4 / 13
チュートリアル
第四話
しおりを挟む
どんな色が好きか。
恋人はいるのか。
仲間が危険な状態の時、あなたならどうするのか。
家族を失ったとき、あなたは何を思うのか。
ゲームとは全く異なる質問だった。
単純なはい・いいえで答えられるようなものではない。
だけど受付嬢の投げかける質問に正直に答えるのも、診断の一つのように思えた。
過度な見栄や嘘は、ろくでもない結果につながるだけだと。
俺は正直に、なるべく当たり障りのない回答をしていった。
10分ほど、ひたすらに質疑応答に徹した。
事務的だった黒髪の女性の顔つきも、ふんふんと少し面白そうな顔になりはじめたころ――
「うん、もういいよ」
それを合図に、女性は俺の目の前の先ほどのカードを置いた。
「これに目を通して名前を書いてちょうだい。読み書きができないなら代わりに書いてあげる」
カードにはいろんな注意事項が箇条書きされていた。
そしてその最後に、名前を書く欄が記載されている。
なぜか、ここは日本語である。
ふと、カードの色が、先ほどの白紙の状態からやや灰色に変わっていることに気が付く。
「えっと、なんでカードの色が変わっているんですか?」
「今の性格診断の結果だね。それでいろいろと君に与えられる特典が変わるってところ。あなたって意外と世間知らずだよね。もう結構な年齢なのに、質問しててところどころ笑いそうになっちゃったよ」
「う……」
言葉の攻撃が容赦なく俺のドテンに突き刺さる。
そんな俺のことなど気にするそぶりもなく、女性は「もう読んだ?」と俺を急かした。
「……えっと、書いてある内容を要約すると、人に迷惑をかけないこと。悪さをしないこと。受けた仕事はちゃんとやりとげること、って感じでしょうか?」
「それであってるよ。そう説明しても破る人はいくらでもいるけどね。冒険者のモラルも最近はかなり低下してるし、馬鹿なことだけはしないでねってこと」
「気を付けます……」
小学校のころに習った、割と当たり前のような規則事項である。
「あとこの、左下のハンドラーっていうのは……?」
「それがあなたの適正ジョブだよ。ハンドラーってのはあんまり聞いたことがないけど、それが性格診断からあなたに与えられたジョブってことだね」
「そうですか……まあそうですよね……」
すこし血の気が引いた。
俺の見た情報サイトに書いてあったことだが、ハンドラーは、得られるスキルも少なく、仲間が少ない序盤ではあまり役に立たない中途半端な職業という印象だった。
俺自身も、この職業の冒険者を雇ってゲームを進めたことはなかった。
それよりももっと、魔法を使えたり、剣技を使えたりと、楽しい職業がいくらでもあったのだ。
不運がまた一つ、だ。
だけどその場ではなるべく平静を装っていた。
「これでいいですか?」
名前を書いたカードを受付嬢に手渡すと、彼女はそれを見てまたふんふんと鼻を鳴らした。
口調はがさつだけど、どこかチャーミングな仕草だった。
「問題ないよ。このカードが冒険者の証になる。仕事を受けるときや町の外に行くときとかに提示しないといけないからなくさないでね」
彼女から再びカードを受け取ると、俺はそれはポケットにしまった。
「これで登録は終了だけど、モンスターについて説明しておくね。モンスター退治はしなくてもいいけど、一応規則だからね」
「はい、お願いします」
「町の外にモンスターは出るけど、地域によって出るモンスターは様々なの。モンスターを倒すと魔石って呼ばれる宝石を出すんだけど、これの買取を門を入ってすぐのところで行ってる。魔石の魔力で町の結界を維持してるからね、需要は途切れたりはしないよ。買値はどこの国でも一律にしてる。価格が上下したりとかはしないから安心して」
なるほど、モンスターを倒してすぐにゴールドが手に入っていたゲームとは、少し違うみたいだ。
「モンスターごとに手に入る魔石は違う。色とか形とかで区別できるかな? このあたりだとスライムは2ゴールド。くろこうもりが3ゴールド。ドグロアってもぐらが4ゴールドだね。一応注意しておくけど、武器も防具もないうちにモンスター退治に行こうなんて考えないでね」
「わかりました」
「あとは酒場の説明だね……。仕事の斡旋は一階を利用して。時間は朝からお昼まで、それ以降は酒場になるから仕事は手に入らない。依頼が壁に貼ってあるから詳細を読んでできそうなら窓口に持っていって。字が読めなくても窓口なら適当な仕事を寄越してくれるはずだよ」
「一階? ここじゃないんですか?」
「ここではモンスター退治の依頼を斡旋してるの。普通にモンスターを倒すだけなら酒場に来る必要はないけど、ここでは隊商の護衛依頼とかを請け負ってるのよ。ある程度強いと証明できないと二階の使用は許可してないってこと」
モンスター退治できる人は二階で仕事をもらって、それ以外は一階を使うってことらしい。
「許可っていうのはどうやってもらうんですか?」
「モンスター退治をしたことのない人には説明しない規則になってるのよね。過去に装備もないのに許可を取ろうとして死ぬおバカさんもいたから」
「……はぁ、なるほど」
「自分は特別だ。自分だけは大丈夫。そんな風に考えているバカはいくらでもいるのよ」
俺も全く同じことを考えていた。耳が痛い。
「わかりました。気を付けます」
「じゃあ説明は終わりね。今ならまだ一階で仕事が手に入るから受けてみるといいよ。宿の確保はお金が手に入ってから夜でも十分に間に合うと思うし」
「なるほど、説明ありがとうございました」
「……」
お礼を言うと、彼女はなぜかじっと俺のことを見てきた。
なんだか色々と見透かされてるような、ちょっと不安になる視線だ。
「な、なんでしょうか?」
「ん? いや、村を飛び出してきたにしては、ずいぶんと礼儀正しいなって感心してただけだよ」
「ど、どうも」
まあ村ではなく、法治国家の日本からきたサラリーマンだからだろう。
「そうそう、自己紹介してなかったね。あたしはここの店主のジェラード、一応覚えておいて」
「はい。俺はトオルです。よろしくお願いします」
「やっぱり礼儀正しいね。あんたが二階で仕事を受けるようになったら世話を焼いてあげるよ。まああんたみたいに年を食ってからここに来てるようだと、あんまり期待できないけどね」
「はは……」
やっぱり俺は、おじさんなのだ……。
「それじゃあ失礼します」
「うん、頑張って」
それでジェラードとは別れた。
とりあえず金がないので、一階で仕事というやつを探してみることにしよう。
恋人はいるのか。
仲間が危険な状態の時、あなたならどうするのか。
家族を失ったとき、あなたは何を思うのか。
ゲームとは全く異なる質問だった。
単純なはい・いいえで答えられるようなものではない。
だけど受付嬢の投げかける質問に正直に答えるのも、診断の一つのように思えた。
過度な見栄や嘘は、ろくでもない結果につながるだけだと。
俺は正直に、なるべく当たり障りのない回答をしていった。
10分ほど、ひたすらに質疑応答に徹した。
事務的だった黒髪の女性の顔つきも、ふんふんと少し面白そうな顔になりはじめたころ――
「うん、もういいよ」
それを合図に、女性は俺の目の前の先ほどのカードを置いた。
「これに目を通して名前を書いてちょうだい。読み書きができないなら代わりに書いてあげる」
カードにはいろんな注意事項が箇条書きされていた。
そしてその最後に、名前を書く欄が記載されている。
なぜか、ここは日本語である。
ふと、カードの色が、先ほどの白紙の状態からやや灰色に変わっていることに気が付く。
「えっと、なんでカードの色が変わっているんですか?」
「今の性格診断の結果だね。それでいろいろと君に与えられる特典が変わるってところ。あなたって意外と世間知らずだよね。もう結構な年齢なのに、質問しててところどころ笑いそうになっちゃったよ」
「う……」
言葉の攻撃が容赦なく俺のドテンに突き刺さる。
そんな俺のことなど気にするそぶりもなく、女性は「もう読んだ?」と俺を急かした。
「……えっと、書いてある内容を要約すると、人に迷惑をかけないこと。悪さをしないこと。受けた仕事はちゃんとやりとげること、って感じでしょうか?」
「それであってるよ。そう説明しても破る人はいくらでもいるけどね。冒険者のモラルも最近はかなり低下してるし、馬鹿なことだけはしないでねってこと」
「気を付けます……」
小学校のころに習った、割と当たり前のような規則事項である。
「あとこの、左下のハンドラーっていうのは……?」
「それがあなたの適正ジョブだよ。ハンドラーってのはあんまり聞いたことがないけど、それが性格診断からあなたに与えられたジョブってことだね」
「そうですか……まあそうですよね……」
すこし血の気が引いた。
俺の見た情報サイトに書いてあったことだが、ハンドラーは、得られるスキルも少なく、仲間が少ない序盤ではあまり役に立たない中途半端な職業という印象だった。
俺自身も、この職業の冒険者を雇ってゲームを進めたことはなかった。
それよりももっと、魔法を使えたり、剣技を使えたりと、楽しい職業がいくらでもあったのだ。
不運がまた一つ、だ。
だけどその場ではなるべく平静を装っていた。
「これでいいですか?」
名前を書いたカードを受付嬢に手渡すと、彼女はそれを見てまたふんふんと鼻を鳴らした。
口調はがさつだけど、どこかチャーミングな仕草だった。
「問題ないよ。このカードが冒険者の証になる。仕事を受けるときや町の外に行くときとかに提示しないといけないからなくさないでね」
彼女から再びカードを受け取ると、俺はそれはポケットにしまった。
「これで登録は終了だけど、モンスターについて説明しておくね。モンスター退治はしなくてもいいけど、一応規則だからね」
「はい、お願いします」
「町の外にモンスターは出るけど、地域によって出るモンスターは様々なの。モンスターを倒すと魔石って呼ばれる宝石を出すんだけど、これの買取を門を入ってすぐのところで行ってる。魔石の魔力で町の結界を維持してるからね、需要は途切れたりはしないよ。買値はどこの国でも一律にしてる。価格が上下したりとかはしないから安心して」
なるほど、モンスターを倒してすぐにゴールドが手に入っていたゲームとは、少し違うみたいだ。
「モンスターごとに手に入る魔石は違う。色とか形とかで区別できるかな? このあたりだとスライムは2ゴールド。くろこうもりが3ゴールド。ドグロアってもぐらが4ゴールドだね。一応注意しておくけど、武器も防具もないうちにモンスター退治に行こうなんて考えないでね」
「わかりました」
「あとは酒場の説明だね……。仕事の斡旋は一階を利用して。時間は朝からお昼まで、それ以降は酒場になるから仕事は手に入らない。依頼が壁に貼ってあるから詳細を読んでできそうなら窓口に持っていって。字が読めなくても窓口なら適当な仕事を寄越してくれるはずだよ」
「一階? ここじゃないんですか?」
「ここではモンスター退治の依頼を斡旋してるの。普通にモンスターを倒すだけなら酒場に来る必要はないけど、ここでは隊商の護衛依頼とかを請け負ってるのよ。ある程度強いと証明できないと二階の使用は許可してないってこと」
モンスター退治できる人は二階で仕事をもらって、それ以外は一階を使うってことらしい。
「許可っていうのはどうやってもらうんですか?」
「モンスター退治をしたことのない人には説明しない規則になってるのよね。過去に装備もないのに許可を取ろうとして死ぬおバカさんもいたから」
「……はぁ、なるほど」
「自分は特別だ。自分だけは大丈夫。そんな風に考えているバカはいくらでもいるのよ」
俺も全く同じことを考えていた。耳が痛い。
「わかりました。気を付けます」
「じゃあ説明は終わりね。今ならまだ一階で仕事が手に入るから受けてみるといいよ。宿の確保はお金が手に入ってから夜でも十分に間に合うと思うし」
「なるほど、説明ありがとうございました」
「……」
お礼を言うと、彼女はなぜかじっと俺のことを見てきた。
なんだか色々と見透かされてるような、ちょっと不安になる視線だ。
「な、なんでしょうか?」
「ん? いや、村を飛び出してきたにしては、ずいぶんと礼儀正しいなって感心してただけだよ」
「ど、どうも」
まあ村ではなく、法治国家の日本からきたサラリーマンだからだろう。
「そうそう、自己紹介してなかったね。あたしはここの店主のジェラード、一応覚えておいて」
「はい。俺はトオルです。よろしくお願いします」
「やっぱり礼儀正しいね。あんたが二階で仕事を受けるようになったら世話を焼いてあげるよ。まああんたみたいに年を食ってからここに来てるようだと、あんまり期待できないけどね」
「はは……」
やっぱり俺は、おじさんなのだ……。
「それじゃあ失礼します」
「うん、頑張って」
それでジェラードとは別れた。
とりあえず金がないので、一階で仕事というやつを探してみることにしよう。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
転生先が森って神様そりゃないよ~チート使ってほのぼの生活目指します~
紫紺
ファンタジー
前世社畜のOLは死後いきなり現れた神様に異世界に飛ばされる。ここでへこたれないのが社畜OL!森の中でも何のそのチートと知識で乗り越えます!
「っていうか、体小さくね?」
あらあら~頑張れ~
ちょっ!仕事してください!!
やるぶんはしっかりやってるわよ~
そういうことじゃないっ!!
「騒がしいなもう。って、誰だよっ」
そのチート幼女はのんびりライフをおくることはできるのか
無理じゃない?
無理だと思う。
無理でしょw
あーもう!締まらないなあ
この幼女のは無自覚に無双する!!
周りを巻き込み、困難も何のその!!かなりのお人よしで自覚なし!!ドタバタファンタジーをお楽しみくださいな♪
チート幼女とSSSランク冒険者
紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】
三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が
過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。
神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。
目を開けると日本人の男女の顔があった。
転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・
他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・
転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。
そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語
※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。
大好きな母と縁を切りました。
むう子
ファンタジー
7歳までは家族円満愛情たっぷりの幸せな家庭で育ったナーシャ。
領地争いで父が戦死。
それを聞いたお母様は寝込み支えてくれたカルノス・シャンドラに親子共々心を開き再婚。
けれど妹が生まれて義父からの虐待を受けることに。
毎日母を想い部屋に閉じこもるナーシャに2年後の政略結婚が決定した。
けれどこの婚約はとても酷いものだった。
そんな時、ナーシャの生まれる前に亡くなった父方のおばあさまと契約していた精霊と出会う。
そこで今までずっと近くに居てくれたメイドの裏切りを知り……
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる