風に吹かれて異世界へ

咲輝

文字の大きさ
上 下
2 / 5

◇002◇目覚めた場所は森の中。

しおりを挟む
《………を…………した》

頭の中に、機械音声のようなものが流れている。
聞こえてはいるのだが、頭がボーッとして、何を言っているのかがうまく聞き取れない。

《……ルを………ました》

感覚からして、地面に横になっているのは分かるが、身体が動かせない。
小石だろうか。
頬に刺さって少し痛い。

《……ルを獲得しました》

……ん……地面?
俺は……道を歩いていたはず。
近道をしようとして路地に入った。
その後、強い風が吹いてきて、ユキと一緒に……。

《スキルを獲得しました》

「……ユキ!!」

俺は勢いよく起き上がった。
意識を失っていたのか、貧血のように頭がクラクラする。

しかしその症状も、すぐに吹き飛ぶように消えることになる。

「……ここ、どこだ?」

見渡す限り、木。
木の奥にも、木。
その木の奥にも、何本もの木が生えている。
つまり、森だ。

路地裏を歩いていたはずなのに、いつの間にか森の中に横たわっていた。
東京には、こんな場所はないはずだ。
少なくとも、俺は知らない。

(何が起きている?)

少しでも情報を得ようと、俺は周囲をよく観察する。
突然の出来事に困惑しながらも、頭は少しずつ平静さを取り戻していった。
そして、目についたものが一つあった。

俺の腰に下がっている、剣だ。
いや、剣だけではない。
着ている服も、俺のものではなく、不思議な形のものに変わっている。
例えるなら、RPGの世界に出てくる勇者と言ったところだろうか。

そして、平静さを取り戻していくうちに、もう一つ気になることを思い出した。
あの機械音声のようなものだ。

(《スキルを獲得しました》か……)

ユキによる、大掛かりなドッキリの可能性も考えた。
が、もしそうではないのなら……
もしかしたら、今流行りの異世界転生、いや、異世界転移なのではないだろうか。
だとしたら、ユキはどこにーー

「おい。そこのお前、何者だ!」

俺の考察は、突然現れた男の声に遮られることになった。
振り返ると、少し離れたところに若い男が立っていた。
20代くらいだろうか。整った装備に、ローブのようなものを羽織っている。

「お前、冒険者か?ここは禁断の森だ。身分証を見せてもらおうか」

男は腰の剣に手を掛け、こちらに近づいてくる。

「身分証……」

もちろん持っていない。
元の世界では生徒手帳は持っていたが、今この場にあったとしても、それはこの世界では意味がないだろう。

(逃げた方がいいか、正直に話すか)

剣を手に近づいてくる男を前に、命の危険を感じるが、男からの威圧なのか、身体が動かない。
しかし男の問いに答えることもできず、俺はただ、男が目の前に来るのを見ているしかなかった。

「もう一度言う。身分証を出せ」

「……持ってません」

ようやく絞り出した声に、男は怪訝そうな顔をする。

「持っていない?」

「はい、持ってません。……信じてもらえるかはわかりませんが、気がついたらここにいたんです」

「……そうか」

すると男は、意外にも剣から手を離す。
同時に、男が発していたであろう威圧感も消え、身体の力が抜けた俺は深く息を吐いた。

「まさかお前、迷い人か?」

「迷い人?」

聞きなれない単語に、俺は首をかしげる。

「そうだ。まあ、まずは身元確認をさせてもらう。手を出せ」

男はローブの中を探りながら、そう言った。
言われるがままに俺が右手を出すと、男は、少し痛いぞと言いながら小さなナイフで俺の指先を切った。

「いてっ……!何するんだよ!」

「落ち着け。その指で、このカードに触れてもらえるか」

男が次に取り出したのは、手のひらに収まるほどの小さなカードだ。
カード自体は黒いが、金属製なのか、ほんのり光っているようにも見える。
よく分からないが、ここでこの男に逆らうのはやめておいた方が賢明だろう。

「……わかりました」

言われた通り、血が滴る指でカードに触れてみる。
その瞬間、黒かったカードが青く光り、白へと変わった。
そして、何も書かれていなかった表面に、文字が浮かび上がる。

   ▽   ▽   ▽

名前:トオル=シロサキ  性別:男  
出身地:error
称号:なし  冒険者ランク:なし
所属ギルド:なし
所持スキル:
  超成長(固有スキル)
  魔獣契約(上級)
  合成術(初級)
  解析術(初級)

   △   △   △

「出身地エラー……やっぱりな」

俺の指を手当てしながらカードを見ると、男は納得したかのように頷いた。

「お前、異世界から来たな?」

“異世界から来た”

なんとなく予感していたことだが、改めて言葉で聞くと、何とも言えない気持ちになる。

「……やっぱり、そうなんですね」

「気づいてたのか?」

「はい。なんとなくですが」

意外にも頭は冷静だった。
異世界転移をしたのかもと思ったときもそうだったが、自分でも驚くほど現実を受け入れていた。
或いは、現実離れしすぎていて、理解が追い付いていないのかもしれないが。

「だったら話は早い。こっちの世界では度々、異世界から迷い込む人間がいるんだが、その者たちを“迷い人”と呼んでいる。その迷い人を保護する役割を担っているのが、我々ギルドだ」

ギルド……RPGではよく耳にする名称だ。
やっぱりこの世界にもあるのか。

「本来ならこのまま、最寄りのギルドに連れていって保護するんだが、今ちょっと任務中なんだ。どうしたものか……」

そう言って男は、考え込むように頭を抱えた。
そして、ローブから白いカード(おそらく男自身のものだろう)を取り出し、後ろを向いて何かをブツブツと呟いている。
通話機能でもあるのだろうか。
だとしたら、俺をギルドに連れて行くために任務が遅れることを報告しているのだろうか。
どんな任務かは知らないが、何も分からない、何も出来ない俺と一緒に行くのは無理だろう。

通話が終わったのか、男は俺の方に向き直し言った。

「よし、一緒に行くか。行こう、任務に」

待て、そっちか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

団長サマの幼馴染が聖女の座をよこせというので譲ってあげました

毒島醜女
ファンタジー
※某ちゃんねる風創作 『魔力掲示板』 特定の魔法陣を描けば老若男女、貧富の差関係なくアクセスできる掲示板。ビジネスの情報交換、政治の議論、それだけでなく世間話のようなフランクなものまで存在する。 平民レベルの微力な魔力でも打ち込めるものから、貴族クラスの魔力を有するものしか開けないものから多種多様である。勿論そういった身分に関わらずに交流できる掲示板もある。 今日もまた、掲示板は悲喜こもごもに賑わっていた――

処理中です...