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チュートリアル

第九話

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 エマへの報告を済ませたのは午後3時。
 残っている依頼は無かったので酒場をあとにするしかなかった。

「うがぁー……、終わったぁ」

 外に出て伸びをする。
 一仕事やり終えた感じはあるけど、やはり12ゴールドの報酬では心もとない。
 残った時間何もしないというのももったいない気がするが……。

「できることないよな……」

 遊ぶ金もなければ装備を買う余裕もない。
 しばらくはこんな毎日を繰り返すしかなさそうだ。

 そんな感じで宿に向かって歩き出そうとしたところで、道端に見覚えのある女の子がいるのを見つけた。
 というより路上で小銭を転がして、難しい表情でそれを見下ろしている。
 小さな硬貨が5枚――5ゴールドあるみたいだ。
 お金は得られたみたいだが、どうしてそんな不景気な顔をしているのだろう。

 そのまま素通りしようとしたところで、足を止める。

 ふっとある思惑が頭をよぎった。
 再び少女の場所にまで足を戻して彼女を見下ろす。

「こんにちわ」
「え?」

 小さい彼女の体に俺の影が下りて、彼女の悲しげな表情はいっそう暗く見えた。

「こんなところで金なんて転がして何をしてるので?」

 少女ははっとして、散らばった小銭を自分の手元にかき集めた。

「あ、あんたには関係ないでしょ! 向こうに行ってよ!」
「そんな警戒しなくても盗ったりしないよ」
「そんなセリフ信用できるか!」

 やたら噛みつくように言われてしまう。
 まあそれぐらい、ここには金に困っている奴がたくさんいるってことだろう。
 隙があれば他人の金を奪おうとするのはいくらでもいるのだ。

「悪かった。盗るつもりはない。だからほら、金をしまうまでは近寄らないから」
「……」

 距離をとっても、少女の瞳の警戒色はとれない。
 5ゴールドを手に握りしめたまま、その手を背中へと追いやった。
 どうやら金を入れる場所すらないらしい。

 直感的にわかる。
 この子はたぶん、俺よりもどうしようもない状態に立たされている。
 その理由については全く想像もできないが、少なくとも立場的には、俺から手を差し伸べられる相手と判断する。

「お前、金がないのか?」

 そういう相手なら、交渉の余地があると思った。

「それがなに? あんたに関係ないでしょ」
「俺も金がない。もっと金が欲しいんだ」
「あっそ? ならなおさら話する意味ないね。お金でも恵んでくれるお金持ちに話しかけなよ。からかいたいだけなら向こうに行って」

 取り付く島もないとはこのことだ。
 だが俺にだって事情はある。こんなことでは諦められない。

「俺とパーティを組まないか?」

 俺は早速本題にはいることにした。

「は?」

 その「は?」はなんとなく胃が痛くなる「は?」だ。
 新人後輩が同じ現場に来た時、業務指示を飛ばした瞬間真顔でそんなことを言ってきたのを思い出した。

「まあまってくれ、最後まで話を聞いてくれよ」

 まだ警戒心まるだしの少女だが、とりあえずその場から逃げ出そうとはしなかった。
 言いたいことがあれば言えば? という態度だと、そう思うことにしよう。

「酒場の依頼は午前中に一件しか受けられない。だから一仕事終わると、もうその日お金を稼ぐチャンスはなくなるよな?」
「そんなの当たり前でしょ?」
「でもモンスター退治ならどうだ? 外に出てモンスターを一匹でも倒せれば、わずかでもお金が手に入る」
 
 というかそれ以外に金を稼ぐ方法を知らない。

「そんなの無理に決まってるじゃない。武器もないのにモンスターに戦いを挑むのが無謀だなんて、そんなのあたしでも知ってる」

 たしかにそれは、ジェラードからもさんざん聞かされていたことだ。
 武器もなしにモンスターに戦いを挑めば、大けがで済まないことだってあるらしい。

「でもそれは一人で戦う場合では、だろ? 二人ならどうだ? 二人がかりならモンスターを倒すのも無理じゃないだろ?」

 正直、モンスターを前にしたことがないのでこれは憶測でしかないが……。
 でもゲームなら、素手でも仲間がいればごり押しでモンスターを倒すこともできたはずだ。
 それがどれほどのリスクを伴うのかは別として、ハンドラーというジョブの有用性を確かめる意味でもどうしてもパーティでモンスターを倒すことを試してみたかった。

「え? うーん……」

 その提案、少女もさすがに考えるそぶりをした。
 馬鹿な提案だと一蹴されるよりはまともな反応だ。

「おじさん、あたしと組んでくれるの?」

 ちょっとまて。

「俺はまだ29だ」
「でもあたし、武器もなにもないよ」

 おじさんを否定してくれよ。

「ちなみにお金はいくらある?」
「さっき手に入れた5ゴールドだけ。あげないよ」
「なんか少なくないか?」

 俺が見た限りでは報酬は大体10ゴールド以上はあったはずだけど。

「午前中のお仕事、うまくいかなかったんだもん」

 なるほど。
 今度は依頼を受けさせてもらえたけど、ちゃんとやり遂げることができなかったみたいだ。

「ちなみにいくらの仕事だったんだ」
「15ゴールドの荷物運び。半分はできたはずなのに、報酬だいぶ減らされちゃった……」

 いや、依頼はできる数じゃなくて失敗か成功だろう。失敗しても報酬がすくなくなるだけならまだましだ。
 とはいえ、消沈している女の子を前にそんなことは言えるはずもない。

「それは、災難だったな」
「そうだよ。せっかくまともなご飯とお風呂にありつけると思ったのに、計画がくるっちゃった」
「だから宿と飯、どっちを選ぶか悩んでたわけか」

 さっきまで難しい顔で小銭を見下ろしていた理由がわかった。
 でもそれで確信した。
 彼女は、冒険者としては落ちこぼれだ。

 危険を伴わない雑用みたいな依頼すらまともにこなせず、稼ぎも他の冒険者よりはるかに少ない。
 そういう相手なら、こんなよそ者の俺でも必要に駆られてパーティを組んでもらえると考えた。
 
 正直彼女の弱みに付け入っているみたいで後ろめたい気持ちはあったが……俺はどうしてもパーティを組んでみたい理由があったのだ。

 ジョブであるハンドラーはパーティを持って初めて真価が発揮されると思われる。
 俺は今のままじゃただのリーマン男である。
 この先まともに生きていくにはどうにかして俺のジョブを活かす道を見つけるしかない。
 だから――

「モンスター退治、試してみないか。たしかこん棒なら、8ゴールドで買えたはずだ」

 最初の町の外の敵で、スライムぐらいならそれでどうにかできるかもしれない。危険がないようになるべく町の敷地から離れないように行動すれば複数を相手にせずに戦うこともできるだろう。

「どういうこと? 武器を買うって、あんたのお金で」
「ああ、けど二人分は買えない」

 一本なら用意できる。
 この子にこんぼうを装備させて、二人でスライムを倒す。
 それで手に入るゴールドは……

 たしか2倍に4ゴールドになるはずだ。
 経験値も2倍。
 この世界にレベルって概念があるのかはわからないし、もしスライム退治がうまくいかなかったら今日の宿代が確保できなくなるというリスクはある。
 でも試す価値はあると思う。

 もしスライム一匹で4ゴールドも手に入るなら――

 ここでクエストを受けるよりもたくさん稼げるかもしれない……。

「俺がお前の装備を買ってやる。それで外に出てスライム狩りをやってみよう」
「そんなことしておじさんになんの得があるの?」
「もちろん分け前はもらうし、一応ギブアンドテイクだろ?」
「あたしが、武器だけくすねて逃げちゃうかもしれないよ。それで武器を売ったお金で宿代も食事代も手に入れるの」
「えぇ……」

 それは考えてなかった……。

「……まあでも逃げたところで、明日また必死な思いをするのは変わらないよね……」

 しかし少女はそんなことをつぶやいた。

 幼い見た目でも、目の前の利益にくらんだりしない。先を見据えることができる頭がある。
 つらくても生きるのに前向きな女の子だ。
 
「それにあんた、あたしのたった5ゴールドを奪うために人を殺しそうなタイプにも見えないしね」

 いくら積まれても人殺しなんてしたくないが……。

「でもなんであたしなの?」 
「見たところ女の冒険者はほとんどいなかった。たいていは兼業か、腕に自身がある奴らだろう。でもお前は金も家もなくて、仕方なくここで仕事をもらってる。その日、生きていくだけでもやっとなんだろ?」

 少女はうっと喉につまったような顔をした。
 どうやら図星であるらしい。

「で、どうする?」

 俺は今一度問う。
 できれば提案に乗ってもらいたいところだが、結局のところ無理強いはできない。
 
 しばらくの間、少女は考えに耽っていた。
 上を向いたり、かと思えばうつむいて、犬のようにうーと唸っている。
 俺は固唾をのんでそれを見守っていた。

「わかった、試してみようか」

 首を縦に振った瞬間、
 不安しかなかった少女の瞳に、決意のような色がまじりはじめていた。
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