地には天を。

ゆきたな

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14の頃。

大地と空翔①

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桐島空翔きりしまそらと四宮大地しのみやだいちは幼い頃からずっと一緒だった。
Ωの空翔が小学校で周りから虐められていた時も、大地が別のクラスからやって来ていつも空翔のことを助けていた。
そんな大地はαだった。
Ωが社会的に差別や偏見を受ける中でも、大地の両親は大地がそんな社会に染まってしまわないよう、相手が誰であろうと決して差別しないような教育を施してきた。
まだ大地が幼稚園に通っている時に、大地の住む団地の家の隣りに引っ越してきたのが空翔とその両親だった。
空翔の両親は、隣に住んでいるのがαだということに、ひどく負い目や引け目を感じていて、引っ越しすることに悲観的だった。
けれど大地の両親は、すぐに打ち解けられるように桐島家に接した。
そのおかげでどちらもすぐに仲良くなって、大地と空翔も同じく、打ち解けていった。

……

それから8年が過ぎ、空翔が中学2年生になったある春の日の朝ことだった。

「そろそろ病院に行った方がいいんじゃない?」

空翔が中学2年生に上がって、母親が空翔のヒートを危惧し始め通院を勧めたが空翔は嫌がっていた。

「まだいいよ、ヒート来そうな感じもしないし、病院に行くの、好きじゃないんだ…」

昔から体調を崩しやすくて、よく病院に通っていた空翔。
元気な時に病院に行くと、なんだかそれだけで体調を崩しそうな気がして行く気が起きなかった。

「そんなの、わからないじゃない。もしものことがあったらいけないから、明後日に連れて行くからね?」

明後日は土曜日だ。
午前の診療時間に薬をもらいに行くと、強く母親に言いつけられて空翔は嫌がっていたけれど渋々了承した。

「わかったよ、それじゃ学校行ってきます」

「うん。大地君と行くんでしょ?」

「本当はそのつもりだったんだけど、大地、2年に上がってから新人戦に向けて朝練も忙しくなってきてるんだって」

大地は幼い頃からサッカーをしていて、中学でもサッカー部に入部した。
入学当初から、αという理由だけでは説明のつかないほどの恵まれた高い身体能力に周りからも一目置かれていた。
2年生になって時期キャプテンにも推されていて、既に1年生を引っ張っていくレギュラーメンバーの一員として、新人戦に向けて練習を重ねている。
一方で空翔は、昔から崩しやすい体調のことも考慮し、スポーツはせずに文芸読書部に入部をしていた。
部の内容は、ほとんどが図書委員の延長のようなもので、好きな本を読んで、図書新聞を作ったり、図書室の飾りつけをしたりといった活動が多かった。
文芸読書部に所属しているのはβが3割でΩが7割ほど。
αはひとりも所属していなかった。
空翔は決して、αを敵視しているわけではなかったけれど、βとΩだけの部の雰囲気に不思議な安心感や居心地の良さを感じていた。
気が付いたころには、同じ部の友達も増えていた。
けれど、それと引き換えに大地と過ごす時間が日に日に減っていっているという自覚も空翔にはあって、仕方のないこととはいえ、寂しい気持ちを感じずにはいられなかった。
寂しさの穴は部活が違うと言うことだけではなく、αとΩの構造として開いていく身体能力や学力の差にも感じていた。
気付けば何でも出来てしまう大地に、小学校までは感じていなかった距離を空翔は感じ始めていた。

「どうして、勉強も運動もあんなに簡単にこなせちゃうんだろう」

αとΩじゃ、こんなにも頭と体の構造が違うのかと、空翔は落胆した。
同じクラスの空翔と大地だったが、前方の席で授業を受ける大地の後ろ姿を空翔はとても遠く感じた。

……

放課後、空翔は鍵の閉まっている図書室の前で首を傾げていた。
いつも自分がやってくる時間には先輩たちがいて、明るい図書室のなかでわいわいと声が聞こえてくるのだが、今日は鍵がかかっていて、中も暗い。

「あら、桐島くん、どうしたの?」

図書室前で立ち尽くしている空翔のところに司書教諭の中本先生がやって来た。
どうやら、図書室に忘れものを取りに来たそうだ。

「あ、中本先生。今日って部活はないんですか?」

「あらあら、桐島君は聞いていなかったのね。読書部は3年生の子たちの修学旅行期間はお休みなのよ」

3年生が実際に修学旅行に行くのは来週の話だったが、今日から準備も含めた修学旅行期間に入ると言うことを空翔はすっかり忘れてしまっていた。
他の部なら、そんなことに関係なくやっているのに、ずいぶんと緩い部だなぁ、と空翔は改めて思った。
仕方ないかと思って、空翔は中本先生に頭を下げて図書室をあとにした。
校舎の中では、吹奏楽部の演奏の練習の音が聞こえ、美術室の前を通ると、集中してデッサンに取り組む美術部の部員の姿が空翔の視界に入ってくる。
そんな中を通って、1階までおりて昇降口へとやって来た。
外からは、色々な部の掛け声や野球部のボールがグローブでパンッと受け止められたり、カキンとバッドに当たる心地いい音が響いていた。
体育館からは、ボンボンとバスケットボールをドリブルする音や、キュッとシューズが床に留まる音が聞こえる。
あちこちから部活に励む生徒たちの熱意が伝わってくる。
そんな中をひとりで帰ることに、空翔は寂しく思っていた。

下駄箱で靴を履き替え、とんとんと爪先を突いていると、玄関に見慣れた後ろ姿が立っていた。
大地だった。

「大地?」

「お?空翔じゃん。なんか久しぶりだな~」

「同じクラスに居るのになに言ってんだよ。今からサッカー部?」

「いんや、今日は休養日なんだよ。大会近いから練習してえのに、こんな時だからこそ休めって監督に言われてさあ」

空翔は長い距離があるのを感じていたのに、大地の様子は以前となにひとつとして変わらなかった。
前までは、空翔にとって嬉しく感じていたことなのに今は、少し寂しい…。

「で、空翔の方は?部活ねえの?」

「あ、うん。3年生が修学旅行期間だから休みなんだって」

「っしゃ、なら一緒に帰ろうぜ?ひとりじゃつまんねえもん」

嬉しそうに拳を握る大地の様子に、空翔はきょとんとしてしまった。
自分ばかりが距離を感じていたけれど、大地は本当になにも変わっていない。
…だったら、こんなに寂しがる必要もないのかな、と自分に言い聞かせた。

……

「ああ、お前、そりゃおばさんの気持ちよくわかるぜ?ちゃんと行った方がいいだろ」

「でも、病院って好きじゃないし…」

帰り道、空翔は次の休みに抑制剤を病院でもらう話を大地に打ち明けた。
行き渋りを口にして、嫌そうな表情を見せる空翔に大地はデコピンを一度ぶつけた。

「いでっ!」

「もっと自分のことを大事にしろよ。親御さん心配になるだろ?俺だって、お前になにかあったら心配になるしさ」

そう言ってじーっと顔を覗きこんでくる大地のことが、空翔は苦手だった。

「(全部見抜いているような顔してくるんだもん)」

そう思いつつも、わかったよ、と告げた空翔に大地は満足そうにしてわしゃわしゃと空翔の黒髪を撫でた。


金曜日。


どうせ部活も無いのだから、病院には今日行けばいいと空翔は思っていたけれど、初めての抑制剤の処方は親も付き添った方がいいと言われていた。
残念なことに、今日は両親ともに仕事がある日だったので、空翔は帰宅したら本でも読もうと決めて登校した。

「そーらとっ!はよっ、部活が無いと放課後暇だよな~」

朝、教室に来た空翔に最初に話しかけたのは、同じ読書部でβの水田草介だった。

「おはよう草介。それは仕方ないよ、家に帰ってから本読もう?」

「はぁ!?そんなんもったいねえじゃん。せっかくの空き時間なんだし遊びに行こうぜ?」

「ごめん。今日親がどっちも仕事だから留守番してないといけなくてさ」

「じゃあお前んち遊びに行ってもいい?」

「それなら大丈夫だと思うけど、たいしたもてなしはできないかも」

「ぶはっ、相変わらずマジメ!そんなこときにしなくていいって」

そう約束を交わした二人だけど、それが果たされることは無かった。


……


空翔にとって、人生の大きな転機が訪れたのは、その日の3限目の授業でのことだった。

「え~、であるからして、このXに6を代入することによって導かれるのは…」

数学の授業を受けている時に、急に空翔に襲い掛かってきた寒気。

「(風邪でも引いたのかな)」

そう思いながら、シャツの上から腕をさすった。
こんなことなら、上着着ておけばよかった。
最近暖かい日が続いていたから、油断した。
そんなことを思いながら、どうにか授業の内容を頭に入れようと必死に集中した。

「それではこの計算問題を今から解くように」

そう言って数学の先生からはプリントが配られ、順番に後ろへと回ってきた。
草介の後ろの席に座っていた空翔が、そのプリントを受け取ろうとした。

「ほらよ~、空翔」

「うん…ありが…っ、うっ…」

プリントが渡された瞬間に、空翔の指と草介の指が触れあった。
たったそれだけのことなのに、空翔の寒気は一気に熱となって体に襲い掛かってきた。

「な、…おい、大丈夫かよ、空翔」

βの草介は、空翔のヒートが始まっているということに気付かず、ただ体調の不良を心配していた。

「う~、くっせえ、なんだよこれ…」

「やばい、頭クラクラするんだけど」

教室にいるαの生徒たちは次々と異変を口にし始めた。
αとはいえ、年齢的にまだΩのヒートに遭遇したことなどなかったために、今起きている異変の原因が分からなかった。
空翔はとどまることなく上がり続ける熱を抑えることができずに、自分の身体を強く抱きしめて荒く呼吸していた。

「はぁ…はぁ…うっ、うう…」

やがて大きな音を立てて、空翔は椅子から倒れて身体を丸めてしまった。

「桐島君、だいじょうぶかね?」

βの数学の先生は高齢の人で、どうにかしようとするもあたふたして事態の収拾にあたることができなかった。
その間にもαの生徒たちは無意識に空翔から放たれるフェロモンにあてられ始めていた。

「なんだよこれぇ…」

「変な感じがしてきた…」

混乱してしまっている状況の中で、ガタッと大地が席を立ちあがった。

「先生、俺が空翔を保健室に連れて行きます」

先生からの返事を待つことなく、大地は空翔を抱きかかえた。

「うぁっ…だいちっ、…っ!」

大地に触れられてしまうだけでも、空翔の身体は敏感に反応して震えていた。

「つらいよな空翔。でも、少しだけ待ってろよ」

そう言い聞かせ、大地は眉を下げながら、苦しむ空翔を抱きかかえ保健室へと連れて行った。
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