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呪われた青年
しおりを挟む黒髪の青年は端正な顔を歪め、キツく両目を閉じて苦痛に耐えている。
そして…青年へ必死に呼び掛ける、琥珀色の瞳を揺らした、鉄色(くろがねいろ)の髪の少年。
まだ幼さが目立つからか…その光景が余計に痛々しく見えた。
「両腕が呪いに犯されているの…強力な呪いに…あの子は両腕の凍てつくような強烈な痛みと、全身を襲う鋭い痛みに苦しんでいるわ」
呪い…!?
長老から注意喚起として教わった事があるけど、知識と実際に見る事は違う。
「あれは強い妬みと悪意が込められている…普通の治癒魔法や回復薬では治らない。あの子は強いからまだ耐えられているけど…亡くなるのは時間の問題だわ」
「ーーー!」
さすが元聖女様…少し見ただけわかるなんて、前世で色んな人を治療してきたのだろう。
冷静そのものだし、分析からの判断が早い。
あんまりな現実にズキンッと胸が痛んだ。
可哀想…という言葉をグッと押し込む。
何にもわからない状況で感情に流され、安易に同情してはダメ…ここは前世の国と違い、安全など保証されていないのだから。
この辺りで何があったのだろう…。
どう見ても、脅威からどうにか逃れてきた…という感じだ。
「っ…あ、ああ…ぐっ…」
「なっ…ポーションが効かないっ…」
少年は自分の怪我には目もくれず、何個もの中級回復ポーションを青年に飲ませたり、患部にかけたりして使っていた。
「なんでっ…なんでだよぉおっ!!」
だが…呪いに犯されているのは両腕だけなのに、他の怪我も全く治らない。
「呪いの効果よ…回復を阻害しているの。あの子の魔力を蝕みながら暴れているわ。助かる方法は、両腕を根本から切り落とすしかないわ…それも生存率は低いの…」
「…っ…」
全身の激しい痛み、蝕まれる魔力、呪い以外の怪我…その負担だらけの弱った身体にするのだ…あまりの痛みにショック死、出血死…体力と魔力が尽きれば亡くなってしまう。
もしかしたら…それをわかっているから、少年はあんなに必死なのかもしれない。
しかし…気の毒な状態ではあるが、彼らが危険ではないという証明にはならない。
彼らに問題がなくとも、面倒事に巻き込まれ、私たちまで危険に晒される可能性がある。
「この辺りに危険があるなら…」
離れないと。
見て見ぬふりをする罪悪感に蝕まれながら重く口を開くと……フィオレンツァに片手をギュッと両手で握られた。
「フィオちゃん…?」
「…シシー、あの子は今、強烈な痛みに苦しんでいるわ…助けるだけだから……だめかしら…?」
「っ……もお…フィオちゃんったら…優しいんだから…」
う、うう…そんな苦しそうな優しい瞳で見詰められたら断りにくいよ…。
元聖女様だもの…こんなに清らかな魂だから女神に転生できたのだろう。
前世、人々にたくさん傷つけられて処刑されたのに…尚も誰かのために心を砕く慈悲深さ。
「優しいのはシシーよ。本当は助けたいのでしょ?」
「でも…危ないかもしれないし」
「あの子たちに流れる魔力は清らか…危なくないわ。泉全体に結界を張れば近くで危険があってもしばらくは大丈夫よ」
「だけど、助ける方法は両腕をっ……フィオちゃんでも難しいんでしょ…?」
助けられないのに…無駄な希望を与えて彼らを余計に傷つけたら…その絶望は計り知れないだろう。
そんな光景を見たら、優しいフィオレンツァは今以上に傷つく。
「そうね…わたしは小さな女神なうえ未熟…それに、シシーの家族になりたくて女神である事をほぼ放棄したようなもの…万能ではないわ。でもね、シシーが力を貸してくれれば治せる」
「私…?私はただ魔力が高いだけのエルフだよ?」
予想もしていなかった言葉に目を見開く。
「いいえ、それだけじゃない。あなたには素晴らしい能力があるわ」
「え…そんな…」
「お願いシシー…わたしを信じて…?」
「っ!……うん、フィオちゃんを信じるよ」
切実にそんな事を言われたら、信じるしかない。
だって私は…どんな事があってもフィオレンツァの味方だし、どんな事があってもフィオレンツァを信じる。
前世のフィオレンツァを裏切った愚か者たちと違う。
「ぐっ…はぁ…はぁ…」
「やっぱり…あいつらの言った通り、腕を切り落とすしかないのかっ…くそっ!」
どうにもならない現実への絶望、悔しさや怒り。
少年は苦痛に歪んだ表情でボロボロと涙を流し、震える手で腰の剣に手を伸ばした。
「待って!その子は助かるわ!」
「え、ちょっと待っーーー」
その様子を見たフィオレンツァは、焦って彼らに駆け寄って行った。
迷わず、結界から飛び出し…そう、すぐ飛び出した。
「も、もおっ…!フィオちゃんっ…!」
「誰だっ!?ーーーって、へあっ!?」
全 裸 で 。
思わず、私も後を追って見事に痴女デビューを果たした。
「え…え…よ、妖精…?」
ほら…警戒の鋭い視線をこちらに投げた少年が、一瞬でお顔を真っ赤にして戸惑っている。
ちょっとポーッてしてる…かなりの衝撃だったようだ。
「わたしたちは通りすがりの、えっと、エ、エルフよ!」
あ…フィオちゃん、急いでお耳をエルフ耳に偽装し、泉全体に結界を張った。
なんという早業。
少年は全裸登場に驚いて気づいていない。
「はっ…?何でエルフがこんなところに…?それにエルフは他種族を助ける奴らじゃないっ…オレはエルフが大嫌いなんだ!何が目的だっ!」
エルフが大嫌い…もしかして、この少年はドワーフ?
エルフとドワーフは犬猿の仲だから。
ドワーフは身体能力が高く、剛力・頑丈の耐久タイプ。
だから体格差がある青年を背負って来れたのだろうか。
もっと髭が特徴の低身長で骨太な見た目だと教わったのだが…少年の見た目は、耳の先が少し尖った普通の人間。
ゴツい重いというよりは、すっきりとした軽やかな印象がある。
ただのエルフ嫌いの人間なのか…これは判断に困る。
いや…どちらにしてもまずい。
これは私たちが安全だと証明できても拒否され、攻撃されるかもしれない。
それに…少年の言葉は正論だ。
私が少年の立場でも警戒したと思う。
ビビりながら焦っていると、フィオレンツァが少年にゆっくり近づいて更に焦る。
急いで止めようと手を伸ばすと、それに気づいたフィオレンツァに優しい表情で制された。
警戒されている中、むやみに近づくのは危険だ…それをわからないフィオレンツァではないはず…何か作戦があるのだろうか。
かなり心配だが…フィオレンツァは小さく『信じて』と言っていた。
「いきなり現れて怪しいのはわかっているわ…でも、ただ、あなたたちを助けたいだけなの」
フィオレンツァは落ち着いてそう言うと、少年の血と傷だからけの片手を慈しむように両手で包んだ。
「っ…なん、で…」
少年は瞳を揺らし、一瞬迷子のような顔をした。
優しさにすがるような、微かな希望を見たような。
本当は…何でもいいから誰かに助けを求めたいのだろう。
だけど、弱味を見せられない環境で育ったのか、少年は助けを求める事ができない子みたいだ。
なるほど…フィオレンツァはそれがわかっていたから臆する事なく歩み寄ったのか。
心の悲鳴に気づくなんて凄い…これが経験の差か。
「わ、私たちが嫌いでもいいです…どうか今この瞬間だけ信じて下さいっ」
主にフィオちゃんを…フィオちゃんだけでいいから!
フィオレンツァは心から彼らを思っている…その思いは報われて欲しい。
「な…」
私もフィオレンツァをアシストするため、できるだけ相手を刺激しない言葉を選び、助けを求めやすい流れをつくる。
「お願い、わたしたちに助けさせて」
「っーーーあの、エルフがっ…そんな、馬鹿な……っ、いや、そんなの信じられるか!」
少年は心の中で葛藤しながらも言い切った。
しかし、その表情は間違いなく『助けて』と叫んでいる。
説得までもう少し…と思った瞬間、青年が大きく苦しみ始め、血を吐き出したのだ。
「あ、あ…ああっ…ごほっ、ごほっ…がっ!!」
「っ!?アレク…!?」
少年は酷く動揺して、顔を青くしている。
すぐそばにいたフィオレンツァが青年の症状を見て一気に表情を変えた。
「いけない…呪いが体内を壊し始めたっ…このままだと、五分もしないうちに亡くなってしまうわ」
「なん、だって…?」
下を向き、絶望したように表情を失くす少年。
まるで、この世に一人取り残されたような。
ーーーまさか…青年が亡くなったら、この子はひとりぼっちになってしまうの?
「ひとりぼっちにさせないから…!」
気がついたらそう言い、フィオレンツァの両手の上から彼の片手に手を重ねた。
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