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第二章 騎士団編

第19話 自転車に乗れても馬には乗れないようです

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 ヘンドリック王子殿下に乗馬を教授してもらって5日目。

 午前中は乗馬、午後は剣術の訓練と言うのがここのところ私のルーチンワークです。

 騎士団の乗馬場での私のレッスンは極めて順調。

 ……すみません、うそです。

 あまりの馬の大きさに圧倒され、1人では乗ることができず、ヘンドリック様に抱き上げられてやっと乗れるという状態。

 自転車に乗れても馬には乗れないようだ。

 ヘンドリック様の馬は軍馬で大きさが半端ない。
 真っ黒な艶々の姿態にサラサラのたてがみ、大きな優しい目をしている雄馬だ。

 名前を『マリオン』という。

 乗る前にマリオンの鼻筋を撫でながら「マリオン、今日もよろしくお願いね」と声をかけるとニヤリと笑顔を見せるのがたまらなく可愛い。

 リベルトにその話をすると「馬は笑わないぞ」と言われたが、絶対に笑っていると思う。

 まずは、馬の高さに慣れるまでヘンドリック様と馬具なしの2人乗り。

 その間中、ヘンドリック様の側近の1人である、エミリオ・グラシア様からものすっごい冷気が漂っている。

 水色の癖毛のミディアムヘアーに薄茶の瞳、見た目は優しげな雰囲気なのに私を見る目はとても冷たい。

 もう1人の側近である、金髪にブルーの瞳のルドルフ・ハルマン様はいつも穏やかに微笑んでいるのに。

 何が彼の逆鱗に触れているのかサッパリわからない。
 もしかして女嫌いだとか?

 でもシモンヌ達には優しい態度で接しているところを見ると単純に女嫌いと言うわけではなさそうだ。

 私個人がお嫌いなようだ。
 まあ、すべての人から好かれたいとは思わないが、理由も無しに嫌われるのもストレスがたまるもんだ。

 この日、マリオンから降りたとたんふらつき、ヘンドリック様に抱き止められたのを見てエミリオ様があからさまに嫌な顔をした。

「大丈夫か? アヤーネ」

「大丈夫です。ヘンドリック様、ありがとうございます。マリオンを休ませてあげて下さい」

 私の言葉に頷いてヘンドリック様はマリオンを草原の方に連れて行った。

 それを目で追いながらエミリオ様が私に聞こえるように口を開いた。

「わざとフラついてヘンドリック様に媚びるなんてあざといな」

 え? あまりなエミリオ様の言葉に一瞬思考が停止した。

「お、おい、エミリオ、アヤーネ嬢になに失礼な事言っているんだ」
 エミリオ様の発言に慌てたのはルドルフ様だった。

 私は先ほどのエミリオ様の言葉を頭の中で反芻した。
 そうか、もしかして私がヘンドリック様に関わっているのが許せないのか。

 いやいや~そもそも、乗馬の講師役をかって出たのはヘンドリック様だよね?
 私がまとわりついている訳ではないぞ。

「エミリオ様、私はわざとフラついたのではありません。それにヘンドリック様に媚びてなどいません」

「ふん、どうだか・・・ヘンドリック様は平民にも分け隔て無く接する心の広いお方だ。君のような者が勘違いをして纏わりつくのは甚だ迷惑だ。女はすぐに女の武器を使って近づいてくるからな。平民は平民らしく分をわきまえてくれ」

 はぁ~?! なにそれ!

「お言葉ですが、エミリオ様。乗馬の講師の件はヘンドリック様からのご提案ですよね? 違いますか? ですが、私もそのように蔑まされてまでヘンドリック様に乗馬の講師をお願いしようとは思いません。今日かぎりで教授は終わりと致します。お心の広いヘンドリック様の側近があなたのような心の曇った方で残念です。側近の程度で主の力量が問われる貴族社会です。お気をつけ下さい。ヘンドリック様へのお礼はデンナー隊長からしてもらうよう取りはからっておきます。それでは、これにて失礼致します」

 言いたいことを一気にまくし立て背を向けた私にルドルフ様が慌てて声をかけた。

「ま、待ってくれ、アヤーネ嬢。エミリオの非礼は私がお詫びする」

 いいえ、ルドルフ様のお詫びは結構です。
 私は振り向きもせず乗馬場の柵から出る。
 立ち去る途中で柵の外側にいたジャイローが目に入ったので立ち止まった。
 ジャイローも私を見てじっとお座り状態だ。

 かわいい……

 今までずっと我慢していたが、もう今日で最後だもんね。
 ほら、アヤーネがジャイローのこと知ってるのもまずいかと思って遠巻きに見ていたんだけどね。

 モフモフしても良いよね?

 と言うことで、スタスタとジャイローに近づいた。

 首に手を回してしっかりと抱きしめる。
 はあー癒される。
 言いたいこと言ってやってスッキリしたけど、いわれのない敵意はやっぱり堪える。

「アヤカ? いや、魔力のオーラが少し違うな。でもアヤカと同じ匂いがする」

 へ? に、匂い? さすが黒豹だ。鼻が良い。

「そ、そうなんだ。私はアヤーネよ。あなたはお日様のにおいがするわね」

 ワシャワシャとジャイローの頭や首を撫でまくる。
 かわいいな、もう。

「我はジャイローだ。アヤカもそのように言っていたな」

 うん。そうだったね。出会ったときにね。

「ジャイロー、そのアヤカという人と私の匂いが同じだと誰にも言わないでね。匂いは女性にとって、デリケートな問題なんだから」

「そうか、わかった。アヤカにもアヤーネにも嫌われたくないからな」

 あー本当に私が黒豹の雌なら惚れてまう~
 そんな感じで和んでいるとヘンドリック様とルドルフ様が私の名前を呼びながらこちらに来るのが目の端に見えた。

「もう行くね。ジャイロー、サヨナラ」
 そう言いながらワシャワシャと首を撫でジャイローの額にチュッとキスをする。

「アヤーネ、また我に会いに来てくれ。そなたの魔力はアヤカと似ていて心地良い」

 まあ、本人だからね。

「ごめんね。ヘンドリック様に会うのは今日が最後だから」私はそう言うと、サッときびすを返して走り出した。



 その夜、騎士団の食堂で今日の出来事をみんなに聞いてもらった。

「なにそれ! すっごい言いがかりだわ!」と、カミラが言えば、シモンヌがグッとワイングラスを空けてテーブルにドンと置いて声を上げた。

「今日の剣術の訓練、どうもアヤーネの剣術が荒れてるように感じたのはそのせいですのね。今度、エミリオ様にお手合わせをお願いしなければいけませんわね」

「ああ、そうだね。私も是非ともエミリオ様にお手合わせをしてもらおう」と、シャーリーが言うとリベルトが苦笑いをした。

「おい、お前らが『手合わせ』って言うたびに『決闘』って言葉に聞こえるのは気のせいか?」リベルトはそう言うとさらに言葉をつなげた。

「しかし、確かにムカつくなそいつ。その程度のヤツが側近なんてジャイナス国の王子様もたかがしれてるな。俺も決闘に参加するぜ」

 だから、決闘じゃなくて手合わせだってば……。

 
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