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アホの子と甘えん坊令嬢

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(※ジアと乙女ゲームのメインヒーローの婚約者のお話です)

護衛のお姉さんと側近のメイドさんを連れて、ショッピングしている時だった。

「…っ…っ…うっ…」

街の広場…噴水のベンチに座ったフードを被った女性が泣いていた。
何処か痛いのかな…?
大丈夫かな…?

ど、どうしよう…。

両親とメイドさんたちや執事さんには、あんまり知らない人に声を掛けちゃいけないって言われてるし…。

アリステア様と、トパーズ侯爵様、夫人様には『絶対』声を掛けちゃいけないって言われてるし…。

でも…何だか凄く苦しそうだよ…。

見た感じ、お忍びの何処かのお嬢様かもしれないし…もし、このまま変な人に捕まったら…。

「………………」

フードを被っていても、何だが雰囲気がとても魅力的で…つい、目を奪われてしまう。

暗くなり、この儚い女性が、怖い男性たちに囲まれる図が、頭に浮かぶ。

私から血の気がサァー…と引いた。
こ、このまま放って置いたら、欲望のはけ口にされて乱暴されちゃうかも…。

う、うん…!
偽善者って言われても良いから、保護しよう…!

「大丈夫ですか?何処か痛いんですか?」

私が静かに声をかけると、フードの女性は一瞬ビクッとなり、ゆっくり顔をあげた。

「っ!?……………あっ…アクアマリン、伯爵令嬢様…?」

えっ!?
何で私の事わかるのっ!?

それにしても…綺麗な人…艶々で繊細なゴールドブロンド……宝石の様な、赤茶の綺麗な瞳……まるで………。


ーーーーーーーまるで…?


「ガーネット侯爵令嬢様っ…!?」


***


私は、ガーネット侯爵令嬢様をアクアマリン伯爵邸に連れて帰ると、自分の部屋に案内した。

帰りの馬車でもずっと泣いていて、お体に勝手に触るのは失礼だけど、黙って背中を撫で撫でした。

私の部屋でもフードを被ったままで、俯いて涙が止まらないでいた。

こ、このままだと脱水状態になっちゃうっ…!

とりあえず、泣いている姿を人に見られたくないと思うから、メイドさんたちには全員下がってもらった。

それから…私はキッチンにダッシュして、急いでホットミルクを作り、水も持って自室に戻った。

お茶だとカフェインがあるからね…!


ゲームのメインヒーローの婚約者、クラウディア・ガーネット侯爵令嬢様。

華やかな美と、気品、知性に溢れたとてもしっかりしたご令嬢だ。
芯が強く、自分にも他人にも厳しい、正しい貴族のお手本みたいな方…。

ゲームでは、それ故にメインヒーローと溝が生まれ、メインヒーローが不倫に走る原因となる。

何も悪くないのに…悪者みたいに扱われていた方だ。

それでも…最後まで毅然とした姿勢を崩さなかった強い女性だった。


ーーーそのガーネット侯爵令嬢様が、泣いている。


「ガーネット侯爵令嬢様、ホットミルクとお水をご用意致しました」

「…!ほっと…みるく…?」

「はいっ。お外は寒かったので、僭越ながらご用意させて頂きました」

寒い時は温かくて甘いものが一番っ…!
いっぱい泣いて、体力を消耗してるだろうしねっ!

「……………………………」

私は、ホットミルクをガーネット侯爵令嬢様に差し出すと、彼女は無言でそれを飲んで……なんと!
表情を和らげてくれたっ…!

「…美味しいっ……とっても…」

「気に入って頂いて、私も嬉しいです!砂糖ではなくハチミツを使い、隠し味にシナモンを入れるのがポイントなんですっ」

「!貴女が作ったの…?」

「はいっ」

私が褒められてニコニコ笑っていると、ガーネット侯爵令嬢様はまた瞳をうるうるし出して、肝を冷した…!

な、なんでぇ…!?

「…ご、ごめんなさいっ……迷惑を、おかけ、して…」

「い、いいえっ!お気になさらないで下さいっ!」

「…っ、クラウディアと、呼んで下さいっ…」

「え…?」

「口調も、出来れば、崩して頂いてっ…」

よ、良くわからないけど…!
失礼な事をした訳じゃなくて良かったっ…!

クラウディア様は、うるうるしながらも安心した様に笑い、ホットミルクをちょびちょび飲んで落ち着いていった。

「……幻滅、したでしょう…?」

「…?…??……???」

な、何がっ…!?
どうしようっ…全く意味がわからないっ…!

私が答えに困っていると、クラウディア様は自嘲する様に悲しい笑みを浮かべた。 

や…そんな顔しないで…!

「あ、あの…幻滅なんて、しないですっ!」

「えっ…?」

「だって、別にいけない事も変な事も、何もしてないですよ?」

「で、でも、私はっ…こんな情けなく、泣いてっ…」

「???クラウディア様は、泣いちゃダメなんですか…?悲しい事があったり、強いストレス感じたら、泣いた方が精神衛生上とっても良いと思います!」

バカな私は、状況が未だにわからず、思った疑問点をそのまま口に出す。
泣く行為って、精神的セルフケアだよね…?
セルフケアしちゃいけないって、何かの修行中か訓練中なのかな…。

「っ!…ジア様っ…!だ、だけど…それだと弱くなってしまうわっ…」

クラウディア様は一瞬目を見開くとまた泣きそうな顔をした後、もじもじし始めた。

「……??……???泣くと、弱いんですか…?」

「え……!!……っ…うっ…」

「っ!?」

ひ"ゃ"あ"あ"あ"あ"っ!?
ま、まままままままた、泣き始めちゃったーー!

ど、どどどどどどど、どうしようっ!!!
私が泣かせちゃったんだよねっ!?
そうだよねっ!?

私は一人でわたわたあわあわしていると、クラウディア様が、私に抱き付いてきたっ…!


ーーーえ…?だ、抱き付いてきた…?


「ジ、ジアさまっ、私、皆さんが思っているような令嬢ではないんですっ…」

「っ!クラウディアさま…?」

こ、これは、泣いているけど、悲しくて泣いているんじゃなくて………甘えているの…?

「本当は、怖がりで、寂しがり屋で、甘えたな弱虫なんですっ…」

「クラウディア様っ…」

そうなのっ!?
今までは『外用のキャラ』だったんだ…辛かっただろうな…。

それから、クラウディア様は今まで我慢してきた気持ちを素直に吐露し始めた。

クラウディア様……こんな萌えキャラだったのね…。

「私…ディラン様より二つ年上でしょ…?だからしっかりしなきゃって…本当は頼りない甘えん坊って知られたら、嫌われちゃうわっ…」

「え?こんなに可愛いのに…?」

「可愛い…?本当…?」

「はいっ。でも、クラウディア様は自分なりに、いっぱい頑張ったんですねっ。えらいえらいっ」

私はクラウディア様を更にギュッと抱き締めると、片手で頭を撫で撫でした。

「!…っ…うっ…わ、わたし、紅茶より、甘いホットミルクやホットチョコレートが好きなんです…」

「美味しいですよね。ジアも大好きですっ」

「お料理も、味の薄い上品なものより、味がはっきりした甘い子供っぽい味付けが好きなんですっ…」

甘い子供っぽい味付け…ナポリタンとか、オムライスとかのタイプの料理かな…?

「ジアも甘いソースのお料理好きですよっ」

クラウディア様は『本当の自分はこうだよ!』って色んな事を話してくれた。

薔薇よりガーベラが好きとか、派手な色より淡い色が好きとか、気高い猫ちゃんよりわんぱくなワンちゃんが好きとか、宝石より可愛い小物が好きとか、ヘルシースイーツよりラズベリーとチョコレートのケーキが大好きとか…!
いっぱい話してくれた…!

うんうんっ。
大人っぽい方だと思っていたけど、何だか親近感がわいて嬉しくなっちゃうね!
クラウディア様も普通の女の子だもんねっ!

しばらくすると、クラウディア様は私からゆっくり離れ、恥ずかしそうに…だけど嬉しそうに笑った。

「…私を見つけてくれたのが、ジア様で良かったわっ」

「私もです!クラウディア様とお話するのとっても楽しいですっ」

「ありがとうっ。…………ジア様、私が泣いていた理由、聞いてくれるかしら」

「はいっ」

クラウディア様は、ちょっと悲しそうに…それでもリラックスして話し始めた。

「……ディラン様に近づく令嬢が現れたの…」

「……!」

近づく令嬢……もしかして、ヒロイン…?

「評判は良くないけど……ディラン様より年下で、とても可愛らしい方だったの…守りたくなる様な…」

「………」

私は黙ってクラウディア様の手を握った。

「っ、ふふっ…ありがとう。…その、ディラン様は、特に拒否の姿勢を見せていないみたいなのっ……ディラン様は誰に対しても同じ姿勢で接するし、本心がわからないっ…もし、私と比べて、彼女の方が良いって思っていたらっ…」

わかるっ…!
超わかるうううううっ…!!
でも、大丈夫っ…!!

クラウディア様とサファイア公爵令息様…公子様の場合は、ただのすれ違い!
ゲームの公子様は寂しがり屋だったから!

「クラウディア様、元気を出して下さいっ」

「ジア様っ…」

「本当のクラウディア様を見せれば、きっと公子様もノックアウトされますっ!」

「え…だけど、年上の女から甘えられるなんて、嫌じゃないかしら…」

「いや、死ぬほど喜ぶと思う」

「そうですっ!……………………………って、ア、アアアアアアア、アリステア様っ!?」

な、ななななな、なんでっ…!?

や、そのね…?
アリステア様ならいつでも大歓迎だけど、今はクラウディア様の繊細なお話をしている最中で…!

「やあ、ジア。今日も可愛いね」

「っ♡あ、ありがとうございましゅっ♡アリステア様もとっても素敵れすっ♡」

「ふふっ…本当に可愛いね。好きだよ」

「はひっ♡ジアもだいしゅきれすっ…♡」

アリステアさまぁ…♡
すきぃ…♡


ーーーーーーーじゃっ、なくてっ…!!!


メロメロになってる場合じゃなかった…!
しかも、不安の方の前でいちゃつくという無神経さ…ギルティ……ううっ、ごめんなさいぃいいいっ…。

「ア、アリステア様がっ…!?えっ…えっ!?」

ほら、クラウディア様がびっくりしちゃってる…!
何でここにいるのっ!?

「アリステア様、来てくれてジアはとっても嬉しいですが…今の駄目ですよ。めっ!」

私は、アリステア様のおでこに、人差し指をちょんっと当てて、駄目さを物理で表現した。

「っ…!…っ…っごめんね、ジア。……ガーネット嬢、失礼をした」

「っ!?っ!?あっ、えっと、いえっ…」

うわわ、混乱しちゃってるし…大丈夫かな…?
あ、謝らないと…!

だけど、お二人の会話はまだ続いている。

「だが…あいつが、貴女を求めている事は事実だ」

「……!ほ、本当…ですかっ?」

「…嘘だったら無神経に割り込まない。そんな無駄な事するか。僕がどういう人間か、知っているだろ?」

「…っ……そう、ですね…」

あっ…!
クラウディア様がアリステア様の言葉に、泣きそうだけど嬉しそうな顔をしているっ…!
前向きになってくれたんだっ…!



その後、クラウディア様から『ジア様…アリステア様、本当にありがとうございました!そ、それと…あの、ジア様っ…こちらにまた来てもいいかしら…?』と感謝と甘えた様な可愛いお言葉を頂きました!

私は全力で『はい』と言った!
クラウディア様…可愛いぃ!

それからもう一言、何故か小声で。

『ジア様とアリステア様って…いつもあんな感じなの?』

…??
質問の意図がわからなかったけど、ニコニコ『はい』と答えた。


***


「ジア…?ガーネット嬢にホットミルクを作ったんだって?料理できるの?」

「…?はい!人並みには」

「人並みって……身内以外に作ったのはガーネット嬢が初めて?」

「…??……はいっ!」

「ふーん……」

「…???………はっ!アリステア様、自分が一番最初じゃなくて、拗ねてます?」

「……別にぃ」

「か、かわぃっ♡アリステア様っ♡今からお料理作って、ジアが全部『あーん』で食べさせてあげるので、機嫌直してくださいっ♡」

「……もうっ」
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