上 下
30 / 41
けものとさいかいしまして

28わ。

しおりを挟む
「それで?あなたたちはどうするの?私はさっさと『条件』を却下して街に帰らせてもらうつもりだけど」

まるで、こちらの返答が何かが分かっているかのように、マイラはカナタたちに尋ねた。

「マイラと同じだよ。僕たちも『条件』を取り下げてもらって、街へ帰るんだ」

そうだよね、とカナタがガルフの方を見るとガルフは苦しそうにしていた。

「あ、カナタ…兄ちゃん、もう人間の姿でいるのが…」

どうやらつらくなってきたようで、ガルフは狼の姿へと変わってしまった。

「ガルフ…」

カナタは心苦しさに胸が掴まれた。
もしまた3人での生活に戻るのであれば、ガルフの毒を見つける方法は難航することになるだろう。
人狼たちに手伝ってもらえる『条件』の方が、遙かに効率よく探すことができるはずだ。
いや、たとえそうだとしても僕はガルフと生きていくんだ。
もう迷わない…だから…。

「行こうガルフ。大丈夫だよね?」

「はっ、聞くまでもねえよ。さっさとナシつけて街に帰ろうぜ、カナタ、ルウ。それにマイラもよ」

そう言って笑うガルフの言葉に3人は力強く頷いた。

……

4人で訪れたアドルフの屋敷の入り口にはルアンが立っていた。

「ようやく来たのかよ、遅え。ほら、さっさと長に言って来いよ、ガルフとマイラが結婚するってよ」

「そんなこと言わない。ルアン、わかって言っているんでしょ?どいてくれないかな」

強い意志を宿したカナタの瞳を見て、ルアンはハッと笑った。

「随分とお強くなっちまって、なあガルフ、こんな生意気でおしとやかさのない人間の側に本気で居たいと思ってんのか?」

ルアンは肩を上げて、茶化すようにガルフに尋ねた。

「悪いな、ルアン。お前の好みはおしとやかで生意気じゃない人狼なんだろうけど、俺は真逆だからな」

皮肉を利かせて、ガルフは笑い返した。

「あら、それじゃあ私も違うわね。私、おしとやかさはないけれど生意気じゃないもの」

皮肉にマイラも乗ってきた。
その応酬を見ていたカナタは、人狼の口喧嘩って容赦ないなと思っていた。
ルウに至っては何を話しているのかさえ理解できていない様子だった。

「ったく、悪い意味でガルフとマイラはお似合いだよ。ほら、長はこの前と同じテーブル席でお待ちだ。さっさと行って来いよ」

どうやら初めからルアンは4人のことを妨害するつもりはなかったらしい。

「ほら、行くぜ」

先頭をきったのは狼姿のガルフで、後ろから3人がついて行くのは少し珍妙な光景ではあったけれど、気持ちは既に臨戦態勢だ。

「よく来たな、待っておったぞ」

ひとりテーブル席に着いているアドルフは、笑みを一切見せず、4人に顔を向けることないまま、まっすぐ前を見て告げた。
この街に来てまだ3日しか経っていないのに、もう何ヶ月も、何年もここに居たような長さを感じる錯覚にカナタは陥っていた。
3人は黙ったまま、アドルフの向かいの席に腰を掛け、ガルフは椅子へと飛び乗った。

「本来であれば、カナタとマイラだけがいるはずなのだが、軟禁されていたはずのガルフとルウもやってくるとわの」

喜怒哀楽のどの感情とも読み取ることのできないアドルフの声音に、ガルフは怯むことなく返した。

「長はどうせなにもかも知っていたんだろ?ルアンを自分の横に置いて、俺を捕らえさせた。でも情に弱えアイツのことだから、俺たち4人の反応を見てどうしようもなくなって俺とルウを解放した、そこまで分かってたんじゃねえの?」

ガルフが確信をもってそんなことを言うので、カナタは驚いてガルフを見ていた。
もしそうだとしたら、アドルフの考えていることはよくわからないし、なによりそこまで見抜いていたガルフに感心した。
ここで初めてアドルフは、ほっほっ、と笑った。

「さすがは、次期リーダーに相応しい洞察力じゃのう。たしかに、ルアンは情に深いと知った上でわしの補佐をさせておった。まあ見事にその情に流されたがのう」

「だったら、なぜそんなことをしたんですか?」

今度はカナタが思わずアドルフを問い質した。

「奴が人狼としての使命を全うした上で、ガルフの説得に成功できれば…ガルフとルアンの2人に一族を任せようと思ったのじゃ。そして、そんなガルフに相応しい伴侶は、相手を尊重しつつも自分の芯を強く持っている者が適任じゃと思ったんじゃよ」

「それが、私だったってことね」

今度はマイラが呟いた。

「ほおん、ってことは俺とルアンとマイラの3人で舵を切らせてくれるってワケだ?」

ガルフがアドルフに確認するように問いかけた。

「(え、ガルフ…もしかして『条件』を呑もうとしているの?」

一抹の不安がカナタの胸を過った。

「そうじゃ。先頭に立つのはガルフで、補佐にルアン、そして伴侶にはマイラ。これ以上の適任はおるまいて」

心底納得しているようにアドルフは頷いた。

「本気で言ってんのか?長、俺たちはあくまでも幼少期を一緒に過ごした幼馴染だぜ?まあ、俺が今更リーダーになる気なんて無えってことを前提にしてだ、ルアンが補佐役なんて、プライドの高いアイツが納得するはず無え。それにマイラのことも言うまでも無えだろ?」

そうだ、マイラはガルフをそんな目で見るわけがない。

「当然でしょう。私はもう人間生活が長くなりすぎた。この快適さを知ってから人狼リーダーの伴侶なんて縛りの多い役目はごめんだわ」

仮にでも人狼の長たるアドルフに対してあまりにも無礼でつっけんどんな言い方をするガルフとマイラに、カナタはある種のかっこよさのようなものを感じていた。

もしかすると、アドルフは2人の…

「こういうところが…リーダーの資質なんですか?」

小さな声で、カナタがアドルフに問いを投げつけた。
アドルフは驚いたように目を丸めた。

「こういう、誰にも媚びずに…失礼なくらいの態度で自分の意見を押し通そうとするガルフとマイラだからリーダーに選ぼうとしているんですか?」

カナタの問いを受け止め、少し沈黙したアドルフは再び笑みを浮かべた。

「そうじゃよ。人狼社会の上に立つ者は、何者よりも自分の考えが優れていて他を寄せ付けないほどの意志を持った者でないと務まらん」

アドルフの話だと、たとえば対立を見せる人狼たちがいるとして、そのどちらにもいい顔をしようとするよりも強引な手法であっても無理くり引っ張っていく者の方がリーダーに相応しいのだと言う。

「(人狼社会には忖度というものが存在しないのか)」

そんなことを思っていたカナタの隣りで、マイラは次の問いを投げかけた。

「そう仰るってことは、私が街へ絶対帰るって言い張ったり、ガルフが絶対にカナタとルウの3人で生きていくと言い張れば言い張るほど、引き留めようとするということですか?」

その問いを受けてアドルフはさらに上機嫌になった。

「さすがは、未来のリーダーの伴侶じゃの。その通りじゃよ。そなたらがここを出て行こうと我を通すほど、わしは離さぬつもりでおる」

「な、っ、んだよそれ!」

ガルフが強く吠えた。
結局、『条件』をすんなり受け入れても、抗おうとしても元より話し合う気などアドルフにはないということか。

「だからルアンにやらせたんだな?情に流されやすいアイツに俺とルウを解放させて、『条件』に抗わせるためによぉ!」

ガルフは牢の中でカナタを諦めようとしていた。
けれど、ルアンがガルフを解放してカナタに会わせたことで、ガルフは忘れていた気持ちを取り戻すことができた。
そこまでが、アドルフの計算の内だった。
こうして4人でまとまって、『条件』を否定するという意志の強さ。
それがむしろ、リーダーという立場に縛り付ける裏目へと出てしまうということになってしまったのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

獅子帝の宦官長

ごいち
BL
皇帝ラシッドは体格も精力も人並外れているせいで、夜伽に呼ばれた側女たちが怯えて奉仕にならない。 苛立った皇帝に、宦官長のイルハリムは後宮の管理を怠った罰として閨の相手を命じられてしまう。    強面巨根で情愛深い攻×一途で大人しそうだけど隠れ淫乱な受     R18:レイプ・モブレ・SM的表現・暴力表現多少あります。 2022/12/23 エクレア文庫様より電子版・紙版の単行本発売されました 電子版 https://www.cmoa.jp/title/1101371573/ 紙版 https://comicomi-studio.com/goods/detail?goodsCd=G0100914003000140675 単行本発売記念として、12/23に番外編SS2本を投稿しております 良かったら獅子帝の世界をお楽しみください ありがとうございました!

【長編版がAmazonベストセラー1位になりました】虐げられ人生から契約婚⋯のはずが溺愛ですか?『お飾り妻ですが家族になれました』

美咲アリス
BL
「俺のお飾りの妻になってほしい」「はい?」ある日突然、貧乏オメガ令息のユリアは美貌のヴィクトル騎士団長に声をかけられた。どうやら騎士団長はある理由があって結婚相手を探しているらしい。いとこ家族に虐められていたユリアは契約結婚を受け入れる。豪華な屋敷での快適なお飾り妻生活が始まるが、なぜかびっくりするほど激しい溺愛がスタートして⋯⋯? 真面目なオメガ令息と、世界最強の騎士団長。キュン&ハッピーなすれ違い異世界ラブストーリー。※この『お飾り妻ですが家族になれました』は、長編異世界オメガバース『お飾り妻と溺愛騎士団長』の元になった短編です。長編版はAmazonで書籍化して頂きました(追記・ベストセラー入りしています。2024.4/20現在BLランキング)

神の宿り木~旅の途中~ジン~

ゆう
BL
風霊に呼ばれて港街に来たリーンは、余命わずかのジンと共に彼の故郷へと帰る。約束どうりに『短い間だけでも一緒にいるよ』静かに二人で過ごせれば良かっただけなのに、ジンの故郷の崩壊が始まりだしていた。 故郷の森の、隣り合わせに暮らす獣人達。 迫る崩壊を止める事が出来るのか。 #ストーリーを先に進めるため、書かなかった~番外編~別にあります。 ジンの過去編を書き出したら本編が進まないので、泣く泣く省いた話です。 ~番外編~に、本編のこぼれ話があります。 ただ、ヤってるだけのような気がしてきました…。 ○リーンの過去編「獣人族の噛みあとは、群れの通行手形」と、何故言うようになったかの話。 ○狼の里にて 『樹木再生』のあと、ロキと狼の里へ行った話。 ○はぐれ獣人 ♠はぐれ獣人と『魔力の交合』をして、さっきまでいた町に戻っていく途中の話。 ♠お風呂。マークが子獣とキリトをお風呂に入れた話。 ♠リーンとロキの『魔力の交合』を見て、欲情したまま部屋に戻ったキリトの話。 *この後は、『神の宿り木~旅の途中~ルーク~』に変わります。(完結) 登場人物が変わり、十数年後の話になります。

騎士さま、むっつりユニコーンに襲われる

雲丹はち
BL
ユニコーンの角を採取しにいったらゴブリンに襲われかけ、むっつりすけべなユニコーンに処女を奪われてしまう騎士団長のお話。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

異世界で大切なモノを見つけました【完結】

Toys
BL
突然異世界へ召喚されてしまった少年ソウ お世話係として来たのは同じ身長くらいの中性的な少年だった だがこの少年少しどころか物凄く規格外の人物で!? 召喚されてしまった俺、望月爽は耳に尻尾のある奴らに監禁されてしまった! なんでも、もうすぐ復活する魔王的な奴を退治して欲しいらしい。 しかしだ…一緒に退治するメンバーの力量じゃ退治できる見込みがないらしい。 ………逃げよう。 そうしよう。死にたくねぇもん。 爽が召喚された事によって運命の歯車が動き出す

貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話

タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。 叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……? エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。

処理中です...