地には天を。

ゆきたな

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14の頃。

大地と空翔②

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「失礼します」

空翔を抱えて大地は保健室にやって来たが、養護の先生はいなかった。
席をはずしているようで、保健室の中は無人だった。
とりあえず大地は、空翔をベッドへとそっと横たわらせて、すぐに職員室に先生を呼びに行こうとした。

「なっ…」

その瞬間、ベッドから離れようとする大地の制服を空翔がギュッと掴んできたのだ。

「空翔、いま先生を呼んでくるから、ちょっと待ってろよ?」

正直、大地もかなり我慢をしていた。
空翔に話してはいなかったが、大地もαの抑制剤を少し前から摂り始めていたのだ。
しかし、初めて感じるΩのフェロモン、しかも抑制剤がなく留まらずに放たれているそれになにも感じないはずがない。
大地は戸惑い、興奮を覚えてしまい、前屈みになって空翔に気付かれないように必死になっていた。
今すぐこの場を離れないと、自分が空翔になにをしてしまうのかわからないことが怖かった。

「はぁ、行かないで…大地、俺…大地がほしいよ…」

「なっ、おい!空翔!」

完全に発情してしまっている空翔が、ベッドから身を起こすだけで保健室を満たしてしまうほどのフェロモンが放たれる。
一瞬立ちくらんだ大地を空翔は強く引き寄せてベッドへと座らせた。
そしてそのまま、なにも躊躇うことなく空翔は大地に深く口付けてしまう。

「んっ、ふっ、ぅ…んん」

「ん、んんっ…!」

なんだよこれ、…空翔の口の中、めちゃくちゃ熱い…。
舌を絡めてくる空翔の熱の高さを感じて、理性が崩れてしまいそうになる大地は、ぐっと空翔の肩を掴んで顔を離した。

「こんなの、ダメだっ」

「なんで、俺は本当に大地のことが…」

こんなヒートにあてられたままの状態で事に及んでしまえば、きっと互いに後悔する。
大地は理性の残滓だけでなんとか踏みとどまって、強引に空翔を引き離して、保健室から出ていこうとした。
そのタイミングで担任の先生と養護の先生が慌てて保健室へ駆けつけてきた。

「桐島、大丈夫か!?」

「桐島君、四宮君、数学の松山先生から聞いたけれど、大丈夫?」

2人の教員の前で、大地はうつむいていた。

「俺は、大丈夫です…教室、戻ります」

身体の火照りを感じたまま、大地は静かに保健室をあとにして、冷めるのを待ちながら教室へと戻って行った。

……

「それじゃあ、こっちが毎日夜に飲む薬で、こっちは緊急時の薬ね。口の中で溶けるタイプだから、ポケットの中とか、何かあった時にすぐに取り出せる場所に入れておいてね」

土曜日、母親と一緒に病院にやって来た空翔は、薬局で説明を受けて薬を受け取った。

「災難だったわね、病院に来る前の日に始まっちゃうなんて」

薬局を出て車に乗り込みながら母親が憐れむように言ったけれど、空翔はふるふると首を横に振った。

「大丈夫だよ。先生たちが応急処置をしてくれたし、なにごともなかったからさ」

教室にいたαの生徒達には、改めて担任からヒートについての説明を受け、これからこのような場面に遭遇するということや薬で抑えていくといったことの話がされた。
しかし、ヒートを昨日初めて経験した空翔は、自分が大地に保健室でしてしまったことの記憶が完全に欠落していた。

「今日は大地君は練習なのよね?」

「うん、大会が近いから朝から夕方までだって。僕は帰ったら部屋で本でも読んでるよ」

「そうね。初めてのことで体も疲れてるだろうから今日はゆっくり休みなさい」

そう言って病院から帰宅をすると、空翔はラフな服装に着替えて自室の窓際にあるベッドへと座って、脚を伸ばして、ミステリー小説を読み始めた。
新緑の季節を迎えていて、今日は窓を開けていないとすこし暑く感じるほどだった。
ふと、本から顔を上げた空翔は、目線を窓の外へと向けた。
ちょうどそこからは、隣の家にある大地の部屋が見えていた。
昔からよく窓を開けて、互いに眠くなるまで話をしたり、星空を見上げたりしていたけれど、最近は大地が練習でへとへとになって帰ってくるため、そんな機会も知らず知らずのうちに減っていると空翔は思っていた。

「今日、大地が帰ってきたら…少しは話せると嬉しいな」

風が葉を揺らす音を聞き、そう呟いた空翔は再び本に目を向けて字面の続きを目で追った。

……

「…あっ、寝ちゃってた…」

気付くと空翔の片手からは本が落ちていて、横になって眠ってしまっていた。

「ベッドで読んでたのが良くなかったかな」

陽は落ち始めていて、開け放したままの窓から入り込んでくる風は冷たくなっていた。
空翔が伸びをして窓に目を向けると、まだ大地は帰ってきていないようだった。

「練習、まだ続いているのかな」

そう呟いて、とりあえず起き上がった空翔は小銭をポケットに入れて、1階へ下りて台所で夕食を作る母親に声をかけた。

「ちょっとシティマ行ってくるよ」

「あら、空翔起きたの?窓開けたまま寝てたでしょう?風邪ひくわよ?」

「うん、ごめん」

「気をつけて行ってきなさい」

そう言って、空翔は家を出た。
実はこれはいつもの休日の空翔の光景。
夕陽の沈みかける瞬間が好きな空翔はよく小銭をポケットに入れては、近所にあるコンビニのシティーマート(シティマ)にジュースや菓子を買いに行ったりする。

「黄昏紅茶の新フレーバー出てたよな」

それを楽しみに、影の伸びる歩道を空翔は軽い足取りで歩いていく。
薬も持っているし、ヒートに怯えなくてもいいことがこんなにも気が楽なんて思いもしなかった。

「昨日みたいなことが起きるくらいなら病院行った方が100倍マシかもな」

そう苦笑しながらコンビニにやって来た空翔。
店の中をぐるっと見て回っては目当ての紅茶を見つけて、購入して店を出る。
明日は草介と図書館に行く約束をしていた。
昨日のヒートのことですごく迷惑をかけたし、遊ぶこともできなかったし、後で謝っておこう。
そう思いながら歩いている空翔の目線の先にサッカーの青いユニフォームを着て、白の大きな肩掛けカバンを下げている大地の後ろ姿が見えた。

「あ、大地!今帰ったの?おそかったね」

陽気な声をかけながら、空翔が大地の肩に手を乗せようとすると、大地は驚いてパシッと空翔の手をはねのけた。

「えっ…」

突然のことに驚きを隠せない空翔は言葉を失った。

「あ、空翔…悪い…」

「ご、ごめん、びっくりさせちゃった、かな」

「いや、別に…」

なんだかものすごく気まずいな、と空翔は思いながら一緒に歩いた。
サッカーの練習で疲れているのだろうか?
それとも自分がなにか大地の気に障るようなことを言ってしまっただろうか。
ヒートの時の記憶がない空翔は、そんなふうに考えていた。

「れ、練習は…やっぱり、大変なの?」

「まぁ、でも…大会近いしさ…」

やはり大地の受け応えにはいつもの元気がなかった。
もし自分が無意識のうちに何かしてしまっていたら…そんな不安に高鳴る鼓動を抑え、理由を聞こうと空翔は思っていたけれど、結局それ以上のことは話せずに互いの家に着いてしまった。

「それじゃあね」

「ん…」

……


大地のことが気がかりな空翔は夕食の時間になってもボーっとしていた。

「どうしたの空翔?今日のご飯、口に会わない?それともやっぱりまだ身体が…」

いつもと様子の違う空翔を案じるように母親が切り出したけれど、空翔はすぐに首を横に振った。

「ううん!なんでもない、平気だよ!あ、草介に電話しないといけないから、ごちそうさま!」

そう言って空翔は階段をバタバタと駆け上がって自分の部屋に入って行った。

「…変な子」

空翔はベッドに座って、ちらりと窓を見た。
大地の部屋は、電気はついているけれど窓もカーテンも閉め切られていて、自分が拒絶されているように空翔は感じた。

「でも、もしかしたら練習で疲れているだけかもしれないし…」

自分にそう言い聞かせた空翔は自分の部屋もカーテンを閉め、草介に電話をした。
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