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326.兄と妹

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翌日。
朝からアンジェロに呼び出されたアリーチェは、思わぬ知らせにただ目を瞬いた。

「婚約式…………、ですか?」
「ああ。婚約さえ済めば、お前がイザイアへ行っても何もおかしくは無いだろう?」

アンジェロは柔らかに微笑んだ。

婚約式。
それは、結婚の約束を書面にし、両家の間で取り交わす儀式のようなものだ。
殊に、ルドヴィクとアリーチェのように王族同士の結婚ともなれば、その婚約には国同士の条約と同等と言っても過言ではない。
何より、カヴァニスではブロンザルド同様に離婚が認められていないため、婚約期間は結婚生活の試行期間と考えられている。
そのため、結婚式よりも婚約式を大々的に行う者も少なくなかった。

「………もしかして、嫌だったかい?」
「いいえ!」

兄の問いを否定する声が思った以上に大きくなってしまい、アリーチェは慌てた。

「………婚約式なんて、思ってもみなくて、少し驚いてしまっただけですわ」

取り繕うように、アリーチェは作り笑いを浮かべてみせた。
兄の気遣いも、ルドヴィクとの婚約を堂々とお披露目出来ることも、素直に嬉しかった。
しかし、兄を残して祖国を離れることに、後ろめたさを感じてしまう。

そんな内心を隠すように、アリーチェは俯いた。
するとアンジェロがゆっくりとアリーチェに近づき、大きな掌をそっとアリーチェの頭に載せた。

「………お前が心配することは何もないよ。昨日話した通り、カヴァニスの再興はとても大変なことだし、問題も山積している。けれど、ルドヴィク殿がジルベールを私の補佐役に付けてくれるというから大丈夫だ」
「え………?」

アリーチェは驚いた。
ルドヴィクがどれほどジルベールを信頼しているのかを知っていたからだ。
心から信頼出来る相手が少ない、というのは王族の宿命のようなものだが、ルドヴィクの場合は程度が異なる。

「………本当に、ルドヴィク様が………?」
「ああ。しかしそうなればルドヴィク殿もまた苦労することになるだろう。だから、お前がルドヴィク殿を支えてやってくれ」
「ルドヴィク様を………?」

アリーチェが顔を上げると、アンジェロが優しく微笑んでいた。
その表情が何故か生前の父王と重なって見えて、アリーチェははっと息を呑む。

父も兄と同じように思ってくれているのだろうか。
ーーー答えは決まっていた。

「…………はい、兄様」

今度は心からの笑顔を浮かべると、アリーチェは深く頷いた。
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