隻眼の騎士王の歪な溺愛に亡国の王女は囚われる

玉響

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315.複雑な感情

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「大丈夫? ねぇ、ちょっとあなた大丈夫?」
その小さな肩を揺すり、声をかけ続けた。
今はこのフローズン・シャドウホールのどこかすら分からない。
ただ、その一室。いやもう大きな空間と言ってよいだろう。その場所に足を踏み入れると、アリアたちの視界に広がったのは瓦礫の海だったのだ。
誰がなんの目的で建てたのか、壮大な神殿の残骸がそこにも存在していた。
キョウたちと出会ったあの場所と似ている雰囲気と言えばよいか。
重厚な石柱は、時の重みで折れ、傾き、その上部はもはや見えないほどの暗闇に消えている。その傍らには石碑が散らばり、何かの文字が刻まれているものの、その意味を解読する者は既にこの世に存在しないのではないかと思わせた。
床の石は長い年月を経て滑らかになり、冷たく、静寂を纏っている。ここはまさしくフローズン・シャドウホールの名にふさわしい、冷たく暗い空間だ。
空気は静まり返り、古代の息吹が凍てつくような寒さと共に漂っている。自分たちの息すらも白く霧となって立ちこめ、その冷たさは肌を刺し、心臓を打つ。
そんな冷たい空間を歩いていたアリアとランディの前に突如として何かか降ってきていた。
それは一人の少女だった。
最初は少女の死骸かと思ったが、かすかに呼吸で肩が揺れていた。
それにしても愛らしい少女だった。
身体の線はあくまで細く、明るい空色の髪の毛をしていた。
服装は濃い藍色の長衣ローブのみという地味な格好だった。
手には一本の杖を握りしめ、その胸元には地味な衣服とは対照的に豪奢な装飾の首飾りをしていたが、惜しむらくはその中央の大きな宝玉がひび割れて欠けているという点だろう。
そこを見てしまってもなんだか痛々しい感じのする少女だった。年の頃は10代前半から半ばくらいであろうか。
しきりに声を掛けていたが、彼女から返事はない。
ただ苦しそうに「はぁ、はぁ…!」と荒く白い呼吸を繰り返すのみである。
「アリア、これを…!」
ランディが気を利かせて自身の毛布を差し出した。
アリアはそれで彼女を手早く包んだ。
外傷はなさそうに見えた。
どうして彼女が意識をなくしているのかは分からなかったが、この冷たい空気に体温を奪われないようにしなくてはならなかった。

            ◆◇◆

ランディとアリアはその迷宮ダンジョン内の構造物の瓦礫に寄りかかって座っていた。
二人とも毛布にくるまってはいるが、眠ってはいない。
その二人の間に先ほどの少女が今はすやすやと寝息を立てていた。
アリアは先ほどから度々彼女の寝顔をのぞき込んで、その顔を眺めていた。
どうにも彼女はこの少女の寝顔が気に入っているようだ。
今もまた「様子を確かめる」という名目で、少女の横顔を眺めていた。
「見て、ランディ…。この子凄くカワイイ…!」
まるで、拾った子兎の寝顔でも見るかのような感想をいちいち上げてくるアリアである。
確かに「カワイイ」のは分かるし、類い希なほどに整った顔立ちをしているのも認める。
ランディもけしてその辺りは否定しないが、アリアのそれはちょっと自分のそれとは異なる気がしていた。
「お前さんとの付き合いはそこそこあるが、子供好きだったなんて初耳だぞ」
「だって本当に可愛いんだもの。ほら、ほっぺなんかぷにぷに…」
そう言って、指先で寝ている少女の頬をつつく。
先ほどからずっとこんな調子のアリアを見て、さすがに付き合いきれない。
「わたしも昔はこんなんだったのかな? 姉さんが拾ってくれたときはこんな気持ちだったのかも知れない」
ぼそりとそんなことをアリアは呟いた。
「…死んだんだっけか?」
「…うん。『虫穴迷宮インセクト・アビス』で魔物にね」
とてつもなく寂しそうな顔つきをするアリア。
彼女は昔話としてその「姉」と呼ぶ人物のことを楽しそうに話すが、結局は「姉」の最後に言及して寂しそうな顔をするのだ。
「…俺も昔仲間をなくした。もっとも俺は病気だけどな」
「病気…?」
「ああ。疫病をまき散らす魔物と戦った。魔物は倒したが、俺以外はその病気にかかって死んだ。六人いたが、生き残ったのは俺だけだった」
迂闊だったのだ。依頼は疫病に感染した村まで薬師を送り届ける簡単な護衛だった。
しかし、旅の途中にあの魔物に襲われた。その魔物こそが疫病をまき散らした張本人だった。
前もって色々と調べておけば良かったのだ。
そういった魔物が過去に存在したか否かを。
そうすれば魔物から病気をもらうことも防げたかも知れない。あるいは仕事自体回避できたかも知れなかった。
「アリア…お前は死ぬなよ。お前の姉さんと同じようにその子を残して死ぬなよ」
そう言ってランディはアリアたちに背中を向けた。
色々と考える。
この女の子がどうしてこんなところにいるのか等は、もうこのフローズン・シャドウホールにおいては意味のない疑問だろう。
むしろ、この子をどうするか。
果たして自分たちはここから出られるのかのほうがはるかに問題だ。
「あっ…!」
様々なことを考え始めた矢先である。
アリアが突如として声を上げたので、ランディは振り返った。
少女が目を覚ましていた。
その小柄な上半身を起こして辺りを見渡している。
瞳は大きい。色は金色である。
まだ意識が冴えないのか、瞳はどこか虚ろげである。
「ここはどこ……?」
その涼しげな風貌と同じように涼しげな声だ。
辺りを見渡してその小さな彼女は自分のいる場所を確認しようとしていた。
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