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26 高橋由里,17

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      二十六

 高橋由里は、医務室から使用人棟へと戻る道すがら、ため息を吐いていた。
 傷の手当てを終えて、先程の場所まで戻ってみれば、案の定既に荷物は運ばれてしまいなくなっていた。
(……きっと、あの騎士団長さんが運んでくれたんだよね……。)
 先程、団長さんに遭遇した際は叱責されるかと思い由里は身構えて怯えていたのだが、結局傷の心配もされ、荷物運びという由里の仕事も片づけられていた。多分、忙しい人なのだろうが、元々が世話好きなのか、由里は世話になりっぱなしだった。
 ただ、素直に感謝だけできるかというと、それも違う。
 あの団長さんは、手っ取り早い方法だと思っているのだろうし、リリィのことを何とも思ってないからの行動だろうが、何かあるとこちらの気持ちも考えずに、すぐに抱き上げて運ぶのは、由里にとっては距離が近すぎて勘弁して欲しかった。もしかしたらこちらのことを荷物程度にしか思っていないのかもしれないからなのか。
(……あの人、いい人だと思うんだけど……。)
 異性に対して免疫がなさすぎる初恋拗らせ女子の由里からしてみれば、いちいち緊張してドキドキするのは本当にどうしていいか分からない。
《あの男は、いちいちうるさいんですわ。》
 リリィは何が気に入らないのか、特に団長さんには辛く当たっていた。まあ、由里の脳内にしかリリィの声は響かないので、あの親切で困った団長さんに届くことはないのが救いだ。
 荷物がないのであれば、別の仕事をするためにメイド長の元に戻らなければならない。
 由里は中庭を使用人棟へと向けて歩き出した。
 そんな由里の進行方向から、誰かがやって来るのが見える。
 由里は隅に控えて頭を下げると、やって来る人を横目で確認しながら、やり過ごす準備を整えた。
 由里が自分の身体で頭を下げるのをリリィは極端に嫌がるが、不要なトラブルを避けるためにはまず自分が引くことが何よりも有効なので、由里は気にしなかった。
 今も、頭を下げているメイド服姿の由里に、やって来た人物は注目せずに通り過ぎていってくれる。
 ただ、その人物が近くまでやって来た時、脳内のリリィが過剰に反応した。
《……セレナ。》
 地を這うほどの怒りに満ちた声音で、憎き仇であるその名を呼ぶリリィ。
 その人物が近づいてきた時に誰かに似ている気が由里にはしたのだが、なるほどそれはリリィ本人であった。悪女リリィと聖女セレナは、属性こそ違えど姉妹であるから、外見はかなり似ていた。ただ、どれだけ似ていても、属性の違いは雰囲気の違いに如実に表れているのだろう。在りし日のリリィの姿は由里には想像することしかできないが、今すれ違った神々しい人物とリリィは雰囲気が似ても似つかないことは由里にも簡単に理解できた。
 清楚でありながら華やかなドレスを着こなし、楚々と歩く高貴で清廉な貴婦人。それが、リリィの妹で、王子の現在の婚約者でもあるセレナ・マクラクランなのだった。
 そのままセレナはメイド姿のリリィの存在に気付かず、通り過ぎていこうとする。
 リリィはギリギリと奥歯を慣らすような音を由里の脳内に響かせており、今自由に身体が動かせたら即座にセレナに飛びかかりそうな物騒な雰囲気の唸り声を出していたが、由里には関係ないことなので、要らぬトラブルを招かぬように大人しくしていた。
 だが、そのまま通り過ぎようとしていたセレナが、誰かに呼び止められ振り返る。
 横目で呼び止めた人物を確認するまでも無く、脳内でリリィの声が響いた。
《ルイ殿下……。》
 元婚約者の名を呼ぶリリィの声には複雑な感情が込められていると由里は感じていた。妹のセレナとは違い、憎いばかりではないのだろうと由里はそう判断した。
 セレナは微笑みで婚約者を迎え、二人で寄り添うようにしてリリィの前を気づかずに通り過ぎていく。
 あまりにも仲睦まじい二人の様子に、由里は自分事のように感じ、胸が苦しくなり、リリィの事が気の毒になった。
《……私は、絶対殿下を取り戻しますわ。》
 鋼鉄の意志を感じさせるような決意の言葉が由里の脳内に響く。
 あれだけ仲の良い二人の様子を見ても諦める気のないリリィに、由里は少しだけ羨ましさを感じた。
《……泥棒猫のセレナには、絶対に吠え面をかかせてやりますわ。まずは、殿下を私なしでは生きられないように、私の魅力でメロメロにして差し上げて、その後、セレナには私と殿下の結婚式で引き立て役として出席させてやりますの!》
 決意に満ちたリリィの高笑いが由里の脳内に響く。
 ただ、由里はリリィの言葉に複雑な思いを抱えていた。
(……それ、この間、私、経験したんだけど……。)
 あれは報復として成立するほどの事だったのかと、由里は空しくなった。
 それと同時に、今のままだとセレナと王子の結婚式に、メイドとしてリリィは準備に駆り出されることになるだろうなと思いはしたが、リリィがノリノリで高笑いしていたので、何も言わないであげることにしていた。
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