死霊使いの花嫁

羽鳥紘

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第三十四話 ぎくしゃく

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 夢からさめて目をあける。
 だいぶ見慣れてきた部屋。お屋敷の私の部屋。
 ここを私の家だとまでは、まだ思えない。それには前世の記憶が邪魔をする。思い出せば悲しくなるときもある。
 けれど、最近の私は、別のことばかり考えている――

「おはようございます、ミオ様」

 私が起きるのを待っていたかのように、リエーフさんがノックをする。あれ……、私寝坊したかな。
 起き上がって扉を開けると、リエーフさんがにっこりと微笑む。

「ご朝食の支度ができました」
「えっ、もうそんな時間ですか」
「まだお疲れなのでしょう。もう少し休まれますか?」
「いえ、すぐ行きます。あの……ミハイルさんは?」
「もうお見えですよ」

 名前を口にするだけで。
 鼓動が早まりそうなのが、リエーフさんにはバレているのだろうか。
 終始にこにこしている彼に、私はあくまでポーカーフェイスを貫く。

「先に食べてて下さい」

 すぐに行くとは言ったものの、まだ着替えてすらいない。髪もボサボサだ。……そんな姿でリエーフさんに応対するのもどうよという話であるが。

「……それでは、一応お伝えしてはおきます」

 もって回った言い方だな。
 多分、待っていてくれるのだろう。リエーフさんが退室したあと、急いで寝間着を脱ぎ捨てる。
 待っていてくれなくてもいいのに。
 なんなら別々でいいのに。顔を合わせるのが気まずい。

 あんなこと、言わなきゃ良かった。
 なんで言っちゃったんだろ。なんか、ニーナさんが来てからずっと煮え切らない自分が嫌だったから。はっきりしておきたくて。でも、言い方をもう少し考えるべきだった。
 ……だけど。
 着替えを終えて、髪をとかして、いつものようにゆるく束ねる。それから……額に手をあてる。

 前世の記憶。大事な家族、好きだった仕事。それを考えないようにしていたのは、辛くなるからだったけど。
 近頃、考えないようにするでもなく、考えなくなった。記憶がどんどん遠くなっていってしまう。そういうものなのか、私が薄情な人間なのか。

 多分、薄情なんだ。

 手を降ろして、とぼとぼと部屋を出る。
 食堂の扉を開けると、案の定、彼は一口も食事に手をつけていなかった。

「先に食べてて下さいって言ったのに」
「別に待っていたわけじゃない」

 なら何なのだ。
 リエーフさんが気にするようにチラチラこちらを見ているのに気付いて、口を閉じる。席につくと、静かな食事が始まる。
 リエーフさんすら喋らないので、シルバーと食器がふれ合う音しか聞こえない。

「……体調でも悪いのか?」

 それが裂かれたのは唐突だった。
 寝坊したことについてなのか、黙っていることについてなのか。それはわからないけど。
 声には気遣うような響きがあって、余計に顔が上げられなくなる。

「いえ。そういうわけじゃ」

 いつも通りの声が出せているのか。
 いつも通りの答えができているのか。
 どうしてこう、いちいち考えないと喋れないのか。
 いや、それよりも。

「ミハイルさんの方こそ。怪我は」
「何ともない」
「本当に?」

 隠してるんじゃないかと思って、つい顔をうかがってしまった。

「……本当だ」

 少しほっとしたように微笑む彼を見て、顔を上げたことを後悔する。
 何でもないように食事を再開するけど。どうせバレてる、ミハイルさんにもリエーフさんにも。
 だめだ。意識しすぎてしまう。馬鹿みたいだ。

「……お二人とも」

 そこで初めて、成り行きを見守っていたリエーフさんが口を開いた。

「お戻りになってから少し変ですね。何かありました?」

 勘繰るようなリエーフさんの声。心配そうな口ぶりはしているけれど、顔は興味津々なの、隠そうともしていない。
 何も、と答える。
 リエーフさんに見られていたら色々突っ込まれそうなことはあったかもしれないが……、しかし、こんなことを聞くってことは、あのとき感じたリエーフさんの気配はやっぱり、気のせいだったのかな。そりゃそうか。

 あのとき――

 ……、思い出さないようにしてたのに。

「そうですか。わたくしはまたてっきり、わたくしがいないのをいいことに、坊っちゃんが無理矢理迫ったのかと思いました」
「誰がそんなことするか」

 ガチッと。
 サラダをつついていた私のフォークが、思い切りお皿にぶつかった音がする。

「あ……いや。その」

 何かを感じ取ったのか、ミハイルさんが急に口ごもる。ぴくり、とリエーフさんの肩が動く。
 それを気にしなかったわけではないのだろうが。どのみち、屋敷のどこで何を言おうが、リエーフはんは聞き付けるのだろうと、そう思ったのはミハイルさんも同じだったのだろう。

「すまなかった。そういうつもりでは」

 気まずそうに、ミハイルさんが口ごもる。
 そのとき天井からすいっとレイラが姿を現した――のだけど、気付いていながら、そのとき喉元まできていた言葉はもう止まらなかった。

「ならどんなつもりであんなことしたんですか?」

 あんなこと、とレイラが復唱し、リエーフさんに「しっ」と注意される。

「それは……だから……」

 二人の姿が目に入っていないわけがないのに、ミハイルさんにもそれを気にかける余裕がないらしかった。

「だから……、お前こそ、あんなこと言っておきながら……、 屋敷を出ないのはリエーフやレイラがいるからみたいなことを言うからだな……」

 あんなこと、と、レイラとリエーフさんの声がハモる。

「あ、あれは! 違うんです!」
「ほらみろ、やっぱり違うんだろうが! だからよく考えろと言ったんだ!」
「違います! そっちじゃなくて! その前にも……っ!」

 額を押さえた私を見て、ミハイルさんが一瞬怯む。

「だから、それは……、謝っただろう!」
「謝るなら、しないで下さい!」

 私たちが言葉を発する度、それに合わせてレイラとリエーフさんの目線も行ったり来たりする。それを見て、ミハイルさんが言葉を飲み込む。

「……もういいです」

 深呼吸を挟んで、席を立つ。
 そして、はらはらと見守る二人と、気圧されたようなミハイルさんを置いて、私は食堂を後にした。
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