地には天を。

ゆきたな

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疎外と温もり

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「受験時期になって、僕は学校にろくに行けなかった。ヒートが来たばかりの時期が一番実験には必要な状態だから、僕は閉じ込められていたんだ」

「え、だったら、受験勉強とかはどうしてたんだよ」

「父親が金と、会社の名前で裏で手を回して僕を推薦っていう形で入学させたんだ」

そんなことが罷り通るのか?
そんな話を今まで聞いたことがないと大地は思っていたが、自分の見識の狭さ…もしくは瞬のケースがかなり珍しいのかもしれないと思った。

「だから僕は中学終盤は学校に行かないまま、この高校に入学が決まっていて、卒業式にすら出られなかった。でも、今思えばそれでよかったんだと思う」

「なんでだよ…実験に使われた挙句、中学の一番大事な時期を過ごせなかったんだろ?」

諦めきったように覇気のない笑顔を見せた瞬に、大地は疑問をぶつけた。

「だって僕は、…自分がαだってことを疑わなかったから、もし学校に行っていても、Ωだなんて知られたら見下されると思ったんだ。だからね、大地くん。実験に使われるのも、それまで僕が自分のことをαだなんて思い上がっていたことへの罰だと思って受け入れてたんだよ」

「でもそれは瞬のせいじゃねえだろ。お前の親父に隠されていたんだし…」

「そう、だから僕は罰を受け入れて、復讐しないといけないと思った。…ううん、そもそも実験に使われる段階で、Ωの身体に苦しむ人が減ればいいっていう思いがあったから、実験自体は乗り越えられた。けど、高校に入ったら、絶対に家から出るって決めてた」
瞬は、実験が一段落したら、妾、つまり自分にとっての実の母親の居場所を突き止めようと思った。
家の中を徹底的に探したけれど、結局そんな情報は見つからなかった。
見つかったとしたら父親が失脚するどころか、下手したら会社そのものが潰れるような情報を残しておくとも思わなかった。

「それで、諦めたのか?」

「ううん、協力してくれる人がいたんだ…」

それは、瞬の祖母だった。
祖母にとって実の息子である瞬の父親が、会社のためとはいえ、瞬の尊厳も瞬の母親の尊厳も踏みにじるようなやり方に胸を痛めていた。
いつか瞬が本当のことを知る行動に出るだろうと思っていた瞬に、祖母は瞬の母親が住んでいる場所を教えた。

「それで4月に入る前に、母さんに会いに行ったんだ」

ひとり寂しく、誰にも知られることのないアパートで瞬の母親はひとりで暮らしていた。
母の両親はすでに他界していて、瞬が会いに行ったときはやつれているようにも見えた。

「かあ…さん…」

瞬がアパートに向かった時に、ちょうど目的の部屋から母親らしき人物が出てくるのを見かけて声をかけた。

「瞬…瞬なの!?」

母親は力なく瞬に駆け寄った。
瞬のことは毎年、祖母から送られてくる写真を見てどのように成長したのかは知っていた。
それでも本物の瞬が会いに来た時は、信じられない気持ちと嬉しさと、本来なら会ってはいけない存在なのに…と心の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。
瞬はそれまでの経緯を母親に全て話して、自分がΩなのだと言うことも伝えた、

「僕は、母さんと暮らしたい。もうあの家に戻りたくない」

瞬は母との同居を望んだ。
母親に迷惑をかけるかもしれない、Ωの母ひとりで自分を育てることなんてできないかもしれない。
でも、貧しくてもいいから、あんな家には帰りたくないと思った。

「いけません、瞬。あなたが何と言おうと、あなたは久保家の跡取りで…」

「跡なら、兄さんが取るから。僕は跡取りと言う名目で人体実験に使われているだけだよ」

哀しそうに瞬は笑った。
その顔が、余計に瞬の母親の胸を締め付けた。

「でも、もし私とあなたが暮らしていると知られたら…」

「それは大丈夫だよ」

瞬は、自信のある表情で母親に言った。
祖母が最後まで協力をしてくれると言ったから。


「ただいま、おや、瞬はいないのか?」

自宅に帰った父が、瞬の靴がないことに首を傾げた。
玄関には祖母が立っていた。

「あの子は、もう戻ってきませんよ」

「なにを言っているんだ母さん、私は疲れている、冗談はよしてくれ」

ため息を落とした父親がそう言うが、祖母は表情ひとつ変えずに言った。

「あの子は、この家ではなく、梨奈さんと暮らすことを選んだのよ」

梨奈は瞬の産みの母親の名前だった。

……

「そこからはもう修羅場続きだったよ。でも、最後の最後までおばあちゃんが協力してくれて、今は母さんの住んでいるアパートで一緒に暮らしてここに通っているんだ」

話はこう締めくくられたが、大地は何とも答えることができなかった。
大変だったな、なんて一言ではとても片付けられない大変さを痛感した。

「別に同情も必要ないし、αだけという理由で君を嫌ってしまったことは今では申し訳なく思っているよ。本当にごめんね。君は久保家の人間とは違うのに、ね」

申し訳なさと自分に対して情けないという表情で瞬は謝った。

「いや、俺のことは気にしなくていい。なんつうかさ、瞬がちゃんと瞬としてこれから生きていけるように手伝えることがあれば、なんでも言ってくれないか?誰かに言ったりなんかしねえから」

「ふふ、ありがとう。君が簡単に秘密を言いふらす人なんかじゃないことは分かってるよ。もし、これから苦しくなったら、またこうして、僕の話を聞いてくれる?」

「あったりまえだ!遠慮なんてすんなよ!」

こうしてふたりの会話は終わって、瞬は図書室に戻り、大地は空翔の待つ家に帰った。

「あいつ今頃、問題に頭抱えてんだろうな」

案の定大地が帰ると空翔は

「遅いよ大地~、もう数学がぜんっぜんわからないんだよ!」

とわめいていた。
はじまったばかりのテスト週間、大地は瞬のことを知ることができたと同時に、自分の知らない世間の黒さと悲しさをまざまざと思い知った。

「待ってろって、すぐ準備すっから」

でもとりあえず今は、自分の愛する人の赤点回避を達成することが目下の課題だ。
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