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あなたの落とした指輪はどっち?
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え?これどういうこと?
私は目の前の光景が信じられず、持っていた買い物袋を床に落としてボーゼンとした。
私の名前は香月樹里。
秘書課に在籍し社会人3年目の25歳。
童顔のせいか歳よりも若く見られるので初対面で25歳というと一様に驚かれる。
高校生に間違われることもあるくらいだ。
そんな私にも合い鍵を渡し合う彼氏がいる。付き合って2年になる元木遥人だ。
彼とは頼み込まれて行った同じ会社の他部署との合コンで知り合い、なんとお互いに一目惚れ。
180を超える長身に涼しげな切れ長の目、少し癖のある栗色の髪の毛はやや長め、性格も面倒見が良く結構モテるという噂を聞いたことがある。
そんな彼と目があったときにビビっときたのだった。
一目惚れなんて信じていなかったがこれには自分でもびっくりだ。
そんな運命の相手とも思っていた彼が今、目の前で他の女性の肩を抱いている。
今日はお互いに早く帰れると言うことで夕飯を作りに行く約束をしていた。
つまり私がこの時間にこの部屋に来ることは百も承知。
結果、この光景とは私に見せつけるためなのか?
裏切られた悔しさと悲しさで合い鍵を遥人に投げつけ、私は脱兎のごとくその場から逃げ出した。
背後から私の名前を呼ぶ遥人の声が聞こえたが知ったこっちゃない。
とにかく涙と鼻水で顔をグチャグチャにしながら走って走ってようやく疲れて足を止めた。
あれ?ここどこ?
先程まで夕暮れの住宅街を走っていたと思ってたのに今私がいるのは木漏れ日が心地良い森の中。
こんなとこ近所にあったっけ?
ーーーーーーーーーー
今日は彼女が夕飯を作りに来てくれる。
営業先から直帰で良いと上司から言われたのでいつもよりも早く帰れる。
俺は元木遥人、27歳。2つ下の彼女、樹里とはもう2年の付き合いになる。
彼女が入社して来た時のことは今でも鮮明に覚えている。
俺の好みドンピシャ!
155センチという小ささにくりっとした可愛い瞳、肩までの黒髪はサラサラで小動物のような愛らしさだった。
性格は庇護欲をそそられる外見に反し、意外と世話好きで料理上手、でも抜けている所もあるので目が離せない。
絶対に彼女を嫁にする。
これは決定事項だ。誰にも邪魔はさせない。
入社当時から彼女はダントツ人気で俺は気が気でなかった。同期の秘書課に伝手のある太田に頼み込み合コンをセッティングしてもらって彼女を落としたのだ。
太田には感謝している。が、今その太田が原因で彼女に大変な誤解を受けているようだ。
ことの発端は俺のマンションの呼び鈴が鳴った所から始まる。
樹里が来たのかと思い確認もせずに開けてしまった。
よく考えれば、樹里は合い鍵を持っているんだよな。
この時は一刻も早く彼女の顔を見たいが為に早まった。
そこに立っていたのはなんと、女装をした太田だった。
もともと体の線が細い上、整った容姿をしている太田はそこら辺の女より女らしかった。
「悪い、あがるぞ」
と言って俺の了解も得ずにずかずかと部屋に上がり込んできた。
「太田、その格好はなんだ?」
「元木、どうしよう彼女にバレた!」
「お前、女だったのか!?」
「そんなわけないだろう!バレたのは俺の女装癖だ!」
女装癖?
何でも太田は姉が3人いて小さい頃から女の子の格好をさせられていたらいしい。
その癖が未だに抜けずこうして暇な時に女装をして街を徘徊していると。
そこに偶然、太田のマンションの前で今日は用事があると言っていた彼女と鉢合わせをし、追いかけられて俺のマンションまで逃げてきたという。
何とも迷惑な話だ。
もうすぐ樹里が来る時間だ。
太田には早々にお引き取り願おう。
俺は太田の肩に手を置き言い聞かせるように話し掛けた。
「いいか、太田、お前は仕事も出来る、容姿も良い、性格も良い、そんなお前をたかが女装癖があるというだけで捨てる女はいないと思うぞ。彼女と正直に話をする事をおすすめする。」
そこまで言った時、ドサリと何かが床に落ちる音がした。
顔を上げると太田の肩越しに樹里が立っているのが見えた。
待ちわびていた樹里の顔にホッとして声をかけようとしたとたん、樹里が泣きそうな顔で俺の部屋の合い鍵を投げつけ、きびすを返して部屋から出て行ってしまった。
「樹里!?」
え?なぜ?
あまりのことに頭がうまく働かない。いったいなにが起こっているんだ?
「お、おい!まずいぞ、早く追いかけろ!樹里ちゃん、お前が浮気してると勘違いしてると思うぞ。」
俺が浮気?
ハッとして太田を見る。
太田!なんで女装なんかしてるんだよ!
「お前、俺達が戻るまでどこにも行くなよ。ちゃんと樹里の前で俺の無実を証明しろよ!」と言って駆け出した。
樹里!待ってくれ!
ーーーーーーーーーー
木漏れ日の中私は途方もなく歩いた。
本当にここどこだろう?
あれから30分はたっただろうか?
あたりは暗くなるどころか木々の間から差す日の光が暖かい。今は11月だよね?
なんか初夏の陽気みたいだ。
これ、真っ暗だったらものすごく怖いよね?
すると、一定の間隔で並んでいた木々がなくなり突然池が現れた。
直径5メートルほどの円形の池だった。
「わあ~きれい!」
日の光がキラキラと水面に反射して青い睡蓮の花が咲き誇っている。
しばしその光景に魅入った。
もうこの際、ここがどこかなんか些細なことだ。
少し落ち着くと先程見た遥人と女性の姿を思い出してしまい胸が痛くなった。
もう涙も出ないくらいだ。
結婚を考えるほど好きだったのに・・・
「遥人のバカ。」
遥人はその容姿や、優しい性格からとてもモテるのは知っている。
でもそんな心配をしなくても私だけを見ていてくれるのが態度や言葉の端々から感じられていたので安心してた。
私が悪かったのだろうか?遥人からの信号を見逃したのだろうか?
考えても考えてもわからない。
ふと、左手を見ると薬指にしている指輪が目に入った。これは付き合って一年たった記念日に遥人から贈られたものだ。
ハートの形のプラチナリング。
その時の嬉しい気持ちを思い出してまたまた落ち込んだ。
衝動的に私は指輪を抜き取ると思いっきり池に向かって指輪を投げ捨てた。
今は指輪を見るのがつらい。
指輪はきれいな放物線を描いてちょうど池の真ん中あたりにチャポンと落下した。
すると、突然池が光り出した。
あまりの眩しさに私は目を閉じた。
光が収まったのを感じ恐る恐る目を開けると、なんとそこには金髪、碧眼の絶世の美女が立っていた。
え?誰?って言うか水面から浮いてる?
あきらかに人外と思われる美女を目の前に私は思った。
見なかった事にしよう。
そっと後ずさりして来た道を戻ろうとしたところで美女から声をかけられた。
「あ、ちょっと、お待ちなさい。まだ私の決めセリフを聞いてないでしょ。」
あら、日本語がお上手。
「知らない人とは口を聞いてはいけないと母から言われているのでこれで失礼します。」と行こうとしたらまた声をかけられた。
「ちょっと、知らない人って、私は湖の精霊よ。」
「湖?いやいや、この規模はどう見ても池でしょう。」
「み、湖よ!それに突っ込むとこそこじゃないでしょ!」
はいはい、今の私にはどっちでも良いの。
だって遥人の浮気発覚の方が衝撃的だもの。
きっとあまりのショックに幻覚を見ているに違いない。
「じゃあ、決めセリフをどうぞ。」
「な、なんかやりずらいわね。まあ、良いわ。では、気を取り直して。あなたが落としたのはこのプラチナリングですか?それとも3カラットのダイヤのリングですか?」
ん?なんかこんなの童話であったよね?金のオノと銀のオノだっけ?
でもね、私は落とした訳じゃなくて捨てたのよ。
「いえ、どちらも落としてません。ではこれで失礼します。」
「ちょ!まっ、待って!こっちでしょ。あなたが落としたのはこっちのプラチナリングでしょ。」
知ってるんじゃん。
一向に頷かない私に痺れを切らしたように美女が水面を滑るように移動して私の目の前に降り立った。
おーすごい!ちゃんと足があるんだね。幽霊じゃなくてホッとしたよ。
私は自称、湖の精霊をマジマジと見た。確かに精霊と言うだけあって神々しいオーラに包まれているように見える。
そんな私の様子を物ともせず美女は話し出す。
「このプラチナリングが今の彼のでこっちの3カラットのダイヤリングがまだ出会っていない彼のよ。今の彼氏と別れたら次はダイヤリングを買ってくれるお金持ちと出会えるってことね。さあ、あなたはどちらを選びますか?」
右手にプラチナリング、左手にダイヤリングを持ち私に迫る美女。
え?何それ?遥人と別れた後にお金持ちの彼氏が現れるってこと?
それはないわ。
だって遥人と別れたらもう誰の事も好きならないし、誰ともお付き合いなんてしないもの。
そう思ったら、このプラチナリングを貰った時に感じた胸を締め付けるような感情が身体中に広がった。
この溢れんばかりの愛おしさをまだ見ぬダイヤリングの彼氏に感じるとは思えない。
会いたい。遥人に会いたい。あの優しい笑顔をまた見たい。
自分の好きな野球チームの事を熱く語る眼差しが好き、私が仕事のミスで落ち込んでいるときにおどけてみせる変顔も好き、私のお料理を美味しそうに食べる姿も好き、全部、ぜーんぶ好き。好きすぎて苦しいくらい。
遥人の事を想いながらプラチナリングをじっと凝視しているとリングがふわっと淡い光を放し、次の瞬間私の左手の薬指に収まっていた。
「あら、リングの方があなたを選んだわ。このリングに込められたあなたへの想いも相当なものね。」
「え?リングに込められた私への想い?」
「そうよ。そのリングからあなたへの愛情があふれているわよ。」
そうなんだ。
じゃあ、まだ希望はある?
苦しいくらいの遥人への想いを自覚したからにはこうしてはいられない。
とにかく遥人に会って話をしてみよう。
「精霊さん、私はこのプラチナリングを選びます。そして今の遥人の気持ちを確かめに行って来ます。いろいろとありがとうございます。」と言って私は頭を下げた。
「良いのよ。あなたのおかげで湖も少し大きくなったし、じゃあ私は湖に帰るわね。」と言って湖の中へ消えていった。
そう言われてみれば池の大きさが一回り大きくなったような。私のおかげなのか?
精霊さんを見送ってふと顔を上げると見覚えのある公園にいるのに気が付いた。
辺りは夕暮れ時で、街灯がついていた。
あれ?ここ、遥人のマンションの近くにある公園だ。
さっきまで森にいたのに。不思議・・・深く考えてはいけないと自分に言い聞かせた。
すると公園の入り口からすごい勢いで走ってくる人影を発見。
遥人だ!
「樹里!!」私の名前を叫びながらこちらに走ってくる。
今まであちこち探し回ってくれたのだろう、汗だくの上に涙目だ。
遥人への愛おしさがこみ上げてくる。
「遥人!」
私達はひしっと抱きしめ合った。
子供達のいない時間で良かった。
「樹里、聞いてくれあれは太田なんだ。」
え?あれってどれ?
「だから、俺の部屋にいたのは女装した太田なんだよ。」
「えー!太田さん?!」
なぜ女装?
その後、部屋に戻った私達は女装した太田さんに誤られた。
勘違いをした私も悪いけど、そこいらの女性より綺麗な太田さんも有罪です。
自分より綺麗な太田さんにがっくりと落ち込んでいると遥人が私の頬を両手で包み言った。
「樹里が世界で一番可愛いよ。俺は樹里しか目に入らない。樹里だけいれば良い。お互いにお爺ちゃんとお婆ちゃんになっても一緒にいたい。」
遥人の言葉が私の心を鷲掴みにする。
「遥人、ありがとう。私も遥人しか見えないよ。遥人の全部が好き。3カラットのダイヤリングよりも遥人が愛おしい。」
と、私が言うと、どこからともなく太田さんの咳払いがした。
「あーお互いに相手しか見えないから俺のことも見えないって事かな?そう言うのはさあ、2人っきりの時にやるもんでしょ。俺、帰るよ。お邪魔しました。」
あ、太田さん、まだいたんだ。
私達はお互いに目を合わせてクスッと笑いあった。
そして玄関のドアが閉まったと同時にキスをしたのだった。
End
私は目の前の光景が信じられず、持っていた買い物袋を床に落としてボーゼンとした。
私の名前は香月樹里。
秘書課に在籍し社会人3年目の25歳。
童顔のせいか歳よりも若く見られるので初対面で25歳というと一様に驚かれる。
高校生に間違われることもあるくらいだ。
そんな私にも合い鍵を渡し合う彼氏がいる。付き合って2年になる元木遥人だ。
彼とは頼み込まれて行った同じ会社の他部署との合コンで知り合い、なんとお互いに一目惚れ。
180を超える長身に涼しげな切れ長の目、少し癖のある栗色の髪の毛はやや長め、性格も面倒見が良く結構モテるという噂を聞いたことがある。
そんな彼と目があったときにビビっときたのだった。
一目惚れなんて信じていなかったがこれには自分でもびっくりだ。
そんな運命の相手とも思っていた彼が今、目の前で他の女性の肩を抱いている。
今日はお互いに早く帰れると言うことで夕飯を作りに行く約束をしていた。
つまり私がこの時間にこの部屋に来ることは百も承知。
結果、この光景とは私に見せつけるためなのか?
裏切られた悔しさと悲しさで合い鍵を遥人に投げつけ、私は脱兎のごとくその場から逃げ出した。
背後から私の名前を呼ぶ遥人の声が聞こえたが知ったこっちゃない。
とにかく涙と鼻水で顔をグチャグチャにしながら走って走ってようやく疲れて足を止めた。
あれ?ここどこ?
先程まで夕暮れの住宅街を走っていたと思ってたのに今私がいるのは木漏れ日が心地良い森の中。
こんなとこ近所にあったっけ?
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今日は彼女が夕飯を作りに来てくれる。
営業先から直帰で良いと上司から言われたのでいつもよりも早く帰れる。
俺は元木遥人、27歳。2つ下の彼女、樹里とはもう2年の付き合いになる。
彼女が入社して来た時のことは今でも鮮明に覚えている。
俺の好みドンピシャ!
155センチという小ささにくりっとした可愛い瞳、肩までの黒髪はサラサラで小動物のような愛らしさだった。
性格は庇護欲をそそられる外見に反し、意外と世話好きで料理上手、でも抜けている所もあるので目が離せない。
絶対に彼女を嫁にする。
これは決定事項だ。誰にも邪魔はさせない。
入社当時から彼女はダントツ人気で俺は気が気でなかった。同期の秘書課に伝手のある太田に頼み込み合コンをセッティングしてもらって彼女を落としたのだ。
太田には感謝している。が、今その太田が原因で彼女に大変な誤解を受けているようだ。
ことの発端は俺のマンションの呼び鈴が鳴った所から始まる。
樹里が来たのかと思い確認もせずに開けてしまった。
よく考えれば、樹里は合い鍵を持っているんだよな。
この時は一刻も早く彼女の顔を見たいが為に早まった。
そこに立っていたのはなんと、女装をした太田だった。
もともと体の線が細い上、整った容姿をしている太田はそこら辺の女より女らしかった。
「悪い、あがるぞ」
と言って俺の了解も得ずにずかずかと部屋に上がり込んできた。
「太田、その格好はなんだ?」
「元木、どうしよう彼女にバレた!」
「お前、女だったのか!?」
「そんなわけないだろう!バレたのは俺の女装癖だ!」
女装癖?
何でも太田は姉が3人いて小さい頃から女の子の格好をさせられていたらいしい。
その癖が未だに抜けずこうして暇な時に女装をして街を徘徊していると。
そこに偶然、太田のマンションの前で今日は用事があると言っていた彼女と鉢合わせをし、追いかけられて俺のマンションまで逃げてきたという。
何とも迷惑な話だ。
もうすぐ樹里が来る時間だ。
太田には早々にお引き取り願おう。
俺は太田の肩に手を置き言い聞かせるように話し掛けた。
「いいか、太田、お前は仕事も出来る、容姿も良い、性格も良い、そんなお前をたかが女装癖があるというだけで捨てる女はいないと思うぞ。彼女と正直に話をする事をおすすめする。」
そこまで言った時、ドサリと何かが床に落ちる音がした。
顔を上げると太田の肩越しに樹里が立っているのが見えた。
待ちわびていた樹里の顔にホッとして声をかけようとしたとたん、樹里が泣きそうな顔で俺の部屋の合い鍵を投げつけ、きびすを返して部屋から出て行ってしまった。
「樹里!?」
え?なぜ?
あまりのことに頭がうまく働かない。いったいなにが起こっているんだ?
「お、おい!まずいぞ、早く追いかけろ!樹里ちゃん、お前が浮気してると勘違いしてると思うぞ。」
俺が浮気?
ハッとして太田を見る。
太田!なんで女装なんかしてるんだよ!
「お前、俺達が戻るまでどこにも行くなよ。ちゃんと樹里の前で俺の無実を証明しろよ!」と言って駆け出した。
樹里!待ってくれ!
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木漏れ日の中私は途方もなく歩いた。
本当にここどこだろう?
あれから30分はたっただろうか?
あたりは暗くなるどころか木々の間から差す日の光が暖かい。今は11月だよね?
なんか初夏の陽気みたいだ。
これ、真っ暗だったらものすごく怖いよね?
すると、一定の間隔で並んでいた木々がなくなり突然池が現れた。
直径5メートルほどの円形の池だった。
「わあ~きれい!」
日の光がキラキラと水面に反射して青い睡蓮の花が咲き誇っている。
しばしその光景に魅入った。
もうこの際、ここがどこかなんか些細なことだ。
少し落ち着くと先程見た遥人と女性の姿を思い出してしまい胸が痛くなった。
もう涙も出ないくらいだ。
結婚を考えるほど好きだったのに・・・
「遥人のバカ。」
遥人はその容姿や、優しい性格からとてもモテるのは知っている。
でもそんな心配をしなくても私だけを見ていてくれるのが態度や言葉の端々から感じられていたので安心してた。
私が悪かったのだろうか?遥人からの信号を見逃したのだろうか?
考えても考えてもわからない。
ふと、左手を見ると薬指にしている指輪が目に入った。これは付き合って一年たった記念日に遥人から贈られたものだ。
ハートの形のプラチナリング。
その時の嬉しい気持ちを思い出してまたまた落ち込んだ。
衝動的に私は指輪を抜き取ると思いっきり池に向かって指輪を投げ捨てた。
今は指輪を見るのがつらい。
指輪はきれいな放物線を描いてちょうど池の真ん中あたりにチャポンと落下した。
すると、突然池が光り出した。
あまりの眩しさに私は目を閉じた。
光が収まったのを感じ恐る恐る目を開けると、なんとそこには金髪、碧眼の絶世の美女が立っていた。
え?誰?って言うか水面から浮いてる?
あきらかに人外と思われる美女を目の前に私は思った。
見なかった事にしよう。
そっと後ずさりして来た道を戻ろうとしたところで美女から声をかけられた。
「あ、ちょっと、お待ちなさい。まだ私の決めセリフを聞いてないでしょ。」
あら、日本語がお上手。
「知らない人とは口を聞いてはいけないと母から言われているのでこれで失礼します。」と行こうとしたらまた声をかけられた。
「ちょっと、知らない人って、私は湖の精霊よ。」
「湖?いやいや、この規模はどう見ても池でしょう。」
「み、湖よ!それに突っ込むとこそこじゃないでしょ!」
はいはい、今の私にはどっちでも良いの。
だって遥人の浮気発覚の方が衝撃的だもの。
きっとあまりのショックに幻覚を見ているに違いない。
「じゃあ、決めセリフをどうぞ。」
「な、なんかやりずらいわね。まあ、良いわ。では、気を取り直して。あなたが落としたのはこのプラチナリングですか?それとも3カラットのダイヤのリングですか?」
ん?なんかこんなの童話であったよね?金のオノと銀のオノだっけ?
でもね、私は落とした訳じゃなくて捨てたのよ。
「いえ、どちらも落としてません。ではこれで失礼します。」
「ちょ!まっ、待って!こっちでしょ。あなたが落としたのはこっちのプラチナリングでしょ。」
知ってるんじゃん。
一向に頷かない私に痺れを切らしたように美女が水面を滑るように移動して私の目の前に降り立った。
おーすごい!ちゃんと足があるんだね。幽霊じゃなくてホッとしたよ。
私は自称、湖の精霊をマジマジと見た。確かに精霊と言うだけあって神々しいオーラに包まれているように見える。
そんな私の様子を物ともせず美女は話し出す。
「このプラチナリングが今の彼のでこっちの3カラットのダイヤリングがまだ出会っていない彼のよ。今の彼氏と別れたら次はダイヤリングを買ってくれるお金持ちと出会えるってことね。さあ、あなたはどちらを選びますか?」
右手にプラチナリング、左手にダイヤリングを持ち私に迫る美女。
え?何それ?遥人と別れた後にお金持ちの彼氏が現れるってこと?
それはないわ。
だって遥人と別れたらもう誰の事も好きならないし、誰ともお付き合いなんてしないもの。
そう思ったら、このプラチナリングを貰った時に感じた胸を締め付けるような感情が身体中に広がった。
この溢れんばかりの愛おしさをまだ見ぬダイヤリングの彼氏に感じるとは思えない。
会いたい。遥人に会いたい。あの優しい笑顔をまた見たい。
自分の好きな野球チームの事を熱く語る眼差しが好き、私が仕事のミスで落ち込んでいるときにおどけてみせる変顔も好き、私のお料理を美味しそうに食べる姿も好き、全部、ぜーんぶ好き。好きすぎて苦しいくらい。
遥人の事を想いながらプラチナリングをじっと凝視しているとリングがふわっと淡い光を放し、次の瞬間私の左手の薬指に収まっていた。
「あら、リングの方があなたを選んだわ。このリングに込められたあなたへの想いも相当なものね。」
「え?リングに込められた私への想い?」
「そうよ。そのリングからあなたへの愛情があふれているわよ。」
そうなんだ。
じゃあ、まだ希望はある?
苦しいくらいの遥人への想いを自覚したからにはこうしてはいられない。
とにかく遥人に会って話をしてみよう。
「精霊さん、私はこのプラチナリングを選びます。そして今の遥人の気持ちを確かめに行って来ます。いろいろとありがとうございます。」と言って私は頭を下げた。
「良いのよ。あなたのおかげで湖も少し大きくなったし、じゃあ私は湖に帰るわね。」と言って湖の中へ消えていった。
そう言われてみれば池の大きさが一回り大きくなったような。私のおかげなのか?
精霊さんを見送ってふと顔を上げると見覚えのある公園にいるのに気が付いた。
辺りは夕暮れ時で、街灯がついていた。
あれ?ここ、遥人のマンションの近くにある公園だ。
さっきまで森にいたのに。不思議・・・深く考えてはいけないと自分に言い聞かせた。
すると公園の入り口からすごい勢いで走ってくる人影を発見。
遥人だ!
「樹里!!」私の名前を叫びながらこちらに走ってくる。
今まであちこち探し回ってくれたのだろう、汗だくの上に涙目だ。
遥人への愛おしさがこみ上げてくる。
「遥人!」
私達はひしっと抱きしめ合った。
子供達のいない時間で良かった。
「樹里、聞いてくれあれは太田なんだ。」
え?あれってどれ?
「だから、俺の部屋にいたのは女装した太田なんだよ。」
「えー!太田さん?!」
なぜ女装?
その後、部屋に戻った私達は女装した太田さんに誤られた。
勘違いをした私も悪いけど、そこいらの女性より綺麗な太田さんも有罪です。
自分より綺麗な太田さんにがっくりと落ち込んでいると遥人が私の頬を両手で包み言った。
「樹里が世界で一番可愛いよ。俺は樹里しか目に入らない。樹里だけいれば良い。お互いにお爺ちゃんとお婆ちゃんになっても一緒にいたい。」
遥人の言葉が私の心を鷲掴みにする。
「遥人、ありがとう。私も遥人しか見えないよ。遥人の全部が好き。3カラットのダイヤリングよりも遥人が愛おしい。」
と、私が言うと、どこからともなく太田さんの咳払いがした。
「あーお互いに相手しか見えないから俺のことも見えないって事かな?そう言うのはさあ、2人っきりの時にやるもんでしょ。俺、帰るよ。お邪魔しました。」
あ、太田さん、まだいたんだ。
私達はお互いに目を合わせてクスッと笑いあった。
そして玄関のドアが閉まったと同時にキスをしたのだった。
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