死霊使いの花嫁

羽鳥紘

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第二十五話 フェリニの街

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 このロセリアという国は、自然の美しい国だ。
 馬上から景色を眺め続けていたけれど、全く飽きることはなかった。川も泉も水は透き通っていたし、林の木漏れ日、ときおり通り過ぎる花畑、どれも溜息が出るほど美しくて、降りてゆっくり見られないのがとても残念だった。

 お屋敷とフェリニの間に他に街や集落はないらしく、そのせいか、人にも死霊にも会うことはなく。道程は順調に進み、陽がだいぶ落ちてきた頃、眼下に集落が見え始める。

「よかった、降らなくて。丘を降りればフェリニよ」
 
 並走するニーナさんがこちらを見てそう声を上げたのは――、ここにきて、上空に分厚い雲が立ち込め始めたからだった。ずっと雨なんて降りそうもない、良い天気だったのに。

「……何か、嫌な予感がするな」
「え?」
「いや。何でもない」

 丘を降りていくニーナさんの後に続く。途中何度か休憩は挟んだものの、さすがにお尻が痛かった。やっとついたとほっとしていたけれど、ミハイルさんの声も表情も固い。
 けどこのときは、その理由も、その嫌な予感が的中することも、まだ知る由もなかったのである。


  ※


「ここがフェリニの街よ。とりあえず、わたしの家に来る? 狭いけど」

 ニーナさんは、何事もないように馬を引いて街へと入っていく。しかしニーナさんの馬は、ブルル、と体を震わせ、街から頭を背けようとする。

「なんだか最近こうなのよね。こんなことなかったのに……」

 ぼやきながらニーナさんが馬を落ち着かせる。でも、私には理由がわかる。そしてミハイルさんにも、多分。
 馬をなだめながらニーナさんが街の中に入っていっても、私はその後を追えなかった。

「何だ、この街は……」

 嫌悪感の籠った声で、ミハイルさんが呻く。

 フェリニの街は、お屋敷の近くの街よりも規模は小さくて、家も密集していないし、緑も多かった。
 街中には水路が走り、あちこちに橋がある。家は木造りのものが多く、カントリーな雰囲気だ。だけど……そんなのどかさとは裏腹に、まるで催しの最中かのように街には人がひしめいていた。

 ……ううん。正確には人じゃない。死霊だ。

 ミハイルさんはどうかわからないけど、私は見ただけでは死霊だか人間だかすぐにはわからないことが多い。お屋敷でよく話す幽霊たちもそうだけど、普通の人間とそう変わらない成りをしているから。

 だけど、そんな私にすら一目でわかるほど、この街の人は異常だった。

 家の前で座り込む男の人は、顔を上げると血塗れだった。水路の上で佇む女性は、血の涙を流し続け。道に蹲っているのは、何かの……うごめく塊にしか見えない。もはや年齢も性別さえもわからない。フェリニの街は、そういうもので溢れ返っていた。

「うっ……」

 猛烈な吐き気に襲われ、鼻がツンとして、涙が滲む。堪らず口元を押さえ、その場にしゃがみこんだ。
 駄目だ。とても直視できない。でも目を閉じても、耳には嗚咽や悲鳴がなだれこんでくる。

「……ミオ、手を出せ。指輪を外してやる」

 隣に膝をつき、ミハイルさんが私の左腕を掴む。
 同じものを見てるはずなのに、どうしてそんなに冷静でいられるんだろうか。思わずその疑問が口をついた。

「ミハイルさんは、どうして平気なんですか……」
「平気なわけじゃない。多少慣れているだけだ」

 ――そう、だよね。こんなの平気な人なんてそうそういない。だったら、私だけ甘えるわけにはいかない。
 ふと温かさを感じて顔を上げると、にゅっと眼前に黒い鼻づらが現れる。びっくりした……ミハイルさんの馬か。

「この子も脅えないんですね」
「そういうものに敏感な奴はそもそも俺に脅えるからな。俺を乗せられる時点でだいぶ特殊だ。鈍感なのか肝が据わっているのか知らんが」
「……そう、ですか」

 答えて、掴まれた左腕をそっと外す。涙を見られないようその手で拭って、私は立ち上がると街へと向き直った。

「それなら、私だけ脅えていられません。それに、指輪は気安く着脱するものじゃないんでしょう?」
「……馬鹿が」

 舌打ちして彼もまた立ち上がる。そしてマントを外すとそれを私の頭に被せた。

「死霊と目を合わせるな。見えない振りをしていろ。それから……俺から離れるなよ」
「……はい」

 マントがずり落ちないように両手で握りしめる。それが視界の大部分を奪ってくれる。依然として聞こえてくる死霊の声はつらいけれど、ミハイルさんだってそれは同じだ。……慣れなきゃ。はやく。

「どうかした? 気分でも悪いの?」

 少しだけ顔を上げると、ニーナさんが怪訝な顔でこちらを振り返っている。
 その私の頭を押さえつけて下げさせながら、ミハイルさんが答える。

「俺はこのままフェリニ領主に会いにいく。馬を預かってくれ」
「え? それならわたしも行くわ」 
「悪いがお前に構っている暇はなくなった」
「ちょっと待ってよ! ちゃんと理由を説明し……」
「うぇ」

 口論に発展しかけた二人の会話が止まったのは、私が発した不穏な声のせいだろう。
 だが、その二人が私を見る頃には、もう気が遠くなっていた。
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