幽霊屋敷の掃除婦

羽鳥紘

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第十五話 一難去って

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 ――ミオ――



 誰かが呼んでる。もう朝かな。仕事に行かないと。

 いや違う、そうじゃない。気が遠くなっている場合じゃない。このままじゃ、ミハイルさんがライサたちを。

「やめて、ミハイルさん! ライサたちに酷いことしないで!」

 叫んで、飛び起きると、ぽかんとしたミハイルさんと目があった。
 何を言っているんだと言いたげな彼を見て、辺りを見回す。
 ライサもアラムさんの姿は見えなくて、私はベッドの上。

 あれ……? あれは、夢だったの?

「……酷いことをしたのは、ライサたちの方だろう」

 呆れたように口にするミハイルさんを見て……私は状況の把握に努めることにした。
 やっぱり夢じゃない。私はきっと、あのまま気を失ってしまったんだろう。

「すみません……私、迷惑を」
「だから、かけたのは幽霊たちの方だ。……怪我は」
「大丈夫です。ミハイルさんの方が」
「手当済みだ」

 きっちりと包帯の巻かれた手を上げて、ミハイルさんが答える。そして、目を逸らした。

「……引いただろう」
「……何にですか? あ、それ、手当したのリエーフさんですよね。良かった、リエーフさんは正気で」

 ミハイルさんが私に目を戻す。何か言いかけて唇が動き、だが何の言葉も紡がないまま閉じられる。

 ……そりゃ、何も思わなくはない。
 いきなり自分を刺したのもそうだし、魔法よりよくわからない呪術みたいなものを目の前で使われたら。
 だけど私を助けるために使ったものを気持ち悪いだなんて言えるわけがない。
 私がわざと話を逸らしたことくらいミハイルさんにはわかっていただろうけど、汲んでくれたのか、彼はそれ以上自らの話はせずに私の話に合わせてきた。

「他の幽霊たちも落ち着いた。アラムもライサも、お前や俺を襲った記憶がないそうだ。今リエーフが詳しく話を聞いている。お前はもう少し休め」

 話を聞いて、ほっとした。
 やっぱりアラムさんもライサも自分の意志であんなことをしたんじゃないんだ。
 それがわかっただけでもすごく安堵してしまって、私は起こしかけた体をベッドに沈めた。

 ……そのとき気がついた。
 私の部屋のベッドよりもとても柔らかくて大きい。ここ、もしかして――

「ミハイルさんの部屋ですか?」
「ああ。さすがにこんな状態では危ないだろう。屋敷に幽霊が増えるのはごめんだ」

 洒落にならない冗談だ。鳥肌が立って、私は両腕をさすった。

 思い出すと、今でも震えてくる。初めて彼らを怖いと思った。
 今は落ち着いたと言われても、これから私は今まで通りライサたちと話せるのだろうか。
 そんな私の不安を見抜いたように、ミハイルさんが声を掛けてくる。

「これでわかっただろう? あいつらが人ではないということ……そしてそれらの主たる俺も、普通ではないと言うことが。わかったらさっさと出て――」
「出て行きませんし、辞めません」

 彼の言葉が終わらないうちに、私は何度も口にしてきた言葉を重ねる。

「まだお掃除できていないところがたくさんあるんです。途中で放棄するなんてできません」
「死にかけたのに掃除か? お気楽にもほどがある」
「なら、ここを出てどうすればいいんですか。私には他に行く当てがないんです!」

 再び起き上がり、思わず声を荒げてしまってから――、
 虚を突かれたようなミハイルさんの顔を見て、はっとして口を押える。

「すみません、私……失礼なことばかり言って。こんな口の悪い使用人、出て行けと言われても仕方ないですね」

 肩を落として、私はベッドを降りた。
 主人の足を引っ張った上に、ベッドを占領して八つ当たり。酷いにも程がある。
 やっと、一つ目の目的が叶ったと思ったけれど……また一から出直しかもしれない。


「……俺が一言多い所為だろう」


 心の声が表に出てしまったのかと思った。
 降ってきた声に顔をあげると、溜息をつくミハイルさんと目が合った。

「だがお前も一言多い。しかも何を言うにも顔色一つ変えん」

 それは、確かに自覚がある……。
 元々、あまり愛想のある方じゃないのに、就職面接を繰り返すうち、すっかり貼りついたような表情しかできなくなった。良くも悪くも、心で何を思っていても外には出なくなった……はずなのに。

「そんなお前に泣きそうな顔をされると、余計な一言が思いつかん」
「な――泣いてませんけど!?」
「あぁ。今のが余計な一言になったか」

 予想外のことを言われて声が荒くなる。そんな私を見て、面白そうに笑うミハイルさんが笑う。
 私、いったいどんな顔をしていたのだろう。今までで一番ここを出て行きたくなった。
 けれどやっぱり……行く当てがないこともあるけれど、まだ掃除が済んでいないのに、中途半端に仕事を投げ出したくない。それが一番だ。

「お願いです、ミハイルさん。もう少しここに居させて下さい。やっと掃除が軌道に乗ってきたところなんです。やめられません」
「そう言うと思った」


 呆れたように、ミハイルさんは溜息をついた。
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