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10.部下の実家で会食

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翌日、登庁して席に着くとすぐに木村三佐が俺の席に目の下に隈を作りながらも興奮した顔で報告にきた。

「閣下、おはようございます!昨日、両親とも話し、今夜当家の食事にお招きさせていただきたいということになったのですが、いかがでしょうか。奇跡的に閣下の今夜のスケジュールは全てキャンセルとなりましたし、既に閣下直属の護衛中隊には話を通して、既に今朝から当家までの道程と建物の近隣の警備を開始しております」

奇跡的にって、確実に木村三佐が何かしら動いたことはバレバレだな。そして、さすがに段取りが早すぎないか?これは昨日寝ないで準備した顔だ。けど、こんな早く楓さんと会えるのだから木村三佐のファインプレーに感謝しなくてはならいだろう。でも、今日は陸軍省に幹部が集まる日だった気がするんだが…

「今日の夜って、陸軍省に戻って局長会議じゃなかったっけ?」

「それでしたら、来週の月曜に変更になりましたのでご安心ください!」

おいおい、この人局長会議ずらしたのかよ。よく皆納得してくれたな。

「そういうことなら是非よろしく頼む。夜になるのが待ち遠しいよ。それより、1時間位仮眠取ったらどうだ?」

「いえ、大丈夫です。気が昂ぶって眠れる気がしません」

「そうか、まぁ、無理するなよ」

「はい!お気遣いありがとうございます!」

木村三佐が自席に戻って仕事を始めたから、俺もいつもどおり仕事を始めた。

各省庁からの報告書に目を通しているが、俺がこちらの世界に来たときとから比べると遥かに読みやすくなった。定型的な文書は全てテンプレート化して、テンプレート内でも自由記載欄を極力排除してチェックリストを中心に変更し、決済ルートを可能な限り省略したところ、報告書の作成も決済も含めて50%以上の短縮に成功した。

また、コンピューターがない時代なので、各省庁の資料は殆どデータベース化されていなかった。そこで、内閣統計局と鉄道省などの一部の省庁でしか導入していなかったパンチカードシステムをIBMに大量発注し、全省庁で使えるようになった。このおかげで、政府の事務処理能力が上がり、情報量と情報の質が飛躍的に向上した。

昼食時になったが、緊張してあまり食欲がなかったので、売店にアンパンと瓶牛乳を買いに行った。売店で顔見知りの陸将と会ったので、いつものように軽く雑談をした。

それから夕方になるまでずっと落ち着かずに時計の時間ばかりを気にして、何度も時計を見てしまった。あっ、今日も迷彩服を着て来しまった・・・。そういえば、昨日も迷彩服だったけど、変な人だと思われたかな?でも、木村三佐もいつも迷彩服だから陸軍はこんなもんだと思っているかもしれない。でも、さすがに今日は楓さんのご両親にも会うわけだからに迷彩服というわけにはいかないだろう。夕方に官邸内の自室に戻って着替えればよいだけなのだが、陸軍の制服か、陸軍の儀礼服、陸軍の作業着とスーツ、それと総理大臣就任の際に用意したエンピ服しかない。この中から選ぶとしたらやはりスーツか陸軍の制服だろうか。スーツを選ぶとネクタイやワイシャツに靴なども気になってしまうからやはり陸軍の制服を着ていくことにしよう。

官邸に戻るとちょうど5時になった頃だったので、机の上の書類を片付けて、木村三佐と共に官邸を出て木村邸に向かう。
木村邸への道程には等間隔で迷彩服を着た兵士が立っており、俺が乗った車両が通る交差点はすべて他の車両が侵入できないように陸軍の俺の警護を主任務とする護衛中隊によって通行止めになっていた。一晩でよくここまで手配したものだと関心したが、横に座っている木村三佐はいつも以上にハイテンションで鼻歌を歌っているのであえて触れないでおいた。

 総理官邸を出てから15分程で木村邸に到着した。木村邸は平屋の日本家屋で、想像していたよりも敷地が広く一丁角が白い塀で囲われており、薬医門という屋根が付いた立派な門構えのお屋敷だった。
 警備の車両は門の前に停車し、俺達が乗った車両はそのまま門を通過して、屋敷の入口の前で停車した。車を降りると入口の前で楓さんと楓さんのお母さんが俺を出迎えてくれた。俺を見ると顔を赤らめて恥ずかしそうにする楓さんはとても可愛かった。木村三佐から既に話を聞いているのであろう。二人に軽く挨拶を済ませると、楓さんのお父さんはまずは俺と二人で話がしたいとのことで応接室に案内された。

今回は結婚の挨拶に来たわけではないんだが、楓さんのあの反応とこの流れはもしかして木村三佐が早とちりしてかなり大袈裟な話になっているのではないだろうか。何れにしてもまずはお父さんと話してみないことには分からないが…。

応接室の前まで木村三佐に案内してもらいドアをノックする。

「園田と申します」

「入れ」

「失礼します」

 応接室にで待っていたのは、見慣れた制服をきた見覚えのある顔の中年の男だった。

「木村陸将!」

木村三佐と同じ苗字ではあるが、陸軍内にもたくさんいる苗字なので特に関連性を考えていなかったが、まさか木村陸将のお嬢さんだったとは…。木村三佐もそんなこと一言も言わないから全く気付かなかった。父の名で配慮されないように陸将のことを俺に話さないのは木村三佐らしいが。
 木村陸将はあのチート能力を使わずに俺の陸軍内での改革を支持してくれた数少ない幹部の筆頭で、今の体制を築くためにずいぶん尽力してくれた。陸軍のトップとは言っても一人で軍を運営できる訳もなく、木村陸将のような理解者が一人でも多い方が良い。その中でも木村陸将は俺の考えが甘いところを補ってくれるなど普段から本当に世話になっており、彼には頭が上がらない。そして、木村陸将は自分にも他人にも厳しいごとで有名な人で、俺も何度もこの人にはお叱りを受けたものだ。

「よくきたな、園田」

木村陸将がニヤニヤしながら立ち上がって、対面のソファを俺に勧める。

「失礼します!それにしても木村陸将もお人が悪い。午後に官邸の売店でも顔を合わせていたのに、全くそんな素振りを見せなかったじゃないですか」

「ほぉ、園田は自分が情報収集を怠ったことを俺のせいにするのか。さすがは内閣総理大臣様だ。なぁ?」

厳しい顔で俺を睨みつける木村陸将。背中に冷や汗が流れる。

「申し訳ございません。私の情報収集不足のため木村陸将にはご迷惑をおかけしました!」

俺は立ち上がって45度の角度で頭を下げた。役職は木村陸将より俺のほうが上だが、階級は同じで、陸軍の大先輩である。何より陸軍のことを全然理解してない俺に陸軍のイロハを教えてくれた師匠とも言える存在なのだ。

「そう畏まるな。座っていいぞ」

「はい!失礼します!」

俺は再び勧められたソファーに座った。

「それはそうと、俺の娘のことが気に入ったそうじゃないか」

「はい、木村陸将のお嬢さんとは知らずに、すみません」

木村陸将の娘だって分かってたら、いくら一目惚れしたとはいえいきなり食事に誘うなんてことは絶対しなかった。そもそも木村三佐が教えてくれればもう少し心の準備もできたのに、あいつは完全に確信犯だな。

「まさか俺の娘だって知った途端に娘を諦めるということはないよな?」

「えぇ、はい。そのようなことは絶対にありません!」

「そうか、それならいい」

満足そうに頷く木村陸将。仮に楓さんと結婚することになっても、木村家となら利害関係がなく付き合えるからこちらとしても願ってもないことだ。

「娘も園田のことをえらく気に入っているみたいでな…。そこで、これは俺からの頼みなんだが、親バカかもしれないが娘には自分が好きになった男と結婚して幸せになってほしい。俺の娘ということが邪魔になるのだとしても、仕事とは分けて気にせずに娘と接してもらえないだろうか。今日は先に園田と二人で話をしたかったのもこの件を君に頼みたかったからなんだ。なんとか頼む」

木村陸将はそう言いながら僕に深く頭を下げるので、慌てて顔を上げてもらう。

「頭を上げてください。私にとっても願ってもないお話です。木村陸将のお嬢さんということではなく、一人の女性として接します。ただ、今日初めてお会いしたばかりなので結婚については、楓さんのお気持ちも大事にしたいと考えているので、もう少しお互いを知るまで待っていただけないでしょうか。絶対に悪いようにはいたしません!」

「おお。そうかそうか。園田ならそう言ってもらえると思ったよ。あとは園田に任せるから娘を頼む」

そう言って、木村陸相が右手を差し出してきたので握手をした。かなり力が入ってらっしゃる。そして、今までに見たことのないくらいの満面の笑みの木村陸将。

木村陸将に案内されて二人でリビングに行くと、木村三佐、お母さん、楓さんの3人が椅子から立ち上がって迎えてくれた。楓さんの方を見ると一瞬目があったが、なんだか照れくさくなってすぐ目を逸してしまった。楓さんは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
そんな俺達の様子を見ながら木村三佐とお母さんは微笑んでいた。

「さぁ座ってくださいな」

お母さんから6人がけのテーブルの上座に向かって左隣の席を勧められた。テーブルには黒パン、ロシアの牛肉料理のビーフストロガノフや、じゃがいも、茹でたとり胸肉、ゆで卵等を使ったロシアのサラダであるサラート・オリヴィエが並んでいた。

「ふふっ、驚かれたでしょ?これ全部私と楓で作ったんですよ」

予想外のメニューと料理の完成度に驚いているのが、表情に出ていたようで俺の隣の席に座った楓さんにもクスクスと笑われてしまった。

「えぇ、正直驚きましたよ。ソ連大使館でのパーティでロシア人シェフが作ったロシア料理が出てきましたが、それとそっくりですよ」

「園田さんが総理大臣になってからは外国から色んな食材が安く買えるようになって、色々な料理に挑戦してるのよ。さぁ、温かいうちに召し上がって」

料理を一通り口にしてみたところ、どの料理も日本人の舌に合うように味付けに若干のアレンジがされており、本当に美味しかった。

「お世辞抜きにどの料理も本当に美味しいです、毎日こんな美味しい料理が食べられる木村三佐が羨ましいです」

「あらそう?楓一人でも作れるから楓と結婚したら毎日食べられるわよ?」

「ちょっとお母さん!園田さんにご迷惑でしょ!」

「いえ!お母さん俺は迷惑なんてことはありません!むしろ嬉しいです!」

被せるように少し大きな声で否定してしまった。楓さんは小さく「あっ…」と言って顔だけじゃなく耳まで真っ赤にしてストンと椅子に座った。
俺と楓さん二人の様子を見て木村陸将、お母さん、木村三佐は顔を見合わせて大笑いし始めた。冷静になったら俺も恥ずかしくなり、急激に顔が熱くなっていくのを感じた。

 皆が食事を食べ終わり、お母さんが淹れてくれたアップルティーを飲んでいると木村陸将が口を開いた。

「園田、うちの書庫には最近海外から仕入れた軍事関係の洋書が結構揃っているんだが、園田は英語が得意だったよな?気に入ったのがあれば貸してやるから見ていってくれ」

「はい、ありがとうございます」

未来から来てるとはいえ実際こっちに来た時は軍事についてはほとんど素人だった。この2年でそれなりに勉強はしてきたが、まだまだ学ぶことは多い。基礎はだいたい身につけたので、今は特に珍しい軍事関係の洋書には興味がある。

「楓、園田を書庫に案内してくれないか?」

「あっ、はい!よろしくお願いします」と言って楓さんは俺に向かってペコリと頭を下げた。その仕草ひとつ取っても楓さんは可愛かった。

 楓さんに渡り廊下の先にある離れの書庫に案内してもらい、中に入ると既に灯りが点いており、事前に暖房が入れてあったらしく部屋の中は暖かった。木村陸将の心遣いを感じる。有り難いことだ。
書庫の中は所狭しと本棚が並んでいて、ちょっとした小学校の図書室のようになっていた。
さっそく木村陸将が言っていた軍事関係の本が並べらた棚から洋書を3冊程選んで、書庫の中央に置いてある二人がけのテーブルに楓さんと向い合って座った。

「想像してたよりずっと揃っていて驚きました。木村陸将って意外と読書好きだったんですね」

「はい、父は家にいるときはだいたいここで調べものや仕事をしているようです。園田さんも本はお好きですか?」

「ええ、こういう職業柄、軍事関係の本を読むことが多いのですが、本当は小説や詩の方が好きで、ドストエフスキーとかトルストイとかロシア文学が特に好きですね。中でもプーシキンが一番好きで、今も鞄の中には原書のプーシキンの詩集が入ってますよ」

「えっ、ちょうど私も翻訳版ですけど、プーシキンの詩集を最近読み終わったところなんですよ!どの詩が好きですか?」

「そうですね、最近だと”もしも”がお気に入りです」

「もしも、人生に欺かれたとしても 悲しまずに、怒らずにいなさい って始まる詩ですよね?私もあの詩好きです!」

 文学好きという共通点を見つけた俺達は話しが盛り上がって、柱時計が午後9時の知らせたことで、話し初めてから2時間近くも経っていたことに気がついた。

「うわっ、もう9時か!楓さん、こんな時間まで付きあわせしまってすみません」

「いいえ、とっても楽しかったです。是非またお話したいです」

「良かった、今度は楓さんさえ良かったら皇居の中を案内して差し上げますよ」

「えっ、私も皇居の中に入れるんですか?」

「ええ、陛下のご好意で今は皇居の中の離れに住んでいますから」

「わぁ、さすが内閣総理大臣ですね。でも、私なんか一般人でも大丈夫でしょうか」

「楓さんは木村陸将のお嬢さんだし、俺と一緒にいれば何の問題もないですよ」

「それでは、お言葉に甘えさせていただきます。緊張しますけど、とっても楽しみです」

 それから俺は簡単に挨拶を済ませて木村邸を辞した。
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