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19 ミハイル・アイゼンバッハ,6
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十九
「リリィはどうなった?修道院に無事に追放したか?」
主の質問に、ミハイルは言葉を選びながら首を振った。
「いえ。発見はしましたが、修道院に送り届けてはいません。道中アクシデントに見舞われたため、王都へとその身柄を連行してきました。」
「?」
ミハイルの報告に、王子は不服そうに片眉を上げた。
主の要求に完璧に応えられてはいない現状を理解しているミハイルは、それでも叱責覚悟で報告を続ける。
「道中、どうやら刺客に襲われ、怪我をしたようで、今、手当をさせています。」
「ふんっ。そんなものどうせあの女の自作自演だろう。」
ミハイルの報告を遮ると、王子は鼻を鳴らして不服を訴える。
主の気持ちも理解できるのでミハイルは心苦しかったが、それでも主とは異なる見解の報告を上げる。
「道中だけではなく、修道院の中にまで刺客は複数潜んでおりました。部下が捕らえております。ですので、刺客に襲われた件は間違いないかと。」
「あの女が恨みを買うのが悪い。自業自得だ。」
同情する様子は一切見せない王子の態度に、ミハイルは共感する。
(……あの女は、それほどのことをしてきたのだ。)
ただ、ミハイルは共感しても、同意するわけにはいかなかった。
「血を流しながら、リリィ・マクラクランは何でもするから修道院には送らないでくれと頭を下げて頼み込んできました。どういたしますか?」
ミハイルの報告の内容に、王子は懐疑的な視線を向ける。
「あの女が?頼みこむだと?何を言っている、ミハイル?」
王子の疑問は尤もである。ミハイルとて、この目で見ていなければ部下がそう報告してきたとして俄かには信じられなかっただろう。あの、リリィ・マクラクランが、である。
だから、ミハイルは言葉を尽くして補足の説明をする。
「この目で見ました。地面に無様に転び、そのまま頭を下げ、『助けてください。』と頼み込まれ、その上、『修道院に送らないでくれ。』と。更に、『ありがとうございます。』とも、です。」
自分で言っていても、先程のリリィの様子は信じられないのだ。特に、礼を言った時の表情など、危うくミハイルはリリィという女が『怪我をしたか弱い女性』だと錯覚しそうになったほどだ。なので、王子があり得ないと断定するように肩を竦めるのも理解できた。
「どうした?ミハイル。まさか、あの女の色香に騙されたとでもいうのか?あの女だぞ?」
「いえ、そのようなことはないと思います。必要ならば、部下にも報告させましょう。信じられないこととは思いますが……、いえ、私も自分で見たはずだというのに、本気で信じられるかというと疑問が残るくらいです。ですが、本当に、あの女は殊勝な態度で我々に頼み込んできたのです。」
「……、人に物を頼むことなど、生まれてこの方したことないはずだぞ、あの女は。」
ミハイルの報告に王子は疑義を挟むが、王子が疑っているのは報告の内容であって、ミハイルの忠誠ではない。そのため、ここまでミハイルが言い募るには何かわけがあるのだと、報告の内容を一考することも忘れない。
「我が身の破滅を感じて、何か思うところでもあったのか?……それとも、何かの策なのか?」
王子が考え始めたため、ミハイルは自分の意見を進言することにする。
「とりあえず、怪我が治るまでは猶予期間として、その間にリリィ・マクラクランの真意を探り、企みを看破するのがよろしいかと思います。……それに、その間に刺客の洗い出しも進めたいと思います。」
「それは、必要か?」
王子は酷く冷淡な瞳で、ミハイルの言葉を遮った。
ミハイルは自分の騎士道精神に恥じぬために、主へと自分の思うところを述べた。
「確かに、リリィ・マクラクランを何者かの手で処分してしまえば、後顧の憂いは断たれるかもしれません。ですが、どれだけ悪逆非道の行いをした者でも、悪に対して悪でもって対処することは得策とは言えません。殿下には、公明正大で日の当たる道を歩いていただきたいのです。」
忠誠心に溢れたミハイルの言葉に、王子はしぶしぶ頷いた。
「そなたは本当に真っ直ぐな男であるな。分かった。」
ミハイルは懐の深い主の姿勢に微笑む。
「はい。」
そして、変わらぬ忠誠を捧げるために提案する。
「リリィ・マクラクランの監視は、私にお任せください。近衛騎士団長として責任を持って、今後のこの国の未来に翳りを落とすことのないよう、少しでも妙な動きをすればその時こそこの手で成敗して見せます。」
「いいだろう。お前に任せる。」
全幅の信頼を置く腹心に、王子は頷いて見せる。
ミハイルは主の期待に添うべく、決意を新たにする。
(あの女にどのような思惑があるにせよ、監視の目を緩めねばいいことだ。)
「……確か、あの女は何でもすると言ったのだったな?」
王子が少し考え込みながら、ミハイルに尋ねてくる。
ミハイルは頷く。
「はい、私にはっきりとそう言いました。」
「よかろう。ならば、あの女の言葉通りにしようではないか。」
そう言った王子の顔には暗い笑みが浮かんでいた。
「リリィはどうなった?修道院に無事に追放したか?」
主の質問に、ミハイルは言葉を選びながら首を振った。
「いえ。発見はしましたが、修道院に送り届けてはいません。道中アクシデントに見舞われたため、王都へとその身柄を連行してきました。」
「?」
ミハイルの報告に、王子は不服そうに片眉を上げた。
主の要求に完璧に応えられてはいない現状を理解しているミハイルは、それでも叱責覚悟で報告を続ける。
「道中、どうやら刺客に襲われ、怪我をしたようで、今、手当をさせています。」
「ふんっ。そんなものどうせあの女の自作自演だろう。」
ミハイルの報告を遮ると、王子は鼻を鳴らして不服を訴える。
主の気持ちも理解できるのでミハイルは心苦しかったが、それでも主とは異なる見解の報告を上げる。
「道中だけではなく、修道院の中にまで刺客は複数潜んでおりました。部下が捕らえております。ですので、刺客に襲われた件は間違いないかと。」
「あの女が恨みを買うのが悪い。自業自得だ。」
同情する様子は一切見せない王子の態度に、ミハイルは共感する。
(……あの女は、それほどのことをしてきたのだ。)
ただ、ミハイルは共感しても、同意するわけにはいかなかった。
「血を流しながら、リリィ・マクラクランは何でもするから修道院には送らないでくれと頭を下げて頼み込んできました。どういたしますか?」
ミハイルの報告の内容に、王子は懐疑的な視線を向ける。
「あの女が?頼みこむだと?何を言っている、ミハイル?」
王子の疑問は尤もである。ミハイルとて、この目で見ていなければ部下がそう報告してきたとして俄かには信じられなかっただろう。あの、リリィ・マクラクランが、である。
だから、ミハイルは言葉を尽くして補足の説明をする。
「この目で見ました。地面に無様に転び、そのまま頭を下げ、『助けてください。』と頼み込まれ、その上、『修道院に送らないでくれ。』と。更に、『ありがとうございます。』とも、です。」
自分で言っていても、先程のリリィの様子は信じられないのだ。特に、礼を言った時の表情など、危うくミハイルはリリィという女が『怪我をしたか弱い女性』だと錯覚しそうになったほどだ。なので、王子があり得ないと断定するように肩を竦めるのも理解できた。
「どうした?ミハイル。まさか、あの女の色香に騙されたとでもいうのか?あの女だぞ?」
「いえ、そのようなことはないと思います。必要ならば、部下にも報告させましょう。信じられないこととは思いますが……、いえ、私も自分で見たはずだというのに、本気で信じられるかというと疑問が残るくらいです。ですが、本当に、あの女は殊勝な態度で我々に頼み込んできたのです。」
「……、人に物を頼むことなど、生まれてこの方したことないはずだぞ、あの女は。」
ミハイルの報告に王子は疑義を挟むが、王子が疑っているのは報告の内容であって、ミハイルの忠誠ではない。そのため、ここまでミハイルが言い募るには何かわけがあるのだと、報告の内容を一考することも忘れない。
「我が身の破滅を感じて、何か思うところでもあったのか?……それとも、何かの策なのか?」
王子が考え始めたため、ミハイルは自分の意見を進言することにする。
「とりあえず、怪我が治るまでは猶予期間として、その間にリリィ・マクラクランの真意を探り、企みを看破するのがよろしいかと思います。……それに、その間に刺客の洗い出しも進めたいと思います。」
「それは、必要か?」
王子は酷く冷淡な瞳で、ミハイルの言葉を遮った。
ミハイルは自分の騎士道精神に恥じぬために、主へと自分の思うところを述べた。
「確かに、リリィ・マクラクランを何者かの手で処分してしまえば、後顧の憂いは断たれるかもしれません。ですが、どれだけ悪逆非道の行いをした者でも、悪に対して悪でもって対処することは得策とは言えません。殿下には、公明正大で日の当たる道を歩いていただきたいのです。」
忠誠心に溢れたミハイルの言葉に、王子はしぶしぶ頷いた。
「そなたは本当に真っ直ぐな男であるな。分かった。」
ミハイルは懐の深い主の姿勢に微笑む。
「はい。」
そして、変わらぬ忠誠を捧げるために提案する。
「リリィ・マクラクランの監視は、私にお任せください。近衛騎士団長として責任を持って、今後のこの国の未来に翳りを落とすことのないよう、少しでも妙な動きをすればその時こそこの手で成敗して見せます。」
「いいだろう。お前に任せる。」
全幅の信頼を置く腹心に、王子は頷いて見せる。
ミハイルは主の期待に添うべく、決意を新たにする。
(あの女にどのような思惑があるにせよ、監視の目を緩めねばいいことだ。)
「……確か、あの女は何でもすると言ったのだったな?」
王子が少し考え込みながら、ミハイルに尋ねてくる。
ミハイルは頷く。
「はい、私にはっきりとそう言いました。」
「よかろう。ならば、あの女の言葉通りにしようではないか。」
そう言った王子の顔には暗い笑みが浮かんでいた。
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