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10 高橋由里,9
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十
高橋由里は馬車の轍の跡を辿って森の中を進んでいた。
地面を見下ろしながら障害物だらけの森の中の道を進んでいるため、速度は上げられない。
木々の間から降り注ぐ木漏れ日の明るさや、時折少しだけ開けた空に昇る太陽の傾きを確認しながら不安の中で森を歩いていく。
由里は足を進めながらも、日が落ちると猛獣が出ると先程リリィに指摘されたことが気になって仕方なかった。果たして、この世界に出る猛獣というのは一体どんなものなのであろう。
《聞いてますの?由里》
だが、そんな由里とは違い、リリィの方は暢気なものだった。
由里が必死に森を抜けようと奮闘しているというのに、リリィは歩き続ける由里に自分の身の上話をこれでもかと聞かせてくるのだ。確かに、身体を動かしているのは由里の意識なのだろうし、どうやらリリィの意識に身体を動かすことはできないらしいのだが、身体を動かしている方としては正直あまり話しかけないで欲しかった。いちいち話に付き合うのは案外体力を削る。こちらは疲労困憊しながらも生きるために森を進まなければいけないというのに、その辺りの事情をリリィは全く汲んでくれないのだった。
《ですから、私はあの二人に復讐をすると誓いましたのよ。》
「そうですか……。」
適当に相槌を打つ由里。
先程から森を抜けるのを他人任せにして喋り続けているリリィは、きっと暇なのだろう。いや暇なだけではなく、自分の煮え滾る怒りの感情の事しか気にならないのだ。
リリィのあまりの身勝手さに、由里はもう怒ることすらバカバカしくなっていた。
しかし、それでも今は森を抜ける方が先決なのだし、身の上話ではなく森を抜けるためのアドバイスか何かをくれた方が有難かった。
けれど、リリィはアドバイスを一切することなく、自分の身の上に起きた悲劇を語り続ける。語るだけではなく、憎き相手のことを罵倒し続ける。
由里は元気なリリィの怒りに中てられ、余計に疲れてしまっていた。
それに、リリィの話を話半分で聞いているだけでも、由里にはリリィの言い分にそれほどの正当性があるのか分からなかった。酷く怒っているのは分かるし、妹に婚約者を奪われたことには同情をするが、そこに到るまでの過程にはリリィの方にこそ問題がある気がしてならなかったのだ。
あまり偏見で早計に人を判断してはいけないが、由里にとってリリィの第一印象はよくないものだった。
(……何か、リリィって悪役令嬢みたい……。)
由里がリリィの話を聞いて思ったのは、そんな感想だった。
王子と婚約していた悪役令嬢・リリィが、その地位を振りかざして周囲を抑圧する図が簡単に想像できてしまう。あまりの悪業に手を焼いた王子によって婚約は破棄され、王子は妹と結婚することになり、悪役令嬢は追放されてしまいました。めでたしめでたし、である。
まだリリィ本人の言い分しか聞いていなくて、他の人からの話を聞いていないのに、ここまで鮮明にイメージが由里の脳内で出来上がるというのは、リリィという存在から醸し出される空気全てがそう物語っているせいに他ならなかった。
そうでなくても、リリィは森の中で誰かに危害を加えられるくらいには恨みを買っている。その上、その相手が見当もつかないのだから、よほどの不運で人違いされたとか、明らかに自分に非がないのにヤバい人に目を付けられて逆恨みされたとかでないのなら、リリィは由里には想像も出来ないくらいにたくさんの人間から恨まれているのではないか?
そんなことを感じて、今更どうにもならなさそうなのに、この世界に召喚されたことだけでなくて、リリィの身体に入ってしまったことすら気が重くて仕方なかった。傷が塞がってきているとはいえ、いまだちくちくと痛むことも由里の気分を重くさせるのに一役買っていた。
《由里。貴女には私の復讐を手伝ってもらいますわ。いいですの?》
「……。」
何の因果でこんな世界に連れてこられた挙句、自業自得にしか感じられない令嬢の復讐に駆り出されなければならないのか……。由里は我が身の不幸を呪った。
だが、何か答えなければリリィはうるさそうなので、承諾する代わりに質問を返した。
「どうやって復讐するんですか?私、大したことはできませんよ。」
《そんなの、もちろん二人をぎったんぎったんにしてやるんですの。それで、私の前に跪かせ泣いて許しを請わせるんですのよ。おーほほほほほほ。》
(……うん、やはり悪役令嬢だ。)
脳内に響く高笑いで由里は確信を持った。
それと同時に、リリィはちょっと残念なところがあるような気がしていた。
由里が聞いたのは具体的な方法であるのだが、リリィは抽象的な表現しかしなかった。もしも、復讐をするために今際の際で由里を召喚し、由里が召喚されたらそれで復讐が始まると思ったら大間違いである。リリィの実家に伝わる秘術とやらが、どんな効果を持つのかは分からないが、由里には失敗に思えてならない。
何せ由里は優柔不断で実行力がなく、うじうじすることしかできないために引き立て役しか回ってこない一生脇役として今まで生きてきた女なのだ。
奇しくもリリィと同じく妹に愛する人を奪われてしまうことになったが、復讐を即座に考えるリリィと違い、由里は泣き寝入りした挙句、断ることも出来ずに相手の結婚式で心から血を流しながら祝福しているふりをしてしまうほどの愚か者なのだ。
(換び出す相手を絶対間違えてます。)
何をするにしてもさせるにしても、由里ほど向いていない人材はいないと、心の中だけで由里は確信していた。
だが、口に出すことはしないし、リリィに訴えることもしない。
どうせ何を言ってもリリィは自分にとって都合のいいことしか聞かないし、受け付けないだろう。そのくらいのことは、この世界にやって来てのわずかな時間で由里にも理解できた。
気になることがあるのなら、リリィではなく他の人に聞いた方がいい。そのためには、一刻も早く森を出なくてはならない。
由里は森の中を進みながら、そう結論を出して、リリィの話に付き合っていたのだった。
高橋由里は馬車の轍の跡を辿って森の中を進んでいた。
地面を見下ろしながら障害物だらけの森の中の道を進んでいるため、速度は上げられない。
木々の間から降り注ぐ木漏れ日の明るさや、時折少しだけ開けた空に昇る太陽の傾きを確認しながら不安の中で森を歩いていく。
由里は足を進めながらも、日が落ちると猛獣が出ると先程リリィに指摘されたことが気になって仕方なかった。果たして、この世界に出る猛獣というのは一体どんなものなのであろう。
《聞いてますの?由里》
だが、そんな由里とは違い、リリィの方は暢気なものだった。
由里が必死に森を抜けようと奮闘しているというのに、リリィは歩き続ける由里に自分の身の上話をこれでもかと聞かせてくるのだ。確かに、身体を動かしているのは由里の意識なのだろうし、どうやらリリィの意識に身体を動かすことはできないらしいのだが、身体を動かしている方としては正直あまり話しかけないで欲しかった。いちいち話に付き合うのは案外体力を削る。こちらは疲労困憊しながらも生きるために森を進まなければいけないというのに、その辺りの事情をリリィは全く汲んでくれないのだった。
《ですから、私はあの二人に復讐をすると誓いましたのよ。》
「そうですか……。」
適当に相槌を打つ由里。
先程から森を抜けるのを他人任せにして喋り続けているリリィは、きっと暇なのだろう。いや暇なだけではなく、自分の煮え滾る怒りの感情の事しか気にならないのだ。
リリィのあまりの身勝手さに、由里はもう怒ることすらバカバカしくなっていた。
しかし、それでも今は森を抜ける方が先決なのだし、身の上話ではなく森を抜けるためのアドバイスか何かをくれた方が有難かった。
けれど、リリィはアドバイスを一切することなく、自分の身の上に起きた悲劇を語り続ける。語るだけではなく、憎き相手のことを罵倒し続ける。
由里は元気なリリィの怒りに中てられ、余計に疲れてしまっていた。
それに、リリィの話を話半分で聞いているだけでも、由里にはリリィの言い分にそれほどの正当性があるのか分からなかった。酷く怒っているのは分かるし、妹に婚約者を奪われたことには同情をするが、そこに到るまでの過程にはリリィの方にこそ問題がある気がしてならなかったのだ。
あまり偏見で早計に人を判断してはいけないが、由里にとってリリィの第一印象はよくないものだった。
(……何か、リリィって悪役令嬢みたい……。)
由里がリリィの話を聞いて思ったのは、そんな感想だった。
王子と婚約していた悪役令嬢・リリィが、その地位を振りかざして周囲を抑圧する図が簡単に想像できてしまう。あまりの悪業に手を焼いた王子によって婚約は破棄され、王子は妹と結婚することになり、悪役令嬢は追放されてしまいました。めでたしめでたし、である。
まだリリィ本人の言い分しか聞いていなくて、他の人からの話を聞いていないのに、ここまで鮮明にイメージが由里の脳内で出来上がるというのは、リリィという存在から醸し出される空気全てがそう物語っているせいに他ならなかった。
そうでなくても、リリィは森の中で誰かに危害を加えられるくらいには恨みを買っている。その上、その相手が見当もつかないのだから、よほどの不運で人違いされたとか、明らかに自分に非がないのにヤバい人に目を付けられて逆恨みされたとかでないのなら、リリィは由里には想像も出来ないくらいにたくさんの人間から恨まれているのではないか?
そんなことを感じて、今更どうにもならなさそうなのに、この世界に召喚されたことだけでなくて、リリィの身体に入ってしまったことすら気が重くて仕方なかった。傷が塞がってきているとはいえ、いまだちくちくと痛むことも由里の気分を重くさせるのに一役買っていた。
《由里。貴女には私の復讐を手伝ってもらいますわ。いいですの?》
「……。」
何の因果でこんな世界に連れてこられた挙句、自業自得にしか感じられない令嬢の復讐に駆り出されなければならないのか……。由里は我が身の不幸を呪った。
だが、何か答えなければリリィはうるさそうなので、承諾する代わりに質問を返した。
「どうやって復讐するんですか?私、大したことはできませんよ。」
《そんなの、もちろん二人をぎったんぎったんにしてやるんですの。それで、私の前に跪かせ泣いて許しを請わせるんですのよ。おーほほほほほほ。》
(……うん、やはり悪役令嬢だ。)
脳内に響く高笑いで由里は確信を持った。
それと同時に、リリィはちょっと残念なところがあるような気がしていた。
由里が聞いたのは具体的な方法であるのだが、リリィは抽象的な表現しかしなかった。もしも、復讐をするために今際の際で由里を召喚し、由里が召喚されたらそれで復讐が始まると思ったら大間違いである。リリィの実家に伝わる秘術とやらが、どんな効果を持つのかは分からないが、由里には失敗に思えてならない。
何せ由里は優柔不断で実行力がなく、うじうじすることしかできないために引き立て役しか回ってこない一生脇役として今まで生きてきた女なのだ。
奇しくもリリィと同じく妹に愛する人を奪われてしまうことになったが、復讐を即座に考えるリリィと違い、由里は泣き寝入りした挙句、断ることも出来ずに相手の結婚式で心から血を流しながら祝福しているふりをしてしまうほどの愚か者なのだ。
(換び出す相手を絶対間違えてます。)
何をするにしてもさせるにしても、由里ほど向いていない人材はいないと、心の中だけで由里は確信していた。
だが、口に出すことはしないし、リリィに訴えることもしない。
どうせ何を言ってもリリィは自分にとって都合のいいことしか聞かないし、受け付けないだろう。そのくらいのことは、この世界にやって来てのわずかな時間で由里にも理解できた。
気になることがあるのなら、リリィではなく他の人に聞いた方がいい。そのためには、一刻も早く森を出なくてはならない。
由里は森の中を進みながら、そう結論を出して、リリィの話に付き合っていたのだった。
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