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16 高橋由里,12
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十六
「このまま修道院に行くのですか?」
早口で焦りながら由里は尋ねる。
由里の疑問に、ミハイルは顔色を変えずに片眉を上げた。じっくりと由里を観察して、今の言葉の真意を見極めようとする。
由里はじっと見下ろされて緊張感がマックスになったが、それでも何とか口を開こうとする。そうでもしなければ、リリィの話から推察するに、リリィの身柄はこのまま修道院に軟禁されてしまうのだろう。そんなことになれば、リリィの身体に入った状態の由里に自由はなくなり、リリィが元の世界に戻す方法を知らない以上、元の世界に帰ることも出来なくなる。
由里は元の世界に帰りたかった。
そのためには、元の世界に帰る方法を自分で探さなければいけない。修道院に軟禁されている場合ではないのだ。
「お、お願いします。な、何でもしますから。どうか、修道院には連れていかないでください!」
必死にミハイルに懇願する。
その由里の姿に、またしても騎士たちの間にどよめきが広がった。
懇願されたミハイルも驚きで言葉を失っている。
《ちょっと、由里!貴女が頭を下げてどうするんですの!貴女はこれから復讐として、私を虐げた愚か者たちに泣いて許しを請わせるのですよ!だというのに!》
(そんなことしないし……。)
リリィが脳内で金切り声を上げていたが、リリィの事情など由里には関係ない。由里は元の世界に帰りたいのだ。だから、そのために行動する。幸い、身体の支配権は由里が握っている。リリィは頭の中で喚き散らすしかできないのだ。リリィがどれほど気に入らなくても、リリィに由里の邪魔は出来ない、……今のところ。
「お願いします。私!……っ。」
あまりに必死に懇願したせいで、腹部の傷に響き、思わず呻く。
そんな由里の様子に、ミハイルはため息を一つ吐いた。
「……その怪我では修道院に連れて行くわけにはいかぬ。修道院に医療設備が整っておらぬからな。不本意ではあるが、怪我をしている以上、王都に連れ帰る。」
不本意だという言葉を表現するかのような声音で、淡々と由里に告げるミハイル。
だが、最後に一言忠告するのを忘れない。
「分かっていると思うが、妙な真似はするなよ?修道院に連行するのは決定事項だ。怪我が治り次第、改めて修道院に護送されることになるだろう。」
「は、はい。」
どうやら修道院行きに少し猶予が与えられたらしい。由里はそのことに安堵していた。ただ、猶予であって取り消しではないので、出来るだけ早く元の世界に帰る方法を見つけなくてはならないことに変わりはない。
それでも、由里は話を聞いてもらえたことが嬉しかった。
悪役令嬢のようなリリィの言葉であっても耳を貸してくれるミハイルという男の公平さに、心から感謝していた。
「あ、ありがとうございます。」
喜びで少し目を潤ませながら、ミハイルを見上げて由里は心からのお礼を告げた。
本来の由里ならば、こんな至近距離で密着した状態で異性の目を見るなど畏れ多いやら恥ずかしいやらで出来ないのだが、今回は必死さが違った。今、由里が置かれている状況は一歩でも間違えればすぐに修道院行きの軟禁バッドエンドが待ち受けている。それどころか、由里のものではない過去の罪業によって命すら失いかねない状況である。
そのため、由里の命運を握っているこのミハイルという騎士に少しでもいい印象を与えたくて、由里は勇気を振り絞って顔を上げたのだ。
全ては、元の世界から一緒に召喚されてきた『愛され女子になる方法』の中に、そんなことが書いてあったことが由里の行動理由である。
本曰く、『お礼を言う時は、相手の目を見て心を込めて言いましょう』である。
先程、ぺらぺらと確認した時にちらっと見えただけの情報ではあったが、藁にも縋りたい思いの由里には、とりあえず試してみる以外の選択肢がなかった。
ただ、由里は気づいていなかったが、奇しくもそのページに詳しく書かれていた『相手を見上げて上目遣いをしながら、瞳を潤ませるとより効果的です。相手の庇護欲をそそることを心掛けることが大切です。』という部分まで、ちゃんと表現できていた。
「……。」
由里の言葉に、ミハイルはふいっと顔を背けた。
(……上手くいかなかったみたい……。)
ミハイルの反応に、由里は落胆する。
所詮、愛されなかった女子である由里には、愛され女子になどなれないのかもしれない。こちらの世界でも、望みが薄そうな自分の未来に、由里は早々に挫けてしまいそうだった。
(……あんな本に頼るんじゃなかった……。)
親友の紗枝と二人でこき下ろそうとしていた本に縋ったところで、得るものなど何もないのかもしれないと、由里は落胆と共に認識を改めた。だいたいそう簡単に『愛され女子』になれるなら、今頃由里は幸せになっているはずだ。それどころか、紗枝なんて由里以上の幸せを早々に満喫していなくてはおかしい。
しかし、由里は気づいていない。
顔を背けたミハイルの耳がほんのり赤く染まっていたことを。
結局、愛され女子というのは愛されていることに気付かなければ、その幸せを享受できないのかもしれない。相手に対して攻撃が効果的であることが認識できなければ、次の手を効果的に用意できないからだ。恋愛というのは駆け引きである以上、効果的な攻めによって勝敗は左右される。少なくとも愛されないことが常態化していた愛されることに鈍感な由里には、敏感なセンサーで揺れ動く男心を探知することは元々無理なのであった。
「このまま修道院に行くのですか?」
早口で焦りながら由里は尋ねる。
由里の疑問に、ミハイルは顔色を変えずに片眉を上げた。じっくりと由里を観察して、今の言葉の真意を見極めようとする。
由里はじっと見下ろされて緊張感がマックスになったが、それでも何とか口を開こうとする。そうでもしなければ、リリィの話から推察するに、リリィの身柄はこのまま修道院に軟禁されてしまうのだろう。そんなことになれば、リリィの身体に入った状態の由里に自由はなくなり、リリィが元の世界に戻す方法を知らない以上、元の世界に帰ることも出来なくなる。
由里は元の世界に帰りたかった。
そのためには、元の世界に帰る方法を自分で探さなければいけない。修道院に軟禁されている場合ではないのだ。
「お、お願いします。な、何でもしますから。どうか、修道院には連れていかないでください!」
必死にミハイルに懇願する。
その由里の姿に、またしても騎士たちの間にどよめきが広がった。
懇願されたミハイルも驚きで言葉を失っている。
《ちょっと、由里!貴女が頭を下げてどうするんですの!貴女はこれから復讐として、私を虐げた愚か者たちに泣いて許しを請わせるのですよ!だというのに!》
(そんなことしないし……。)
リリィが脳内で金切り声を上げていたが、リリィの事情など由里には関係ない。由里は元の世界に帰りたいのだ。だから、そのために行動する。幸い、身体の支配権は由里が握っている。リリィは頭の中で喚き散らすしかできないのだ。リリィがどれほど気に入らなくても、リリィに由里の邪魔は出来ない、……今のところ。
「お願いします。私!……っ。」
あまりに必死に懇願したせいで、腹部の傷に響き、思わず呻く。
そんな由里の様子に、ミハイルはため息を一つ吐いた。
「……その怪我では修道院に連れて行くわけにはいかぬ。修道院に医療設備が整っておらぬからな。不本意ではあるが、怪我をしている以上、王都に連れ帰る。」
不本意だという言葉を表現するかのような声音で、淡々と由里に告げるミハイル。
だが、最後に一言忠告するのを忘れない。
「分かっていると思うが、妙な真似はするなよ?修道院に連行するのは決定事項だ。怪我が治り次第、改めて修道院に護送されることになるだろう。」
「は、はい。」
どうやら修道院行きに少し猶予が与えられたらしい。由里はそのことに安堵していた。ただ、猶予であって取り消しではないので、出来るだけ早く元の世界に帰る方法を見つけなくてはならないことに変わりはない。
それでも、由里は話を聞いてもらえたことが嬉しかった。
悪役令嬢のようなリリィの言葉であっても耳を貸してくれるミハイルという男の公平さに、心から感謝していた。
「あ、ありがとうございます。」
喜びで少し目を潤ませながら、ミハイルを見上げて由里は心からのお礼を告げた。
本来の由里ならば、こんな至近距離で密着した状態で異性の目を見るなど畏れ多いやら恥ずかしいやらで出来ないのだが、今回は必死さが違った。今、由里が置かれている状況は一歩でも間違えればすぐに修道院行きの軟禁バッドエンドが待ち受けている。それどころか、由里のものではない過去の罪業によって命すら失いかねない状況である。
そのため、由里の命運を握っているこのミハイルという騎士に少しでもいい印象を与えたくて、由里は勇気を振り絞って顔を上げたのだ。
全ては、元の世界から一緒に召喚されてきた『愛され女子になる方法』の中に、そんなことが書いてあったことが由里の行動理由である。
本曰く、『お礼を言う時は、相手の目を見て心を込めて言いましょう』である。
先程、ぺらぺらと確認した時にちらっと見えただけの情報ではあったが、藁にも縋りたい思いの由里には、とりあえず試してみる以外の選択肢がなかった。
ただ、由里は気づいていなかったが、奇しくもそのページに詳しく書かれていた『相手を見上げて上目遣いをしながら、瞳を潤ませるとより効果的です。相手の庇護欲をそそることを心掛けることが大切です。』という部分まで、ちゃんと表現できていた。
「……。」
由里の言葉に、ミハイルはふいっと顔を背けた。
(……上手くいかなかったみたい……。)
ミハイルの反応に、由里は落胆する。
所詮、愛されなかった女子である由里には、愛され女子になどなれないのかもしれない。こちらの世界でも、望みが薄そうな自分の未来に、由里は早々に挫けてしまいそうだった。
(……あんな本に頼るんじゃなかった……。)
親友の紗枝と二人でこき下ろそうとしていた本に縋ったところで、得るものなど何もないのかもしれないと、由里は落胆と共に認識を改めた。だいたいそう簡単に『愛され女子』になれるなら、今頃由里は幸せになっているはずだ。それどころか、紗枝なんて由里以上の幸せを早々に満喫していなくてはおかしい。
しかし、由里は気づいていない。
顔を背けたミハイルの耳がほんのり赤く染まっていたことを。
結局、愛され女子というのは愛されていることに気付かなければ、その幸せを享受できないのかもしれない。相手に対して攻撃が効果的であることが認識できなければ、次の手を効果的に用意できないからだ。恋愛というのは駆け引きである以上、効果的な攻めによって勝敗は左右される。少なくとも愛されないことが常態化していた愛されることに鈍感な由里には、敏感なセンサーで揺れ動く男心を探知することは元々無理なのであった。
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