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意図せず

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私は、今、とても混乱していた。

始まりは…昨日…自室謹慎処分最終日に、部屋に毎日来てくれる父が言った信じられない言葉。

『ビーチェの謹慎が解けたら、ガイアがすぐに会いたいと言って…実は、約束をしていてね』

『………………え?』

思わず口を開けて、ポカン…としてしまった。
母親以外に興味のない、あのガイアが…?

しかも、父はいつの間にかスペンサー公爵と何故だか仲良くなっていた…ガイアの事も名前で気安く呼べるほどにだ。

あの『馬車横転事故』で馬車を貸した日、スペンサー公爵一家を目的地に送り届けた御者のおじさんが、一通の手紙を持ってグレンヴィル公爵邸に帰ってきた。

手紙はスペンサー公爵が書いたもので、今回の経緯と、私を巻き込んでしまった謝罪と、助けてもらった感謝の言葉が丁寧に書かれていたらしい。

……私が勝手に首を突っ込んだだけだし、『助けてもらった』と言ってもらえるような大層な事はしていない。
あれは護衛のリーと、御者のおじさんのおかげだ。

手紙の続きには、改めてしっかりとお礼と謝罪をしたいと、面会を希望する言葉も書かれていた。
父は内容から話す価値はあると判断し、すぐに予定を合わせてた。

グレンヴィル公爵邸を訪れたスペンサー公爵は、父と話した後、私への面会も希望してきたという。

謹慎中の私の部屋まで来た時は本当に驚いた。

堅い表情をゆるめて微笑んで、子供の私に丁寧に言葉を並べて感謝の気持ちを伝えてくれた。 
その時、スペンサー公爵の雰囲気が変わっている事に気がついた。
何だか…変な力が抜けたというか、何かを乗り越えた様な晴れやかさを感じた。

それから、どういうやり取りがあったのかわからないが…何度か会いに来てくれたスペンサー公爵が私に『ビーチェと呼んでも良いかな?』と聞いてきて、あの父が何も言わないで笑っていたくらいの仲になっていた。

お互いに認め合ってる様子を見て、一体何があったのか…と目を丸くして唖然としていた。

「ベアトリーチェ様…と、お呼びしても宜しいですか?」


ーーーそう、今みたいに。


ガイアは父の言った通り、謹慎が解かれた今日やってきた。
応接間にいる姿を見るまでは、その話が非現実的なものとしか思えなかった。

だって…お城で会った時は、無関心そのものだったのに…挨拶の時以外見向きもされなかった。

彼は無関心な相手に必要以上の事をする人物には見えなかった……もしや、スペンサー公爵夫人の死を回避したから心境に変化が起きたのだろうか…いや、でも…。

テーブルを挟んだ先では、ミステリアスな美少年が、十歳とは思えない落ち着いた笑みを浮かべいる。
前に見たよそ行き笑顔とは違うけど、あの笑み下で何を思っているのか…。

「え、は、はい…そ、その、お好きなように…」

「では、そのように。僕の事もガイアとお呼び下さい」

「へっ!?は、はひっ…が、がいあさま…?」

意図が、全く読めない…!
私は困惑して、ガチガチに緊張し、目をぐるぐる回しながら盛大にどもっていた。

「ベアトリーチェ様。遅くなってしまいましたが、助けて頂き、ありがとうございました」

「……え…?」

「おかげで母はすぐに治療が受けられました」

「あ、あの…?」

お礼はスペンサー公爵から何度もされたし…たまたまバッタリ会ったならまだしも、子供のガイアが、わざわざアポを取り付けてまで言いに来る事だろうか。

内容もそうだが…こちらに向ける柔らかな表情にも変な違和感を感じ、私は更に困惑の色を強めた。

「わ、私は、馬車をお貸ししただけです…」

「ふーん?…そんな謙遜をして、必要以上に“お綺麗”なフリをしなくても別に良いのですよ」

ガイアが目を冷たく細めながら、穏やかな口調でそう言い放った。これは、紛れもない悪意ある嫌味。


ーーーああ、なるほど…何か思惑があると怪しまれているのか。


急に彼の纏う、柔らかな空気が変わった。
上品さはそのままに、重く鋭い圧に変わったのだ。

普通だったら、急に豹変した態度に『え…?』と戸惑うところだが、私は謎だった目的がわかって逆にホッと安心していた。
疑問が解けた事で、先ほどより穏やかで落ち着いた気分になっていた。

行動原理が理解できると、ガイアの言動に納得ができるから変な緊張も抜けた。

「さて…もう最低限の義理は済ませましたし…僕らの窮地を助け、我が父を懐柔した目的をお聞きしても?」 

冷ややかで、何処か試すような笑みを浮かべいる。

…これは、何と返答するべきか。

ただ感情のままに動いた私にそんな意図はないし、スペンサー公爵がグレンヴィル公爵家に好意的になった理由もわからない。
だけど、素直にそれを言ったところでガイアが信じるとは思えなかった。
更に猜疑心を煽る形になってしまうかもしれない。

しかも…その猜疑心の源は、おそらく嫉妬心。

自分には厳しい父親が、馬車を貸しただけの他人の子に穏やかな様子で接しているのだ…ガイアからすれば面白くないだろう。
相手が周りから甘やかされている子供だから、尚更癇に触るのか…。

もしかしたら、私は…親子の溝を大きくしてしまったのか…?

だからといって、あのまま見て見ぬふりをしていたら間違いなく後悔していた。
…だけど、それも所詮は偽善的なエゴ。

結果的だとしても、そのせいでガイアの心を更に追い詰めてしまった。

ここで私が何を訴えようと、ひねくれてしまったガイアには通じない。
そんなつもりはないと泣いて謝っても…実は慕っていたからと言っても…きっと、あざとい演技と一蹴されるだろう。

どうしよう…嫌われたら婚約どころではない。



「失礼致します。たった今、アップルパイが焼き上がったのでお持ち致しました」

返答に困って何も言わない私に、ガイアが眉を潜めて何かを言おうとした瞬間、応接間のドアがノックされた。
ガイアの顔がよそ行きモード戻る。

この声は…私の侍女、アリアだ。

そういえば、謹慎が解けたお祝いに、料理長が私の好きなご馳走をたくさん作ると気合いを入れていたと聞いた。
焼き立てのアップルパイにバニラアイスを添えて食べるのが好きな私のために、わざわざ持ってきてくれたのかもしれない。

アリアは完璧な所作で入室すると、何故か私の顔を見てクスリと小さく笑った。

「まあ、お嬢様たらっ…」

「…?ベアトリーチェ様が、どうしたのですか?」

あまりにもアリアが微笑ましそうに笑うので、疑問に思ったガイアが問いかけた。
私が困った顔をしているのに、何故そんな反応をするのか気になったのだろう。

私も何でだろうと思っていると、アリアからとんでもない爆弾が落とされた。

「うふふっ…お嬢様は、いつもスペンサー公爵様がいらっしゃると、しつこいくらい令息様の事を聞いて嬉しそうにしてらしたのです。ですが、いざご本人を前にして、緊張しているご様子が大変可愛らしくて」

ア、アリアーーーーーーーーー!?

今それはまずい、非常にまずいっ…!
変な意図は全くないが、ここでガイアの情報を聞いていた事がバレるのは、致命傷に近いっ…!

「……は?」

アリアの思いもよらない発言に、ガイアからよそ行きの笑みが消え、素と思われる反応が出た。

ひえええ…と顔を青くしても、アリアは止まらない。

「スペンサー公爵様も、令息様の事をそれはそれは嬉しそうにお話なさっていて、お二人とも時間を忘れて盛り上がっていたのですよ」

いや、だって、スペンサー公爵と私の共通の話題ってガイアの事くらいしかないからっ…そればかり話していただけで…!
確かに…嬉しそうに話すスペンサー公爵と盛り上がってはいたけど…。

決して下心はないと伝えたいのに、私の口は、この急展開にしどろもどろになってしまう。

「!?……っ……………………」

ガイアは信じられないという風に目を見開き、絶句している。
ああっ…もう、もうやめて、とまって、アリアァ…!!

「お嬢様は令息様の安否を聞くまで、ずっと不安そうにお顔を暗くしていて…それはそれは…」

そ、それは一番言わなくていいっ…!
あざとい女だと、余計に怪しまれるっ!
どうしよう…アリアのこの発言が、わざとらしい“仕込み”だと思われたら…!

「……………………………………え…」

ガイアが驚きの表情でこちらを見た。
うわ…絶対気持ち悪がられた…絶対引かれた…。

「あ、ありあしゃんっ…!い、いま、そんなことっ…」

「あらぁ…私ったら、つい。野暮でしたわね、ふふ」

アリアは、私が恥ずかしがって上手にお喋り出来ないのだと思っているのか…。
ああ…焦りすぎて呂律が回らないし、 視界が少しぼやけて涙目になってきた。

さっ…と、バニラアイスの乗ったアップルパイの皿を置いていくと、アリアは『空気、暖めておきました!』という、何かをやり遂げたようなニコニコ顔で去っていった。

アリア…気持ちはとても嬉しいが、空気は暖まったのではなく、完全に冷えきった。


ーーー終わった…ガイアに完全に嫌われた…。


私は顔面蒼白にして、がっくりと下を向いた。

「………………………………君は…僕が、好きなのですか…?」

しばらくして、ガイアがそんな言葉を投げ掛け、恐る恐る顔を上げると…………………………今度は、顔が熱くなり、思わず頷いた。

「そ、そう…だったのですね…失礼、しました」

だって…ガイアが、顔を真っ赤にして、困ったように照れていたからだ。
眉をハの字にし、瞳には十歳とは思えない艶が…。

その様子に目を奪われ、私の心臓はキュンと締め付けられ、ドキドキとうるさく高鳴り始めた。

焼き立てのアップルパイの熱で溶けるバニラアイスみたいに、熱を帯びた私の表情は蕩けていった。
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