死霊使いの花嫁

羽鳥紘

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第十八話 花嫁のお仕事2

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 頼まれれば、断る理由はないけれど。実質居候の身の上だし。
 でも、リエーフさんの期待しているようなことは多分できない。死霊だけでもお手上げなのに、なんだか大変なご時世に転生させられたものである。
 そして、何より、両手でトレイを持っているのでノックができない。
 仕方がない。開けて下さいと声をかけてみるべく息を吸った。無視されたらどうしよう――という一抹の不安は杞憂どころか、結局声を出す前に扉が開いた。

「何をしている」
「リエーフさんに頼まれて……」

 自動ドアかと思った。
 何か言う前に扉を開けてくれたミハイルさんに驚きつつ質問に答える。

「足音と気配でわかる」
「え?」
「なんで、と顔に書いてあったのでな」

 そんなことは、ないと思うんだけど。あまり感情が外に出るタイプではないと自分では思っていたけど、そうじゃないのかな。転生したから?
 
「それより、そんなことわざわざお前がしなくていいだろう。断れ」
「でもリエーフさんにはお世話になっていますし。これくらいは」
「…………」
「ミハイルさんにもお世話になっています」
「何も言ってない」

 言ってないけど、今の何か言いたげな視線と沈黙は、絶対そういうことだと思うけどな。
 ミハイルさんが手を伸ばす。トレイを受取ろうとしているのに気が付いて、私はトレイごと体を引いた。一応、他にもリエーフさんからの頼まれごとがある。できる気はしないけど、だからといって何もしないのも気が引ける。

「持って行きます。入ってもいいですか?」
「……仕事中だ」
「先に食事を終えてからにしましょう。ちゃんと食べないと」

 溜息を一つ吐き、ミハイルさんは手を引っ込めると部屋の中に戻っていった。それを勝手に許可だと受け取り、部屋の中に足を踏み入れる。執務机は書類でいっぱいだったので、手前にある応接用のテーブルの上にトレイを置く。

「ミハイルさんは、もう体調はいいんですか? 怪我は?」
「大事ない」
「本当に?」
「ああ」

 そうは言っても、本当かどうか確かめようがない。調子が悪くてもどうせ隠すんだろう。

「……お前はちゃんと食事できたのか。リエーフに絡まれなかったか?」
「あ、はい。でも……、この国のこととかいろいろ聞きましたけど、絡まれてた方が気楽だったかもしれません」

 思わず本音を零してしまうと、ミハイルさんが少し思案するように私を見た。そして、一口食事を口に運んで、フォークを置く。

「確かに三年前は荒れたが、今はだいぶ落ち着いた。ロセリアは資源が豊かだから帝国にしても利はあるだろう。魔法などなくてもどうにかなる。そのうち時が解決するさ」
「そう……ですか」

 リエーフさんと比べると、随分楽観的な見方ではある。だからリエーフさんは苦言を呈してしまうのだろうか。ミハイルさんが食事を再開したので、一緒に持ってきたポットでお茶を淹れる。

「……死霊の方は、そうはいかんかもしれんが。だがそもそも俺がいなければ屋敷に集うようなこともないのかもしれんし、悪霊になって人に害を及ぼしたところで、当家がそれを止める義務など本来ないからな」
「じゃあ……ミハイルさんはどうするつもりなんですか?」
「どうもこうも、来るものは仕方がない。俺に魂を還すような力はないが、できる範囲でできることはする。だが……俺が死んだ後のことまでは知るか。この力を継ぐ気もない」
「じゃあ、子供は要らないんですか?」
「げほ!」

 差し出したお茶を口にしたところで、急に咽るものだから。何があったんだろうと考えて、もしかしてとんでもないことを言ったかもしれないことに気が付いた。

「あ! 違います!! その……、私のはただの契約じゃないですか。いつかはちゃんと結婚して家庭を持つものだと、思って、えぇと……」

 鋭い視線が突き刺さって、目を逸らす。怒っているように見えても大体は怒っていないミハイルさんだが、今は本当に怒っている、多分。

「……まあ、いいが」

 溜息をつきながら、再び彼はカップに口をつけた。

「とにかくお前が心配するようなことはない。国が何か言おうが、死霊が何かしようが、お前だけは守る」
「私だけじゃなくて、自分のことも、レイラ達のことも守って下さい」
「リエーフより厳しいことを言うな、お前は……」

 リエーフさんすみません、私リエーフさんより駄目っぽいです。

「だが、そうだな。そうしないとお前に余計なことをされて、もっと拗れそうだ」
「一言多いです」
「お前に言われたくない」

 カップを置いて、ふ、とミハイルさんが笑う。
 ……最近、よく笑ってくれるようになった。なんだか嬉しくて私も頬が緩んでしまう。

「……やっと笑うようになったな」

 そう言われて、思わずきょとんとした。私のセリフだ。
 だけど、言われて気づいた。営業スマイルを覗けば、元々私はあまりよく笑う方じゃない。とくに、この屋敷で目覚めてから笑うような余裕はなかった。とくに、ミハイルさんの前では。
 大体いつも怒っているのは、私も同じだったのかもしれない。

「ミハイルさんも、よく笑うようになりましたよね」
「俺が? いつ」
「今、笑っていましたよ。笑うと少し幼い印象になりますよね」
「それは普段は老けてるということか?」
「そんなこと言ってないじゃないですか。私、ミハイルさんの笑顔好きですよ。そういう顔してれば怒ってるって誤解されずに済みますから――」

 いや待って。皮肉を言ったつもりだったけれど、またとんでもないことを言ったような。
 違う、そうじゃなくて。やばい、顔上げられない。

「……悪かったな、いつも不愛想で」

 ……良かった。スルーしてもらえた。
 けど、まだ顔が熱い。
 どうして私はいちいち、この人のことを意識してしまうんだろう。まだ、よく知りもしないのに。それとも、記憶になくても、魂は覚えているものなのか。

「――ミオ」

 ふと、名を呼ばれたそのときだった。
 ガシャン、とけたたましい音が下の階から聞こえてくる。反射的にミハイルさんが立ち上がった。

「お前はここにいろ」
「一緒に行きます。……そういう契約のはずです」

 有無を言わさぬ声で言うと、彼は溜息と共に私の手を取った。

「まぁ、目を離す方が何をするかわからんからな」
「はい!」
「肯定するな。行くぞ」

 手を引かれるまま、私はその後について走り出した。
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