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第十七話 商店街にて
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「うわあ、すごい……!」
思わず感嘆の声を漏らしてしまった私を見て、リエーフさんが微笑む。
いけない、つい子どもみたいにはしゃいでしまった……。けど思わずそうなってしまうくらい、街の商店街は活気に満ち、人で溢れていた。
「ミオさんは商店街に来るのが初めてですか?」
「はい。この世界に来てからしばらくは小さな村で養ってもらっていたんですが。この街に来てすぐにお屋敷に伺ったので、職業斡旋所くらいしかちゃんと見てなかったです」
それまでニコニコと微笑んでいたリエーフさんが、途端にきょとんとした顔をする。そしてその顔は、すぐに怪訝そうなそれへと変わった。
しまった、リエーフさんには私が異世界の住人であることは話していなかった。
でも隠さなければいけないことでもないし、この機会に話しておくことにする。
「あの、ミハイルさんにはお話したことがあるのですが……私はこの世界の者じゃないんです」
「ああ、そうなのですね」
ミハイルさんもそうだったけれど、リエーフさんもいとも容易くそれを受け入れる。
「驚かないんですか?」
「多少驚きましたよ。でもそれより、魔法が使えないことや、あの不思議な文字のこと。色々合点が行くことが多かったので驚くより納得してしまいました」
不思議な文字……、ああ、仕事着に入っているロゴのことか。
「それに、私自身が普通ではないですしね。幽霊がいるなら異世界人もいていいでしょう」
それ、ミハイルさんも同じようなことを言っていたな。あの屋敷が特殊すぎて、非現実的なことには麻痺しているんだろうな。まあ、人のことは言えないけれど。
私だって、異世界に飛ばされるくらいなら、まだ幽霊の方が現実味があると思うもの。
「さて、買い物をしましょうか。ミオさんは何か欲しいものがありますか?」
「え、私……ですか?」
問われて改めて辺りの店を見回す。
服、食べ物、アクセサリー、花やレース、実に様々なものが売られている。けど少し不思議だ。
「魔法で簡単に作れるのに、どうしてわざわざお店に買いにくるんだろう?」
事実、村ではみんなそうしていたから、買い物に行く必要もないし店もなかった。
「魔法で出来上がるものに、個人差があるからではないでしょうか? より使いやすいもの、より好みに合ったもの……、それを求めるのが人間の欲です」
なるほど。手近な店にあった飾り棚を見ると、細かい細工が付いている。誰でもこういうことができるわけではないんだろう。しかし……
私はこの世界の通貨に全然詳しくないけれど、なんだか値段の桁が違う気がする……
「その棚ですか? 大きな買い物ですと、一度予算を確認してみないと……」
「い、いえ! 大丈夫です。少し見ていただけで」
と断りつつも、ふと、この買い物のお金はどこから出ているのか気になった。
ほぼほぼ部屋にこもりきりのミハイルさんは、失礼ながら働いているようには見えないのだけど。
「そういえば、お給料の話を全くしていませんでしたね。しまった、わたくしとしたことが……」
リエーフさんが呻きながら額を押さえる。
確かに、そこは私も気になってはいたのだけれど、部屋も食事もお世話になっている身で、お金まで下さいとはなかなか言い出せなかった。それに、いくらくらいが適正価格なのかもさっぱり見当がつかないし。
「いくらくらいご希望でしたか?」
だから、そんなざっくりしすぎた問いをされても、どう答えていいのかわからない。
「まだ満足な仕事ができていませんし、今のところは……、棚も、修繕する道具があればそれで充分です」
「いやいやミオさん、掃除や修繕にかかるお金を貴方のお給料から頂くわけには参りませんから。もしそういうことに使うのなら言って下さいね」
「でも……」
「そう裕福なわけではありませんが、ミオさんに心配して頂くほど困窮しているわけでもありませんので。遠慮なさらず」
私の考えていることを見透かしたように、リエーフさんが微笑む。あまり遠慮するのも却って失礼か……、だけど、一体そのお金はどこから……
「幽霊がどうやってお金を得ているのか気になっている顔ですね」
「そんなこと」
ずばり直球で言い当てられて、「そんなことない」とも言い切れずにモゴモゴと言葉を濁す。
「一応伯爵家ですのでね……といって、近年は特に何をしているわけでもないのですが。なにぶん当家は不気味ですので。治めるまでもなく治まっているところはありまして」
「はあ」
「取り潰そうにも敷地内では魔法が使えないから一筋縄ではいかないですし。怪奇現象は起こりますし。感度の良い方には指輪がなくとも見えることもありますし。坊ちゃんにはもう少し社交に関わって欲しくはありますが、民衆も城の方々も、我々は敷地内から出てこない方が心安らかなのかもしれません」
リエーフさんの笑顔に少し寂し気なものが混じる。
伯爵家については全く詳しくない上に、この世界の仕組みもいまいちわからないけれど……、察するに、この地方を治めて税金みたいなもので生活しているということなのかな。
「皮肉なことには、この地方は一等平和だったりするのです。絶対の力である魔法が干渉できない上に、幽霊なんていう理解に苦しむものがいる……恐ろしいものを前にすると、人は手を取り合う傾向にあるようで」
魔法が使えないことが畏怖の対象になるのか……、でも普段魔法でなんでもやっている人からしたら、魔法が通じない相手はどう対抗していいのかわからないものなのかな。
ミハイルさんは伯爵家当主として何もしていなくても、幽霊をまとめて大人しくしていればそれで義務は全うされる。現状そういうことなんだろう。
……ミハイルさんは、一生幽霊の守り役としてあの屋敷で過ごすのだろうか。
なんだかそれは、気の毒な気もする。
「おっと、話が逸れてしまいましたね。先に食材の買い物をしてしまいましょうか」
「あ、はい」
さっき見えた寂しげな表情を綺麗に消して、リエーフさんが明るい声を上げる。
結局この日は、数日分の食材のみを買って屋敷へと戻ったのだった。
思わず感嘆の声を漏らしてしまった私を見て、リエーフさんが微笑む。
いけない、つい子どもみたいにはしゃいでしまった……。けど思わずそうなってしまうくらい、街の商店街は活気に満ち、人で溢れていた。
「ミオさんは商店街に来るのが初めてですか?」
「はい。この世界に来てからしばらくは小さな村で養ってもらっていたんですが。この街に来てすぐにお屋敷に伺ったので、職業斡旋所くらいしかちゃんと見てなかったです」
それまでニコニコと微笑んでいたリエーフさんが、途端にきょとんとした顔をする。そしてその顔は、すぐに怪訝そうなそれへと変わった。
しまった、リエーフさんには私が異世界の住人であることは話していなかった。
でも隠さなければいけないことでもないし、この機会に話しておくことにする。
「あの、ミハイルさんにはお話したことがあるのですが……私はこの世界の者じゃないんです」
「ああ、そうなのですね」
ミハイルさんもそうだったけれど、リエーフさんもいとも容易くそれを受け入れる。
「驚かないんですか?」
「多少驚きましたよ。でもそれより、魔法が使えないことや、あの不思議な文字のこと。色々合点が行くことが多かったので驚くより納得してしまいました」
不思議な文字……、ああ、仕事着に入っているロゴのことか。
「それに、私自身が普通ではないですしね。幽霊がいるなら異世界人もいていいでしょう」
それ、ミハイルさんも同じようなことを言っていたな。あの屋敷が特殊すぎて、非現実的なことには麻痺しているんだろうな。まあ、人のことは言えないけれど。
私だって、異世界に飛ばされるくらいなら、まだ幽霊の方が現実味があると思うもの。
「さて、買い物をしましょうか。ミオさんは何か欲しいものがありますか?」
「え、私……ですか?」
問われて改めて辺りの店を見回す。
服、食べ物、アクセサリー、花やレース、実に様々なものが売られている。けど少し不思議だ。
「魔法で簡単に作れるのに、どうしてわざわざお店に買いにくるんだろう?」
事実、村ではみんなそうしていたから、買い物に行く必要もないし店もなかった。
「魔法で出来上がるものに、個人差があるからではないでしょうか? より使いやすいもの、より好みに合ったもの……、それを求めるのが人間の欲です」
なるほど。手近な店にあった飾り棚を見ると、細かい細工が付いている。誰でもこういうことができるわけではないんだろう。しかし……
私はこの世界の通貨に全然詳しくないけれど、なんだか値段の桁が違う気がする……
「その棚ですか? 大きな買い物ですと、一度予算を確認してみないと……」
「い、いえ! 大丈夫です。少し見ていただけで」
と断りつつも、ふと、この買い物のお金はどこから出ているのか気になった。
ほぼほぼ部屋にこもりきりのミハイルさんは、失礼ながら働いているようには見えないのだけど。
「そういえば、お給料の話を全くしていませんでしたね。しまった、わたくしとしたことが……」
リエーフさんが呻きながら額を押さえる。
確かに、そこは私も気になってはいたのだけれど、部屋も食事もお世話になっている身で、お金まで下さいとはなかなか言い出せなかった。それに、いくらくらいが適正価格なのかもさっぱり見当がつかないし。
「いくらくらいご希望でしたか?」
だから、そんなざっくりしすぎた問いをされても、どう答えていいのかわからない。
「まだ満足な仕事ができていませんし、今のところは……、棚も、修繕する道具があればそれで充分です」
「いやいやミオさん、掃除や修繕にかかるお金を貴方のお給料から頂くわけには参りませんから。もしそういうことに使うのなら言って下さいね」
「でも……」
「そう裕福なわけではありませんが、ミオさんに心配して頂くほど困窮しているわけでもありませんので。遠慮なさらず」
私の考えていることを見透かしたように、リエーフさんが微笑む。あまり遠慮するのも却って失礼か……、だけど、一体そのお金はどこから……
「幽霊がどうやってお金を得ているのか気になっている顔ですね」
「そんなこと」
ずばり直球で言い当てられて、「そんなことない」とも言い切れずにモゴモゴと言葉を濁す。
「一応伯爵家ですのでね……といって、近年は特に何をしているわけでもないのですが。なにぶん当家は不気味ですので。治めるまでもなく治まっているところはありまして」
「はあ」
「取り潰そうにも敷地内では魔法が使えないから一筋縄ではいかないですし。怪奇現象は起こりますし。感度の良い方には指輪がなくとも見えることもありますし。坊ちゃんにはもう少し社交に関わって欲しくはありますが、民衆も城の方々も、我々は敷地内から出てこない方が心安らかなのかもしれません」
リエーフさんの笑顔に少し寂し気なものが混じる。
伯爵家については全く詳しくない上に、この世界の仕組みもいまいちわからないけれど……、察するに、この地方を治めて税金みたいなもので生活しているということなのかな。
「皮肉なことには、この地方は一等平和だったりするのです。絶対の力である魔法が干渉できない上に、幽霊なんていう理解に苦しむものがいる……恐ろしいものを前にすると、人は手を取り合う傾向にあるようで」
魔法が使えないことが畏怖の対象になるのか……、でも普段魔法でなんでもやっている人からしたら、魔法が通じない相手はどう対抗していいのかわからないものなのかな。
ミハイルさんは伯爵家当主として何もしていなくても、幽霊をまとめて大人しくしていればそれで義務は全うされる。現状そういうことなんだろう。
……ミハイルさんは、一生幽霊の守り役としてあの屋敷で過ごすのだろうか。
なんだかそれは、気の毒な気もする。
「おっと、話が逸れてしまいましたね。先に食材の買い物をしてしまいましょうか」
「あ、はい」
さっき見えた寂しげな表情を綺麗に消して、リエーフさんが明るい声を上げる。
結局この日は、数日分の食材のみを買って屋敷へと戻ったのだった。
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