338 / 351
327.婚約式
しおりを挟む
当人達に婚約式の日取りが伝えられてから僅か二日後。
イザイア王国国王ルドヴィク・イザイアと旧カヴァニス王国王女アリーチェ・カヴァニスの婚約式は、アリーチェ達が滞在している屋敷の応接室でひっそりと行われた。
同席者はアリーチェの後見役であるアンジェロと、新郎となるルドヴィクの付添人であるクロードとジルベール、そしてアマデオだけだった。
上質な羊皮紙にびっしりと書かれた、婚約における誓約を隅から隅まで目を通し、確認しているアンジェロの横で、アリーチェがそわそわとしていると、同じくアンジェロの様子を見守っていたルドヴィクがふと声をかけてきた。
「…………緊張しているのか?」
低くて心地よい声の主にアリーチェが視線を会わせると、ルドヴィクは少しだけ首を傾げた。
彼の動きに合わせて、燭台の明かりに照らされた漆黒の長い髪がさらりと流れ落ちる。
その髪を鬱陶しそうに軽く払い除けるルドヴィクに、アリーチェは微かに微笑んだ。
「はい、緊張………しておりますわ。ルドヴィク様は如何です?」
虹色の双眸を真っ直ぐにルドヴィクに向けると、ルドヴィクは困ったように笑みを浮かべた。
「………そうだな。私も、緊張している」
口ではそう言うが、表情からは何も読み取ることは出来なかった。
しかし、僅かに口元が強張って見えるのは気の所為ではないのだろう。
一国の、それも大国の王とは思えない仕草が妙に可愛らしくて、アリーチェは小さく笑い声を零した。
「それでは、誓約内容を確認し、こちらにサインをしていただければ…………」
「……分かった」
全てを確認し終わったアンジェロが、羊皮紙とペンをルドヴィクに差し出す。
ルドヴィクはそれを無言のまま受け取り、たった一つしかない瞳で、誓約を一つ一つ丁寧に辿っていく。
「………………」
暫しの間を置いて、ルドヴィクが手にしたペンが、羊皮紙の上を滑った。
「………これで、いいのだろうか?」
ペンを置いたルドヴィクは、徐ろに羊皮紙をアンジェロに差し出した。
婚約式、婚姻を結ぶ男女両家の家長がサインをすることで成立することになっている。
つまりルドヴィクとアリーチェの場合は新婦側の家長であるアンジェロと新郎のサインが記されることで、婚約が成立したということになるのだ。
「こうして実際にやってみると、あっけないものなのだな」
少しだけ拍子抜けしたようにルドヴィクが呟くと、その場にいた全員から、柔らかな笑いが沸き起こった。
イザイア王国国王ルドヴィク・イザイアと旧カヴァニス王国王女アリーチェ・カヴァニスの婚約式は、アリーチェ達が滞在している屋敷の応接室でひっそりと行われた。
同席者はアリーチェの後見役であるアンジェロと、新郎となるルドヴィクの付添人であるクロードとジルベール、そしてアマデオだけだった。
上質な羊皮紙にびっしりと書かれた、婚約における誓約を隅から隅まで目を通し、確認しているアンジェロの横で、アリーチェがそわそわとしていると、同じくアンジェロの様子を見守っていたルドヴィクがふと声をかけてきた。
「…………緊張しているのか?」
低くて心地よい声の主にアリーチェが視線を会わせると、ルドヴィクは少しだけ首を傾げた。
彼の動きに合わせて、燭台の明かりに照らされた漆黒の長い髪がさらりと流れ落ちる。
その髪を鬱陶しそうに軽く払い除けるルドヴィクに、アリーチェは微かに微笑んだ。
「はい、緊張………しておりますわ。ルドヴィク様は如何です?」
虹色の双眸を真っ直ぐにルドヴィクに向けると、ルドヴィクは困ったように笑みを浮かべた。
「………そうだな。私も、緊張している」
口ではそう言うが、表情からは何も読み取ることは出来なかった。
しかし、僅かに口元が強張って見えるのは気の所為ではないのだろう。
一国の、それも大国の王とは思えない仕草が妙に可愛らしくて、アリーチェは小さく笑い声を零した。
「それでは、誓約内容を確認し、こちらにサインをしていただければ…………」
「……分かった」
全てを確認し終わったアンジェロが、羊皮紙とペンをルドヴィクに差し出す。
ルドヴィクはそれを無言のまま受け取り、たった一つしかない瞳で、誓約を一つ一つ丁寧に辿っていく。
「………………」
暫しの間を置いて、ルドヴィクが手にしたペンが、羊皮紙の上を滑った。
「………これで、いいのだろうか?」
ペンを置いたルドヴィクは、徐ろに羊皮紙をアンジェロに差し出した。
婚約式、婚姻を結ぶ男女両家の家長がサインをすることで成立することになっている。
つまりルドヴィクとアリーチェの場合は新婦側の家長であるアンジェロと新郎のサインが記されることで、婚約が成立したということになるのだ。
「こうして実際にやってみると、あっけないものなのだな」
少しだけ拍子抜けしたようにルドヴィクが呟くと、その場にいた全員から、柔らかな笑いが沸き起こった。
43
お気に入りに追加
449
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。


愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる