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たそがれ

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(※ガールズラブ要素を含む性的描写があります。苦手な方、嫌悪感がある方はご注意下さい)

今日は兄に急用が出来て、一人でお城に行く事になり、エリザベス王女に兄がいない分も甘やかされてしまった…。

本当に、この熱烈な好意を向けられている状態が不思議でしょうがない。

エリザベス王女のお膝の上でお菓子を『あーん』され、最高級のドレスと宝石を“貢がれそう”になったり、たくさん抱き締められて、撫でられて、キスされて……推しに天国へと召されそうになっていた。

兄がいないから、大理石の広いお風呂を温水プールの様に使い、裸で水遊びもした。

うん…さすが女性向けエロ小説の世界…あれが、十歳のロイヤル生おっぱい…さすがだ、ヒロイン…。
絶世の美少女が最高の笑顔で無邪気に動く度、小ぶりで可愛いマシュマロがぽよんぽよんしてた…推しと推しの生おっぱいがこんなにも尊い…貢ぎたい…推しに貢ぎたい…。

思わず凝視していると『ビーチェ、おっぱい気になるのぉ?♡赤ちゃんみたいで可愛いっ♡』と…とろけた微笑みと、あまーい声で赤ちゃん扱いされてしまった…。

赤ちゃん………そっか………赤ちゃん、かぁ………はぁ…。
推しに…赤ちゃんと言われてしまった…。



「はぁ…」

帰りの馬車で、私は深いため息をついた。
窓に映る自分の顔は、遠い目をして、浮かない表情をしていた。

「お嬢様…どうかされましたか?もしや、何処か具合が…」

「あっ、な、なんでもないんです!大丈夫ですよ!」

「…………そうですか」

一緒に乗っている護衛のイケメンお兄さんが、心配そうに声をかけてきたので慌てて笑みを作った。

具合は、悪くない…そう、ちょっとショックが重なったのだ。

エリザベス王女に赤ちゃん扱いされたショックと、婚約作戦があまりにも上手くいかないショックが…。

今日、お城に一人で来たのも、エリザベス王女にガイア・スペンサーと会う機会をお願いしてみようと思ったのに…彼が気になる的な事を言っただけで、エリザベス王女の様子が途端にほの暗くなってビビった。
とてもお願いできる空気ではなかった…。


私は、数日前からどうやってガイア・スペンサーと婚約しようか頭を悩ませている。

彼との婚約しかないと決意したあの日、お城から帰ってすぐに“渋メン”の侍従長に確認すると……どうやら、私への縁談の手紙が山のように届いていたらしい。

もちろん、スペンサー公爵家と、厚かましくもローレンス公爵家からも当然届いていた。

その手紙を父と兄はゴミを見る様な顔をしてから…やはり全て破棄していたらしい。

え…そんなに…?
なんで…?

侍従長は最初は話を誤魔化そうとしていたが、必死にお願いしていたら、何故かデレデレした様子で教えてくれた。
私は侍従長に、子供らしくぎゅううっと抱き付いてお礼を言うと、すぐに父の執務室に向かった。

手紙はもう無いだろうが、向こうから縁談の誘いが来ていたなら利用しない手はない…………が、やめた。

婚約を匂わせる様な事を言った途端、父は黒い微笑みを浮かべて、誰かに何か言われたのかと聞いてきたからだ。
侍従長の危機を察知した私は、『お父様とお兄様以上にカッコいい方なんていないからどうしようって思っただけなのっ♡』と言って何とか誤魔化した。
ふう…危なかったぜ。

冷や汗をかきながら、頭に疑問符を浮かべる。
元々大事にされてはいたけど…前世の記憶を思い出してからより過保護にされている気がする…。

確かに前世の記憶と人格に影響されてはいるが、私の精神は紛れもなくベアトリーチェとしてのものだ。

私…何か心配させる様な事しちゃったかなぁ…。

「はぁ…」

婚約には最初から行き詰まるし、家族には何だか心配をかけているみたいだし…と、また深いため息が出だ。

どうしよう…いきなりスペンサー公爵家に突撃する訳にもいかないし…。

「……………………はぁ…」

ガイア・スペンサーは物語の中で、シリルに強い恨みを持つ『悪役』として登場した。

事故とはいえ、シリルに母親を殺されてしまった悲劇の悪役。
彼は、罪の意識がまるでないばかりか、むしろ寛容な被害者のように振る舞うシリルに復讐を決意する。

自分も、シリルの『大切な人』を奪ってやろうと。

それだけ…ガイアにとって、スペンサー公爵夫人は大切な存在だったのだ。
決して、ただのマザコンという訳ではない。

小説で、ガイアが自分の過去を振り返るモノローグは、本当に切なかった。

父親のスペンサー公爵から厳しい教育を強いられていたガイアは、常に気を張っていた。
完璧にしなければ、失敗してはいけない…と。
結果を出しても『これくらい当然だ』と褒められる事もなく、淡々と次の課題が回ってくる。
父親からガイアを肯定する言葉は一度も出てこない。

そんな日々を過ごす中で、母親だけがガイアの努力を認め、どんな小さな事でも喜び、褒めてくれていた。ガイア自身を見てくれていた。
母親の前でだけ、ガイアは普通の子供でいられた。 

心優しい母親が、本当に大好きだったのだ。

母親が大切…これは多くの人が共感できる事だろう。
復讐のためにエリザベスを利用するのは間違っている…が、読者は彼を立派な『被害者』と認識し、終わる事のない悲しみの連鎖に胸を痛めていた。

彼こそが悲劇のヒーローだろうという声さえあった。

そのせいか…薄っぺらいシリルと違い、ガイアは悪役ながらヒーロー並みの人気を誇っていた。

イラストで描かれていた姿は、艶やかなアシンメトリーの黒髪、ルビーのような怪しい魅力がある赤茶色の瞳をした美男子…これも人気理由の一つだ。

…何より、キャラクター性に強烈なインパクトがあった。

一見、ミステリアスでエレガントな品がある紳士だが…中身はかなり歪んでいて、ヤンデレ気質だった。
母親の死で、すり減るばかりのガイアの心は、壊れてしまい、非道の人物に成り果てていた。

言葉遣いは丁寧で仕草も優雅、顔にはいつも余裕そうな怪しい笑みを貼り付けていた。
それが、余計にガイアの狂気を引き立てている気がした。  


だけど…彼は、エリザベスを殺そうとはしなかった。


生きている方が復讐に相応しいと思っただけなんだろう……でも…これは、彼の甘さと迷いなんだとも感じた。

狂っていても感じる、彼の人間性。

そう感じたおかげで、酷いとは思ったけど…ガイアを怖いとは思わなかった。
壊れてしまったけど、シリルと違い、元々『心』に欠陥はなかったのだから。

逆に、シリルの人間性が欠如した部分の方が怖い。

私はガイア・スペンサーが好きだった訳ではないが、彼との婚約を嫌だとは思わない。

それに事故で亡くなるはずだったスペンサー公爵夫人も生きている。
例え性格に難があったとしても、狂ってはいないはずだ。

シリルには恨みはおろか、興味も持っていないだろう。

あの『木登り強制暴力事件』があった日に初めて顔を合わせたが、ガイアはよそ行き笑顔を浮かべ、母親以外、誰にも興味が無さそうだったもの。
ポーカーフェイスは、スペンサー公爵夫人がいても崩れる事はなかったから、社交の場では徹底しているのだろう。

…エリザベス王女の手当てをするため、スペンサー公爵夫人と一緒に戻ってきた時は、心なしか鋭い視線を感じたけど…。
仕方ないじゃないか…たまたまスペンサー公爵夫人が異変に気づいてくれたんだから…。

きっと、スペンサー公爵夫人と二人きりになった時だけ、本当のガイアに戻るだろうな…と、それを見た私は思った。

「はあぁ…」

彼を攻略する作戦にしても、そもそも会う機会があまりないし、結構な時間を要しそうだ。
ああ…詰んだ…。

窓から見える夕焼けが、余計に感傷的な気分にさせた。


ーーーが…その時、悩みが一瞬でぶっ飛ぶ出来事が目に飛び込んできた。


「…っ!?止まって…!止まって下さいっ!」

「お嬢様っ?おいっ!馬車を止めろっ!」

私が窓にへばりつく様に叫ぶと、護衛のお兄さんが御者のおじさんに指示してくれた。

向かいの道で倒れている馬車…あれは、スペンサー公爵家の馬車だ。
顔が青くなり身体中から血の気が引くのを感じた。

「あ…あの、倒れた馬車のそばに…」

「っ!?お嬢様いけません」

「危ない事はしませんっ…!」

「近づくだけでも危険です!」

護衛のお兄さんは私を守り、私の安全を第一に考えて行動するのが仕事っ…だから、彼の判断は間違っていない…。

でもっ…どうしよう、どうしよう…!
せっかく夫人の死を回避できたのに…今度は馬車が事故に遭ってしまうなんて…!

馬車に乗っているのは誰っ…!?
公爵?夫人?ガイア?もしかして、全員っ…!?
ダメ…絶対ダメ…!
死んじゃうのはだめだよっ!

最悪な未来が頭に広がり、心臓の音がうるさく響く。
私は護衛のお兄さんに一生懸命お願いした。

「お友達が、乗ってるかもしれないのっ…!お願いしますっ…!」

「っ…いけません!」

「おねがいっ…おにいちゃんっ…」

気づけば涙を流しながら、護衛のお兄さんの指を握っていた。

「っ、はあぁ…そんなのずるいぜっ…わかりました、俺のそばから絶対離れないで下さいね?」

「!!うんっ…!ありがとう、おにいちゃん…!」

私の必死な思いが通じた…!
なんて心優しい人なんだっ…!

「!っ…っ…おい、あの横転した馬車のそばに行け。責任は俺が取る」

いや、責任は私が取ります…!

「は、はいっ!」

御者のおじさんはすぐに馬車を動かして、スペンサー公爵家の馬車のそばに行ってくれた。
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