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17 ルードヴィッヒ・フォン・ブーゲンビリア,1

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      十七

 ブーゲンビリア王国・第一王子ルードヴィッヒ・フォン・ブーゲンビリアは、穏やかな笑みを顔に張り付けていた。
 本当は今すぐにでも危機に対処しに向かいたいが、今日は己にとっても愛する女にとっても人生で大切な婚約式である。危機の対処は部下に任せ、自らはこの婚約式をつつがなく終えることこそ最重要命題であると己に言い聞かせ、動揺も懊悩も緊張も笑顔の仮面の下に隠していた。
 王族として生きるというのは、ただでさえ本心を隠すことを要求される。素直さは王位に必要ない。必要なのは、その場に相応しき振る舞いと感情である。幼い頃から徹底的に叩き込まれたポーカーフェイスと笑顔は、こんな時に力を発揮した。
 既に式典は無事に終わり、後は夜にかけて催される婚約披露の宴を残すのみである。
 何か異変が起きていることなど、出席者は誰一人勘づいていなかった。
 それでも、近しい者には伝わってしまうらしい。
 いや、愛しい婚約者が特別なのかもしれない。
 彼女は先程から、隠し切ろうとして推し込めたはずのピリピリとした空気を感じてしまっているようで、そっとルードヴィッヒの袖を引いてきた。
「ルイ。」
 小さな声で、ルードヴィッヒの愛称を呼ぶ。
 これ以上は隠しておけないと、ルードヴィッヒは笑顔を張り付けて何の気なさを装ったまま周囲に聞こえないように、愛するセレナ・マクラクランに不都合な事実を告げるため口を開いた。
「そのまま聞いてくれ。」
 出席者に対しての穏やかな笑みを浮かべたまま、セレナは頷く。
 彼女はとても利発で理性的な女性であった。何か起きていることは察していても、無闇に騒ぎ立てるようなことはしない。そんなところも、いずれ王妃となる女性として相応しい資質であった。
「リリィが失踪した。修道院に向かう途中だ。」
「……そうですか。」
 内心の驚愕を笑顔の奥に押し留め、セレナは相槌を打つ。
 あの悪女に誰よりも被害を受けたのは妹である彼女かも知れないというのに、彼女はぐっと全てを一瞬にしてのみ込んだ。二人で力を合わせて、あの悪女をようやく追い落とすことに成功したのはつい先日だというのに、神はまたしても愛する二人に試練を与えるらしい。
 忌々しい悪女の高笑いを思い出し、思わずルードヴィッヒは奥歯をぎりっと噛み締めそうになり慌てて意識を散らした。
「今、ミハイルが捜索に向かっている。」
「あの方ならば、必ずや目的を果たして下さるでしょう。」
 全幅の信頼を置く腹心のミハイルの名を出すことで、少しでも彼女の心に安心材料になればいいとルードヴィッヒは祈った。
 宴は続いている。
 貴族たちが挨拶のために代わる代わる近づいては去っていく。
「おめでとうございます。お二人ならば、この国の未来は安泰ですね。」
 本来ならば、今日は晴れやかでめでたい日なのだ。
 貴族たちも世辞やキレイごとばかりとは言えないお祝いの言葉を、輝かしいこの国の未来の象徴の二人に掛けていく。この国にとって、それほど前の婚約者は、不幸の象徴のような存在であったのだ。
「ありがとう。」
「ありがとうございます。」
 本日の主役である二人は複雑な胸中を押し隠し、出席者に異変を感じさせぬように完璧な笑顔の仮面を張り付ける。何が起きてもいいように、心の中では臨戦態勢を整えている。
 宴が半ばまで進んだ頃、ようやく伝令の騎士が物陰からそっと報告のためにルードヴィッヒの背後に近づいてきた。
 柱の陰に騎士を隠し、笑顔の仮面のまま報告を促す。
「どうした?」
「リリィ・マクラクランを確保しました。ミハイル団長が連行しています。」
「そうか。」
 騎士の希望に満ちた内容の報告に、ようやく少しだけルードヴィッヒの心から憂いが取り除かれる。
(さすがミハイルだ。)
 有能な腹心の働きに、笑顔の仮面の口元に、本当の感情が垣間見えるような笑みが浮かぶ。
 騎士は更に報告を続けた。
「予定が終わり次第、騎士団本部にお越しください。」
「分かった。」
 ルードヴィッヒが頷くと、騎士はすぐに去っていく。
 長かった一日ではあったが、どうやら無事に済みそうだ。
 ようやく愛するセレナに良い報告が出来そうだと、ルードヴィッヒは華やかな宴の真ん中で客をもてなしている美しい婚約者に近づいて行った。



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