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第六十三話 選択肢
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部屋に二人残されると、ミハイルさんはぐったりとソファの背もたれに身を沈めた。
「何故か異様に疲れた……」
「ミハイルさんの周りって、なんだか強引な女性が多いですね」
「…………」
返事はなかったが、こちらを向いた目が「お前が言うか」と雄弁に語っている。
自覚がないではないけど……、他の面々程じゃないと思うけどな。
「……どうするんですか?」
「どうすればいいと思う」
「え? ……私、ですか?」
問いを問いで返されて、少し戸惑う。すぐに返せるような答えを持ち合わせていなくて、間を埋めるために口をつけてなかったカップに手をかける。お茶はすっかり冷めていたけど、冷えても美味しいのはさすがリエーフさんだ。腕はもちろん、そういう葉を選んでもいるのだろう。
「……私にはわかりません」
結局、そんな答えしか返せなかった。だが、役に立たないと思われた私の返答に、ミハイルさんは体を起こした。
「行くなとは言わんのだな」
「それは、もちろん行って欲しくないです。……どこにも行って欲しくない。叶うならこのままずっと、お屋敷で静かに暮らせればと思っています」
「珍しいな。お前がそんなことを言うのは」
ミハイルさんが、残っていたお茶を飲み干す。
……確かにそうだ。そんな、あり得ない願望めいたことを、あまり表に出すことは今までなかったかもしれない。
そしてそれを珍しいと言うからには、ミハイルさんにもわかっている。それが叶わない「もしも」でしかないことを。
「実際にはそうは行かないですよね」
「そうだな……、イスカは動かければ静観する可能性もあるが、帝国はそうもいかん。その気になれば武力を持たないロセリアなどひと溜まりもない」
でも今はそうしない。
それはミハイルさんが帝国を退けたからだ。
その力を得るにも消すにも、闇雲に攻めることにリスクを見た。だからこそ均衡を保った。だけどこうして動き出した今、ミハイルさんが帝国に抗い続ければ最悪全力で潰しにくるかもしれない。
「俺が帝国を退けたのは、間違いだったのかもしれん……、そのせいで未だプリヴィデーニだけ技術も遅れているしな」
「技術が進んでいれば必ずしも幸せだとは限りませんよ。それに、ミハイルさんが戦わなければロセリアは思うままに蹂躙されていたかもしれません」
「全て仮定の話だ」
「ええ。だからこそ、起きてしまったことを後悔しても何にもなりません」
「……手厳しいな」
溜息と共に吐き出して、ミハイルさんは再びソファにもたれて目を伏せた。
「ごめんなさい。でも、今のミハイルさんには、気休めより現実的な言葉が必要だと思ったから」
「…………」
しばらく静寂が続く。そろそろリエーフさんが戻ってくる頃だろうか。カップを片付けようと立ち上がりかけた私の手を、ミハイルさんが掴んで止める。
「もし少しでも俺を頼る気があるなら……駆け引きなどするな。お前こそ、もう少し甘えろ」
「……私は、いつも甘えてばかりです……」
「もう少しわかりやすく甘えてくれ」
「貴方に言われたくありませんが……」
多分、気付いているのだろう。私が飲み込んだ言葉に。
「……きっとフェオドラさんは今、窮地にいます」
応じなければ恐らく彼女の命はない。
恐らく、ミハイルさんがネメス領主邸にいたことが帝国にバレてしまったんじゃないだろうか。彼女は皇帝がミハイルさんの力に興味を示していることを知っていながら、彼を捕らえる絶好のチャンスを手放して私たちをプリヴィデーニに帰してくれた。
私は帝国のことも軍隊のことも知らない。知らないけど、それが彼女の立場を悪くするだろうことくらいは想像がつく。
だけど、彼女は決して味方じゃない。恩はあれど、深い仲でもない。
助ける義理があるわけじゃない。しかも、ミハイルさんの身を危険に晒してまで。
「そうだな。頼んだことでないとはいえ、俺を庇ったせいで死なれるのは寝覚めが悪い。死霊になって当家に来られても迷惑だ」
私の頭に手を置いて、ふっとミハイルさんが目を細める。だけど、それを直視できなかった。
「甘いと叱って下さい……、私は情に流されて、大局を見られていません」
レナートがいたらきっと叱られる。
フェオドラさんだって、もっと情に訴えることもできたはず。私がそれに弱いであろうこともわかっていたはず。だけどそれをしなかった。
「否定はしない。目の前の一つを切り捨てられずに全てを失うなどは愚策の極みだ。だが選択肢は常に極論の二択とは限らん。……それを教えてくれたのはお前だ」
リエーフさんの足音が聞こえて、ミハイルさんは手を放すと立ち上がった。
「お前が気に病むことはない。呼ばれているのも答えを出すのも俺だ。今少し時間もある。リエーフや他の者の意見も聞いて考えるさ」
「そうですね。ふふ……、ミハイルさん、なんだか急にかっこよくなりましたね」
「最初はどういう目で見ていたのかを考えると喜べんな」
そうは言いながらも、彼は少し照れ臭そうにそっぽを向いた。
「何故か異様に疲れた……」
「ミハイルさんの周りって、なんだか強引な女性が多いですね」
「…………」
返事はなかったが、こちらを向いた目が「お前が言うか」と雄弁に語っている。
自覚がないではないけど……、他の面々程じゃないと思うけどな。
「……どうするんですか?」
「どうすればいいと思う」
「え? ……私、ですか?」
問いを問いで返されて、少し戸惑う。すぐに返せるような答えを持ち合わせていなくて、間を埋めるために口をつけてなかったカップに手をかける。お茶はすっかり冷めていたけど、冷えても美味しいのはさすがリエーフさんだ。腕はもちろん、そういう葉を選んでもいるのだろう。
「……私にはわかりません」
結局、そんな答えしか返せなかった。だが、役に立たないと思われた私の返答に、ミハイルさんは体を起こした。
「行くなとは言わんのだな」
「それは、もちろん行って欲しくないです。……どこにも行って欲しくない。叶うならこのままずっと、お屋敷で静かに暮らせればと思っています」
「珍しいな。お前がそんなことを言うのは」
ミハイルさんが、残っていたお茶を飲み干す。
……確かにそうだ。そんな、あり得ない願望めいたことを、あまり表に出すことは今までなかったかもしれない。
そしてそれを珍しいと言うからには、ミハイルさんにもわかっている。それが叶わない「もしも」でしかないことを。
「実際にはそうは行かないですよね」
「そうだな……、イスカは動かければ静観する可能性もあるが、帝国はそうもいかん。その気になれば武力を持たないロセリアなどひと溜まりもない」
でも今はそうしない。
それはミハイルさんが帝国を退けたからだ。
その力を得るにも消すにも、闇雲に攻めることにリスクを見た。だからこそ均衡を保った。だけどこうして動き出した今、ミハイルさんが帝国に抗い続ければ最悪全力で潰しにくるかもしれない。
「俺が帝国を退けたのは、間違いだったのかもしれん……、そのせいで未だプリヴィデーニだけ技術も遅れているしな」
「技術が進んでいれば必ずしも幸せだとは限りませんよ。それに、ミハイルさんが戦わなければロセリアは思うままに蹂躙されていたかもしれません」
「全て仮定の話だ」
「ええ。だからこそ、起きてしまったことを後悔しても何にもなりません」
「……手厳しいな」
溜息と共に吐き出して、ミハイルさんは再びソファにもたれて目を伏せた。
「ごめんなさい。でも、今のミハイルさんには、気休めより現実的な言葉が必要だと思ったから」
「…………」
しばらく静寂が続く。そろそろリエーフさんが戻ってくる頃だろうか。カップを片付けようと立ち上がりかけた私の手を、ミハイルさんが掴んで止める。
「もし少しでも俺を頼る気があるなら……駆け引きなどするな。お前こそ、もう少し甘えろ」
「……私は、いつも甘えてばかりです……」
「もう少しわかりやすく甘えてくれ」
「貴方に言われたくありませんが……」
多分、気付いているのだろう。私が飲み込んだ言葉に。
「……きっとフェオドラさんは今、窮地にいます」
応じなければ恐らく彼女の命はない。
恐らく、ミハイルさんがネメス領主邸にいたことが帝国にバレてしまったんじゃないだろうか。彼女は皇帝がミハイルさんの力に興味を示していることを知っていながら、彼を捕らえる絶好のチャンスを手放して私たちをプリヴィデーニに帰してくれた。
私は帝国のことも軍隊のことも知らない。知らないけど、それが彼女の立場を悪くするだろうことくらいは想像がつく。
だけど、彼女は決して味方じゃない。恩はあれど、深い仲でもない。
助ける義理があるわけじゃない。しかも、ミハイルさんの身を危険に晒してまで。
「そうだな。頼んだことでないとはいえ、俺を庇ったせいで死なれるのは寝覚めが悪い。死霊になって当家に来られても迷惑だ」
私の頭に手を置いて、ふっとミハイルさんが目を細める。だけど、それを直視できなかった。
「甘いと叱って下さい……、私は情に流されて、大局を見られていません」
レナートがいたらきっと叱られる。
フェオドラさんだって、もっと情に訴えることもできたはず。私がそれに弱いであろうこともわかっていたはず。だけどそれをしなかった。
「否定はしない。目の前の一つを切り捨てられずに全てを失うなどは愚策の極みだ。だが選択肢は常に極論の二択とは限らん。……それを教えてくれたのはお前だ」
リエーフさんの足音が聞こえて、ミハイルさんは手を放すと立ち上がった。
「お前が気に病むことはない。呼ばれているのも答えを出すのも俺だ。今少し時間もある。リエーフや他の者の意見も聞いて考えるさ」
「そうですね。ふふ……、ミハイルさん、なんだか急にかっこよくなりましたね」
「最初はどういう目で見ていたのかを考えると喜べんな」
そうは言いながらも、彼は少し照れ臭そうにそっぽを向いた。
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