体制を取る必要はあった。
(まあ、リリィは私の話なんて聞いてないけど……。)
庭の掃き掃除をしながら由里は空を見上げる。
空の色は同じなのに、この世界は由里がいた世界とは全く違うものだった。
《由里、聞いてますの?》
リリィは飽きもせず脳内で喚いている。
最近、由里はリリィのことを妖精とかそういう物の類だと思って割り切っていた。また、考えようによっては、ちょっとした悪霊の類なのかもしれないとも思っていた。
(実際、死の間際に私を召還したって言ってたし……。)
悪役令嬢の妖精や悪霊など、笑い話のようだ。
けれど、リリィ視点で考えればどうなのだろう?
死の間際で召喚した由里のことを、リリィは何だと思っているのだろう?
それこそ、勇者とか英雄とか精霊とか、何やらファンタジックなモノだと思っていそうだ。実際は、引き立て役の脇役女でしかないというのに……。
(私に何を期待してるんだか……。)
ちょっと残念な感じのする悪役令嬢リリィに、由里はちょっとだけ可愛らしさを感じた。ただ、それはほんのちょっとだけで、普段は迷惑極まりないし、多分他の人にとっては災厄級の人物なのだろうことは容易に想像できる。だが、そんな悪役令嬢リリィも、今は小指一つ自分の思い通りに動かせないのだった。
すっと、由里の肌を冷たい風が通り過ぎていく。
青空が広がっていると思っていたが、いつの間にか暗い雲が空の向こうにはやって来ていた。
(……この世界って、天気予報がないから不便よね。)
雨雲レーダーがない世界で、由里は空を見上げる回数が増えた。
早めに掃き掃除を終えて帰ろうと、箒を動かす手を速める。
早めに雨雲の到来に気付いたおかげで、掃き掃除は雨が降り出す前に終えることが出来た。
ぽつぽつと、掃き清めた大地に水滴が染み込んでいく。
そのまま、次の仕事に移ろうとして、由里はその耳に小さな音を捉えた。
それは、動物の鳴き声のようで、由里は箒をその場に立てかけると、音のする方向へと歩き出した。
《貴女、雨が降ってきているのに、何をしてますの?》
リリィが由里の行動に不信感を覚えている。
由里は、すぐに近くの木の上に鳴き声の主の姿を見つけた。
それは、白い毛並みの小さな子猫であった。
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