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21 高橋由里,14

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      二十一

 使用人棟の中にある個人部屋の中でも、最上階の最奥に位置する角部屋。
 そこが由里に宛がわれた居室であった。
 あの後、メイド長に引き渡され、早速部屋に案内され、メイドとして働くために服を着替えてこいと言われた由里。
 今は最初に着ていたワンピースのような服が血や泥で汚れたり破れたりしていたために騎士団本部で用意してもらったこちらも簡素なワンピースのような服である。
 居室に備え付けのクローゼットの中から、メイド服を取出し、言われた通りに着替え始める由里。メイドとして働くということは、下っ端として働くことだと思うので、あまり上司であるメイド長さんを待たせてはいけないと、出来るだけ早く着替える。
 そんな着替えの最中も、リリィの不平不満は止まらなかった。
《ちょっと!由里!貴女、私の身体でなんて服を着ようとしているんですの?》
「メイド服だよ。言われたでしょ?さっき、メイド長さんに。」
 室内にはさすがに誰の監視の目も無いようなので、由里はリリィと堂々と会話する。
《そんな服を着て恥ずかしくないんですの?》
 心外だと言わんばかりにリリィは怒鳴り散らしているが、由里は全く気にならない。
「別に、恥ずかしくないよ。服着てるし。」
 由里の元いた世界では、メイド服といえば制服かコスプレだ。コスプレ用のメイド服はスカートの裾がやたらと短かったので、足を出すことに抵抗を覚えて着たことはなかったが、このメイド服はクラシカルスタイルだ。由里にとっては、バイト先の制服を着ることと大差ない。さらに言えば、メイドの仕事だってバイトのようなものだと割り切ることが出来ていた。
 よく分からないなりにはテキパキとメイド服を着ていく由里。
《貴女!今すぐ、お脱ぎなさい!そんなもの!》
(そういえば、さっきのワンピースみたいな服を着る時も、リリィは文句言ってたな。)
 リリィにとっては服と言えば豪華なドレス一択らしい。
 服飾費がやたらとかかりそうだなと、由里は漠然と思っていた。
「修道院に送られるよりはマシでしょ?」
 メイド服を何とか着終え、壁に掛かっている身だしなみ確認用の鏡を覗き込みながら、由里はリリィに一番効果のある説得材料を持ち出していた。
 リリィも復讐という目的があるので、闇雲に騒ぎ立てて修道院に即追放となる状況は歓迎していないようで、基本的に話を聞かずに自分の意見を当たり前のように周囲が聞くものと思っているリリィにも、この論法ならば話を聞いてもらえることが出来ることを、由里は数日で学んでいた。
《それは、そうですけど……。》
 リリィが口惜しそうな声を上げて黙り込む。
 由里は鏡を見たことで、この世界に来て初めてしっかりとリリィの姿を確認していた。
「……綺麗ね、リリィって。」
 ほうっと、思わずため息を吐いてしまうほど、リリィは美しかった。
 元の世界の引き立て女である由里とは大違いの美貌である。
 悪役令嬢というのは、基本的に美人がなるものだと相場が決まっていると由里は思っていたが、なるほど、これだけの美貌を持っていれば、周囲も自然とちやほやしてくれるだろうし、言うことも聞いてくれ放題だろう。放っておかれることも無く、気を引こうとして構いつける者も大勢いるだろうし、その上、元々の身分も高いとなれば、我がまま放題に育ったとて仕方無いこともあるのだろう。
 あらゆる意味でリリィと由里の育ってきた境遇の違いに、由里は驚くくらいしかできなかった。ここまで違えば、嫉妬も羨望も遠すぎて感じることすら出来ない。
《当然です。私を誰だと思ってるんですの?リリィ・マクラクランですわ。》
 由里の褒め言葉を当たり前のように受け取って、誇り高く宣言するリリィ。
 その揺らぐことのない自信は、自信を持ったことのない劣等感の塊の由里にとっては眩しくて羨ましいものだった。
 だが、何の因果か引き立て役だった冴えない自分が、今は絶世の美女とも呼ばれそうなリリィの身体に入っている。
 そんな現実に少しだけ自嘲気味に笑って、由里は豊かな金色の髪をひっつめて結い上げた。
「よし。」
 そのまま部屋を出ていこうとする由里に、リリィが慌てた声を上げる。
《ちょっと!由里!まだお化粧が終わってませんわよ!》
 メイドというのは下働きでもあるし、由里はそのまますっぴんで出かけようとしていたのだが、リリィにとってはそれは緊急事態のような物らしい。声に籠る切迫感が違う。
 しかし、由里にしてみればばっちりメイクをした元の世界の自分よりも、今のリリィの方がよほど人目を気にしなくてもいい美しさを持っている。
 なので、リリィの制止は聞かず、部屋の扉に手を掛けた。
「でも、お化粧道具なかったし。」
 言い訳のようにリリィに告げて、由里は部屋の外へと一歩踏み出す。
 これが、由里の王宮生活の始まりの一歩であった。


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