魔王失格!

羽鳥紘

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1巻

1-2

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「まっ魔王様、お呼びでしょうか!」

 赤毛をひっつめ三つ編みにし、分厚い眼鏡を掛けた女性が、どもりながらそう言った。この様子からすると、魔王の小間使いとかかしら。

「お前にこのニンゲンの世話を頼みたい」
「ににに、ニンゲンですかっ? つつ、繋いでえさを与えればよろしいでしょうか?」

 うわ、これ完全に犬かなんかの扱い。

「いや、服を作れる環境を与えてやれ。期間は今から三日だ。一秒たりとも間違うな」
「はははいっ! 一秒も間違えませ……服、ですか? わわっ、わたしの作る服が何かお気にさわったのでは……」
「そうではない。ただの気まぐれだ。いいか、きっかり三日だ」
「りょっ、了解いたしました! このマギにおお、お任せを」

 彼女――マギさん? は終始どもりっぱなしのまま、恐縮したように深々とこうべを垂れた。

「リセ、彼女は俺の配下だ。俺が身につける物は全て彼女に任せている。道具や材料などについては彼女に聞くといいだろう。他にも城にある物は自由に使うといい」

 意外と気前のいいことを言う――と思ったのは早計だった。魔王の顔に、またあの意地の悪い笑みが浮かぶ。

「ただし、この魔王城には無数の魔物がみついている。迂闊うかつに城をうろついて、食い殺されんようにな。言語も知識も持たないえた魔獣もいるが、そやつらには特に気を付けることだ」

 ――この取引。
 どこまでも、私に分が悪い気がする……



   一 コスプレイヤーと精霊王


「こっ、ここはわたしがいつも服を作ってる部屋です」

 その後私は、マギさんの魔法(多分)で一瞬にして別の部屋へと通された。
 魔王の部屋よりはだいぶ狭いものの、私の1Kマンションよりはやや広い。窓はないし、魔王の部屋にあったような怪しい燭台しょくだいもないけれど、天井付近には光を放つ丸い球体が浮いていて、電球みたいに部屋を照らしている。
 部屋の中には、大きな戸棚にクローゼット、作業机が一つずつ。その机の上には布の切れ端が散乱していた。木を削り出して作ったっぽいトルソーもある。

「ここ、使っていいんですか?」
「ふ、服を作れる環境を与えるようにとの、ままま、魔王様からの言いつけですので……。えっと、布とかは、そこの戸棚に。それと、魔王様の命で、先ほどのクローゼットの中の服はこちらに移してありまま、ありまっす」

 彼女に指し示されたクローゼットを開けてみると、確かに私が作った衣装達が並んでいた。その下には、引き出しに入っていた私の洋服、かばんや小物類などもある。

「これは……その、マギさんが魔法で?」
「ははははい、そうですが、何か不備がゴザイマシタデショウカ?」
「いい、いえ、ないでゴザイマスが……」

 何故カタコトの敬語? それとも、言語が通じるとかいう魔法がおかしくなってそう聞こえるだけ? 思わず私もちょっとつられてしまった。するとマギさんの顔が、かっと赤くなる。

「あっごめんなさい、つい」
「わたし、し、しゃべるのが苦手なんです」

 マギさんの目が眼鏡の奥で泳いでいる。
 ああ、それはなんかわかるなぁ。さっきは余裕がなかったもんで、魔王相手にギャーギャー叫んじゃったけども、私も昔は人と話すのが苦手だった。さすがにもう大人だから無難に人に合わせるくらいはできるけどね。と、いやいや、今はそんな話をしたいわけじゃなかった。

「あのう、魔法で物を移動できるなら、マギさんも私を元の世界に移動させたりできるんですか……? 私、ここじゃない世界から来たんですが……」
「こっ、ここじゃない世界……!? 異なる時空には、異なる世界があっても不思議ではないかもしれませんが……そんな途方もない場所にてん、転移するなど、わ、わたしの微弱な力では無理です。せ、せいぜい魔王城の中の特定の場所とか、少なくとも一度は行ったことのある場所のみですね」

 そっかぁ……どっちみち、魔王の配下である彼女が魔王に黙って私を元の世界に帰してくれたりはしないだろうけど。
 それにしても、魔法が使えるってだけで私からすれば十分すごいと思うけどなぁ。彼女の力が微弱なら、何もできない人間の私は犬扱いでもおかしくないだろう。なのにマギさんはやたら丁寧に接してくれて、とてもいい人だ。
 とりあえず、マギさんに元の世界に帰してもらうことは諦め、私は布が入っているっていう戸棚を開けてみた。
 マギさんの言う通りあるにはあるんだけど……なんか、緑とか黄色とか、原色ばっかりだなぁ。

「えっと、ハサミとかは……」
「ハサミ? ハサミとはなんで、なんでしょうか?」

 えっ!? ハサミないの!?

「あの……じゃあ、どうやってこの布を切るんですか?」
「え、えっとですね、それは……」

 マギさんは黄色い布を手に取ると、ぽいっと空中に投げた。投げ出された布は重力に逆らい、ふよふよと浮いている。それに向かって、マギさんが手をかざす。


われマギが定義する! 吹き抜ける風とは鋭利なるやいば!』


 ザシュウッ!!
 屋内だというのに強い風が吹き、私の髪や服を巻き上げる。と同時に、浮いていた布がシャツの身ごろの形に切り抜かれ、マギさんの手元にパサリと落ちた。

「こうして切ってですね、あとはここに針と糸があるので……チクチクと……夜なべして……」

 言いながらマギさんは布を机に置くと、針を手にして穴に糸を通そうとした。でも、通らない。というか通りそうにない。針穴の三センチほど横で、何度もスカッてなってる。マギさんは躍起やっきになっているが、たぶん糸を通すだけで徹夜作業だろう。魔王の服は彼女が作ってるって聞いたけど、こんな調子じゃかなり苦労してるんじゃないかな。
 ……しかし、なんてこと。ハサミもなければミシンもない。こんな環境で、魔王が納得するような服を三日で作るなんてとても無理だ。

「あの……リセ、さん? お、お聞きしても良いですか?」

 ふと見ると、マギさんは諦めたように針と糸を机に戻していた。

「あ、はい。なんでしょうか」
「あの、ク、クローゼットの中の服は……その……もしかして、リセさんがお作りに?」

 おずおずと問いかけるマギさんに、私は頷いた。

「そうですけど」
「す、すごい……! わたしの作る服なんかとは全然違う……。ああ、魔王様、やっぱりわたしにお怒りになっているのでは……」

 途中からどんどん鼻声になり、尻すぼみに声が消えていく。マギさんは眼鏡を外すと、手にした黄色いシャツ型の生地きじで目元をぬぐい始めた。

「違いますよ!? 服を作るってのは私が言い出したことで! 別に怒ってなかったじゃないですか!」

 あわわわ、なんか私が泣かせたみたいじゃん~。
 ……でも、服を褒められたのは嬉しい。いや、デザインがいいってことなら私がすごいわけじゃないんだけど。アニメキャラのコスプレ衣装だし。
 とはいえ、少なくともあの魔王の服やこの黄色いシャツ(予定)が超素敵デザイン! っていう価値観なわけじゃないってわかって、ちょっとほっとした。
 そうすると、あの服で文句を言わない魔王ってのは、もしかして超寛大な人なんじゃなかろうか。うーん……そもそも、着飾るという概念がないのかな?
 改めてマギさんの服を見てみる。
 黒無地のダボダボのセーター。グレー系チェック柄の、くるぶしまであるロングスカート。悪くはないけど、とにかく地味で重たい。おまけに分厚い眼鏡は太い黒ぶち。
 なんだろなー。レンズ部分が大きくてフレームが太い眼鏡って、使いようによっては可愛いんだけど、人を選ぶし、一歩間違えるとすごくダサくなる。マギさんはまさに一歩間違えてるな。
 おまけになんというか……態度とあわせて、漂う喪女もじょ感がすごいというか……あ、喪女っていうのはモテない女子のことね。人のこと言えないけど。
 と、マジマジとマギさんを観察していると、突然キッ! と眼鏡の奥から睨まれた。

「わ、わたしだって……負けませんから!」

 そんな叫び声だけを残し、一陣の風と共に消え去ってしまう。
 え……何? なんか私、対抗意識持たれた!?
 別に私、マギさんと勝負したいわけじゃないんですけど!? ただ帰りたいだけなんですけど!?
 いやいや、問題はそこじゃない。

「私……どうやって裁断すればいいの……?」

 静まりかえった部屋の中に、途方に暮れた私のつぶやきがむなしくこぼれ落ちる。
 三日よ? 三日しかないのよ?
 作れなければ、元の世界に帰れないのよ? サマコミ間に合わないのよ?
 いやそれ以前に、魔物のえさにされちゃうのよ? どうするのよ?
 先ほどの風に巻き上げられ、ひらひらと落ちてきた黄色いシャツ型生地きじを握り締めながら、その場に崩れ落ちる。
 ここに来てようやく、私はとんでもない世界に飛ばされてしまった自らの運命をなげいた。
 本当だったら、今ごろはヘッドホンでアニソン聴きながら衣装を作ってるはずだったのに。
 なんで異世界の魔王城で、魔王に服作らなきゃいけないわけ? しかも命がけで。
 あ、だめだ。泣きそう。

「……わああああああああああっ!!」

 じわりと溢れてきた涙を、大声を出すことで引っ込ませる。
 ネガティブになってどうする! 泣いてもどうしようもない! 前向きに! 前向きになるのよ!!
 気持ちを切り替えて、改めて戸棚をひっかき回す。

「魔王だもの、紫は多少ドギツイ色でも使えるわ。緑もマントの裏地とかなら有りね。白とか黄色はナシ。黒系はとりあえず全部候補に入れよう。まずはデザイン……」

 そう、どう作るかも大事だけど、まず最初に何を作るかを決めなきゃ。
 そうだ! 魔王なんだもの。『M†N』のキル様の服を作ればいいんだ!
 あのアニメは死ぬほど見てるし、いつも妄想してるから、キル様の衣装ならかなり詳細に思い出せる。しかし、同時に決定的な問題もあることに気付いた。

「……駄目だ、全然材料が揃わないや……」

『M†N』はデザイン性が高いことで知られるアニメ。衣装の作りも装飾品も相当ってる。もちろんそれが人気を集めたわけだけど、作るとなるとなかなかに困難。
 百均にホームセンター、手芸店と、素材入手ルートが充実した日本でも苦労してたのに、ハサミもないこの世界であのコスチュームが作れるのか?
 それにあの人、キル様みたいなつのも翼もないもんなぁ。髪型もフツーだし。今のままだとさわやかすぎて、どっちかといえば勇者だ。……性格は陰険だけど。
 そうなると角とかのパーツも作りたいし、ウィッグか何かも用意したい。でも、何を作るにしても素材が全然足りない。いや、やる前から諦めるのは良くないぞ。

「城の物は、自由に使っていいんだよね……」

 魔王の言葉を思い出して、私はごくりと唾を呑み込んだ。
 魔王城にはたくさん魔物がいるらしいけど……じっとなんてしていられない。
 このままじゃ布を切ることさえできないんだもの。この部屋にいても状況は打開できない。打開しないことにはサマコミにも行けない!
 意を決して、私は部屋の扉に手をかけた。
 と、そうだ、武器。武器を確保しなきゃ。部屋の外には魔物が待ち構えているかもしれないんだ。
 しかし、部屋の中には布ばかり。針は……ちょっと、武器になりそうにないな。糸は……魔物の首にまきつけてとか! できるわけないな、無理。
 部屋中探して、私が手に取った物。それは、衣装を掛けていた木製のハンガーだった。
 私のクローゼットに入っていた、がっしりしたハンガーだ。この木の部分で殴られたら痛い。……殺傷能力はないけど、たぶん痛いはず。この部屋にある物の中では一番マシだと思う。
 一応武器を確保したので、私はそれを構えながら扉を開けた。
 扉は想像より重くて、ギィッと音を立てる。
 開いた隙間から外を覗いてみる――暗くてよく見えないものの、とりあえず魔物が待ち構えてるってことはなかった。もう少し扉を開けて、外の様子をうかがう。
 部屋の中は普通に綺麗なんだけど、外はごつごつとした岩肌の洞穴みたいだった。城の中という感じはしないが、魔王城なんだから別に不思議はない。どうせならドイツみたいな西洋のお城にトリップしたかった……と、そんな願望を言ってみたところで仕方ない。
 ……今にも物影から魔物が飛び出してきそうだけど……
 しばらくそのまま様子を見ていたが、魔物が現れる気配は今のところ――ない。一歩外に出たら襲われるとかはなさそう。
 うん。部屋の中だって安全だとは誰も言ってない。このまま服が完成しなかったら、どの道アウトなのだ。
 マギさんが戻ってくるのを待って、布を切って下さいと頼むのも手ではある。でも私に対抗意識を持ったマギさんが協力してくれる可能性は低そう。そもそも戻ってこなくて、時間が過ぎて間に合わなくなったらそれもまたアウト。だとしたら、これが最善の行動!
 勇気を出して、私は部屋の外に一歩踏み出した。
 もう一歩。
 もう一歩。
 ほら……魔物なんて、出ない。
 もしかして魔物が出るっていうのは、私を怖がらせるための魔王の嘘だったのかも。
 そう考えると、少し気が楽になった。
 マギさんだって魔王の配下だけど、少なくとも残忍な性格には見えなかったし、魔王城のみんなが敵ってわけじゃない。きっとない。根拠はないけどきっとない。
 改めて見回すと、そこは洞穴のような長い廊下で、壁にはポツポツと燭台しょくだいが置かれ、紫の炎を揺らしている。そのおかげで完全な暗闇ということはなく、なんとか歩けそうだ。
 この燭台は――銀、かな。溶かすことができたらアクセサリーを作れるかも。もちろん、型を作る素材があればの話。あとここ、洞窟っぽいけど、粘土とか採掘できないかなぁ。
 そんな都合の良いことを考えながら燭台から離れ、また一歩、前へ進む。その拍子に、こつんとつま先に何かが当たった。

「石……?」

 何気なく拾い上げた石を炎にかざすと、ごつごつした面に交じって、つやつやと輝く面があった。

「もしかして宝石……? 何にしても、研磨けんまできればアクセサリーになりそう」

 ブレスレット……は難しくても、ブローチとか。杖とかにめ込むのも有りだ。
 他にもあるかな? とかがんでみたら……あるある。
 布すら切れない段階で、加工が必要な素材を探すのもアレだけど。この際、使えそうな物は全部確保しておこう。せっかく魔王がなんでも使っていいって言ってるんだし。
 となると、カバンを持っていった方がいいかな。両手で持てる量なんて知れてるし、何が落ちてるかわかんないんだし。
 そう思い至って、一度部屋に戻ろうと立ち上がった時だった。薄暗い通路の奥に、一対の赤い光が見えたのは。

「宝石が浮いてる……? わけじゃないよね、うん……」

 つうーっと背中を冷や汗が伝う。

「まさか……本当に……」

 魔物? だとしたら、逃げなきゃ。頭ではそう考えてるのに、足が動かない。
 そうこうしているうちに、光はどんどんこちらへと近付いてくる。
 やがて、燭台しょくだいの炎に照らし出されたのは――コウモリだった。ただし、骨だけの。
 骨だけなのに、落ちくぼんだがんの奥には赤い光が瞳のように輝いている。

「き――、き――」

 きゃああああああ!
 と悲鳴を上げたつもりが、声も出ない。このまま、ここで魔物のえさになってゲームオーバー?
 そんなの……そんなの……

「ヤダァァァァァァ!! あっち行ってぇぇぇぇ!!」

 喉につかえていた声が、音量MAXで口から飛び出した。
 おまけに廊下に反響して、わんわん響く。自分でもうるさいと思うくらいに叫びながら、私は目をつむり、手にした木製ハンガーをめちゃくちゃに振り回した。半狂乱である。と、そのうちに、
 スコーン!
 という気持ちのいい音と共に、手がしびれるぐらいの強い衝撃。
 はっとして手を止め、目を開けると、骨があちこちに飛び散り、軽い音をたてて地面に落ちていくところだった。
 ……当たった? 私、ハンガーで敵を倒しちゃった?
 梨世 職業:コスプレイヤー 装備:木のハンガー
 モンスターを倒した! レベルアップ! てれってれー!
 なんてテロップが頭に流れる。
 なーんだ、倒せるじゃない! そうよね! どんなゲームでも最初に出てくるモンスターは弱いもんね! 最初っからラスボスが襲ってきたらRPGロールプレイングゲームは成立しないよね! この状況、全然RPGじゃないけど!

「よーっし! どんどん倒して材料を集めるぞー!」

 と、意気込んだ時だった。
 グルルルル……
 と、低いうなり声が、暗闇から聞こえてきたのは。冷や汗、再び。
 すみません。調子乗りました。もう出てこないで魔物さん!!
 という祈りもむなしく、暗がりから何かが飛び出してくる!

「わひゃああああああああ!!」

 さっきまでの意気込みはどこへやら。私はRPGの主人公にはなれないようです。情けない悲鳴と共にべしゃりと尻もちをついて、盾になりそうもないハンガーを咄嗟とっさにかざして身を守る。
 ……が、魔物のターンは来なかった。
 恐る恐るハンガーを下ろした私の目に飛び込んできたのは――

「い……犬?」

 そう、犬なのです。もちろん、グロテスクな犬の魔物なんかではなく。
 どこからどう見ても、ただの犬。それも、子犬。
 柴犬――とはちょっと違うな。あれよりふくふくして、目が丸っこい。
 これは、あれだ。ポメラニアンだ、柴犬カットの。写真集とかでよく見るやつ。その柴カットのポメラニアンが、さっき私が倒した骨の魔物で遊んでいる。わふわふと、それはもう楽しそうに。
 しばらく、ぽかんとしてその微笑ましい光景を眺めていたけれど。

「……けて。助けてくれんかのう~」

 どこからともなく悲痛な声が聞こえてきて、我に返る。
 あまりにもか細い声なので、最初は風の音かと思ったけど、確かに「助けて」って言っている。
 まさか、このポメが? ううん、このわふわふと楽しそうな様子は、助けてって感じじゃないな。
 もしかして……この、骨? 

「そこのお嬢さんよ。出会いがしらにバラバラにするとはあんまりじゃ。元通り組み立ててくれい。このモフモフにしゃぶられるのは嫌じゃ~!」

 声がすると同時に、骨がカタカタと小刻みに揺れている。
 ほ、骨だ! やっぱり骨がしゃべってる。

「あ……はい!」

 骨が喋るなんて正直気味が悪いものの、あんまりにも哀れっぽい声で懇願こんがんするので、思わず承諾してしまった。
 いきなりコウモリのガイコツが現れるもんだからビックリして殴っちゃったけど、冷静に考えたら、特に襲われたわけでもない。確かに、あんまりだったかも。

「ワンちゃーん、こっちにおいで~」

 呼ぶと、ポメちゃんは嬉しそうにシッポを振り、骨をくわえてこちらへ駆け寄ってくる。
 あー、めっちゃ可愛い~、なごむ~。

「それ、ぺっしてもらっていいかな?」

 手を差し出して話しかけると、ポメはあっさり骨を離し、私の手にポトリと落とした。

「うわぁ、キミ、すごく賢いんだね! えらいぞ~」

 あごでると、気持ち良さそうに目を細めるポメ。やっぱり犬だ、犬そのものだ。私の実家でも犬飼っているけど、こうして顎を撫でると喜ぶんだよねー。
 しばらく撫で続けていると、ついにはごろんとお腹を出して寝転がった。さも〝もっと撫でろ〟と言いたげだ。すっかりリラックスしているポメちゃんのお腹を撫でてあげる。
 うわぁーおなかもモフモフだぁーー!

「お嬢さん。助けてくれたことは礼を言うが、そのぅ……早く組み立ててくれんかのう……」
「あ、ごめんなさい! ついつい」

 骨に言われてでるのをやめると、ポメちゃんはお腹を見せたまま残念そうな目で見上げてくる。

「ちょっと待ってね、また後でね」

 そう言うと、ポメは大人しく伏せをして待っている。本当におりこうさんだな~。
 さて、散らばった骨を集めなきゃ。
 と、集め始めたはいいけど……辺りは暗いし、小さいパーツもあるから、結構大変。
 燭台しょくだいの近くでジグソーパズルのように並べてみるものの、魔物の骨格なんて知るわけないし、それはそっちじゃないとか、そこが足りないとか骨本人に怒られて、文字通り骨の折れる作業だった。

「まぁ、こんなもんかの」

 ある程度組み上がったところで、骨全体が赤い光を帯びる。それが消えると、コウモリの骨格がふわりと浮き上がった。その蓋骨がいこつに、眼光のように赤い光が揺らめく。うう、やっぱり浮いてしゃべるガイコツなんて気持ち悪い。

「それはそうと、突然殴りつけるとは、なんと乱暴なニンゲンじゃ」

 ギロッと睨みつけられ――目がないからそんな気がしただけだけど――私は縮み上がった。

「す、すみません! だって、私の世界には魔物なんかいなかったし、襲われると思ってびっくりしちゃって……」
「なーーーんじゃとぉーーー!? 失礼な上になーんと不敬な娘じゃ! ワシは魔物などではない!」

 キンキン怒鳴りつけられ、私はひぃっと悲鳴を漏らしながら頭を抱える。どうでもいいけど、ガイコツのくせにどっから声出してるんだろ。魔物に理屈は関係ないのか。
 ……ん? 今魔物じゃないって言った?

「魔物……じゃないの?」

 恐る恐る頭を上げると、ガイコツは腕組みするように骨の翼を器用に組んで言い放つ。

「いかにも! ワシは全ての精霊の頂点に君臨する、精霊王じゃ!!」

 せ……せいれいおう? このコウモリガイコツが?

「ぬ、疑っておるな? 確かに今はこんな姿じゃが、本当のワシはもっと神々こうごうしく勇ましい姿で……そもそもワシの若い頃はじゃな」

 ウンチクウンチクと話が続く。

「……というわけでニンゲンも魔物もワシを精霊王様とあがめ、信仰も厚く、毎月欠かさず祭壇に供え物をして、定期的にワシに感謝する祭りをしておったもんじゃ。しかし勇者と魔王の争いが激しくなってからは、皆ワシら精霊の力を戦争の道具として見るようになって、とくに魔物らの野蛮なことと言ったら……ウンチクウンチク……」

 秘技『ウンチク話を右から左に聞き流すの術』を発動しつつ、私は状況を整理する。
 とりあえず、この魔物……いや精霊王さん? が、お年寄りなのはわかった。話し方といい昔話が長いところといい、実家の向かいに住んでたおじいちゃんにそっくりだ。

「あのぉー、お話し中申し訳ないんですけど、私急いでおりますので……」

 暇なら聞いてあげてもいいんだけど、生憎あいにくと時間のない身。申し訳なさそうに切り出してみると、幸いにも精霊王さんは長話をやめてくれた。

「なんじゃ、つれないのう」
「お話は、また今度聞きますね!」

 三日後、私が生きていたらね……と、遠い目をしつつ社交辞令。ていうか、下手したら魔物にやられて三日未満の命――あっ、そうだ。

「精霊王さん、この魔王城に危険な魔物がたくさんいるって本当ですか?」

 今のところ襲われる気配はないし、この魔物っぽい精霊王さんも悪い人(?)ではなさそうだし。やっぱりあれは魔王の嘘なんじゃないかって思って聞いてみた……んだけど。

「本当じゃよ」

 うわ、やっぱり聞くんじゃなかった。即答されて絶望的な気分になっていると、精霊王さんは翼で私の後ろを指し示した。

「魔物にも、知能を持つ魔族と、どちらかと言うと獣に近い魔獣がおるんじゃが、特に危険な魔獣ならほれ、そこに」
「えええええええええ!? きゃああああああああああ!?」

 突然の宣告に、私は悲鳴を上げ、ハンガーを構えながら振り向いた。と、そこには獰猛どうもうな獣のごとき魔物が……いなかったし、グロテスクな姿をしたゾンビが……いなかった。
 くああ? とあくびの途中のポメちゃんが、口を開けたまま不思議そうに首を傾げている。

「ええと……どこに危険な魔獣がいるんです?」
「お前さんの目の前にいるあのモフモフが見えんのか?」
「……この子のことですか?」

 ポメちゃんのところに歩いていくと、ポメちゃんは立ち上がり、フサフサのシッポをちぎれそうなほどに振ってみせた。私があごでてやれば、嬉しそうに目を細める。

「この子が危険な魔物って、骨の姿の精霊王さんにとってだけなんじゃ……」
「何を言っておる。そいつは正真正銘、この魔王城で一番強い魔獣。冥府めいふの番犬ケルベロスじゃ」
「……へ?」


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