地には天を。

ゆきたな

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歯車

ピース4

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2日目には空翔の喉も良くなって、身体の痛みも無くなっていた。
しっかりと薬をカバンやポケットのすぐ取り出せる所に入れたということも確かめた。
でも…

「よくよく考えると俺、大地とえ…えっちなことしちゃったんだよな」

ヒートの最中はどうしても本能のまま相手を求めてしまうためにあまり考えないけれど、冷静になって考えると隣に住む幼馴染と性交をしたという事実に顔が赤くなって戸惑ってしまう。

「色々順番がおかしいって…。αとΩってこんなものなのかな。抜き合いした程度のことって割り切ったほうがいいのかな」

そんなことをぐるぐると考えていると、いつの間にか10分ほど時間は経過していて

「ちょっと空翔、いつまで準備してるの?早くしないと電車に乗り遅れるわよ?」

と母親に呼ばれた声でハッとして、空翔はカバンを肩にかけて急いで外に飛び出した。

「空翔」

外には、片手をポケットに突っ込み、片手を上げて笑顔を見せる大地が待っていた。

「大地、おはよう」

あんなことがあったから、もっとぎこちなくなってしまうんじゃないかと空翔は思っていたけれど、不思議と自然に笑っていられる自分がいた。

「来週から授業始まるって、かったりいよな」

「大地は選択科目は何にしたの?」

そんなことを話しながら2人は駅のホームへやって来た。
今日からまた、満員電車に乗って学校に行く生活が始まる。
もう一度仕切り直そう、と気合いを入れた空翔…だったはずなのに。
電車に乗り込んだ空翔は、明らかに誰かに身体を触られているのを感じた。
どうしよう、隣に立っている大地に言うべきなのか。
でも、こんなことされているの知られるのは恥ずかしいし、自分の誤解だったとしたらもっと恥ずかしい。
そんなことを、空翔は体に触れてくる手に耐えながら考えていた。
今日は、電車に乗り込む時に後ろからも人混みに押されてしまったために、扉側に立つことができなかった。
ちゃんと抑制剤は飲んできたから、フェロモンなんて身体から出ていないはずなのになんでなんだ?
そう考えている間にも、手は腰へ尻へと空翔の身体をなぞり、たしかめるように触れてくる。
もう止めてくれ…と思っていると、その手の主であろう男に空翔は耳元で囁かれた。

「君さ、Ωでしょ?かわいいな。俺は、人より嗅覚が優れてるから、すぐにわかっちゃうんだよね」

低く囁かれる不快な声が空翔の耳に入り込んで貼り付き、落ちない。
空翔に触れる手は次第に激しい手つきになっていく。

「…っ!」

ダメだ、こんな所で変な声を出すわけにはいかない。
大地に気付いて欲しいのに気付かれたくない相反する気持ちの中、空翔は男からの卑劣な行為に必死に耐えていた。
すると突然、ぴたりと男の手の動きが止んだ。

「ぐああ!」

という苦しそうな男の声と共に、その手が上へと上がる。
誰かに手首を掴まれたようだった。

「なになに?」

「なにかあったのか?」

車内がざわざわと騒然とする中、空翔の聞き慣れた声が怒りを孕ませ男に言い放った。

「空翔に手ぇ出してんじゃねえぞ、殺すぞ」

「だ、大地っ!」

「なんだよテメエ、輩か何かかよ!」

大地の乱暴な物言いに男は怯み、観念した様子で大人しくなった。
騒然としている電車はやがて駅に止まり、男は駅員に、そして警察へと引き渡された。

「空翔、大丈夫か!?」

人混みから離れた場所に大地は空翔の腕を掴んで連れて行った。
心配そうな表情で空翔を見ると、すこし顔が赤らんでいる。
上着から触られただけだから、そこまでひどくはないと空翔は言ったが、大地は空翔のカバンを開けて薬を取り出した。

「ひどくならねえようにさ、一応飲んどこうな?」

「うん…ごめんね、大地」

薬を受け取った空翔が急に謝るものだから、大地は驚いてギョッとした。

「なんで急に謝るんだよ?」

「俺がΩのせいで、大地のこと振り回しちゃうし、心配だって迷惑だって…たくさんかけてるし」

そう言いかけた空翔に、大地は2年ぶりのデコピンをぶつけた。

「いてっ!」

「バーカ、んなこと気にすんのはもう無しだって。お前がΩだろうとβだろうと大切なことには変わりねえだろ?空翔は空翔だ。だから気にすんな」

「大地、でも俺は…」

「いいから、薬飲んだらさっさと学校行くぞ」

空翔は、大地の言ってくれた言葉が嬉しかった。
大地も、自分の言った言葉に偽りは無かった。
半ば強引に会話を終わらせた大地は、空翔が薬を飲むのを待って歩き始めた。
空翔は解けるタイプの薬を口に放り込むと、舐めながら歩き出した。
互いの気持ちに偽りはないはずなのに、年を重ねるたびに自分と相手がαとΩだということを思い知らされる機会が増えていく。
少し前までは、身体能力や学力に少し差があると言う違いくらいしかなかったのに、今では主に空翔が少し油断しただけで自分の身体に振り回されてしまう。
ふたりが、もしくはどちらかがβであればこんなことにならずに、ずっと普通の幼馴染や友達でいられたのか…とどうしても考えてしまう。
並んで歩く二人は、家を出た時にはなかったはずのぎこちなさを見せてしまいながら学校へと歩いて行くのだった。

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