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第八十話 策
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足音がピタリと部屋の前で止まる。
「隠れた方が……」
「遅いし無駄だ」
レナートに視線を走らせた私に、扉を注視したままフェオドラさんがピシャリと告げる。
確かに、調べられたらどうしようもないし。レナート自身もそう思っているのだろう、微動だにしない。間を置かずにノックもなく扉が開き、トルビン中佐が姿を現す。彼は私達とレナートを見て、ニヤリと意地の悪い笑みを顔に張り付けた。
「これはこれは……レノヴァ少佐。まさか少佐が無法者を匿っていたとは」
「失敬な。私が無法者を捕らえたという発想にはならんものか」
「だったらとっとと引き渡してもらおう」
確かに、少し騒がしかったかもしれないけれど。こうもタイミング良く中佐本人が来た上に、この言動……フェオドラさんの粗探しでもしていたのだろうか。
中佐の要求を受けて、ちらりとフェオドラさんがレナートを見、彼が身構える。
扉には中佐が立ち塞がり、その後ろにも帝国兵。部屋の窓は天井付近に明かり採り程度のものがあるだけで、そこから脱出するのは難しそう。レナートがフェオドラさんと中佐をやりすごして逃げることはまず不可能だろう。
それなら……私たちがレナートの逃走を助けるか。だけど決してレナートは私たちの味方ではないし、友人というわけでもない。フェオドラさんや、私達自身の立場を悪くしてまで助けるべきかどうかと考えると……果たしてミハイルさんが協力してくれるかどうか。リエーフさんならもしかして……いや、彼の主人はあくまでミハイルさんだ。私についてくれると思わない方がいい。
考えろ。フェオドラさんに迷惑を掛けず、帝国での私達の立場も悪くせず、なんとかミハイルさんに協力してもらって、レナートが中佐に捕まるのを回避するには――
「き、きゃあー!」
我ながら棒読みの悲鳴を上げつつ、私は勢いよくレナートにタックルした。唖然とするレナートが余計なことを言う前に、フェオドラさんに視線を送る。
「……人質とは卑怯な真似をする」
すぐに意図を理解してくれたフェオドラさんが、私よりずっとマシな演技でフォローしてくれる。ミハイルさんには露骨に舌打ちされた。確実に私へのものだが、いい感じに芝居に合ってるのが不幸中の幸いか。
「すまんな中佐。私の客人に手を出されたからには、黙って引き渡す訳にはいかん。私の管轄として扱わせてもらおう」
「貴様……ッ」
中佐に捕まってしまっては、私たちがレナートをどうこうすることはできない。だけど相手がフェオドラさんなら、私たちが帝国に行くならどんな要件も飲むと言う以上は取引の余地がある。
レナートを助けなきゃ行けない理由はないかもしれない。でもレナートには恩がなくもない……それに、まだ聞きたいこともある。何より、理由がないからといって、黙って捕まるのを眺めていることは私にはできなかった。
「余計なことを」
「一人じゃ帝都に行くのもイスカに帰るのも無理よ。とにかくこの場の主導権をフェオドラさんに移す。合わせて」
「だからといって、女を人質に取るなど……ッ」
この場でイニシアチブをフェオドラさんに移すには、彼女の任務上重要人物である私たちがレナートに関わればいい。中佐に説得は通じなそうだし、他に方法を考えている暇もない。
私の策に対してレナートは不満そうにブツブツ言ってたけど、彼にも一人で突破するのは無理があるとわかっているのだろう。
「……仕方ない。不本意だが、こいつに傷をつけられたくなければ道を開けてもらおうか」
私の首に腕を回し、レナートが棒読み気味に周囲を牽制する。さすがにそれで道を開けては貰えないが、中佐が剣に手をかけつつ、判断を迷う様子を見せる。その彼の前に進み出たのはミハイルさんだった。溜息をつきながら、こちらを向いてボソリと呟く。
「その手を離せ」
鬼気迫る様子で言うその様は、この中で一番演技が上手いのだが……
「……芝居だよな……?」
「う、うん……多分……」
冷や汗を流してレナートがぼそりと呟く。
違うかもしれない。
でももしかしたら乱闘騒ぎにして、混乱に乗じて逃がしてくれようとしてるのかもしれない。違ったとしても、ミハイルさんに捕まって身柄がフェオドラさんに行けばよしだ。ということにさせてもらおう。
しかし、事態はそう上手くは運ばなかった。
ギィン! という甲高い音がしてそちらを見れば、フェオドラさんが鞘ごと外した剣で中佐の抜き身の剣を受けていた。
「なんのつもりだ?」
その口調こそ、いつもとさほど変わりはないが。その表情に、いつものカラッとした曇りなさはない。
「貴様こそ。またそうやって手柄を横取りする気だろう」
「また……とは? 幽霊伯爵の件なら、彼がネメスを訪れたことを私が報告しなかった為だ。彼を連れて来れば不問、できねば首が飛ぶ。手柄どころか背水の陣なんだがな」
「ならばその首飛ばしてくれる。幽霊伯爵の身柄は私に預からせてもらおう」
「お前に御せる相手ではないと思うが」
「口の利き方に気を付けろ!!」
憎々しげな叫び声と共に、中佐が力尽くでフェオドラさんの剣を押し上げる。渋面で彼女がそれを捌いて後退する。
「何をしている、レノヴァ少佐は無法者についた! 捕らえろ! 切り捨てても構わん!」
中佐の叫び声と共に、外に控えていた彼の部下たちが部屋に飛び込んでくる。
「少し落ち着け。……と言っても、無駄か。止むを得んな」
一斉に剣を抜き放ってこちらに相対する帝国兵たちを一瞥して、フェオドラさんが抑揚のない声で呟く。そして――彼女もまた、鞘から剣を引き抜いた。
「隠れた方が……」
「遅いし無駄だ」
レナートに視線を走らせた私に、扉を注視したままフェオドラさんがピシャリと告げる。
確かに、調べられたらどうしようもないし。レナート自身もそう思っているのだろう、微動だにしない。間を置かずにノックもなく扉が開き、トルビン中佐が姿を現す。彼は私達とレナートを見て、ニヤリと意地の悪い笑みを顔に張り付けた。
「これはこれは……レノヴァ少佐。まさか少佐が無法者を匿っていたとは」
「失敬な。私が無法者を捕らえたという発想にはならんものか」
「だったらとっとと引き渡してもらおう」
確かに、少し騒がしかったかもしれないけれど。こうもタイミング良く中佐本人が来た上に、この言動……フェオドラさんの粗探しでもしていたのだろうか。
中佐の要求を受けて、ちらりとフェオドラさんがレナートを見、彼が身構える。
扉には中佐が立ち塞がり、その後ろにも帝国兵。部屋の窓は天井付近に明かり採り程度のものがあるだけで、そこから脱出するのは難しそう。レナートがフェオドラさんと中佐をやりすごして逃げることはまず不可能だろう。
それなら……私たちがレナートの逃走を助けるか。だけど決してレナートは私たちの味方ではないし、友人というわけでもない。フェオドラさんや、私達自身の立場を悪くしてまで助けるべきかどうかと考えると……果たしてミハイルさんが協力してくれるかどうか。リエーフさんならもしかして……いや、彼の主人はあくまでミハイルさんだ。私についてくれると思わない方がいい。
考えろ。フェオドラさんに迷惑を掛けず、帝国での私達の立場も悪くせず、なんとかミハイルさんに協力してもらって、レナートが中佐に捕まるのを回避するには――
「き、きゃあー!」
我ながら棒読みの悲鳴を上げつつ、私は勢いよくレナートにタックルした。唖然とするレナートが余計なことを言う前に、フェオドラさんに視線を送る。
「……人質とは卑怯な真似をする」
すぐに意図を理解してくれたフェオドラさんが、私よりずっとマシな演技でフォローしてくれる。ミハイルさんには露骨に舌打ちされた。確実に私へのものだが、いい感じに芝居に合ってるのが不幸中の幸いか。
「すまんな中佐。私の客人に手を出されたからには、黙って引き渡す訳にはいかん。私の管轄として扱わせてもらおう」
「貴様……ッ」
中佐に捕まってしまっては、私たちがレナートをどうこうすることはできない。だけど相手がフェオドラさんなら、私たちが帝国に行くならどんな要件も飲むと言う以上は取引の余地がある。
レナートを助けなきゃ行けない理由はないかもしれない。でもレナートには恩がなくもない……それに、まだ聞きたいこともある。何より、理由がないからといって、黙って捕まるのを眺めていることは私にはできなかった。
「余計なことを」
「一人じゃ帝都に行くのもイスカに帰るのも無理よ。とにかくこの場の主導権をフェオドラさんに移す。合わせて」
「だからといって、女を人質に取るなど……ッ」
この場でイニシアチブをフェオドラさんに移すには、彼女の任務上重要人物である私たちがレナートに関わればいい。中佐に説得は通じなそうだし、他に方法を考えている暇もない。
私の策に対してレナートは不満そうにブツブツ言ってたけど、彼にも一人で突破するのは無理があるとわかっているのだろう。
「……仕方ない。不本意だが、こいつに傷をつけられたくなければ道を開けてもらおうか」
私の首に腕を回し、レナートが棒読み気味に周囲を牽制する。さすがにそれで道を開けては貰えないが、中佐が剣に手をかけつつ、判断を迷う様子を見せる。その彼の前に進み出たのはミハイルさんだった。溜息をつきながら、こちらを向いてボソリと呟く。
「その手を離せ」
鬼気迫る様子で言うその様は、この中で一番演技が上手いのだが……
「……芝居だよな……?」
「う、うん……多分……」
冷や汗を流してレナートがぼそりと呟く。
違うかもしれない。
でももしかしたら乱闘騒ぎにして、混乱に乗じて逃がしてくれようとしてるのかもしれない。違ったとしても、ミハイルさんに捕まって身柄がフェオドラさんに行けばよしだ。ということにさせてもらおう。
しかし、事態はそう上手くは運ばなかった。
ギィン! という甲高い音がしてそちらを見れば、フェオドラさんが鞘ごと外した剣で中佐の抜き身の剣を受けていた。
「なんのつもりだ?」
その口調こそ、いつもとさほど変わりはないが。その表情に、いつものカラッとした曇りなさはない。
「貴様こそ。またそうやって手柄を横取りする気だろう」
「また……とは? 幽霊伯爵の件なら、彼がネメスを訪れたことを私が報告しなかった為だ。彼を連れて来れば不問、できねば首が飛ぶ。手柄どころか背水の陣なんだがな」
「ならばその首飛ばしてくれる。幽霊伯爵の身柄は私に預からせてもらおう」
「お前に御せる相手ではないと思うが」
「口の利き方に気を付けろ!!」
憎々しげな叫び声と共に、中佐が力尽くでフェオドラさんの剣を押し上げる。渋面で彼女がそれを捌いて後退する。
「何をしている、レノヴァ少佐は無法者についた! 捕らえろ! 切り捨てても構わん!」
中佐の叫び声と共に、外に控えていた彼の部下たちが部屋に飛び込んでくる。
「少し落ち着け。……と言っても、無駄か。止むを得んな」
一斉に剣を抜き放ってこちらに相対する帝国兵たちを一瞥して、フェオドラさんが抑揚のない声で呟く。そして――彼女もまた、鞘から剣を引き抜いた。
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