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さいしゅうしょう

33わ。

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翌日、カナタは全身の痛みさえも愛しく感じながら仕事へと向かう。

「ルウ、今日は図書館に行かなくてもいいよ」

仕事前に、カナタはルウにそう告げた。
なんで?と尋ねるルウに、今日自分が帰ったら一緒に調べてほしいものがある、とカナタは答えた。

「その時は、ガルフも一緒に見てくれる?」

カナタはガルフへと視線を移して見つめては尋ねた。

「おう、もちろんだ!」

深く理由を尋ねることなく、そう答えるガルフはカナタのことを信じていた。
それがカナタにとってはどうしようもなく嬉しいことであり、それと同時に怖くもあった。

「(あの本をひとりで開く勇気は、僕になかった…)」

『INCANTATION TO DEFORMITY』…雑貨屋から持ってきてしまった禍々しい本。
開くのは怖いけれど、無視をすることもできなかった。
だから…。
だから、3人でちゃんと見たい。
ひとりで抱え込まずに、ガルフとルウの3人で。
そんな思いを胸にして、カナタは何日も時間をあけてしまった仕事へと向かった。

「カナタ、なんであんなこと言ってたんだろ?ねえ、兄ちゃん」

ルウが狼姿のガルフに振り向いて尋ねた。

「それを帰ってきたら教えてくれるんだろ?信じて待つしかねえよ」

「そう、だね…」

2人の間にも、なにか、恐怖にも似た気まずい空気が流れた。
けれど、カナタが言ったことを信じて1日待ちたい、その気持ちだけで時を過ごすことにしたのだった。

……

「のう、カナタくんや」

商品の掃除をしているカナタのところへ店主がやって来た。

「おじさん、どうかしたんですか?」

「あのな、この本棚に置いてあった本が1冊なくなっておるんじゃ」

店主の言葉に、カナタは心臓が口から飛び出そうになった。

「なくなった、んですか?」

「うむ、カナタくんはこの店に来てから誰かに本を売ったかの?」

「いえ、僕は…」

カナタはついつい素直に答えてしまった。
売ってしまったと言ってしまえば、これで済んだ話だったかもしれないのに。

「ということは誰かの手に渡ったと言う可能性はないわけじゃ」

「…、あの、それはそんなに大事な本なのですか?」

カナタは恐る恐る店主に尋ねた。
店主は少し口ごもりながら話し始めた。

「大事というより、あれは売り物と見せかけておきながらわしが取っておくと決めておいた本なんじゃ」

売り物に見せかける?

「でも、それでもし売れてしまっていたら…」

カナタは、売り物に見せかけるカモフラージュをしても本当に売れてしまったらどうするんだと尋ねた。

「それはないはずじゃよ」

店主は首を横に振ってハッキリと答えた。
なぜ、こんな自信満々に答えられるのだろうとカナタは疑問に思った。

「なぜ、言い切れるのですか?」

「あれはここにあって、ここにない本じゃからじゃよ」

店主の返答に、カナタはますます意味が理解できなくなった。

「あ、あの、おじさん?それってどういうことなんですか?」

カナタは失礼ながらも、少しぼけているのかと疑ってしまった。
もしかしたら、自分が持ち帰ってしまった本のことではないのかもしれないな、とも思った。

「うむ、カナタくんには関係がないことだと思うから言わなかったのじゃが、この本棚から消えた1冊の本は、『普通』の人には見えないものなのじゃ」

「普通の人には見えない…?それじゃ、どういう人なら見えるんですか?」

聞いてはいけないことを聞いているような、ここから先は踏み込んではいけないような…
そんな気持ちが湧いてくるのに、カナタは知りたい気持ちを止められなかった。

「簡単に言うと『異』なる者には見える。わしもどこまでが本当のことなのかはわからぬのじゃが、人でありながらも人ではない者には見える、ということらしいぞい」

店主によると、その本ははるか遠い国からやって来た古物商に勧められて買い取ったものだと言う。
それをなぜ、売り物とカモフラージュしてまで取っておこうとしたのかは教えてくれなかったが、その古物商曰く、普通ではない人間にのみ見える本ということらしい。

「もし見かけたらわしに教えてくれんかの」

そう言って、店主は店の奥へと戻って行ってしまった。

……

「ただいま」

カナタは仕事から帰り、ガルフとルウに出迎えられた。
ルウは本当に図書館へは行かずに、家でガルフと共にカナタが帰ってくるのを待っていたようだ。

「おかえりカナタ」

「おつかれさん」

「うん…」

どこかぎくしゃくしたような雰囲気は、カナタが帰って来てからも無くならないどころか増したような気がした。
とりあえず食事にしようと、カナタは着替えて食事の準備を始めた。
その間も3人とも落ち着かない様子で過ごしていて、食卓でもいつものような明るい空気が流れることなく3人は黙々と食事を済ませた。

「なあ、カナタ」

カナタの隣りに並んで食器を洗うガルフが声をかけた。

「どうしたの?ガルフ」

平静を装い、カナタは聞き返した。

「無理に進もうとしなくても、いいんじゃねえか?」

気まずそうにガルフは小さく答えた。

「お前とルウが俺を助けようとしてくれる気持ちは嬉しいんだけどよ、それで空気が気まずくなるんなら俺はその方が嫌だぜ?」

ガルフの隣りで食器を拭くカナタの手が一瞬止まるものの、すぐに返事をした。

「何言ってんのさ、ガルフのことは絶対治すって言っただろ?それに、気まずくなんかないし方法が分かっているなら早く試した方がいいよ」

そう言ってカナタは自分を急かすように、早く食器を片付けてルウを呼んだ。

「ルウ、そろそろ一緒に見てほしい本を見よう」

無理に元気に振る舞うカナタの後ろ姿を、ガルフは何かを失ってしまうような不安を宿した目で見つめていた。

「カナタ…、俺は…」

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