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13 高橋由里,10
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十三
リリィの無駄話に耐え、森を歩き続ける高橋由里。
何度かよろけたりぶつかったりして、小さな擦り傷だらけになっていた由里だが、それよりもまだ塞がりきらない腹の傷がちくちくと痛むために、擦り傷の痛みの方はさほど気にならなかった。
木々をかき分けながら轍の跡の続く先を目指して歩いていると、枝に足を取られてよろけてしまう。
今度は運が悪かったようで、踏ん張りきることが出来ずに、無様に地面に転がるように倒れてしまった。
「痛っ。」
地面に両手を着いたせいで、擦りむいた手のひらの痛みに思わず呟く。
踏んだり蹴ったりの状況に、由里はため息を吐きたくなった。
だが、そんな由里に現実はため息も吐かせてはくれないようだ。
転んで起き上がる間も与えられないまま、一瞬にして由里は見知らぬ男たちに囲まれていた。
(な、何っ!?)
突然、何本もの剣を向けられ、由里の心拍が恐怖で跳ね上がる。
由里はあわあわと恐怖で困惑して言葉も出ない。
そんな由里に、剣を向けたままの男の一人が尋ねてきた。
「リリィ・マクラクランだな?」
聞かれて一瞬、由里は戸惑った。
自分は高橋由里でリリィ・マクラクランではない。
けれど、剣を向けられているこの場でリリィの身体に入っている由里に、そんな風に否定する度胸はなかった。
「……あっ、はい。」
夕日を跳ね返す剣の輝きに怯えながらも、何とか頷く。
何か一つでも返答を間違えれば、異世界に来て早々この男たちの手によって由里の命は散ってしまいそうだった。
「何故、ここにいる?」
男たちの詰問は続く。
由里は自分自身の答えではなく、リリィとしての答えを用意しなければいけなかった。
「……あ、あのー。」
すぐには言葉が出ず、何とか時間を引き延ばすように意味のない返答をする。
しかし、それが言い訳と取られたのか、それとも真面目に答えるつもりがないと取られたのか、詰問してきた男の剣がチャリと音を立てて返された。
「もう一度だけ聞く。どうしてお前はここにいる?」
その男の恫喝にも似た声の響きは、いつでもお前の首はとれるぞと言われているようで、由里は恐怖で歯の根が合わずガタガタし始めてしまった。
それでも、何とか生き残るために言葉を探して答える。
「わ、分かりません。ば、馬車に乗ってたら、こ、殺されそうになって。」
リリィから聞いた身の上話を必死に思い出し、何とか言葉を紡いでいく。
男はあまり由里の言葉を信用していないようで、すっと目を細めた。
そして、由里が答えた内容とは別の質問をしてきた。
「枷はどうした?足につけられていたはずだが?」
(そ、そんなの知らないよぉ!!!!)
リリィの身の上話にもなかった内容の質問に、由里は泣きたくてしょうがなくなった。
由里がこの身体に入った時には、既にそんなもの付いていなかったのだ。そもそもついていたかどうかすら知らないというのに、どう答えろというのか……。
由里が何も言えず困っていると、男の剣が近づいてくる。
「どうした?早く答えぬか!」
《そういえば、いつの間にか外れてましたわ。》
見るに見かねたのか、それともさすがにこの場で殺されてはたまらないと思ったのか、リリィの緊迫した場にはふさわしくない暢気な声が由里の脳内に響く。
由里は藁にも縋る思いで、リリィの言葉を繰り返した。
「い、いつの間にか、外れてました。わ、私にも分かりません!」
必死になって答える由里。
「逃げてきたんです!も、森の中を。」
「………。」
由里の言葉をいまいち信じきれないような様子で、男は片眉を上げた。
どうやら悪役令嬢リリィの日頃の行いが災いして、どれだけ真実を述べたところで由里の言葉は届かなさそうだった。
せっかく誰かに助けてもらおうと思って森の中を必死に歩いてきたというのに、これでは骨折り損のくたびれもうけだ。いくら森の中の猛獣から逃げられたとしても、森を抜けた先にはリリィを断罪しようとする人たちが手ぐすね引いて待っているようである。
由里はままならない現実に絶望し泣きたくなった。
それでなくても慣れない森を歩き続けたせいで足が棒のようになっている。
その上、地面に倒れたせいで、疲労がどっと身体中に重くのしかかってきた。
それと共に、腹部の傷の痛みが強くなる。
「……痛い。」
由里は腹部を抑えて呻いた。
痛いのは生きているからだなんてキレイごとは、今の由里には何の慰めにもならなかった。
「どうした?」
様子がおかしい由里に、剣を向けたまま男が尋ねてくる。
由里は泣きそうな顔で男を見上げて、訥々と整理しきれていない言葉で訴えた。
「……痛いんです。……刺されて。……森を逃げてきても、助けてはもらえませんか?……私は、何も知らないんです……。……お願いします。……痛い。どうか……。」
由里は地面に這いつくばったまま、剣を向けてくる男たちに頭を下げた。
その瞬間、剣を向けたままの男たちの間に衝撃とどよめきが走った。
もちろん、由里の脳内にもリリィの金切り声が響き渡った。
《貴女!私の身体で何してますの!?》
リリィの性格からして、きっとこんなことを今までの人生でしたことはないのだろう。
それでも、由里にとってはそんなことは関係ない。
(今ここで死ぬより、マシでしょ?)
由里は脳内に響き渡るリリィの罵声に対して、心の中だけで反論した。
リリィの無駄話に耐え、森を歩き続ける高橋由里。
何度かよろけたりぶつかったりして、小さな擦り傷だらけになっていた由里だが、それよりもまだ塞がりきらない腹の傷がちくちくと痛むために、擦り傷の痛みの方はさほど気にならなかった。
木々をかき分けながら轍の跡の続く先を目指して歩いていると、枝に足を取られてよろけてしまう。
今度は運が悪かったようで、踏ん張りきることが出来ずに、無様に地面に転がるように倒れてしまった。
「痛っ。」
地面に両手を着いたせいで、擦りむいた手のひらの痛みに思わず呟く。
踏んだり蹴ったりの状況に、由里はため息を吐きたくなった。
だが、そんな由里に現実はため息も吐かせてはくれないようだ。
転んで起き上がる間も与えられないまま、一瞬にして由里は見知らぬ男たちに囲まれていた。
(な、何っ!?)
突然、何本もの剣を向けられ、由里の心拍が恐怖で跳ね上がる。
由里はあわあわと恐怖で困惑して言葉も出ない。
そんな由里に、剣を向けたままの男の一人が尋ねてきた。
「リリィ・マクラクランだな?」
聞かれて一瞬、由里は戸惑った。
自分は高橋由里でリリィ・マクラクランではない。
けれど、剣を向けられているこの場でリリィの身体に入っている由里に、そんな風に否定する度胸はなかった。
「……あっ、はい。」
夕日を跳ね返す剣の輝きに怯えながらも、何とか頷く。
何か一つでも返答を間違えれば、異世界に来て早々この男たちの手によって由里の命は散ってしまいそうだった。
「何故、ここにいる?」
男たちの詰問は続く。
由里は自分自身の答えではなく、リリィとしての答えを用意しなければいけなかった。
「……あ、あのー。」
すぐには言葉が出ず、何とか時間を引き延ばすように意味のない返答をする。
しかし、それが言い訳と取られたのか、それとも真面目に答えるつもりがないと取られたのか、詰問してきた男の剣がチャリと音を立てて返された。
「もう一度だけ聞く。どうしてお前はここにいる?」
その男の恫喝にも似た声の響きは、いつでもお前の首はとれるぞと言われているようで、由里は恐怖で歯の根が合わずガタガタし始めてしまった。
それでも、何とか生き残るために言葉を探して答える。
「わ、分かりません。ば、馬車に乗ってたら、こ、殺されそうになって。」
リリィから聞いた身の上話を必死に思い出し、何とか言葉を紡いでいく。
男はあまり由里の言葉を信用していないようで、すっと目を細めた。
そして、由里が答えた内容とは別の質問をしてきた。
「枷はどうした?足につけられていたはずだが?」
(そ、そんなの知らないよぉ!!!!)
リリィの身の上話にもなかった内容の質問に、由里は泣きたくてしょうがなくなった。
由里がこの身体に入った時には、既にそんなもの付いていなかったのだ。そもそもついていたかどうかすら知らないというのに、どう答えろというのか……。
由里が何も言えず困っていると、男の剣が近づいてくる。
「どうした?早く答えぬか!」
《そういえば、いつの間にか外れてましたわ。》
見るに見かねたのか、それともさすがにこの場で殺されてはたまらないと思ったのか、リリィの緊迫した場にはふさわしくない暢気な声が由里の脳内に響く。
由里は藁にも縋る思いで、リリィの言葉を繰り返した。
「い、いつの間にか、外れてました。わ、私にも分かりません!」
必死になって答える由里。
「逃げてきたんです!も、森の中を。」
「………。」
由里の言葉をいまいち信じきれないような様子で、男は片眉を上げた。
どうやら悪役令嬢リリィの日頃の行いが災いして、どれだけ真実を述べたところで由里の言葉は届かなさそうだった。
せっかく誰かに助けてもらおうと思って森の中を必死に歩いてきたというのに、これでは骨折り損のくたびれもうけだ。いくら森の中の猛獣から逃げられたとしても、森を抜けた先にはリリィを断罪しようとする人たちが手ぐすね引いて待っているようである。
由里はままならない現実に絶望し泣きたくなった。
それでなくても慣れない森を歩き続けたせいで足が棒のようになっている。
その上、地面に倒れたせいで、疲労がどっと身体中に重くのしかかってきた。
それと共に、腹部の傷の痛みが強くなる。
「……痛い。」
由里は腹部を抑えて呻いた。
痛いのは生きているからだなんてキレイごとは、今の由里には何の慰めにもならなかった。
「どうした?」
様子がおかしい由里に、剣を向けたまま男が尋ねてくる。
由里は泣きそうな顔で男を見上げて、訥々と整理しきれていない言葉で訴えた。
「……痛いんです。……刺されて。……森を逃げてきても、助けてはもらえませんか?……私は、何も知らないんです……。……お願いします。……痛い。どうか……。」
由里は地面に這いつくばったまま、剣を向けてくる男たちに頭を下げた。
その瞬間、剣を向けたままの男たちの間に衝撃とどよめきが走った。
もちろん、由里の脳内にもリリィの金切り声が響き渡った。
《貴女!私の身体で何してますの!?》
リリィの性格からして、きっとこんなことを今までの人生でしたことはないのだろう。
それでも、由里にとってはそんなことは関係ない。
(今ここで死ぬより、マシでしょ?)
由里は脳内に響き渡るリリィの罵声に対して、心の中だけで反論した。
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