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被害者の親友は見た

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(※十二歳からアリステアの変化に気付いた親友ディラン・サファイア(乙女ゲームのメインヒーロー)の視点です)

公爵家嫡男の私…ディラン・サファイアと、侯爵家嫡男のアリステア・トパーズは、幼い頃から強固な信頼関係を築いていた。彼だけに本音を言う事ができる。

頭脳明晰で抜け目がなく、いつだって冷静なアリステア。
早熟なうえ策士な彼は、周りの大人を圧倒する事だってある。


『アリステア様…この間お話した…』

『ああ。その件に関しては、別案で“容易”に解決してな。もう話し合う必要はなくなった』

『っ…そ、そうで、ございますか……』

アリステアを『子供だから』と甘く見て、ハメて利用しようと近づいてくる大人はすぐに黙らせている。
逆に周りに『子供が一人で解決できた事を、いい年した大人がずっと解決出来ずにいた?』と無能の印象を与え、潰していた。


『あらぁ~!アリステアさまぁ、ごきげんようっ』

『…僕が、気安い振る舞いをいつ許可した?』

『ひっ…も、もうしわけ、あり、ありま、ありませんっ…』

婚約者がいても、あわよくばと声をかけてくる厚顔無恥の令嬢も容赦なく瞬殺。
うーん、怖い。
まあ、そういう令嬢たちは、八割方、礼儀作法がなっていないから、アリステアじゃなくても冷たくすると思うよ?


『アリステア、お前も茶会に行くだろ?』

『いや、行かない』

『えっ!?何でだっ!?なぁ、行こうぜ』

『行きたいなら一人で行け』

嫌な大人や阿呆な令嬢だけではなく、幼い頃からの友人が何かに誘ってきても、メリットがなければバッサリと断る。
あっ、私の誘いはまあまあ乗ってくれるよ?


とにもかくにも、私の親友は、冷たく静かにギラギラ光るナイフの様な少年だ。
そのうえ、物にも人にもあまり興味を示さず、執着しない。

あ、もちろん、情はあるよ。
極少数に対してだけど。


ーーーだが、十二歳の頃だろうか……彼の纏う空気が少し変わったのは。


いつも張り詰めた冷たい空気感の彼に、何処か柔らかい余裕を感じる様になった。

ただ、気が緩んだという訳ではなく、更に隙がなくなって強者の風格が増していた。

彼に何かあったのか聞くと、私の前だからか素の子で………珍しく困った様な満更でもなさそうな顔をして『……いや』と言葉を濁していた。

私は少し心配になったが…その直後、媚を売ろう近づいてきた貴族たちを素晴らしい切れ味で一刀両断していたから『きっと悪い事ではないだろう』と、それ以上口を出すのはやめた。

確かに…侯爵邸にも良く行くが、アリステアが何か問題を抱えている様子には見えなかった。

安心はしたが、やはり気になる。

まあ…いくら親友でも、プライベートな事にあまり首を突っ込むのはよろしくない。

私は気になるものの、仕方なく諦めた……が、その理由はすぐわかった。



公爵邸にアリステアを招待している時は、私の息抜きを兼ねて、公爵家の馬車で彼を送迎している。

その日も、招待した彼を侯爵邸に送り届け時だった。
侯爵邸の門を入り、正面玄関に馬車を付け、アリステアが降りると、可愛らしい声がした。

「アリステア様っ」

「!…ジア!」

馬車からチラッと見ると、彼の婚約者のご令嬢みたいだった。
今日、二人は約束していたのか…。
話しておきたい事があり、アリステアを少し引き留めて、悪い事をしたな…。
しかし…ご令嬢はわざわざ、アリステアの帰りをここで待っていたのか。

部屋で待っていればいいのに………って、え?

「お帰りなさいっ♡」

「約束したのに、ごめん。待たせたね」

「いいえ、待っているの楽しかったです♡」


ーーー!?

私は絶句した。
アリステアが…あの何事にも冷めた態度の少年が…!

婚約者のご令嬢を愛しそうに見詰め、柔らかく微笑んでいるっ…!?
あれは演技ではないっ…素だっ。

「ジア…まさか、ずっとここで待っていたのか…?」

「!ちょ、ちょっとだけ…です」

「………何処がちょっとなの?こんなに冷たくなって」

「ひゃっ……あったかい…♡」

アリステアが、ご令嬢の両手を、自分の両手で包んでいる。

え…元々悪くはなかったが、こんなに仲が良かった…?
というか、婚約者にあんな反応して貰えるなんて羨ましい…。

目の前の光景に唖然……としていると、ご令嬢が馬車の中の私に気がついた。

「!公子様っ…御前で大変失礼致しましたっ。アクアマリン伯爵の娘、ジアでございます」

先ほどの様子とは違い、真面目な雰囲気で礼儀正しく僕に挨拶してきた。

「いいや、構わないよ」

「ジア…ここは侯爵邸だから、そんな堅苦しくしなくて大丈夫だ」

君が言うのか…まあ、良いけど。

その後、ご令嬢のためにすぐに侯爵邸を後にした。
凄く恐縮してたなぁ…礼儀正しくて、健気な子だ。

……私の婚約者はしっかりした立派なご令嬢だが、あの様に素直で可愛らしい一面は一度も見たことがない。

アリステアの普段との変わりようにも驚いたが……あの飾らない、仲の良い様子が本当に羨ましいと思った。

彼が少し変わったのは、このご令嬢の影響か…。
彼女を守るために、更に強くなろうとしている…?


***


厳しいと有名な男子校に在学していた時だ。

私も負けないつもりで勉学に勤しんだが……アリステアは、誰よりもストイックで誰よりも努力をしていた。
疲れていても決して隙を見せず、媚を売ってくる令息たちを鉄壁のガードであしらい、敵意を向けてくる相手にはクールにスマートに対処していた。

私は家柄関係なく、彼を尊敬している。
だから、妬んだりはしない。

だが…ここまで一度も弱音を吐かず、余裕さえ感じる精神力は何処からきているのか……。

まあ、これもすぐに理由がわかったんだけど。


彼は毎日届く手紙を、あのご令嬢に向ける様な表情で手に取っていた。

なるほど、とすぐに思った。

聞けば、アリステアも毎日返事を書いているらしい。
あまりこういう事を好まない彼は、前の様子なら義務感だけでやっていただろう。

が、むしろ今は、至福の時というような様子だ。

何回か、アリステアの部屋に遊びに行った時に『少し待ってろ』と言われ、こっそり別室を覗いたら目撃してしまった。

手紙を読んでいる時は基本、ユルいデレデレした甘い顔を浮かべ、段々頬が染まっていき、読み終わる頃には何かに耐える様な表情をしている。


ーーーなるほど、なるほど…彼女の手紙がエネルギー源か。


普通親友のこんな顔見たら気まずいけど、アリステアの場合は新鮮過ぎて衝撃の方が大きい。

『アリステア…?顔が赤いけど大丈夫かい?』

『…問題ない』

ある時は頬の赤みがなかなか引かず、眉間にシワを寄せていたり。



『…………………遅い』

またある時は、寮のロビーで会う約束をしていたのにちょっと遅れてきたり。
手紙の他に、小包が送られてきたみたいだけど…何かあったのかな?


『君は本当に婚約者と仲が良いね。…卒業したら、また会ってみたいな』

『………あ"?』

『え、怖い…』

またまたある時は、ここまでアリステアがどっぷりな理由がしりたくて『会ってみたい』と言ったら、滅茶苦茶威圧された。

あの、アリステア?
いくら不敬罪がなくなったといっても、その対応は誰が相手でも駄目だからね?

私は何も気にしないけど、今も昔の貴族みたいに横暴な者もいるし、表立って処罰出来なくなったから、裏で手を回す者も多いし。

まあ…このアリステアがそれをわかってない訳ないか。きっとそうなっても、上手く立ち回って相手を圧倒するだけの力をもっている。

うん…?
という事は…もしかして…彼は婚約者のためだったら、そんなリスクも背負う…という事なのか?

あり得る……私にすら会わせたくないくらい、大事なご令嬢みたいだから。

えー…凄く熱々なんだけど……羨ましい。

しかも、卒業式を終えると、すぐに婚約者のご令嬢の屋敷に向かったらしいからね。

うーん…私もクラウディア嬢と、もう少し仲良くしたいな。
ガーネット侯爵家のご令嬢…。
華やかで美しく、気品があり、頭脳明晰…しっかり者の婚約者だ。

彼女は…『義務』で、私の側にいてくれているだけだ。
ああ…虚しいな。

はぁ…アリステア……婚約者と仲良くなる秘訣とか、教えてくれないかな…。
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