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歯車
ピース3
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夜中に眠れなかったということもあり、空翔はいつの間にか眠ってしまっていた。
両親はどちらも仕事に行ってしまい、家の中からは何の物音も聞こえず、ただ外から聞こえてくる鳥のさえずりに空翔はぼんやりと目を覚ました。
目を覚ました瞬間に蘇る記憶を振り払うように空翔はベッドから起き上がって、痛む身体を引きずって1階へとおりた。
キッチンの冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して一口飲めば、全身に潤いが染み渡り、空翔はホッとした。
声はまだ枯れているけれど、これは風邪じゃない。
こんなの、親になんて説明したらいいんだと、振り払った記憶に空翔は再び胸を締め付けられていた。
学校に行けるようになったら嫌でも大地と顔を合わさないといけない。
「そんなの無理だよ…」
冷蔵庫を閉めた空翔は、ふたたび自室のベッドへ戻った。
心は苦しいはずなのに、ヒートの身体的負担の大きさに襲われて空翔はもう一度眠りに落ちた…夕方にインターホンが鳴るまで。
……
ピンポン、と音が家中に響いて目を覚ました空翔だったが、起きようとはしなかった。
どうせ宅配か、何かの勧誘の類だろうと思い、今日は諦めてまた改めて来てくれと心の中で思いながら布団を被り続けていた。
けれどインターホンは止むことなく、3回…4回…5回…と何度もしつこく鳴らされるものだから、空翔は仕方なくよろよろと起き上がって、玄関の扉を開けた。
「え…」
扉を開けると、目の前には制服もネクタイもくしゃくしゃで、息を切らしながら額から頬にかけて汗を流し、息を荒くしている大地が立っていた。
空翔はすぐにでも扉を閉めてしまいたいと思った。
今、大地に向けられるような顔なんてなかったから。
けれど大地は、そんな隙を空翔に与えることなく、強く…強く抱きしめた。
「あ…だい、ち…」
まだ枯れてしまっている喉から、空翔は掠れた声で大地の名を口にした。
「ごめん…ごめんな、空翔…」
大地はひたすらに謝り、空翔をきつく抱きしめていた。
謝りたいのは自分の方なのに、と思っていた空翔だったが、今はそっと抱きしめ返し「うん」と頷く他なかった。
……
大地を部屋にあげて空翔は向かい合って座ったけれど、何から話していいのかもわからなかった。
「あの…大地…」
恐る恐る名前を口にした空翔に、大地は、どうした?と空翔からの言葉は全て受け入れるつもりでいた。
空翔は枯れた喉を振り絞って言葉を紡いだ。
「さっき、大地は謝ってくれたけど、謝らないといけないのは俺の方だ…ごめん…」
空翔の言葉を聞いて、大地はしばらく黙っていたけれど、次第にゆっくりと口を開いた。
「昨日のヒートは何回目だったんだ?」
「多分、2回目…。保健室に運ばれた時以来だよ。ちゃんと薬を飲めるところに置いてなかったせいで…」
空翔はもう、大地にはなにも隠し事をしないと決めていた。
たとえ決めていなかったとしても、こうして会いに来てくれた大地とは真剣に向き合わなければいけないと思った。
「そか。でも、仕方ないだろ…俺だって自分のこと、抑えきれなかったし」
「仕方なくなんかない!」
空翔は思わず大きな声で大地の言葉を否定してしまった。
自分の不注意で大地にあんなことをしてしまったのを、仕方ない、の一言なんかで片付けたくないし、その言葉を大地に言わせたくなかった。
「俺、大地にあんなことしちゃって…それを仕方ないで終わらせたくないよ、本当にごめん」
そうやって謝り頭を下げる空翔に、大地はひとつ息を吐いて、ぽん、と手のひらを空翔の頭の上に乗せた。
「俺は、よかったと思ってる」
「えっ」
大地からの予想外の返事に、空翔は手を置かれたままの頭を上げて大地の顔をまっすぐ見つめた。
「お前がヒートになったとき、隣にいたのが俺でよかったって思ってる。もし他の誰かの手で空翔のヒートを冷まされたら思うと気が気じゃねえよ。そんくらい、お前のこと好きだからさ」
「大地…」
大地は空翔の頭に乗せた手で、優しく髪を撫でながら問いかけた。
「今日は撫でられて身体は変になる?」
「ううん…ならない」
昨夜はあんなに熱くなった身体は、今では平熱を保っている。
「けほ…けほっ」
枯れたままの喉で喋っていたせいか、空翔はむせ返ってしまった。
「かなり体に負担かけちまったよな…」
そう言って申し訳なさそうにする大地に、空翔は首を横に振った。
「俺も悪いんだし、もうそんな顔するなって」
空翔がそう答えると玄関の扉が開く音が聞こえてきた。
空翔の母親が帰って来たらしい。
「とりあえずこれ、今日配られたプリントな?明日もゆっくり休んどけよ、おばさんには俺から言っておくからさ」
「でも…」
「いいっていいって」
そう笑って大地は部屋から出て階段を下りていった。
「あら大地くん、来てくれていたの?ごめんなさいね、空翔ったら急に体調崩しちゃって」
「いえ、大丈夫っす。空翔には今日のプリント渡しておきました。熱はなさそうなんすけど、まだ喉が良くないみたいなんで明日もゆっくり休ませてやってください」
「あらあら、本当にいつもありがとうね?じゃあ明日も空翔はおやすみね…」
そうして大地は笑顔を絶やすことなく帰って行った。
「(大地…ありがとう…)」
過ちを互いに犯してしまったけれど、大地のくれた言葉のひとつひとつと笑顔で、空翔は救われた気がした。
「(大地、やっぱり俺も、お前のこと…)」
今は出ない声でいつかは直接この気持ちを大地に伝えたいと思った空翔は、胸の奥がじわじわと熱くなるのを感じた。
「そーらとっ!」
明るく軽快な声が窓の外から聞こえてきた。
「だい…ち…」
「へへ、喉治ったらまた一緒に学校行こうな?」
笑顔を見せつつも、頬を染めて告げる大地に空翔は自分の気持ちを自覚して、そっと頷くのだった。
両親はどちらも仕事に行ってしまい、家の中からは何の物音も聞こえず、ただ外から聞こえてくる鳥のさえずりに空翔はぼんやりと目を覚ました。
目を覚ました瞬間に蘇る記憶を振り払うように空翔はベッドから起き上がって、痛む身体を引きずって1階へとおりた。
キッチンの冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して一口飲めば、全身に潤いが染み渡り、空翔はホッとした。
声はまだ枯れているけれど、これは風邪じゃない。
こんなの、親になんて説明したらいいんだと、振り払った記憶に空翔は再び胸を締め付けられていた。
学校に行けるようになったら嫌でも大地と顔を合わさないといけない。
「そんなの無理だよ…」
冷蔵庫を閉めた空翔は、ふたたび自室のベッドへ戻った。
心は苦しいはずなのに、ヒートの身体的負担の大きさに襲われて空翔はもう一度眠りに落ちた…夕方にインターホンが鳴るまで。
……
ピンポン、と音が家中に響いて目を覚ました空翔だったが、起きようとはしなかった。
どうせ宅配か、何かの勧誘の類だろうと思い、今日は諦めてまた改めて来てくれと心の中で思いながら布団を被り続けていた。
けれどインターホンは止むことなく、3回…4回…5回…と何度もしつこく鳴らされるものだから、空翔は仕方なくよろよろと起き上がって、玄関の扉を開けた。
「え…」
扉を開けると、目の前には制服もネクタイもくしゃくしゃで、息を切らしながら額から頬にかけて汗を流し、息を荒くしている大地が立っていた。
空翔はすぐにでも扉を閉めてしまいたいと思った。
今、大地に向けられるような顔なんてなかったから。
けれど大地は、そんな隙を空翔に与えることなく、強く…強く抱きしめた。
「あ…だい、ち…」
まだ枯れてしまっている喉から、空翔は掠れた声で大地の名を口にした。
「ごめん…ごめんな、空翔…」
大地はひたすらに謝り、空翔をきつく抱きしめていた。
謝りたいのは自分の方なのに、と思っていた空翔だったが、今はそっと抱きしめ返し「うん」と頷く他なかった。
……
大地を部屋にあげて空翔は向かい合って座ったけれど、何から話していいのかもわからなかった。
「あの…大地…」
恐る恐る名前を口にした空翔に、大地は、どうした?と空翔からの言葉は全て受け入れるつもりでいた。
空翔は枯れた喉を振り絞って言葉を紡いだ。
「さっき、大地は謝ってくれたけど、謝らないといけないのは俺の方だ…ごめん…」
空翔の言葉を聞いて、大地はしばらく黙っていたけれど、次第にゆっくりと口を開いた。
「昨日のヒートは何回目だったんだ?」
「多分、2回目…。保健室に運ばれた時以来だよ。ちゃんと薬を飲めるところに置いてなかったせいで…」
空翔はもう、大地にはなにも隠し事をしないと決めていた。
たとえ決めていなかったとしても、こうして会いに来てくれた大地とは真剣に向き合わなければいけないと思った。
「そか。でも、仕方ないだろ…俺だって自分のこと、抑えきれなかったし」
「仕方なくなんかない!」
空翔は思わず大きな声で大地の言葉を否定してしまった。
自分の不注意で大地にあんなことをしてしまったのを、仕方ない、の一言なんかで片付けたくないし、その言葉を大地に言わせたくなかった。
「俺、大地にあんなことしちゃって…それを仕方ないで終わらせたくないよ、本当にごめん」
そうやって謝り頭を下げる空翔に、大地はひとつ息を吐いて、ぽん、と手のひらを空翔の頭の上に乗せた。
「俺は、よかったと思ってる」
「えっ」
大地からの予想外の返事に、空翔は手を置かれたままの頭を上げて大地の顔をまっすぐ見つめた。
「お前がヒートになったとき、隣にいたのが俺でよかったって思ってる。もし他の誰かの手で空翔のヒートを冷まされたら思うと気が気じゃねえよ。そんくらい、お前のこと好きだからさ」
「大地…」
大地は空翔の頭に乗せた手で、優しく髪を撫でながら問いかけた。
「今日は撫でられて身体は変になる?」
「ううん…ならない」
昨夜はあんなに熱くなった身体は、今では平熱を保っている。
「けほ…けほっ」
枯れたままの喉で喋っていたせいか、空翔はむせ返ってしまった。
「かなり体に負担かけちまったよな…」
そう言って申し訳なさそうにする大地に、空翔は首を横に振った。
「俺も悪いんだし、もうそんな顔するなって」
空翔がそう答えると玄関の扉が開く音が聞こえてきた。
空翔の母親が帰って来たらしい。
「とりあえずこれ、今日配られたプリントな?明日もゆっくり休んどけよ、おばさんには俺から言っておくからさ」
「でも…」
「いいっていいって」
そう笑って大地は部屋から出て階段を下りていった。
「あら大地くん、来てくれていたの?ごめんなさいね、空翔ったら急に体調崩しちゃって」
「いえ、大丈夫っす。空翔には今日のプリント渡しておきました。熱はなさそうなんすけど、まだ喉が良くないみたいなんで明日もゆっくり休ませてやってください」
「あらあら、本当にいつもありがとうね?じゃあ明日も空翔はおやすみね…」
そうして大地は笑顔を絶やすことなく帰って行った。
「(大地…ありがとう…)」
過ちを互いに犯してしまったけれど、大地のくれた言葉のひとつひとつと笑顔で、空翔は救われた気がした。
「(大地、やっぱり俺も、お前のこと…)」
今は出ない声でいつかは直接この気持ちを大地に伝えたいと思った空翔は、胸の奥がじわじわと熱くなるのを感じた。
「そーらとっ!」
明るく軽快な声が窓の外から聞こえてきた。
「だい…ち…」
「へへ、喉治ったらまた一緒に学校行こうな?」
笑顔を見せつつも、頬を染めて告げる大地に空翔は自分の気持ちを自覚して、そっと頷くのだった。
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