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12 ミハイル・アイゼンバッハ,3
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十二
「団長!」
緊迫した様子で森の中を偵察に先行していた副団長のハインツが戻ってくる。
「どうした?」
ミハイルは表情を一層引き締めて部下の報告を待った。
ハインツはにいっと笑い、時間を無駄にすることなく口を開き始める。
「地面に馬車の轍の跡らしきものを発見しました。まだ新しいもんだと思います。」
「どちらに向かっている?」
「こっちです。」
森の奥を指さすハインツ。
ミハイルは頷くと、その方角に向かって森の中を進み出した。
「よくやった、ハインツ。」
「いえいえ。」
ミハイルが部下を言葉少なに褒めると、部下はへらへらと笑って見せた。
ハインツという男は、有能であるが事態が緊迫すればするほど軽薄な受け答えになっていくのが玉に瑕だった。どんな時も余裕を持って対処したいという心構えの現れらしいのだが、不真面目に見えなくもない。長い付き合いのミハイルにとっては慣れた態度だったが、時々そんな事情を知らぬ者に怒られることもしばしばだった。
(頼りになる男だ……。)
ミハイルは実績でハインツを評価して副団長に抜擢した本人であるので、表面的な態度に惑わされることはない。
そんな公平で公正なミハイル団長に、ハインツも全幅の信頼を置いて期待に応えるべく力を尽くしていた。
森の中を馬車の轍の跡を頼りに進んでいく一行。
時折、地面を確認し、周囲の音を注意深く聞き、馬を進めていく。
しばらく一行が森を進んだところで、ミハイルが馬の手綱を引き、足を止めさせた。
「どうしました?」
ハインツがミハイルに尋ねる。
ミハイルは人差し指を口の前に立てて、沈黙を促した。
「……。」
森の音に耳を澄ませるミハイル。
ハインツたちも、ミハイルに倣って聴覚を研ぎ澄ませた。
(……何かいるのか?)
微かに聞こえる何かが動いた音を捉え、全員の視線が森の奥の一点へと向けられる。
ミハイルたちのいる位置からは木々が生い茂っているせいでまだ見えないが、何かがいるのは確実そうだった。
ミハイルたちは顔を見合わせると、アイコンタクトを取る。
そして、各自距離を取り、フォーメーションを整えると、危機に備えた。
(獣か?それとも……。)
ガサガサッ
木々をかき分けるような音が少しずつ大きくなっていく。
何かは確実にミハイルたちの元に近づいてきているようだった。
一行の緊張感は弥が上にも増していく。
ミハイルたちは剣に手を掛け、いつでも抜けるよう臨戦態勢を取っていた。
ガサガサッ
「……痛っ。」
茂みから転がるように出てきたモノは、その場によろけて躓いた。
ミハイルの合図で、一斉に騎士たちがそのモノを包囲する。
躓いて地面に這いつくばったまま、そのモノは自分を一瞬で包囲した騎士たちをなす術もなく見上げていた。
木々の合間から射す赤みを増した夕暮れの光に照らされ、そのモノの姿が騎士たちにも確認できる。
ミハイルはごくりと唾を飲むと、厳かな声で尋ねた。
「リリィ・マクラクランだな?」
「………あっ、はい。」
複数の騎士に一斉に剣を向けられ、怯えたように小さな声で頷いたのは、ミハイルたちが探し求めていた悪名高き侯爵令嬢リリィ・マクラクランその人であった。
「団長!」
緊迫した様子で森の中を偵察に先行していた副団長のハインツが戻ってくる。
「どうした?」
ミハイルは表情を一層引き締めて部下の報告を待った。
ハインツはにいっと笑い、時間を無駄にすることなく口を開き始める。
「地面に馬車の轍の跡らしきものを発見しました。まだ新しいもんだと思います。」
「どちらに向かっている?」
「こっちです。」
森の奥を指さすハインツ。
ミハイルは頷くと、その方角に向かって森の中を進み出した。
「よくやった、ハインツ。」
「いえいえ。」
ミハイルが部下を言葉少なに褒めると、部下はへらへらと笑って見せた。
ハインツという男は、有能であるが事態が緊迫すればするほど軽薄な受け答えになっていくのが玉に瑕だった。どんな時も余裕を持って対処したいという心構えの現れらしいのだが、不真面目に見えなくもない。長い付き合いのミハイルにとっては慣れた態度だったが、時々そんな事情を知らぬ者に怒られることもしばしばだった。
(頼りになる男だ……。)
ミハイルは実績でハインツを評価して副団長に抜擢した本人であるので、表面的な態度に惑わされることはない。
そんな公平で公正なミハイル団長に、ハインツも全幅の信頼を置いて期待に応えるべく力を尽くしていた。
森の中を馬車の轍の跡を頼りに進んでいく一行。
時折、地面を確認し、周囲の音を注意深く聞き、馬を進めていく。
しばらく一行が森を進んだところで、ミハイルが馬の手綱を引き、足を止めさせた。
「どうしました?」
ハインツがミハイルに尋ねる。
ミハイルは人差し指を口の前に立てて、沈黙を促した。
「……。」
森の音に耳を澄ませるミハイル。
ハインツたちも、ミハイルに倣って聴覚を研ぎ澄ませた。
(……何かいるのか?)
微かに聞こえる何かが動いた音を捉え、全員の視線が森の奥の一点へと向けられる。
ミハイルたちのいる位置からは木々が生い茂っているせいでまだ見えないが、何かがいるのは確実そうだった。
ミハイルたちは顔を見合わせると、アイコンタクトを取る。
そして、各自距離を取り、フォーメーションを整えると、危機に備えた。
(獣か?それとも……。)
ガサガサッ
木々をかき分けるような音が少しずつ大きくなっていく。
何かは確実にミハイルたちの元に近づいてきているようだった。
一行の緊張感は弥が上にも増していく。
ミハイルたちは剣に手を掛け、いつでも抜けるよう臨戦態勢を取っていた。
ガサガサッ
「……痛っ。」
茂みから転がるように出てきたモノは、その場によろけて躓いた。
ミハイルの合図で、一斉に騎士たちがそのモノを包囲する。
躓いて地面に這いつくばったまま、そのモノは自分を一瞬で包囲した騎士たちをなす術もなく見上げていた。
木々の合間から射す赤みを増した夕暮れの光に照らされ、そのモノの姿が騎士たちにも確認できる。
ミハイルはごくりと唾を飲むと、厳かな声で尋ねた。
「リリィ・マクラクランだな?」
「………あっ、はい。」
複数の騎士に一斉に剣を向けられ、怯えたように小さな声で頷いたのは、ミハイルたちが探し求めていた悪名高き侯爵令嬢リリィ・マクラクランその人であった。
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