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代償
しおりを挟むクリスタル男爵は追い詰められていた。
半年前、愛する娘が何の前触れもなく豹変した。
自分は選ばれた者だ、前世の記憶と、これから起こる未来がわかると、頭のおかしい事を言い始めたのだ。
優しかった娘は、傲慢で非常識な振る舞いが増えた。
使用人をもののように扱い、暴力や暴言を吐く光景が日常になった。
金遣いも荒くなり、まるで湯水のように躊躇なく使われ、男爵家はすぐに困窮していった。
ついには、おそれ多くも、サファイア公爵家の舞踏会に招待して頂いたのに…娘は取り返しのつかない傍若無人な行動をしてしまった。
高位貴族のご令息“たち”が自分の運命の男性だと、何の躊躇いもなく言い切ったのだ。
なんと、不敬で恥知らずな。
背筋が凍りつくような、恐ろしい妄言だった。
そこでクリスタル男爵は思った。
ああ、娘は壊れてしまったのだ…でなければ、こんな頭の沸いた事を言う訳がない。
それからも娘は、高位貴族のご令息たちの周りを彷徨き、クリスタル男爵に回収されるを繰り返していた。
娘は自分の置かれている状況が全くわかっていないどころか、何故か自分が絶対的に優位な立場にいると思い込んでいる。
高位貴族に凄まじい執着を見せ、とても下位貴族が出入りできない場所に『自分にはその資格がある』と、意地でも入ろうとしていた。
娘の口癖は『だってアタシはヒロインだもの!この世界はアタシのためにあるのよ!』だった。
どんな状況でも、それがぶれる事はなかった。
クリスタル男爵は、何処で育て方を間違えたのだろうと、自分を責めた。
もう…爵位を国王陛下に返上して、屋敷や家財を売り、娘と遠い田舎に引っ込むしかない。
だが…現実は更に彼を追い込む。
ーーー娘が、犯罪に手を染めたのだ。
サファイア公爵家と並ぶほどの権力と財産を持つ、トパーズ侯爵家の関係者に手を出してしまった。
しかも…その手を出してしまった関係者とは、氷のご令息が溺愛していると噂の婚約者だった。
アクアマリン伯爵家のご令嬢だ。
クリスタル男爵は一度だけ会った事があり…彼女の、高位の方に媚びず、下位の者を気遣うお姿が印象に残っていた。
娘は多額の借金をし、多くのならず者を雇い、ご令嬢を襲うように指示していたらしい。
犯行理由も、実に娘らしかった。
ご令息の運命の相手は自分だ、ご令息は悪のご令嬢に洗脳されているだけだ…と。
あんな心優しいご令嬢が悪な訳ない…。
クリスタル男爵は真っ青になり、自分の娘が血も涙もない化け物に見えた。
幸い…全て未遂に終わり、ご令嬢は無事だったが、トパーズ侯爵家とアクアマリン伯爵家を完全に敵に回してしまったのだ。
後から聞いた話だと…ご令嬢に接触したならず者は、男性器を切り落とされ、ある者は化け物が闊歩する荒れ地に放り出され、ある者は男色の変態貴族に“女”として売られ、戸籍を抹消されたらしい。
トパーズ侯爵家はいわずもがな…アクアマリン伯爵家も中立を保った中堅貴族だが、我が家など一捻りに出来る権力と財産をもつ。
終わった…そう思った、すぐに、トパーズ侯爵家からの使いが訪ねてきた。
クリスタル男爵は恐怖に震え上がった。
自分はこれからどんな恐ろしい事をされるのか…。
子の責任は親の責任だ。
全力で止めた結果がこれだとしても、避けられない。
だが…下された命令は、彼の想像から大きく外れていた。
使いが、ご令息からの文を読む。
内容はこうだ。
今回の件、クリスタル男爵に非がない事は理解しているが…やはり責任がある事は変わらない。
しかし、クリスタル男爵を罪に問うことはない。
爵位を剥奪し、国外追放したところで、クリスタル男爵の娘が諦めるとは思えない。
きっと、状況を理解出来ずわめき散らすだけで、ショックすら受けないだろう。
これは一時的なもので、すぐに自分の希望通りの未来が訪れると。
…が、勘違いするな。
これは許したのではなく…クリスタル男爵が何一つ変わらずのうのうと暮らす事が、何よりも大事な『罰』なのだと。
どういう事だ…と思っていると、次の言葉で全てを察した。
『お前自ら、娘を遠い異国の貴族に、“商品”として売りさばけ。しっかり、売られたと理解できるやり方で、な』
クリスタル男爵は血の気が引くのがわかった。
決して、自分は情状酌量をされた訳ではない…むしろ、真逆だ。
ご令息は、クリスタル男爵が“家庭的で優しい”人間だと理解したうえで、この命令を下したのだ。
これは…クリスタル男爵にとっても、娘にとっても、凄まじい罰だ。
娘は実の父に売られる事で、自分が人権がない商品だと…生々しい絶望を、ずっと味わう事になるだろう。
さすがの娘でも、救いがないとわかるはずだ。
そう…娘は貴族の娘として売られるのではない。
何をしてもいい“玩具”として売られるのだ。
そしてクリスタル男爵も、実の娘を“玩具”として酷い買い手に売りさばき、娘の絶望を煽るように平和に暮らし続けろ…と言われたのだ。
その途方もない悲しみと、罪悪感、後悔を、死ぬまで味わう事が、クリスタル男爵への罰だ。
娘が終わりのない地獄のような苦しみの中、自分は平和に不自由なく暮らしている事実が、いつまでも生々しい傷口を抉り続ける。
しかもクリスタル男爵は、ご令息の文からある事も感じとっていた。
何かのついでに、ちょっとしたものを売るように、軽い感覚で売りさばけと遠回しに言われているような気がする…と。
あっさり、未練など微塵も見せず…そうすれば、きっと…娘はより絶望するから。
『え……ぱ、ぱぱ…?ぱぱ…なんでっ…?…っ!?まって、まってよっ!いかないでっ…!ぱぱっ!ぱぱぁああああーっ!』
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