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5 高橋由里,5

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     五

 突然の光の後、一瞬の浮遊感があり、由里は何らかの衝撃を覚悟して身構えた。
 だが、いつまで経っても衝撃はやって来ず、光も徐々に収まってきたことを瞼の裏で感じたので、恐る恐る薄目を開けた。
 何かしらの天変地異的な光景が広がっているかもしれない悪い予感を胸に、薄目のままそっと周囲を確認する。
 動画や写真で何度も見て目に焼き付いた災害のような状況を覚悟していたが、薄目で確認した限りでは天地がひっくり返ったり、地面が波打ったりするような状況は見受けられなかった。
 それどころか光があまりにも凄かったせいで慌ててしまったが、光が収まってみると浮遊感は一瞬だったし、とくにそれ以降に何か特段の異変が起きたわけでもない。
 少しだけ気持ちが落ち着いてきた由里は、薄目だった目をもう少し開いて周囲を確認することにした。
「……何、ここ?」
 思わず疑問が口をついて出る。
 由里がその両目で確認した情景は、あまりにも奇異であった。
「……森?」
 鬱蒼と生い茂った木々に、薄く届く木漏れ日。
 先程まで確かに室内にいたというのに、由里は知らぬ間に森の中にいるようだった。
(……どういうこと?)
 疑問だけが次々と浮かぶが、どれだけ薄暗い周囲を確認しても由里以外の人間がこの場にいる感じがしない。由里の疑問に答えてくれる人など、この場には皆無だった。
 森の中からは鳥の声や木々のざわめきなどが聞こえてくるが、それ以外の人工的な音は聞こえてこない。それどころか、大自然の中という以外の情報が、その場所にはなかった。森の中にはありがちなでかい鉄塔一つ立っていない。鬱蒼と茂る森の木々の隙間から空を眺めてみても、飛行機どころか飛行機雲一つ見えなかった。
 パニックになりかけていた由里だが、それでも困った時の対処法として身に刻まれている『まずはスマホを確認する』という行動を起こそうとする。現代の必須アイテムであるスマホがあれば、位置情報や時間、方角、道のりなど、様々な情報が手に入ることだけは現代人なら身に染みて分かっている。
 しかし、どれだけ服の上から両手で身体中を這わせてスマホを探してみても、布越しに機械的な感触は見つからなかった。
(……嘘でしょ?スマホがない!?さっきまでちゃんと持ってたのに……。)
 何かの衝撃によって近くに落とした可能性もある。
 由里は周囲の地面を見回し、必死にスマホを探した。
「どこ?スマホ。どこに落としたの?」
 音声認識を起動していないというのに、スマホに呼びかけてしまうくらいには由里はパニックになり始めていた。スマホを一瞬でも手放すと落ち着かなくなるほどには依存していなかったつもりだが、こういう危機的状況に到ってスマホがないというのは酷く心許ない。どんな時でも、あの画面のささやかな明かりによって、心が救われていたのだということをスマホが見つからない状況で由里は痛いほど感じていた。
 今、この状況でスマホが圏外だったとしても(深い森の中のようなのでありうることだが)軽く絶望できそうだが、スマホの紛失はそれ以上である。
「どうしよう……。」
 由里は絶望で泣きたくなった。
 何が何だか分からない状況で、スマホがないということは生存確率がぐんと下がる気がしてならない。それに加え、近くには誰もいないのだ。助け一つ、呼べそうにない。
 悲しくて悲しくてやり切れない気持ちを抱え、由里の目から涙が零れ落ちる。
 こんなことなら妹の結婚式など、無理して有休を取ってまで出席しなければよかったという後悔が、絶望する心に追い打ちをかけるようにどっと押し寄せてくる。ただでさえ、億劫で気詰まりで日付が近づくにつれストレスで気が滅入って仕方なかったというのに、平穏に終わらせてもくれないなんてあんまりだ。
 悲しみに打ちひしがれているせいで、体調も悪くなってきた気がする。
 先程から腹部がチクチクと痛んで仕方ない。
 由里は痛み続ける腹部をさすろうと手を伸ばした。
 だが、その瞬間、圧倒的な異変を感じ、思わず腹部を確認する。
「……何、これ?」
 見下ろした腹部は、着ている衣服が真っ赤に染まるほど出血していた。
「………ひぃっ!」
 一瞬の沈黙の後、由里は恐怖にわなないた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 森の中に由里の悲鳴が響き渡る。
「血、血が……。」
 もはや完全な恐慌状態に陥った由里。
 見知らぬ場所に、理解不能な事態。その上で、真っ赤な血を見れば、もう理性は機能しなくなってもおかしくない。
 どうしていいか分からず呼吸もままならない由里。
 浅く呼吸を繰り返してはいるが、うまく酸素を取り込むことも出来ない。
「やっ……。いや……。」
 もはや意味のなさない言葉だけが由里の口から零れ落ちるのみだ。
 見知らぬ森の中で一人、由里はこのまま誰にも知られず息を引き取り朽ちていくのか?
 そんな恐ろしい考えすら浮かび、由里が意識を手放してしまいそうになった時だった。
《うるさいですわ!ちょっと静かにして下さらない?》
 どこからか酷く高飛車な声が聞こえてきた。
 
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