6 / 32
5 高橋由里,5
しおりを挟む
五
突然の光の後、一瞬の浮遊感があり、由里は何らかの衝撃を覚悟して身構えた。
だが、いつまで経っても衝撃はやって来ず、光も徐々に収まってきたことを瞼の裏で感じたので、恐る恐る薄目を開けた。
何かしらの天変地異的な光景が広がっているかもしれない悪い予感を胸に、薄目のままそっと周囲を確認する。
動画や写真で何度も見て目に焼き付いた災害のような状況を覚悟していたが、薄目で確認した限りでは天地がひっくり返ったり、地面が波打ったりするような状況は見受けられなかった。
それどころか光があまりにも凄かったせいで慌ててしまったが、光が収まってみると浮遊感は一瞬だったし、とくにそれ以降に何か特段の異変が起きたわけでもない。
少しだけ気持ちが落ち着いてきた由里は、薄目だった目をもう少し開いて周囲を確認することにした。
「……何、ここ?」
思わず疑問が口をついて出る。
由里がその両目で確認した情景は、あまりにも奇異であった。
「……森?」
鬱蒼と生い茂った木々に、薄く届く木漏れ日。
先程まで確かに室内にいたというのに、由里は知らぬ間に森の中にいるようだった。
(……どういうこと?)
疑問だけが次々と浮かぶが、どれだけ薄暗い周囲を確認しても由里以外の人間がこの場にいる感じがしない。由里の疑問に答えてくれる人など、この場には皆無だった。
森の中からは鳥の声や木々のざわめきなどが聞こえてくるが、それ以外の人工的な音は聞こえてこない。それどころか、大自然の中という以外の情報が、その場所にはなかった。森の中にはありがちなでかい鉄塔一つ立っていない。鬱蒼と茂る森の木々の隙間から空を眺めてみても、飛行機どころか飛行機雲一つ見えなかった。
パニックになりかけていた由里だが、それでも困った時の対処法として身に刻まれている『まずはスマホを確認する』という行動を起こそうとする。現代の必須アイテムであるスマホがあれば、位置情報や時間、方角、道のりなど、様々な情報が手に入ることだけは現代人なら身に染みて分かっている。
しかし、どれだけ服の上から両手で身体中を這わせてスマホを探してみても、布越しに機械的な感触は見つからなかった。
(……嘘でしょ?スマホがない!?さっきまでちゃんと持ってたのに……。)
何かの衝撃によって近くに落とした可能性もある。
由里は周囲の地面を見回し、必死にスマホを探した。
「どこ?スマホ。どこに落としたの?」
音声認識を起動していないというのに、スマホに呼びかけてしまうくらいには由里はパニックになり始めていた。スマホを一瞬でも手放すと落ち着かなくなるほどには依存していなかったつもりだが、こういう危機的状況に到ってスマホがないというのは酷く心許ない。どんな時でも、あの画面のささやかな明かりによって、心が救われていたのだということをスマホが見つからない状況で由里は痛いほど感じていた。
今、この状況でスマホが圏外だったとしても(深い森の中のようなのでありうることだが)軽く絶望できそうだが、スマホの紛失はそれ以上である。
「どうしよう……。」
由里は絶望で泣きたくなった。
何が何だか分からない状況で、スマホがないということは生存確率がぐんと下がる気がしてならない。それに加え、近くには誰もいないのだ。助け一つ、呼べそうにない。
悲しくて悲しくてやり切れない気持ちを抱え、由里の目から涙が零れ落ちる。
こんなことなら妹の結婚式など、無理して有休を取ってまで出席しなければよかったという後悔が、絶望する心に追い打ちをかけるようにどっと押し寄せてくる。ただでさえ、億劫で気詰まりで日付が近づくにつれストレスで気が滅入って仕方なかったというのに、平穏に終わらせてもくれないなんてあんまりだ。
悲しみに打ちひしがれているせいで、体調も悪くなってきた気がする。
先程から腹部がチクチクと痛んで仕方ない。
由里は痛み続ける腹部をさすろうと手を伸ばした。
だが、その瞬間、圧倒的な異変を感じ、思わず腹部を確認する。
「……何、これ?」
見下ろした腹部は、着ている衣服が真っ赤に染まるほど出血していた。
「………ひぃっ!」
一瞬の沈黙の後、由里は恐怖にわなないた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
森の中に由里の悲鳴が響き渡る。
「血、血が……。」
もはや完全な恐慌状態に陥った由里。
見知らぬ場所に、理解不能な事態。その上で、真っ赤な血を見れば、もう理性は機能しなくなってもおかしくない。
どうしていいか分からず呼吸もままならない由里。
浅く呼吸を繰り返してはいるが、うまく酸素を取り込むことも出来ない。
「やっ……。いや……。」
もはや意味のなさない言葉だけが由里の口から零れ落ちるのみだ。
見知らぬ森の中で一人、由里はこのまま誰にも知られず息を引き取り朽ちていくのか?
そんな恐ろしい考えすら浮かび、由里が意識を手放してしまいそうになった時だった。
《うるさいですわ!ちょっと静かにして下さらない?》
どこからか酷く高飛車な声が聞こえてきた。
突然の光の後、一瞬の浮遊感があり、由里は何らかの衝撃を覚悟して身構えた。
だが、いつまで経っても衝撃はやって来ず、光も徐々に収まってきたことを瞼の裏で感じたので、恐る恐る薄目を開けた。
何かしらの天変地異的な光景が広がっているかもしれない悪い予感を胸に、薄目のままそっと周囲を確認する。
動画や写真で何度も見て目に焼き付いた災害のような状況を覚悟していたが、薄目で確認した限りでは天地がひっくり返ったり、地面が波打ったりするような状況は見受けられなかった。
それどころか光があまりにも凄かったせいで慌ててしまったが、光が収まってみると浮遊感は一瞬だったし、とくにそれ以降に何か特段の異変が起きたわけでもない。
少しだけ気持ちが落ち着いてきた由里は、薄目だった目をもう少し開いて周囲を確認することにした。
「……何、ここ?」
思わず疑問が口をついて出る。
由里がその両目で確認した情景は、あまりにも奇異であった。
「……森?」
鬱蒼と生い茂った木々に、薄く届く木漏れ日。
先程まで確かに室内にいたというのに、由里は知らぬ間に森の中にいるようだった。
(……どういうこと?)
疑問だけが次々と浮かぶが、どれだけ薄暗い周囲を確認しても由里以外の人間がこの場にいる感じがしない。由里の疑問に答えてくれる人など、この場には皆無だった。
森の中からは鳥の声や木々のざわめきなどが聞こえてくるが、それ以外の人工的な音は聞こえてこない。それどころか、大自然の中という以外の情報が、その場所にはなかった。森の中にはありがちなでかい鉄塔一つ立っていない。鬱蒼と茂る森の木々の隙間から空を眺めてみても、飛行機どころか飛行機雲一つ見えなかった。
パニックになりかけていた由里だが、それでも困った時の対処法として身に刻まれている『まずはスマホを確認する』という行動を起こそうとする。現代の必須アイテムであるスマホがあれば、位置情報や時間、方角、道のりなど、様々な情報が手に入ることだけは現代人なら身に染みて分かっている。
しかし、どれだけ服の上から両手で身体中を這わせてスマホを探してみても、布越しに機械的な感触は見つからなかった。
(……嘘でしょ?スマホがない!?さっきまでちゃんと持ってたのに……。)
何かの衝撃によって近くに落とした可能性もある。
由里は周囲の地面を見回し、必死にスマホを探した。
「どこ?スマホ。どこに落としたの?」
音声認識を起動していないというのに、スマホに呼びかけてしまうくらいには由里はパニックになり始めていた。スマホを一瞬でも手放すと落ち着かなくなるほどには依存していなかったつもりだが、こういう危機的状況に到ってスマホがないというのは酷く心許ない。どんな時でも、あの画面のささやかな明かりによって、心が救われていたのだということをスマホが見つからない状況で由里は痛いほど感じていた。
今、この状況でスマホが圏外だったとしても(深い森の中のようなのでありうることだが)軽く絶望できそうだが、スマホの紛失はそれ以上である。
「どうしよう……。」
由里は絶望で泣きたくなった。
何が何だか分からない状況で、スマホがないということは生存確率がぐんと下がる気がしてならない。それに加え、近くには誰もいないのだ。助け一つ、呼べそうにない。
悲しくて悲しくてやり切れない気持ちを抱え、由里の目から涙が零れ落ちる。
こんなことなら妹の結婚式など、無理して有休を取ってまで出席しなければよかったという後悔が、絶望する心に追い打ちをかけるようにどっと押し寄せてくる。ただでさえ、億劫で気詰まりで日付が近づくにつれストレスで気が滅入って仕方なかったというのに、平穏に終わらせてもくれないなんてあんまりだ。
悲しみに打ちひしがれているせいで、体調も悪くなってきた気がする。
先程から腹部がチクチクと痛んで仕方ない。
由里は痛み続ける腹部をさすろうと手を伸ばした。
だが、その瞬間、圧倒的な異変を感じ、思わず腹部を確認する。
「……何、これ?」
見下ろした腹部は、着ている衣服が真っ赤に染まるほど出血していた。
「………ひぃっ!」
一瞬の沈黙の後、由里は恐怖にわなないた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
森の中に由里の悲鳴が響き渡る。
「血、血が……。」
もはや完全な恐慌状態に陥った由里。
見知らぬ場所に、理解不能な事態。その上で、真っ赤な血を見れば、もう理性は機能しなくなってもおかしくない。
どうしていいか分からず呼吸もままならない由里。
浅く呼吸を繰り返してはいるが、うまく酸素を取り込むことも出来ない。
「やっ……。いや……。」
もはや意味のなさない言葉だけが由里の口から零れ落ちるのみだ。
見知らぬ森の中で一人、由里はこのまま誰にも知られず息を引き取り朽ちていくのか?
そんな恐ろしい考えすら浮かび、由里が意識を手放してしまいそうになった時だった。
《うるさいですわ!ちょっと静かにして下さらない?》
どこからか酷く高飛車な声が聞こえてきた。
10
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
旦那様、離縁の申し出承りますわ
ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」
大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。
領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。
旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。
その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。
離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに!
*女性軽視の言葉が一部あります(すみません)
偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら
影茸
恋愛
公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。
あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。
けれど、断罪したもの達は知らない。
彼女は偽物であれ、無力ではなく。
──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。
(書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です)
(少しだけタイトル変えました)
石塔に幽閉って、私、石の聖女ですけど
ハツカ
恋愛
私はある日、王子から役立たずだからと、石塔に閉じ込められた。
でも私は石の聖女。
石でできた塔に閉じ込められても何も困らない。
幼馴染の従者も一緒だし。
【完結】私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか
あーもんど
恋愛
聖女のオリアナが神に祈りを捧げている最中、ある女性が現れ、こう言う。
「貴方には、これから裁きを受けてもらうわ!」
突然の宣言に驚きつつも、オリアナはワケを聞く。
すると、出てくるのはただの言い掛かりに過ぎない言い分ばかり。
オリアナは何とか理解してもらおうとするものの、相手は聞く耳持たずで……?
最終的には「神のお告げよ!」とまで言われ、さすがのオリアナも反抗を決意!
「私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか」
さて、聖女オリアナを怒らせた彼らの末路は?
◆小説家になろう様でも掲載中◆
→短編形式で投稿したため、こちらなら一気に最後まで読めます
貴方を捨てるのにこれ以上の理由が必要ですか?
蓮実 アラタ
恋愛
「リズが俺の子を身ごもった」
ある日、夫であるレンヴォルトにそう告げられたリディス。
リズは彼女の一番の親友で、その親友と夫が関係を持っていたことも十分ショックだったが、レンヴォルトはさらに衝撃的な言葉を放つ。
「できれば子どもを産ませて、引き取りたい」
結婚して五年、二人の間に子どもは生まれておらず、伯爵家当主であるレンヴォルトにはいずれ後継者が必要だった。
愛していた相手から裏切り同然の仕打ちを受けたリディスはこの瞬間からレンヴォルトとの離縁を決意。
これからは自分の幸せのために生きると決意した。
そんなリディスの元に隣国からの使者が訪れる。
「迎えに来たよ、リディス」
交わされた幼い日の約束を果たしに来たという幼馴染のユルドは隣国で騎士になっていた。
裏切られ傷ついたリディスが幼馴染の騎士に溺愛されていくまでのお話。
※完結まで書いた短編集消化のための投稿。
小説家になろう様にも掲載しています。アルファポリス先行。
転生聖女のなりそこないは、全てを諦めのんびり生きていくことにした。
迎木尚
恋愛
「聖女にはどうせなれないんだし、私はのんびり暮らすわね〜」そう言う私に妹も従者も王子も、残念そうな顔をしている。でも私は前の人生で、自分は聖女になれないってことを知ってしまった。
どんなに努力しても最後には父親に殺されてしまう。だから私は無駄な努力をやめて、好きな人たちとただ平和にのんびり暮らすことを目標に生きることにしたのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる