25 / 32
24 高橋由里,16
しおりを挟む
二十四
高橋由里は周囲の期待を裏切り、順調にメイド仕事をこなし続けていた。
そもそもリリィは懲罰のようなものとしてメイドにされているので、頼まれる仕事に重要度もなく、求められる水準も決して高いものではない。貴族令嬢としてお高く留まって好き勝手に生きてきたリリィにとっては、メイドに堕とされる扱いなど屈辱的でしかないのだろうが、由里は違う。下っ端メイドとして働くのは、学生時代のバイトとさほど変わらず、何の問題もなかった。
むしろ、こちらの世界に来て早々、貴族令嬢として振舞えと言われた方が問題だらけだったろう。しきたりも知らず、貴族が何たるかも分からず、オドオドとすることしか出来そうもない。
だが、リリィ・マクラクランである以上、周りがそれを許さなそうだ。
リリィ・マクラクランというのは、きっと貴族令嬢たちの作るカーストの最上位に君臨し、権力をほしいままに振舞っていたのだから。他の貴族令嬢と目を合わせれば、おしゃべりと称した苛烈なマウント合戦が繰り広げられ、その身に纏うもの一つとっても、全ての貴族令嬢が羨望の眼差しを向けるモノでなくてはならず、憧憬と嫉妬の中心に常に身を置かなくてはならないのだ。そして、勝ち続けなくてはならない。
そんなこと、由里には絶対無理だった。
城内で仕事中に時折見かける貴族の令嬢同士がバチバチと火花を散らして微笑みあっているのを見て、うすら寒い恐怖だけを感じてしまう。だが、メイドである今の由里は、貴族令嬢が通るたびに廊下の隅に控えて頭を下げるだけでいい。あんな無謀で無意味な気がする戦いに身を削られるよりは、よほど精神の健康によさそうだと由里は頭を下げながら安堵していたほどだ。
メイドの下っ端である今の由里は、命令通りに仕事をこなしていればいいだけなので、肉体的な疲労を除けば、メイドの仕事はそこまで大変ではなかった。
まあ、リリィは脳内で喚き散らしっぱなしではあったが……。
初めはうるさくて仕方なかったリリィの金切り声も、慣れとは恐ろしいもので少しずつ気にならなくなり、今では意識してリリィの声を雑音として切り離すことも難しくなくなった。
唯一メイドの由里にとって、大変なことといえば、やはり周りの目と態度である。
さすがに由里がどれだけ真面目に仕事をこなしたとしても、元々のリリィの悪行があんまりにあんまりらしく、いつまで経っても信頼度はゼロだ。なので、常に仕事中は誰かしらに監視されている。元々引き立て女として脇役で生きてきた由里は注目されることに慣れていないため、監視の視線が常にあるのはやはり気になって仕方がなかった。
ただ、その監視というのも一概に悪いことばかりではないのだ。
悪役令嬢リリィ・マクラクランは、どうやらメイドさんたちにも良く思われていないらしい。少しずつ任される仕事の種類が増え始めると、メイド長以外のメイドさんと関わる機会も増えたのだが、一様に皆のこちらを見る視線が冷たかった。
そんなメイドさんたちは、もちろん今回の機会を逃すはずもなく、今までの雪辱を果たすかのように態度や言葉で圧力をかけてきた。
リリィの態度を思えばしょうがないことなのだろうが、由里にとってはあまりうれしいことではないし、何より無関係の貧乏くじでしかない。しかし、監視の目があるおかげで、そのメイドさんたちの圧力も苛烈にはなりえなかった。なので、圧倒的ないじめや復讐というよりは、ちょっとした嫌がらせ程度に抑えられていた。
今も由里は、他のメイドさんたちに重い方の荷物を多めに任せられて、それを倉庫まで運んでいる。
全ての荷物を運べとかは言われないし、無理難題を吹っかけられることもない。由里が一人でいる部屋に外からカギを掛けられることも、モノを隠されることもない。されるのは、無理すればギリギリ出来そうなくらいの仕事を押し付けられることくらいだ。
リリィの中に入っていながら、この程度の報復で済んでいるのは、ラッキーなのかもしれないなと、由里は割り切って仕事をしていた。
(……何せ、リリィって誰かに殺されるくらいには恨まれてるんだものね……。)
荷物を運びながら、そう心の中で独りごちる由里。
思えば、監視の目もリリィの身に危険が及ばないようにする意味も少しくらいはあるかもしれない。
あの高潔そうで誠実そうな団長さん辺りは、そのくらいのことも考えてくれたりして……と、由里は希望的観測をすることにしていた。
倉庫までの道のりは重い荷物を持ちながらではかなりのモノだ。
半分くらいの所で、由里は腹部に違和感を覚えて思わず立ち止まった。
「……っ。」
(……ちょっと、痛いかも……。)
どうやら無理をしたせいで、まだ治りきっていない腹部の傷に差し障りがあったようだ。
由里は、その場で荷物を下ろし、どうしたものかと途方に暮れた。
高橋由里は周囲の期待を裏切り、順調にメイド仕事をこなし続けていた。
そもそもリリィは懲罰のようなものとしてメイドにされているので、頼まれる仕事に重要度もなく、求められる水準も決して高いものではない。貴族令嬢としてお高く留まって好き勝手に生きてきたリリィにとっては、メイドに堕とされる扱いなど屈辱的でしかないのだろうが、由里は違う。下っ端メイドとして働くのは、学生時代のバイトとさほど変わらず、何の問題もなかった。
むしろ、こちらの世界に来て早々、貴族令嬢として振舞えと言われた方が問題だらけだったろう。しきたりも知らず、貴族が何たるかも分からず、オドオドとすることしか出来そうもない。
だが、リリィ・マクラクランである以上、周りがそれを許さなそうだ。
リリィ・マクラクランというのは、きっと貴族令嬢たちの作るカーストの最上位に君臨し、権力をほしいままに振舞っていたのだから。他の貴族令嬢と目を合わせれば、おしゃべりと称した苛烈なマウント合戦が繰り広げられ、その身に纏うもの一つとっても、全ての貴族令嬢が羨望の眼差しを向けるモノでなくてはならず、憧憬と嫉妬の中心に常に身を置かなくてはならないのだ。そして、勝ち続けなくてはならない。
そんなこと、由里には絶対無理だった。
城内で仕事中に時折見かける貴族の令嬢同士がバチバチと火花を散らして微笑みあっているのを見て、うすら寒い恐怖だけを感じてしまう。だが、メイドである今の由里は、貴族令嬢が通るたびに廊下の隅に控えて頭を下げるだけでいい。あんな無謀で無意味な気がする戦いに身を削られるよりは、よほど精神の健康によさそうだと由里は頭を下げながら安堵していたほどだ。
メイドの下っ端である今の由里は、命令通りに仕事をこなしていればいいだけなので、肉体的な疲労を除けば、メイドの仕事はそこまで大変ではなかった。
まあ、リリィは脳内で喚き散らしっぱなしではあったが……。
初めはうるさくて仕方なかったリリィの金切り声も、慣れとは恐ろしいもので少しずつ気にならなくなり、今では意識してリリィの声を雑音として切り離すことも難しくなくなった。
唯一メイドの由里にとって、大変なことといえば、やはり周りの目と態度である。
さすがに由里がどれだけ真面目に仕事をこなしたとしても、元々のリリィの悪行があんまりにあんまりらしく、いつまで経っても信頼度はゼロだ。なので、常に仕事中は誰かしらに監視されている。元々引き立て女として脇役で生きてきた由里は注目されることに慣れていないため、監視の視線が常にあるのはやはり気になって仕方がなかった。
ただ、その監視というのも一概に悪いことばかりではないのだ。
悪役令嬢リリィ・マクラクランは、どうやらメイドさんたちにも良く思われていないらしい。少しずつ任される仕事の種類が増え始めると、メイド長以外のメイドさんと関わる機会も増えたのだが、一様に皆のこちらを見る視線が冷たかった。
そんなメイドさんたちは、もちろん今回の機会を逃すはずもなく、今までの雪辱を果たすかのように態度や言葉で圧力をかけてきた。
リリィの態度を思えばしょうがないことなのだろうが、由里にとってはあまりうれしいことではないし、何より無関係の貧乏くじでしかない。しかし、監視の目があるおかげで、そのメイドさんたちの圧力も苛烈にはなりえなかった。なので、圧倒的ないじめや復讐というよりは、ちょっとした嫌がらせ程度に抑えられていた。
今も由里は、他のメイドさんたちに重い方の荷物を多めに任せられて、それを倉庫まで運んでいる。
全ての荷物を運べとかは言われないし、無理難題を吹っかけられることもない。由里が一人でいる部屋に外からカギを掛けられることも、モノを隠されることもない。されるのは、無理すればギリギリ出来そうなくらいの仕事を押し付けられることくらいだ。
リリィの中に入っていながら、この程度の報復で済んでいるのは、ラッキーなのかもしれないなと、由里は割り切って仕事をしていた。
(……何せ、リリィって誰かに殺されるくらいには恨まれてるんだものね……。)
荷物を運びながら、そう心の中で独りごちる由里。
思えば、監視の目もリリィの身に危険が及ばないようにする意味も少しくらいはあるかもしれない。
あの高潔そうで誠実そうな団長さん辺りは、そのくらいのことも考えてくれたりして……と、由里は希望的観測をすることにしていた。
倉庫までの道のりは重い荷物を持ちながらではかなりのモノだ。
半分くらいの所で、由里は腹部に違和感を覚えて思わず立ち止まった。
「……っ。」
(……ちょっと、痛いかも……。)
どうやら無理をしたせいで、まだ治りきっていない腹部の傷に差し障りがあったようだ。
由里は、その場で荷物を下ろし、どうしたものかと途方に暮れた。
10
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら
影茸
恋愛
公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。
あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。
けれど、断罪したもの達は知らない。
彼女は偽物であれ、無力ではなく。
──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。
(書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です)
(少しだけタイトル変えました)
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
平凡令嬢は婚約者を完璧な妹に譲ることにした
カレイ
恋愛
「平凡なお前ではなくカレンが姉だったらどんなに良かったか」
それが両親の口癖でした。
ええ、ええ、確かに私は容姿も学力も裁縫もダンスも全て人並み程度のただの凡人です。体は弱いが何でも器用にこなす美しい妹と比べるとその差は歴然。
ただ少しばかり先に生まれただけなのに、王太子の婚約者にもなってしまうし。彼も妹の方が良かったといつも嘆いております。
ですから私決めました!
王太子の婚約者という席を妹に譲ることを。
奪われたものは、もう返さなくていいです
gacchi
恋愛
幼い頃、母親が公爵の後妻となったことで公爵令嬢となったクラリス。正式な養女とはいえ、先妻の娘である義姉のジュディットとは立場が違うことは理解していた。そのため、言われるがままにジュディットのわがままを叶えていたが、学園に入学するようになって本当にこれが正しいのか悩み始めていた。そして、その頃、双子である第一王子アレクシスと第二王子ラファエルの妃選びが始まる。どちらが王太子になるかは、その妃次第と言われていたが……
神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜
星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」
「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。
やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。
* 2023年01月15日、連載完結しました。
* ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました!
* 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
* ブクマ、感想、ありがとうございます。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる