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疎外と温もり
③
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「ら…と、そ…と、空翔!」
空翔は自分を呼ぶ声と、身体を揺らされたことで目を覚ました。
どうやら、金網の近くにあるベンチに座って眠ってしまっていたらしい。
「こんなところで寝て、帰らなかったのかよ?」
空翔を起こしたのは大地だった。
体操着のTシャツとハーフパンツに、首にタオルをかけて少し汗ばみながら自分を見下ろしている大地を見ると、空翔は泣きそうになってしまった。
「おーい大地!部室閉めたからコンビニ寄って帰ろうぜ!」
遠くから他のサッカー部員が大地を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あー悪い!俺、空翔と帰るからパスな!」
そんな会話が、まだぼんやりとしている空翔の耳に入ってきた。
さっきまで高く昇っていたはずの太陽は、いつの間にか沈みかけていた。
「ほら、帰るぞ空翔。日中は暖かいかもしんねえけど、陽が落ちたらまだまだ寒いんだから、こんなところで寝て風邪でも引いたらどうするんだよ」
そんなことを言って大地は少し苦笑しながら空翔のカバンを持とうとした。
けれど空翔は、カバンを半ば強引に取り返すように抱えて、ハッとして大地に一言「ごめん…」と謝った。
「…そのごめんって、理由訊いてもいいやつ?」
大地は笑みを崩さず空翔に問いかけた。
空翔は首を小さく縦に振った。
もう、一人で抱え込んでおくことができないと思ったから。
「なら、とりあえず俺ん家に帰ろ、…あ、もしもし、おばさん?俺、大地っす。今日、空翔を少しだけ俺の家に上がらせますんで…」
大地が携帯から空翔の家に電話しているのが分かった。
空翔は静かなまま、大地と手を繋いで一緒に電車に乗って帰った。
その間、大地が空翔に何かを尋ねるようなことはしなかったけれど、ただの一度も手を離すことはなかった。
大地の家に着いた頃には、辺りは暗くなっていて、空には星と月が浮かんでいた。
「ただいま」
「あら、おかえり大地。それに空翔くんも、こんばんは」
「こんばんは、お邪魔します」
大地の母が笑顔で出迎え、空翔はすぐに見抜かれてしまいそうな笑顔を顔に張り付けて挨拶を返したけれど、大地の母は「どうぞ、ごゆっくりね」とだけ言って何も訊かなかった。
そういえば昔からこうだったなと、空翔は思い出した。
大事なことや親に知られたくないことを、どちらかの家に行き自分たちの部屋でこっそり話した。
どちらの親もくわしく事情は聴こうとせず、何時まででも家にいさせてくれた。
それが空翔にはありがたいと思う反面、そのあたたかさと今日のことや世間との乖離を感じるほど胸が苦しくなった。
ふたりは大地の部屋へとあがった。
食事はさすがに頂けなかったので、お菓子やジュースを大地の母は用意してくれていた。
それらが載ったテーブル挟んで、空翔は正座をして座り、大地は反対側に胡坐をかいて座った。
その時も、大地の方から何かを訊いてくるということは無かった。
「あの…さ…大地…」
ちゃんとした会話で声を出すのが、何時間ぶりかというくらいで、空翔の声はかすれていた。
「うん、どした?」
大地はただ一言、そう聞いた。
「実は今日…昼休みに…」
空翔はぽつりぽつりと時間をかけて、今日に昼にあったことを話した。
「それで、グラウンドを眺めてたら瞬が隣に来て…」
と瞬がみな実のことを唆したんじゃないかという疑いを自分が持ったことも隠すことなく大地に話した。
「もう俺、わかんなくなっちゃって。みな実さんの友達にひどいことした奴だってαかどうかなんてわからないのにさ。なんで瞬はあんなにαに敵意をむき出しにするんだろうって」
悔しさと悲しさで、空翔の声は話している途中で震えはじめていた。
それを聞いていた大地は、ただただ静かに頷きながら話を聞いていた。
「…大地は、『α』って理由で学校の中で変な扱いとかされてない?俺はそれが心配なんだ」
空翔は不安に思っていたことを口にした。
周りの生徒たちがαに対する悪口を言っているから、そんなことに大地が巻き込まれていたらと心配だった。
大地は空翔に尋ねられて一瞬きょとんとしていたが、突如ぶはっと笑い出した。
「な、なに笑ってんだよ!?」
「ははは、お前さあ、優しすぎかよ!そういう話が周りで出てるから俺のこと心配してくれてたのか?」
ずっと悶々とした気持ちの核心を簡単に突く大地に空翔は顔が真っ赤になった。
「あ、当たり前だろ!βとΩばっかりの学校でαが悪く言われたら、お前だって何か嫌味とか言われてるんじゃないかって思うのは当然だろ」
ふい、と不貞腐れて顔を逸らした空翔の横に大地は座り直して、空翔の頭をぽんと撫でた。
「心配してくれてありがとな。俺なら大丈夫、なにも言われてねえよ。それに万一、陰で何か言われていたとしても、言われるのを覚悟した上で白峰高校に行くことは決めていたんだぜ?俺とつるんでる奴は俺のことわかってくれてるし、変に見られるなんてことは気にしねえよ」
大地はそう言った上で更に言葉を紡いだ。
「俺はさ、自分が悪く言われるよりも、それで空翔が苦しんだり、学校にいづらくなる方がつらい。お前は周りにすごく気を遣う奴…だから…」
そう言って大地はそっと、腕を空翔の腰に回して抱き寄せ、優しく抱きしめた。
「全部ひとりで抱えんなよ。俺がいるだろ?それにそれは、お前ひとりだけの問題じゃない」
そう言って大地は抱きしめる腕に力を込めた。
あぁ…昔からこうだ。
大地は本当に自分の欲しい言葉をくれる。
誰かに身体を傷つけられても、心を傷つけられても癒してくれるような言葉をいつも大地はくれる。
だから空翔は、誰の前でも見せないような弱い部分を大地に見せて大泣きすることができるのだった。
「甘えることは弱さだって…思ってた」
ひとしきり泣いて落ち着いた後に、空翔は玄関まで一緒に来た大地に言った。
「それが好きな人に対してなら、余計に見せたらいけないって思ってた」
「バァカ。俺の性格わかってんだろ?もう隠すなよ。これからどんな深い場所にも飛び込む時は一緒だ」
「うん」
そう頷いて、空翔はやっと心からの笑顔を見せることができた。
答えが出たわけじゃない。
瞬に対してどう接していいか分かったわけでもない。
でも、大地は酷いことをするようなαとは違う。
この気持ちだけは曲げずに、諦めずに、貫き通そうと空翔は決めた。
「じゃあ、今日お前に付き合ったご褒美でももらおっかな」
急に大地がけらっと笑って言い出した。
「は?何だよごほうびって…んっ…」
言いかけた空翔の顎に手を添えた大地は、そのまま空翔にキスをした。
「…これで今日のことはチャラな!んじゃ、おやすみ!」
大地はそう言って、照れ隠しなのか、急いで家へと戻ってしまった。
「あはは…なんだよ、自分からして恥ずかしがるとか…。…ありがとう…大地」
心がじわりじわりと熱くなっていくのを感じながら、空翔も自分の家へ帰った。
空翔は自分を呼ぶ声と、身体を揺らされたことで目を覚ました。
どうやら、金網の近くにあるベンチに座って眠ってしまっていたらしい。
「こんなところで寝て、帰らなかったのかよ?」
空翔を起こしたのは大地だった。
体操着のTシャツとハーフパンツに、首にタオルをかけて少し汗ばみながら自分を見下ろしている大地を見ると、空翔は泣きそうになってしまった。
「おーい大地!部室閉めたからコンビニ寄って帰ろうぜ!」
遠くから他のサッカー部員が大地を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あー悪い!俺、空翔と帰るからパスな!」
そんな会話が、まだぼんやりとしている空翔の耳に入ってきた。
さっきまで高く昇っていたはずの太陽は、いつの間にか沈みかけていた。
「ほら、帰るぞ空翔。日中は暖かいかもしんねえけど、陽が落ちたらまだまだ寒いんだから、こんなところで寝て風邪でも引いたらどうするんだよ」
そんなことを言って大地は少し苦笑しながら空翔のカバンを持とうとした。
けれど空翔は、カバンを半ば強引に取り返すように抱えて、ハッとして大地に一言「ごめん…」と謝った。
「…そのごめんって、理由訊いてもいいやつ?」
大地は笑みを崩さず空翔に問いかけた。
空翔は首を小さく縦に振った。
もう、一人で抱え込んでおくことができないと思ったから。
「なら、とりあえず俺ん家に帰ろ、…あ、もしもし、おばさん?俺、大地っす。今日、空翔を少しだけ俺の家に上がらせますんで…」
大地が携帯から空翔の家に電話しているのが分かった。
空翔は静かなまま、大地と手を繋いで一緒に電車に乗って帰った。
その間、大地が空翔に何かを尋ねるようなことはしなかったけれど、ただの一度も手を離すことはなかった。
大地の家に着いた頃には、辺りは暗くなっていて、空には星と月が浮かんでいた。
「ただいま」
「あら、おかえり大地。それに空翔くんも、こんばんは」
「こんばんは、お邪魔します」
大地の母が笑顔で出迎え、空翔はすぐに見抜かれてしまいそうな笑顔を顔に張り付けて挨拶を返したけれど、大地の母は「どうぞ、ごゆっくりね」とだけ言って何も訊かなかった。
そういえば昔からこうだったなと、空翔は思い出した。
大事なことや親に知られたくないことを、どちらかの家に行き自分たちの部屋でこっそり話した。
どちらの親もくわしく事情は聴こうとせず、何時まででも家にいさせてくれた。
それが空翔にはありがたいと思う反面、そのあたたかさと今日のことや世間との乖離を感じるほど胸が苦しくなった。
ふたりは大地の部屋へとあがった。
食事はさすがに頂けなかったので、お菓子やジュースを大地の母は用意してくれていた。
それらが載ったテーブル挟んで、空翔は正座をして座り、大地は反対側に胡坐をかいて座った。
その時も、大地の方から何かを訊いてくるということは無かった。
「あの…さ…大地…」
ちゃんとした会話で声を出すのが、何時間ぶりかというくらいで、空翔の声はかすれていた。
「うん、どした?」
大地はただ一言、そう聞いた。
「実は今日…昼休みに…」
空翔はぽつりぽつりと時間をかけて、今日に昼にあったことを話した。
「それで、グラウンドを眺めてたら瞬が隣に来て…」
と瞬がみな実のことを唆したんじゃないかという疑いを自分が持ったことも隠すことなく大地に話した。
「もう俺、わかんなくなっちゃって。みな実さんの友達にひどいことした奴だってαかどうかなんてわからないのにさ。なんで瞬はあんなにαに敵意をむき出しにするんだろうって」
悔しさと悲しさで、空翔の声は話している途中で震えはじめていた。
それを聞いていた大地は、ただただ静かに頷きながら話を聞いていた。
「…大地は、『α』って理由で学校の中で変な扱いとかされてない?俺はそれが心配なんだ」
空翔は不安に思っていたことを口にした。
周りの生徒たちがαに対する悪口を言っているから、そんなことに大地が巻き込まれていたらと心配だった。
大地は空翔に尋ねられて一瞬きょとんとしていたが、突如ぶはっと笑い出した。
「な、なに笑ってんだよ!?」
「ははは、お前さあ、優しすぎかよ!そういう話が周りで出てるから俺のこと心配してくれてたのか?」
ずっと悶々とした気持ちの核心を簡単に突く大地に空翔は顔が真っ赤になった。
「あ、当たり前だろ!βとΩばっかりの学校でαが悪く言われたら、お前だって何か嫌味とか言われてるんじゃないかって思うのは当然だろ」
ふい、と不貞腐れて顔を逸らした空翔の横に大地は座り直して、空翔の頭をぽんと撫でた。
「心配してくれてありがとな。俺なら大丈夫、なにも言われてねえよ。それに万一、陰で何か言われていたとしても、言われるのを覚悟した上で白峰高校に行くことは決めていたんだぜ?俺とつるんでる奴は俺のことわかってくれてるし、変に見られるなんてことは気にしねえよ」
大地はそう言った上で更に言葉を紡いだ。
「俺はさ、自分が悪く言われるよりも、それで空翔が苦しんだり、学校にいづらくなる方がつらい。お前は周りにすごく気を遣う奴…だから…」
そう言って大地はそっと、腕を空翔の腰に回して抱き寄せ、優しく抱きしめた。
「全部ひとりで抱えんなよ。俺がいるだろ?それにそれは、お前ひとりだけの問題じゃない」
そう言って大地は抱きしめる腕に力を込めた。
あぁ…昔からこうだ。
大地は本当に自分の欲しい言葉をくれる。
誰かに身体を傷つけられても、心を傷つけられても癒してくれるような言葉をいつも大地はくれる。
だから空翔は、誰の前でも見せないような弱い部分を大地に見せて大泣きすることができるのだった。
「甘えることは弱さだって…思ってた」
ひとしきり泣いて落ち着いた後に、空翔は玄関まで一緒に来た大地に言った。
「それが好きな人に対してなら、余計に見せたらいけないって思ってた」
「バァカ。俺の性格わかってんだろ?もう隠すなよ。これからどんな深い場所にも飛び込む時は一緒だ」
「うん」
そう頷いて、空翔はやっと心からの笑顔を見せることができた。
答えが出たわけじゃない。
瞬に対してどう接していいか分かったわけでもない。
でも、大地は酷いことをするようなαとは違う。
この気持ちだけは曲げずに、諦めずに、貫き通そうと空翔は決めた。
「じゃあ、今日お前に付き合ったご褒美でももらおっかな」
急に大地がけらっと笑って言い出した。
「は?何だよごほうびって…んっ…」
言いかけた空翔の顎に手を添えた大地は、そのまま空翔にキスをした。
「…これで今日のことはチャラな!んじゃ、おやすみ!」
大地はそう言って、照れ隠しなのか、急いで家へと戻ってしまった。
「あはは…なんだよ、自分からして恥ずかしがるとか…。…ありがとう…大地」
心がじわりじわりと熱くなっていくのを感じながら、空翔も自分の家へ帰った。
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