魔王失格!

羽鳥紘

文字の大きさ
表紙へ
上 下
3 / 17
1巻

1-3

しおりを挟む
「首にリボンがついておるじゃろ? それを外すと今の百倍くらいのサイズになって、首が三つに増え、お前さんなど丸呑みじゃあ」

 またまたあ。精霊王さんったら冗談ばっかり~! もー、お年寄りってすぐそうやって若い者をからかうんだからぁ~やだぁ~! ……絶対リボンは外さないでおこう。

「で、お前さんは何をそんなに急いでおるんじゃ?」

 あ、そうだった。こんなことをしている場合ではない。私は衣装の素材とちバサミを……
 いやっ、ちょっと待て私! 今すごいこと思いついた。

「せ、精霊王さんって、全ての精霊の頂点なんですよね?」
「そうじゃそうじゃ。もっと褒めたたえてもいいぞい」
「じゃあ、風の精霊をあやつれたりしちゃいます?」
「とーーーうぜん操れるに決まっとるじゃろう。姿はこんなになってしまったが、今だとて風も火も水も土も、精霊はぜーーーんぶワシの意のままじゃぞ~」

 ぱぁぁーっと、希望の光が私に降り注ぐ!! いや実際には薄暗いままだけど、あくまでイメージね。
 マギさんは布を切る時、確か風の精霊って言ってたよね。

「じゃあじゃあ、その力で好きな形に布を切るなんて、朝飯前ですよねっ!!」
「とーーーーーうぜん……うん? 布を切るじゃと?」
「はい! 私、訳あって、明後日までに服を作らなきゃならないんです! でも、布を切ることもできなくて、困っていて……。だから、お願いです、精霊王さん! 私に力を貸して下さい!」

 必死に頭を下げて頼み込むと、精霊王さんは「ふーむ」と思案するような声を出した。

「さぁて、どうするかのう……いきなりワシをバラバラにしてしまったニンゲンじゃからのう……。今までそのモフモフに見つからんようどうにか逃げておったのに、お嬢さんのせいで匂いも覚えられ、今後も狙われてしまいそうだしのう……?」
「そ、そのあとちゃんと組み立てたじゃないですかー!」

 くうっ、絶対足元見てるー!
 でも取引しようにもお金なんてないし、この世界では何が価値のあるものなのかもわからない。

「そうじゃのう。お前さんの目玉をくれたら、考えてやろうかのう~~~」
「目玉!?」

 精霊王さんの意地悪な声に、私は思わず腕で目をかばって後ずさった。
 目がなくなったら困る。かといって、服を作れなければ命がない……ううう、こんなギリギリの選択やだあああ!! と、泣きそうになっていると。
 今まで大人しくしていたポメちゃんことケルベロスが、突然立ち上がり、猛ダッシュ!
 そのまま精霊王さんに飛びかかった!

「んきゃーーー!?」

 精霊王さんはまたもやバラバラに飛び散り、ケルベロスは喜んでその骨にじゃれつく。

「うわっ、やめるんじゃこの犬っころ! ワシをしゃぶるな、ベトベトになるううう! あっ、かじるのはもっと駄目じゃあああ!」


 ワフワフと精霊王さんの骨で遊ぶケルベロス。
 しばらくして、精霊王さんの口からあわれっぽい声が上がった。

「その……お嬢さん。お嬢さんの頼みを聞くから、どうかこの犬ころを遠ざけてくれんかのう……」   

 よし! ナイスケルべロス!
 そんな私の心の声が聞こえたのか、ケルベロスが私を振り返り、「わふっ!」と得意げに鳴いた。


   * * *



 ケルベロスのナイスプレイのおかげで、なんとか服を作る足掛かりを得られたわけだけれども。
 再び散らばった骨を集めるのは、結構大変だった。今後は迂闊うかつに散らばらないでほしいところ。
 ともあれ組み上がった精霊王さんが事情を知りたがったので、私は簡単に自分の身の上を説明した。
 自分は、東京で独り暮らし中のしがないオタクであること。どういうわけか、私の部屋のクローゼットと魔王の部屋のクローゼットが繋がったこと。そのせいでクローゼットの中身が入れ替わり、中を覗き込んだ私は魔王城に迷い込んでしまったこと。そして、魔王に服を作る代わりに元の世界に戻してもらうという取引をし、現在マギさんの作業部屋に滞在していること。

「なるほどのう。何故魔王城にニンゲンがいるのかと思っておったが、そういう理由じゃったか」

 本当にざっくりとした説明だったけど、精霊王さんは理解してくれたらしい。

「つまり、お前さんはトウキョウという世界でオタクなる仕事をしているため、早く帰りたいと」

 うん、微妙に違うけど、まあいいや。大体合ってる。

「して、名前は」

 そういえば、名乗るのを忘れていた。

「梨世です。精霊王さんのことは、なんて呼べばいいですか?」

 名乗りついでに聞いてみた。せいれいおうさん、というのは結構呼びづらい。

「ワシか。うーん、そうじゃなあ……、好きに呼んでくれて構わんぞい。なんなら新しくつけてくれても良いぞ」

 え、えー!? すごい無茶振りしてくるなぁ。
 精霊の王か……。魔王ならサタンとかかなーって思うけど、精霊王ってなんだ? 炎の精霊ならサラマンダーなんだろうけど、属性わかんないしなー。見た目ガイコツだから、好きなキャラの名前つけるには抵抗あるしなー。
 あー、もう、どうでもいいや。

「じゃあ、ガイ……はどうでしょう」
「うむ、なかなかいい名じゃのう! 長ったらしくないのがいい。それなら覚えられそうじゃ」

 まさか気に入ってもらえるとは。ガイコツだからガイ、なんていう安直な由来は黙っとこ。
 精霊王、ガイ。とか言っておけば、カッコイイ気がしてくるだろう。

「そうだ、ケルベロスにも何か呼び名が欲しいな。なんか響きが怖いし、もっと可愛いの……ケル……ケベ……そうだ、ケルべえってどうだろう!?」
「わふっ!」

 ケルベロス、もといケルべえがシッポを振って返事をする。こっちも気に入ってくれたみたい。私のネーミングセンスについての話は、またの機会でお願いします。

「さて、リセ。それでワシは何をすればいいんじゃ?」

 ちらちらとケルべえを気にしながら、ガイが言う。

「うーん、とりあえず生地きじの裁断をお願いしたいんですけど……。もう少しマシな生地も探したいところなんですよね」

 最初の部屋にあった布は、テカテカした質感の、ビビッドな色の物ばかり。あれよりはもっと重厚感のある物が欲しい。あとあと、翼やつのとかのオプションの材料も。

「じゃったらこの先に倉庫があるぞい。まあ、ニンゲンからしたらガラクタばっかりじゃろうが」

 ガラクタですって! な~んて胸躍むねおどる響きなんでしょ!
 他の人間にはガラクタでも、私にとっては宝の山、なんてことは元の世界でもよくあること。例えば使い古してボロボロになったかばんや壊れたランプなどの雑貨でも、金具や装飾を取り外してアクセサリーに加工できるし、小さな布の切れ端なんかも捨てずに集めておいて、ボリュームを出したい場所なんかに詰めたりしている。他人から見たらゴミでも、私にはコスプレの材料なんだ。
 ましてや魔王城のガラクタなんて、素敵な予感しかしない。

「お願いします、私をそこに案内して下さい!」

 目を輝かせてお願いすると、ガイはちらちらと赤い眼光をまたたかせた。

「変わったニンゲンじゃのう。……こっちじゃよ」

 ガイコツだから表情は読めないんだけど、口調からするとどうやら呆れているらしい。
 ともあれ、廊下を飛んでいくガイを見失わないよう後を追う。すると後ろから、ぽてぽてとケルべえもついてきた。
 骨の翼を動かし、ガイはカタカタと飛んでいく。
 カタカタ、トコトコ、ぽてぽて。そんな音だけが、暗い廊下に響く。一人で歩いているよりもずっと心強いけれど、やっぱり少し怖いなぁ。

「……本当にケルべえ以外にも魔物がいるんですか?」
「じゃから、いると言うておるじゃろ。無差別にニンゲンを襲うような下等魔物は、ケルベロスを恐れて近付いてこないだけじゃ」
「ふ、ふーん。そうだ、ケルべえ、抱っこしてあげよっか?」
「わふっわふっ!」

 かがんで手を伸ばすと、ケルべえが嬉しそうに飛びついてくる。ふふっ、もう離すもんですか!
 万に一つもはぐれてしまわないよう、私はぎゅっとケルべえを抱き締めた。
 うう~ふわもこであったかい! どこからどう見ても子犬にしか見えないし、とてもじゃないけど魔物なんて信じられないなぁ。他の魔物もこんな見た目ならいいんだけどなあ~。

「ほら、着いたぞ。ここじゃ」

 やがて、ガイがある扉の前で立ち止まる。でも鉄拵てつごしらえの扉には、南京錠なんきんじょうががっちり掛かっていた。

「……鍵が掛かってるように見えるけど……」
「……そうじゃのう……」

 すべなく、扉の前に立ちつくす私達。

「うーん、ワシが入ることはないからのう。失念しておった」

 そりゃそうだ、ガイコツが倉庫に用事などないだろう。

「鍵は誰が持ってるのかしら」
「四天王なら持っとるんじゃないかのう。全員が持っとるかはわからんが」
「し、四天王? 四天王なんているんですか?」

 うわあー、魔王っぽい!

「おるよ。剣の達人《蒼の覇剣ソード》、怪力自慢《黄の剛腕アーム》、四大元素の精霊を従える《紅の麗魔マギ》、ケルベロスをはじめ、多くの魔獣をあやつる《翠の飢獣ハウンド》。この四人が、この国で魔王に次ぐ力を持つ、魔王直属の四天王じゃ。会っても怒らせんようにな」

 ガイの説明に、私は首を何度も縦に振った。
 魔王に次ぐ実力者達かー、怒らせる以前に会いたくないなー。
 ……ん、待て待て。今、聞き覚えのある名前があったような。マギって、もしかしてマギさん? 
 えっ、マギさんて四天王だったの!? そんなにすごい肩書きの人には見えなかったけど……

「もしかして、そのマギさんって人……分厚い眼鏡に三つ編みの女の人ですか?」
「おお、そんな感じじゃ」

 うわああああ! 多分人違いだろうと思ってたけど、やっぱりあのマギさんなの!? 
 いや、でもまだ信じられない。四天王って言ったら、もっと強そうな迫力とか、それなりの威厳とかが……いやでも、肝心の魔王があれだもん。四天王もして知るべしか……

「しかし、何故知っておるのじゃ。知り合いなのか?」

 不思議そうにするガイに、私は、マギさんが魔王から私の世話を言いつけられたことを簡単に説明した。それを聞いて、ふむ、とガイが頷く。

「それなら、鍵についてはマギに聞けばいいじゃろ」
「でも、マギさん、急にどこかに消えちゃって……」
「部屋に行ってみたらどうじゃ? マギは大抵部屋におるようじゃし。四天王の部屋はこっちじゃ」

 カタカタと音を立てて、ガイが廊下を引き返し始める。

「ガイって何でも知ってるんですね~」
「ふん、伊達だてに長く魔王城に閉じ込められとらんわい」

 不本意、といった様子でガイが言う。

「え、ガイって魔王城に閉じ込められてるんですか?」

 思わず私が聞き返すと、しまった、という顔をした。どうやらあまり知られたくないことのようだ。

「ぬ……ま、まあ、本気を出せばこんな城、抜け出せんこともないんじゃよ? たかが魔王の呪いじゃし」

 私でもハッタリだと丸わかりな言い訳である。しかし、どうも触れられたくないみたいだし、この場は突っ込まないでおこう。
 と、そんな話をしているうちに、ホールのようなひらけた場所に出た。左右の壁には大きな扉が二つずつ、合計四つ見える。扉はそれぞれ、青、赤、黄、緑に塗られていた。

「ここが四天王の間じゃ。《くれない麗魔れいま》というからには、マギの部屋は恐らく赤の扉じゃろう」

 ガイがそう言うので、私はケルベえを下ろし、赤の扉の前に立った。
 紅だから赤、と見せかけて実は青の扉でしたー! ……なんてないよね? 自分の住んでる城でそんなトラップ仕掛けても無意味だよね? と、どきどきしながらトントン、とノックをする。

「あのー、マギさん? いらっしゃいます? 梨世です」

 すると、中でガタッと音がした。ううっ、違う人が出てきたらどうしよう。
 冷や汗を流して待っていると、急に、
 ドン!! ガタン!! ガタタタタ!!
 という何かが崩れる大きな音と、それに交じってマギさんの悲鳴も聞こえてきた。

「え、マギさん!? どうしたんですか!? 入りますよ!」

 ただ事ではないと感じて、扉を押す。扉には取っ手がなかったから咄嗟とっさにそうしたものの、そのまま体はすり抜けて部屋の中に入ってしまった。

「わっ」
「きゃあああああ!!」

 予想外の展開に思わず小さな悲鳴を上げた途端、それをかき消す派手な悲鳴が部屋にこだまする。

「だ、大丈夫ですかマギさん!」

 マギさんの部屋は、魔王の部屋ほどではないにしろ、十分広かった。とはいえ、魔王の部屋がゴテゴテしていたのに対し、こちらはひどく殺風景。ベッドにタンス、サイドボードとどれもこれといって特徴のない普通の家具だ。
 マギさん、服も地味だけどインテリアも地味だわ。ただ最低限の家具を置いたって感じ。でも散らかってはいないし、机の上に物を出しっぱなしにもしていないし、几帳面きちょうめんな性格なのかもしれないな。
 そんなすっきりしすぎた部屋の中で一つ、大きな大きな戸棚だけがなんだか浮いていた。その戸棚から、洪水のように物が溢れてマギさんにのしかかっている。
 戸棚から出た色んな物――紙とか本とか人形とか、魔術に使うのかな? ――に交じって、戸棚の中板が床に落ちている。なるほど、物を詰めすぎて壊れちゃったのか。

「マギさん、大丈夫――」
「きゃああああだめえええええ、ここ、来な……だだ大丈夫……じゃないけど、みっ見ない……!」

 よほど混乱してるのか、言ってることが支離滅裂しりめつれつなマギさん。
 とりあえず戸棚から溢れた物を片付けようと、落ちていた紙を拾う。何気なくぺらっと裏返すと、それは肖像画だった。大きさ的にブロマイドっぽい。
 えがかれているのは、金髪碧眼きんぱつへきがんをした、文句なしのさわやかイケメン。凛々りりしくも優しげな風貌、鮮やかな青いマント。機能性と美しさが両立したよろいに、宝石があしらわれた神々こうごうしい剣を携えている。頭部には高貴な印象さえ受ける額飾りサークレット
 ……私、この世界には着飾るという文化がないのかと思っていたけど、この絵の男の人が着用している物は、どれも抜群にセンスがいいじゃない! アクセサリーもっているし、思わずコスプレしたくなるくらいカッコイイ。
 しかも、彼だけじゃない。他の肖像画ブロマイドには、他の人が一緒に描かれている物もあったけど、その人達も皆、人気アニメやゲームから抜け出してきたようなおしゃな美男美女ばかり。

「ああああああ!! 見ないで!! 見ないで下さい!!」

 私がイケメン達に見惚みほれていると、マギさんが物の山をねのけてガバリ! と起き上がり、私の手から肖像画を引ったくった。

「わわっ、ワタシが勇者様の肖像画を集めているのにはっっ、理由があって……! 決してファンなどというわけではっ」

 勇者。
 そっか、魔王がいる世界には、やっぱり勇者がいるわけね……。そういえば、ガイに最初に会った時にも、魔王と勇者の戦いがどうとか言ってたような気がするな。長いウンチク話だったからほとんど聞き流してたけど……とにかくさっきの肖像画の人がこの世界の勇者なわけね。
 ――って、ちょっと待って。

「えっ? マギさんって四天王なんですよね? 四天王が勇者のファンって色々マズイんじゃ……」

 思ったことをそのまま口にすると、マギさんの顔色がはたからもわかるくらいに青くなった。

「ななっ、なんで私が勇者様のファンだって……ちちち、ちがっ……」

 ダメだ、完全に動転している。

「と、とりあえずここ片付けましょう、ね?」

 肖像画ブロマイドらしき物はあちこちに散らばっていたが、とりあえずそれには触らずに本を拾う。
 四天王が読んでる本って、どんな魔術書なのかなーなんて思って表紙を見て。
 ブッ――
 と、私が思いっきり噴き出したのと、マギさんが私にタックルして本を奪い取ったのはほぼ同時だった。
 でも、私は見てしまった。男の人同士が熱い視線で見つめ合うイラスト表紙。あれは、多分――
 慌てて言いつくろう。

「みっ見てないです! 見てないですよ!? ボーイズラブっぽい表紙の本なんて全然見てないです!」

 よく見れば転がっている人形も、これフィギュアじゃないのかっていうほどの精巧さ。金髪碧眼きんぱつへきがんで、よろいにマントだから、恐らく勇者フィギュア。この世界にもそんな文化があるんだ……
 つまり、マギさんはオタク――それも所謂いわゆるじょ

「大丈夫です。私なんにも見てないです。時にですね、私倉庫に入りたくて。その鍵を探しているんですね。ご存知ないですか?」

 極めて冷静に、丁寧に、かつ優しく言ったつもりだったけれども。

「うわあああああああああああああああん!!」

 マギさんが本を抱えたまま大声で泣き出してしまい、私は「ごめんなさいいいい!!」と叫びながら部屋を飛び出したのだった。


「一体何があったのじゃ? 悲鳴やら泣き声やらが聞こえたが……」
「さ、さあ~」

 再びケルベえを抱き、魔王城の洞穴のような廊下を進みながら、ひたすらにガイの追及をかわす。
 うう、なんだか私、マギさんを泣かせてばかりである。これではいじめてるみたいだ……そんなつもりなんてないのに。それどころか、できれば仲良くなりたいって思ってるんだけどな、オタク同士。
 マギさんに鍵について聞けなくなってしまったので、私は仕方なく一度部屋に戻ることにした。

「なんで隠すんじゃ。四天王が悲鳴を上げたり泣き叫んだり、ただ事じゃないじゃろ」

 ガイはなおも追及してくる。
 四天王のことはよく知らないけど、マギさんに限ってはそうとも言い切れないような。っていうか。

「そんなに気になるなら、入ってくれば良かったじゃないですか? そもそも、どこにいたんですか? ガイ、いつの間にかいなくなってるんだもの」

 立ち止まってそう返すと、ガイは苦々しい声を上げた。

「そりゃあ、ワシをこんな姿にしたのは魔王じゃし。魔王の配下になぞ関わりたくないわい」

 そうだったんだ。いや、他人事ひとごとじゃないぞ。私も服ができなきゃ魔物のえさなんだ。
 こんなところでガイと立ち話してる場合じゃない気がする。

「あ~、早く服を作りたいのになぁ……。倉庫の鍵……」
「く~ん……」

 落ち込む私に同調するように、腕の中のケルべえが鳴く。
 考えてみれば、倉庫の中に確実に素材があるとも言い切れないんだから、いっそ他の場所を探した方がいいのかも。

「……思ったんじゃが、魔王に聞いてみればいいんじゃないかのう」
「え……ええっ!?」

 ガイの提案に、頓狂とんきょうな声を出してしまった。

「自分は関わりたくないくせに!?」

 私だって、自分のこと魔物のえさにしようと思ってる人にあんまり関わりたくないんですけど!

「まあそうなんじゃが。厳密に言うとワシをこの姿にして城に閉じ込めたのは先々代の魔王で、今の魔王についてはよく知らんのじゃ。じゃがリセを生かしているあたり、今の魔王はだいぶ穏やかな性格と見える」

 お、穏やかぁ~?
 とてもそうは見えなかったけどな。私がおびえるのを楽しそうに眺めてたあの意地悪な笑顔は。

「私、服が気に入らなければ魔物に食い殺させるって言われてるんですけど」
「先々代なら、リセを見つけた時点でそうしていたじゃろうよ。街や村をいくつも焼いてニンゲンを虐殺したり、城に連れ帰っていたぶったりしとったわ。今の勇者の先祖にたれるまでの」

 ひ、ひええええ。さーっと顔から血の気が引いた。
 確かにそれを聞いたら、服を作れば無事に帰すって選択肢をくれるだけでも優しい方……なのか? まぁ、少なくともその先々代よりはマシだよね。
 ……よし、それなら……

「魔王に……聞いてみる」

 ゴクリ、と唾を呑み込み、決心を口にする。

「そうか。まあ、頑張っての。魔王の部屋は、そのふわもこが知ってるじゃろ」
「わん!」
「え、えー! 何それ! ガイは来てくれないんですか!?」
「だって、今の魔王がどんな人物であれ、ワシ魔王に関わりたくないもん」

 子供か!

「お前さんなら大丈夫じゃ、リセ。魔王と駆け引きしたり、四天王を泣かせたり、冥府めいふの番犬を手なずけたり、お前さん、タダのニンゲンとは思えん!」

 いえいえ正真正銘タダの人間ですから!

「わふわふう!」
「うう……わかったよ、ケルべえ、今行くよ!」
「じゃあワシは作業部屋で待っとるからの~」

 気楽な声を上げるガイにうらみがましい視線を送りつつ、私は「ついてこい!」と言わんばかりのケルべえを追って歩き始めた……


 ぽてぽてと歩くケルべえから離れないように、細心の注意を払って追いかける。
 ガイと話してるといくらか気が紛れたけど、シンとして薄暗い魔王城の中を進むのは、やっぱり怖い……。耳を澄ますと、グルルルル……っていううなり声さえ聞こえてくる気もする。

「ねえ、ケルべえ……。魔王の部屋ってまだ遠いの?」
「わふ!」

 ……その「わふ!」は、〝遠いよ!〟なの、〝近いよ!〟なの? どっちなの?
 わからなくて頭を抱えていると、不意にケルべえが何もない通路で立ち止まる。

「ケルべえ?」
「わふっわふっ!」

 鳴きながら、ケルべえは急に壁をかしかしと足で引っ掻き始めた。
 ……オシッコかな? なんて思いながらぼんやり見ていると、急にヴン! と気圧が変わった時みたいな、耳の奥で何かが響く感覚がして。
 気が付けば、ケルべえの前の壁がなくなっていた。

「え、何? 壁が……」
「わおん!」

 一声鳴いて、ケルべえが消えた壁の奥に入っていく。

「あ、待って!」

 慌ててケルべえの後を追いかける。ふと、さっきの感覚がして振り返ると、来た道はまた壁で塞がれていた。……これ、ちゃんと元の道に戻れるのかな……?

「わふ~」

 何か言いたげなケルべえの声がしてそちらに向き直れば、そこには紫色に光る直径一メートルくらいの魔法陣。その前にケルべえが座っていた。
 魔法陣に近付くと、ケルべえが「抱っこ」と言うように私の足をカリカリする。

「わかった、ケルべえ。この魔法陣の中に入ればいいのね」

 ケルべえを持ち上げぎゅっと抱きしめながら、私は魔法陣に足を踏み入れた。
 途端に怪しい紫色のきりが私とケルべえを包み込み、周囲の景色が溶けていく。
 あ……この感じ、クローゼットに吸い込まれた時と少し似てるかも。
 と、その瞬間、ぞわりと嫌な感覚が背中をった。抱きしめていたケルべえの感覚も、足元にあった床の感覚も消えて、体が宙に投げ出される。

「お、落ちる……ッ!!」

 ヒュウウウ、と耳元で風が唸る。咄嗟とっさに下を見て、その直後に後悔した。
 ――ぬらぬらと光る無数の赤い手が、こちらに向かって手招きしていた。まるで私を捕まえようとするみたいに。

「きゃああああああああ!」

 足元を何かがかすめた気がして悲鳴が飛び出る。
 言いようのない恐怖にすくみ上がりながら、それでも私は必死にもがいた。
 そのうちに右手が〝ふさっ〟とした何かに当たる。もう、無我夢中でそれにしがみついた。
 ……それから、どれだけの時間が過ぎただろうか。
 気が付いたら、落下が止まっていた。腕の中には、ふさふさした感覚。
 恐る恐る見てみると、私の腕の中には小さなケルべえの体があった。そして、私の下にはほのかに光る魔法陣がある。

「今の……一体何だったの?」

 思い返すと、また背中が冷える。どう考えてもただ事じゃなかったけど、問いかけてもケルべえは「わふう」と首を傾げるばかりで、答えてくれる人は誰もいない――と思いきや。

「何故お前がここにいる」

 突如目の前に現れた顔に、私はすんでのところで悲鳴を呑み込んだ。
 魔王だった。魔王がそこにいた。
 改めて辺りを見回すと、見覚えのある部屋。私がこの世界のクローゼットから出て、最初に見た部屋だ。つまり――魔王の部屋。
 ちょっと待って、魔王の部屋直通魔法陣ならあらかじめ言っといてくれないと困るよケルべえ! 

「わふう」

 いや「わふう」じゃわからないよ!
 心臓をバクバクさせながら、何の「わふう」かわからない鳴き声に心の中だけで突っ込み。
 えーとえーと、何て言おう、そうだ鍵!


しおりを挟む
表紙へ

あなたにおすすめの小説

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

第六王子は働きたくない

黒井 へいほ
ファンタジー
 カルトフェルン王国の第六王子、セス=カルトフェルンは十五歳になっても国のために働かないロクデナシだ。  そんな彼のためを思ってか、国王は一つのことを決めた。 「――オリアス砦をお前に任せよう」  オリアス砦は、隣接している国との関係は良好。過去一度も問題が起きたことがないという、なんとも胡散臭い砦だ。  縛り上げられたセスに断る権利などなく、無理矢理送り出されてしまうのであった。

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。 レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。 【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

NTRエロゲの世界に転移した俺、ヒロインの好感度は限界突破。レベルアップ出来ない俺はスキルを取得して無双する。~お前らNTRを狙いすぎだろ~

ぐうのすけ
ファンタジー
高校生で18才の【黒野 速人】はクラス転移で異世界に召喚される。 城に召喚され、ステータス確認で他の者はレア固有スキルを持つ中、速人の固有スキルは呪い扱いされ城を追い出された。 速人は気づく。 この世界、俺がやっていたエロゲ、プリンセストラップダンジョン学園・NTRと同じ世界だ! この世界の攻略法を俺は知っている! そして自分のステータスを見て気づく。 そうか、俺の固有スキルは大器晩成型の強スキルだ! こうして速人は徐々に頭角を現し、ハーレムと大きな地位を築いていく。 一方速人を追放したクラスメートの勇者源氏朝陽はゲームの仕様を知らず、徐々に成長が止まり、落ちぶれていく。 そしてクラス1の美人【姫野 姫】にも逃げられ更に追い込まれる。 順調に強くなっていく中速人は気づく。 俺達が転移した事でゲームの歴史が変わっていく。 更にゲームオーバーを回避するためにヒロインを助けた事でヒロインの好感度が限界突破していく。 強くなり、ヒロインを救いつつ成り上がっていくお話。 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』 カクヨムとアルファポリス同時掲載。

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。